原作ウマ娘に告白されるモブウマ娘(短編集)   作:雅媛

14 / 15
2 大人になるって

 ウララに告白されてどうにか帰ってきたらすぐに連絡があった。

 

『お姉ちゃん、明日空いてる?』

『夕方までなら』

『じゃあデートしよ!』

『デート』

『うん!』

『まだ付き合ってないよね?』

『だからするんだよ!』

『なんで?』

『お姉ちゃん、私のこと恋人にできるか考えるんでしょ?』

『まあ』

『じゃあデートした方が分かるよ!』

 

 なるほど。

 ……なるほど?

 よく分からないまま押し切られた。

 

『どこ行くの?』

『美術館!』

『ウララが?』

『その言い方ひどいよ!』

 

 だって、ウララである。

 同室だった頃、一度だけ一緒に美術展へ行ったことがある。私は楽しんでいたけれど、ウララは十五分くらいで、

 

「お姉ちゃん、まだ見るの?」

 

 と聞き、その十分後には長椅子へ座り、そのさらに十分後には寝ていた。

 

 そのウララが美術館。

 

『ほんとに美術館?』

『ほんと! そのあとホテルで甘いもの食べる!』

『そっちが本命?』

『両方本命!』

 

 まあ、私自身は美術館が好きだ。

 断る理由もなかった。

 問題は

 

「……デートって何着ればいいんだろ」

 

 翌朝、私はクローゼットの前で固まっていた。

 大学なら適当でいい。

 友達と遊ぶときだって、そこまで考えない。

 でも今日はデートらしい。

 しかも相手は、私のことを恋愛対象として好きだと言っている。

 

「…………」

 

 ブラウスを出す。

 ちょっと頑張りすぎているような気がする。

 戻す。

 

 いつものパーカーを見る。

 

「いや、これは違うでしょ」

 

 スカートを出す。

 鏡の前で合わせる。

 

「……何してるんだろ、私」

 

 十五分前からずっとこれだった。

 最終的に、普段より少しだけ柔らかい色のブラウスとロングスカートを選んだ。髪もちゃんと整えた。

 鏡を見る。

 

「別にウララにかわいいって思われたいわけじゃないし」

 

 言ってから、今日これを着る理由がそれ以外に思いつかなかった。

 

 

 

 待ち合わせ場所へ着く。

 

「お姉ちゃーん!」

 

 ウララはもういた。

 

「お待たせ」

「ううん!」

 

 そして私を見る。

 視線が下まで行って、また戻ってくる。

 

「今日のお姉ちゃん、かわいい!」

「…………」

 

 予想していた。

 たぶん言うと思っていた。

 だから大丈夫だと思っていた。

 

「……ありがと」

「あっ、照れた!」

「照れてない」

「頬赤いよ?」

「暑いから」

「今日ちょっと寒いよ?」

「うるさいなあ」

 

 これまでもウララにかわいいと言われたことくらいある。

 でも今は意味が違う。

 そのことを知ってしまったせいで、一言一言がいちいち重く感じてしまう。

 

「じゃあ行こ!」

 

 ウララが横へ並ぶ。

 私は一歩離れた。

 ウララが寄る。

 また一歩離れる。

 寄る。

 離れる。

 

「お姉ちゃん」

「なに?」

「道路の端まで行くよ?」

「……ほんとだ」

「なんで逃げるの?」

「逃げてないよ」

「じゃあ近く歩こうよ」

「どれくらい?」

「え?」

「デートって、どれくらい離れて歩くものなの?」

「知らないよ!」

 

 笑われた。

 

「普通でいいよー」

「普通が分からなくなったの」

「昨日までは分かってたでしょ?」

「昨日までと事情が違うんだって」

 

 ウララが楽しそうに私の横へぴったり並んだ。

 

「これくらい」

「近くない?」

「昔もっと近かったよ?」

「昔はウララだったから」

「今もウララだよ!」

「そうなんだけど……」

 

 自分でも何を言っているのか分からない。

 美術館へ着く頃にはすでに少し疲れていた。

 中へ入る。

 今日の展示は近代絵画が中心だった。

 私はもともとこういうものが好きで、現役時代も休養日には一人でよく見に来ていた。

 最初の展示室へ入ったところで、ついウララを見る。

 昔なら、もうこのあたりで説明文を読むのを諦めていた。

 でも今日は違った。

 一枚の絵の前でちゃんと立ち止まり、少し離れて全体を見て、それから横の解説にも目を通している。

 

「……ウララ」

「なに?」

「飽きてない?」

「まだ入って一時間もたってないよ!」

「前は五分だったから」

「私だって成長するよー」

 

 また言われた。

 

「これ好き」

「どれ?」

「これ」

 

 ウララが指したのは、春の野原を描いた風景画だった。

 

「やっぱりこういう明るいの好きなんだ」

「うん。でもこっち暗いよね」

「手前はね。奥は結構明るいよ」

「ほんとだ」

「たぶん奥行きを出したかったんじゃないかな。空も手前より向こうの方が明るくしてあるし」

「へえー」

「あとここ。筆跡かなり残してるでしょ」

「うん」

「近くで見ると結構荒いのに、少し離れると草に見えるんだよ」

「ほんとだ!」

 

 ウララが一歩下がる。

 

「あ、すごい!」

「でしょ?」

「お姉ちゃん、こういうの詳しかったよね」

「好きなだけだけどね」

「もっと教えて」

「いいよ」

 

 それからしばらく、作品を見ながら説明した。

 気づけば私の方が楽しくなっていた。

 

「これはね、同じ画家でも結構後の作品で――」

「うん」

「この頃になると色の置き方がかなり変わってて。ほら、こっちの初期の絵と比べると」

「ほんとだ」

「線も前より――」

 

 そこまで言って、ウララが絵ではなく私を見ていることに気づいた。

 

「……なに?」

「お姉ちゃん、楽しそう」

「そりゃ好きだから」

「うん」

 

 にこにこしている。

 

「何?」

「かわいいなって」

「…………」

 

 不意打ちだった。

 

「なんで今?」

「好きなものの話してるお姉ちゃん、すごく楽しそうだから」

「それをかわいいって言う?」

「言うよ?」

「言わないで」

「なんで?」

「恥ずかしいから」

 

 ウララがもっと嬉しそうになった。

 

「お姉ちゃん、私にかわいいって言われるの弱いんだね」

「今までそんな意味で言ってなかったでしょ」

「今はそういう意味だよ!」

「だから弱いの!」

 

 何を堂々と言っているんだ、この子は。

 でも美術館そのものは、想像以上に楽しめた。

 ウララは私ほど一枚一枚じっくり見るわけではないし、難しい作品になると、

 

「これはよく分かんない!」

 

 と素直に言う。

 それでも昔みたいに退屈してしまうことはなかった。

 

「分かんないけど、色は好き」

「それでいいんじゃない?」

「美術って分からなくてもいいの?」

「いいよ。試験じゃないんだから」

「そっか!」

 

 そう言って次へ行く。

 私が知らない間に、この子なりの楽しみ方を覚えたのだろう。

 展示を見終わる頃には、二時間近く経っていた。

 

「……ウララが二時間も美術館にいた」

「だから私もう子供じゃないってば!」

「昔寝たのに」

「あれは昔!」

「展示室のベンチで」

「覚えてるよ!」

「私、起こすのかわいそうだから三十分待ったんだよ」

「それはごめんね!」

 

 昔の話になるといつものウララだ。

 そこに少し安心してしまう自分がいる。

 

「じゃあ次!」

「次?」

「甘いもの!」

「ああ、そっち」

 

 連れて行かれたのは、美術館から少し歩いたところにあるホテルだった。

 ロビーへ入った瞬間、私は足を止めた。

 

「ウララ」

「なに?」

「帰っていい?」

「ダメ」

「床が光ってる」

「ホテルだからね」

「私、ここにいて大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「本当に?」

「昨日よりひどくなってない?」

 

 仕方がない。

 ウララについていく。

 案内されたラウンジは、さらに落ち着かなかった。

 窓が大きい。

 椅子がふかふか。

 テーブルがやたら広い。

 

「……ウララ」

「なに?」

「私こういうところ苦手」

「大丈夫。私いるよ」

「立場逆じゃない?」

 

 以前なら私が言う台詞だった。

 ウララは慣れた様子で席へ座り、メニューを見る。

 

「お姉ちゃん紅茶どれにする?」

「え、種類多くない?」

「香り強いの苦手だったよね?」

「うん」

「じゃあこれかこれがいいと思う」

「……じゃあこっち」

「私これ!」

 

 迷いがない。

 運ばれてきたスイーツを見て、ウララの目が輝いた。

 

「わあー!」

 

 そこだけはものすごく昔のままだった。

 

「おいしそう!」

「急に子供っぽくなった」

「甘いもの見たらしょうがないよ!」

 

 それでも食べ始めれば、前回と同じように所作は綺麗だった。

 小さなケーキを崩さず切り、紅茶を飲む仕草も自然で、店員が来れば普通に応対する。

 私はまた見てしまう。

 

「お姉ちゃん、今日ずっと私見てるね」

「……そう?」

「うん」

「昔と違うから」

「どこが?」

「いろいろ」

「大人っぽい?」

「自分で言う?」

「言うよ!」

 

 にこっと笑う。

 

「ちょっとは意識した?」

「何を」

「私のこと」

「…………」

 

 ケーキを食べる。

 

「逃げた」

「ケーキ食べただけ」

「おいしい?」

「おいしい」

「じゃあよかった!」

 

 追及しない。

 その代わり、しばらくして私が苺のケーキを食べていると、ウララがじっとこちらを見た。

 

「なに?」

「お姉ちゃん、ついてるよ」

「え?」

「クリーム」

「どこ?」

「ここ」

 

 自分でナプキンを取ろうとした。

 その前に、ウララが身を乗り出した。

 

「じっとして」

「え?」

 

 ナプキンで口元を軽く拭われる。

 

「はい、取れた」

「…………」

「お姉ちゃん?」

「……今の何?」

「クリーム取っただけだよ?」

「自分で取れたよ!」

「知ってるよ」

「じゃあなんで!」

「お姉ちゃん、昔私によくやってたでしょ?」

「それはウララが子供だったから!」

「私は今、お姉ちゃんにやりたかったから」

 

 笑顔で言う。

 反則だと思う。

 

「顔赤いよ?」

「暑い」

「ここ涼しいよ」

「紅茶が熱い」

「さっきから飲んでないよ?」

「うるさい!」

 

 ウララがくすくす笑う。

 

「かわいい」

「言うなって」

「だってかわいいんだもん」

「私、二つ年上だよ?」

「知ってるよ」

「お姉ちゃんだよ?」

「うん」

「ウララの面倒見てたんだよ?」

「いっぱい見てもらったね!」

 

 何を言っても効かない。

 むしろ全部嬉しそうに返ってくる。

 

 

 

 食べ終わってホテルを出る。

 夕方の街を並んで歩いた。

 やはり近づきすぎると気になる。

 ほんの少し肩が触れただけで、さっき口元へ触れられたことを思い出す。

 

「お姉ちゃん」

「なに?」

「手、つなぐ?」

「……なんで疑問形なの」

「嫌かなと思って」

「嫌じゃないけど」

「じゃあ」

 

 ウララが手を差し出した。

 私はしばらく見る。

 

「……これって子供と手をつなぐ感じなら平気なんだけど」

「じゃあ恋人になるかもしれない女の子とつなぐ感じで」

「余計駄目になった」

「お姉ちゃん面白いね」

「面白くないよ!」

 

 結局、ウララの方から握られた。

 

「ほら」

「……うん」

「アカネ」

「っ」

 

 反射的に横を見る。

 ウララが笑っていた。

 

「急に名前呼ばないで」

「なんで?」

「びっくりするから」

「名前でしょ?」

「ウララに呼ばれ慣れてないの」

「じゃあ慣れて」

「慣れる必要ある?」

「恋人になったら呼ぶかもしれないよ?」

「…………」

「アカネ」

「二回言わないで」

「かわいい」

「それも言わないで!」

 

 完全に遊ばれている。

 駅が見えてきた。

 ウララが繋いだ手を少し揺らす。

 

「今日ね」

「うん」

「お姉ちゃんが美術館でいっぱい話してくれたの、楽しかったよ」

「ほんと?」

「うん。昔は全然分かんなかったけど、今日はちょっと分かった」

「それならよかった」

「あとね」

「なに?」

「お姉ちゃんの知らないところ、もっと見たいなって思った」

「私の?」

「うん。今日みたいに、好きなものの話いっぱいしてるところとか」

 

 そして少しだけ顔を近づけてくる。

 

「お姉ちゃんにも、今の私をいっぱい見てほしいな」

 

 私は返事ができなかった。

 

「すぐ好きになってって言わないよ」

「……うん」

「でも、ちょっとくらい意識してくれたら嬉しいな」

「……十分してるよ」

 

 思わず口から出た。

 ウララが止まる。

 私も止まった。

 

「…………」

「…………」

 

 ウララの顔が、ぱっと明るくなる。

 

「ほんと!?」

「今のなし」

「なしじゃないよ!」

「忘れて!」

「絶対忘れない!」

「ウララ!」

 

 手を振りほどいて逃げる。

 

「あっ、待ってよアカネー!」

「名前で呼ぶなー!」

 

 後ろから楽しそうな声が追ってくる。

 これでは、どちらが年上なのか分からない。

 ただ

 美術館で作品を眺めていた横顔も

 ホテルで自然に紅茶を飲んでいた姿も

 私の口元を拭って笑った顔も

 さっきからずっと頭に残っている。

 どうやら「一人のウマ娘として見る」という宿題は、思っていた以上に順調らしかった。

 順調すぎて困っているのは、私だけだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。