カフェと私とおともだちと
「……ちょっと待って」
右を見る。
「私は、あなたが好きです」
マンハッタンカフェがいた。
左を見る。
『私も好き』
おともだちがいた。
正面を見る。
「いやぁ、実に興味深いねぇ」
「なんでタキオンまでいるの?」
「ここは私とカフェの共同スペースでもあるのだが?」
「そうだった」
「忘れないでもらいたいものだねぇ」
状況がまったく整理できない。
いつもの部屋だった。
いつものソファだった。
いつものように私が真ん中へ座り、右側にカフェ、左側におともだちがいて、カフェが淹れてくれたコーヒーを飲みながら三人でだらだら喋っていた。
少し離れた机ではタキオンが何かよく分からない薬品を混ぜていて、時々こちらを見ては「仲がよろしいことで」と笑っていたけれど、そこまでは本当にいつも通りだったはずなのだ。
それが、どうしてこうなったのか。
「もう一回いい?」
「……何をですか?」
「最初から」
『さっきも聞いたよ』
「だって分かんないんだもん」
カフェが少し困ったようにこちらを見る。おともだちは逆に楽しそうで、私の肩へ身体を預けたまま頬杖でもつくような仕草をしていた。
「……私は、あなたが好きです」
「うん」
「友人としてではなく……恋愛の意味で、です」
「うん……」
『私はもっと前から好き』
「えっ」
「……それは初耳です」
『言ってなかったから』
「おともだち?」
『だってカフェも好きになったから、三人でいいかなって』
「そこで勝手にまとめないでください」
『でもカフェも三人がいいでしょ?』
「……それは」
カフェが黙る。
おともだちがこちらを見る。
私もカフェを見る。
タキオンまで見る。
「タキオンさんまで見ないでください」
「いやいや、ここで目を逸らすほど無粋ではなくてねぇ」
「普通は席を外すところじゃない?」
「研究者として非常に興味深い事象が目の前で発生しているというのに?」
「研究しないで」
タキオンは笑うばかりで動く気配がない。
私は諦めて、もう一度両隣を見る。
「つまり……二人とも私が好き?」
「はい」
『うん』
「そういう意味で?」
「……はい」
『何回聞くの?』
「だって」
頭を抱えたい。
でも右腕にはカフェが触れていて、左側にはおともだちがほとんどくっつくように寄っているせいで、なんとなく動きづらい。
「私、二人と付き合うの?」
『できれば』
「……私も、それを望んでいます」
「二人で相談したの?」
「しました」
『したよ』
「いつ?」
『いっぱい』
「知らなかった……」
「あなたの前でするわけにもいきませんから」
「それはそうだけど」
そう言われて思い返すと、確かに最近、二人だけで妙な空気になっていることはあった。
私が部屋へ入ると話が止まったり、おともだちがカフェへ何か言って、カフェが「まだです」と返していたり、私が真ん中に座らないと二人揃って微妙な顔をしたり。
全部そういうことだったらしい。
「……私、全然気づかなかった」
『知ってる』
「知ってるんだ」
「……かなり分かりやすくしていたつもりではありました」
「カフェが?」
「はい」
「どの辺?」
「あなたのためだけにコーヒー豆を選んだり……」
「いつもありがとう」
「そうではなくて」
『私も毎日隣に座ってた』
「いつものことじゃない?」
『カフェ』
「……はい」
『この子、だめだ』
「……そうですね」
「二人して失礼じゃない?」
タキオンが小さく吹き出した。
「いやぁ、カフェ。君も随分と難儀な相手を選んだものだねぇ」
「タキオンさん」
「しかし興味深い。君たち二人がこれほど接近してなお、当人は『仲が良い』程度にしか解釈していなかったわけだ」
「普通そうじゃない?」
「普通、友人二人から左右を占拠され、毎日のように密着され、どちらがより自分を好きかという話題を何度も振られれば、多少は疑問を抱くものではないかね?」
「……そう言われると」
『やっと?』
「ちょっとだけ」
『遅い』
おともだちに頬をつつくような仕草をされた。実際には指が少しすり抜けて、ひやりとした感覚だけが残る。
その反対側では、カフェが私の袖を少し摘んでいた。
「カフェ?」
「……逃げないように」
「逃げないよ」
『ほんと?』
「たぶん」
「たぶん……」
「だって急だもん」
これは本音だった。
二人のことは好きだ。
カフェといると落ち着くし、おともだちとのくだらない会話も好きだし、三人でこの部屋に集まってだらだらする時間も好きで、どちらか一人だけいなければ少し物足りないと思うくらいには、もう二人とも私の日常の中へ入り込んでいる。
でも、それと恋人になることは同じではない。
「私、カフェのこと好きだよ」
「……はい」
「おともだちも好き」
『うん』
「二人とも大事だし、三人でいるのも好きなんだけど……今まで恋愛として考えたことなかった」
カフェの手が少しだけ緩んだ。
「……そう、ですよね」
『嫌?』
「嫌じゃない」
『じゃあいいじゃん』
「おともだち、話が早い」
『だめ?』
「だめじゃないけど、もう少し考えたい」
そう答えると、おともだちは少し不満そうに頬を膨らませた。
カフェも何も言わないけれど、いつもよりほんの少し耳が下がっている。
「そんな顔しないでよ」
「……していません」
『してる』
「おともだち」
「二人とも、振られたみたいな顔してるけど、別に断ってないからね?」
「……本当ですか?」
「うん。むしろ告白されてから、すごく気になってる」
『どっちが?』
「二人とも」
『同じくらい?』
「そこで競わないで」
「……私も、それは少し気になります」
「カフェまで?」
両側から見られる。
逃げ場がない。
正面ではタキオンが楽しそうにこちらを眺めながら、いつの間にか実験の手まで止めていた。
「タキオン、ほんとに見てるだけ?」
「もちろんとも。この先どのような結論へ至るのか、非常に興味深いからねぇ」
「帰ってくれない?」
「共同スペースなのだが?」
「そうだった……」
『じゃあ無視しよう』
「それがいいですね」
「二人とも慣れてるね」
カフェが少しだけ身体を寄せてくる。
反対側からはおともだちが肩へ頬を乗せるようにくっついてきた。
またいつもの形だった。
ただし、さっきまでとは意味が違う。
「……近くない?」
『いつもこれくらい』
「……そうですね」
「でも今は意味違うじゃん」
『だから近いの』
「……私もです」
「カフェ?」
見れば、カフェは目を逸らしていた。
でも離れない。
それどころか袖を摘んでいた指が少し下へ動いて、今度は手の甲へ触れた。
「……返事を急かすつもりはありません」
「うん」
「ただ……あなたが考えている間も、私たちはあなたを好きですから」
『そうそう』
「……それ結構圧ない?」
『あるよ』
「あるんだ」
『だって他の子に取られたくないし』
「取られるって」
「……私も、それは嫌です」
「カフェまで」
今までなら、二人から好かれていると言われても、きっと「仲いいね」で済ませていただろう。
今は駄目だった。
カフェの指が触れているだけで意識するし、おともだちが顔を近づけるだけで何をするのか気になってしまう。
「……やっぱり、ちょっと考えさせて」
そう言うと、二人が同時にこちらを見た。
「……分かりました」
『分かった』
「ほんと?」
「はい」
『でも』
「でも?」
『あんまり待てない』
「……」
右側からカフェも少しだけ身を寄せる。
「……私も、あまり長く待つ自信はありません」
「カフェまで!?」
「ごめんなさい」
「謝るところ?」
『じゃあ予約』
「何の?」
聞き返した瞬間、左耳に冷たい感触が触れた。
「ひゃっ」
思わず肩が跳ねる。
おともだちが離れ、楽しそうに笑っている。
『先にした』
「え、今……」
「おともだち」
『なに?』
「……ずるいです」
「カフェ?」
右を向こうとした。
その前に。
今度は右耳へ、柔らかな感触がほんの一瞬だけ触れた。
「……っ」
カフェが離れる。
目が合った。
本人も相当恥ずかしかったらしく、頬を赤くしながらも、珍しく目を逸らさなかった。
「……私も、予約です」
「何を予約してるの二人とも!?」
『恋人』
「まだ返事してない!」
「……ですから、予約です」
「そんな制度ないよ!」
正面から、小さな拍手が聞こえた。
「いやぁ、青春だねぇ」
「タキオン!」
「私は何もしていないとも」
「見てたじゃん!」
「実に見事な比較実験だったよ」
「何の比較!?」
右を見る。
カフェがいる。
左を見る。
おともだちがいる。
二人とも、ものすごく満足そうだった。
私は熱くなった両耳を押さえながら、ようやく理解した。
考える時間はもらえた。
確かに、もらえた。
ただしどうやらこの二人、ゆっくり待つ気だけはまったくないらしい。