原作ウマ娘に告白されるモブウマ娘(短編集)   作:雅媛

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12 カレンチャン
生意気な後輩


 カレンは、かわいい。

 

 小さい頃から、どうすればもっとかわいくなれるか考えてきた。

 お洋服も、髪型も、笑い方も。自分で試して、周りの人がどんな顔をするか見て、少しずつ覚えてきた。

 

 パパもママもカレンのお願いを聞いてくれた。

 学園に来てからも、先輩に少し甘えると笑ってもらえた。

 年下のかわいい子に頼られるのは、みんな好きらしい。

 

 だから、ひとつ下の後輩がチームに入ってくると聞いたときも、かわいがってあげようと思っていた。

 

「カレンチャン先輩。ボクと勝負してください」

 

 初めて会った日に、あの子はそう言った。

 

 自己紹介をして、これからよろしくねって言った、そのすぐあと。

 カレンの前に立ったまま、まっすぐこちらを見ていた。

 

「勝負?」

「はい。先輩と走りたいです」

 

 同じ短距離を走る子だとは聞いていた。

 カレンと走れるのが、よっぽど楽しみだったのかな。

 

「いいよ。じゃあ、準備が終わったらね」

「ありがとうございます!」

 

 ぱっと顔が明るくなった。

 その顔を見て、カレンも笑った。

 

 元気な子だなあ。

 そのときは、まだそれくらいに思っていた。

 

 

 走ってみると、差ははっきりしていた。

 

 先にゴールしたカレンが振り返ると、あの子は少し遅れてやってきた。

 膝に手をついて息を整えながら、こちらを見上げる。

 

「もう一本、お願いします」

「今日はここまでって、トレーナーさんが言ってたでしょ?」

「でも」

「また今度ね」

 

 頭に手を載せると、耳がぴくっと動いた。

 

「よく頑張りました」

「……子ども扱いしないでください」

 

 口ではそう言うのに、すぐには手を払いのけない。

 少し撫でてから離すと、あの子は何か言いたそうな顔をした。

 カレンが首を傾げると、慌てて目をそらす。

 

 ふうん。なるほどね。

 

 次の日も、あの子はカレンのところに来た。

 その次の日も。

 併走できない日は、ほかの勝負を持ちかけてきた。

 

 休憩室に置いてあったゲーム。

 トレーニングの合間のじゃんけん。

 肉まんを、どちらが先に食べ終わるか。

 

「そんなに急いで食べたら、お腹が痛くなっちゃうよ」

「そんなことを言ってもボクが勝つことには変わりません」

「じゃあ、カレンの分も食べてくれる?」

 

 肉まんをあの子の口に押し付ける。

 カレンは肉まんがあまり好きではないのだ。

 

「……それは違いませんか?」

 

 そう言いながら、あの子は先にかれんのにくまんをたべた。

 カレンが笑うと、あの子も少しだけ口元を緩めた。

 

 

 ほかの子と話しているときも、気がつくと近くにいる。

 こちらから呼ぶとすぐ来るくせに、自分からは勝負をしようとしか言わない。

 もう少し素直に、一緒にいたいって言えばいいのに。

 でも、カレンのところまで来て、今日こそ勝ちますと張り切っている姿も、なかなかかわいかった。

 

 

 

「先輩、ちょっといいですか」

「いいよ。何するの?」

「……まだ何も言ってませんけど」

「勝負じゃないの?」

 

 あの子がむっとする。

 その顔を見ると、つい、もうひと言付け足したくなる。

 

「今度は何でカレンに負けたいのかな?」

「勝つために来てるんです!」

 

 声が少し大きくなった。

 近くにいたチームの子が振り返って、二人とも仲いいね、と笑う。

 カレンはそちらに笑い返した。

 あの子は、言い返さなかった。

 

 こちらへ向き直ると、さっきまで少し緩んでいた頬を引き締めようとしていた。

 

「で、今日は?」

「ゲームです。昨日、練習してきたので」

「カレンに勝つために?」

「そうです」

「そんなにカレンのことばっかり考えてるんだ?」

 

 あの子の手が止まった。

 こういうことを言うと、すぐ顔に出る。

 普段は勢いよく挑んでくるのに、少し近づいたり、目を見て褒めたりすると、返事が遅くなる。

 

「……勝ちたい相手のことを考えるのは、普通でしょう」

「うん。じゃあ、今日もいっぱい考えてね」

 

 その日のゲームでも、カレンが勝った。

 悔しがるあの子の隣で、お茶を飲む。

 もう一回と頼まれる前に、自分からコントローラーを持ち直した。

 

「次で最後ね」

 

 嬉しそうな顔を隠せていない後輩に、少しだけ肩を寄せる。

 あの子は画面を見たまま、座り直さなかった。

 

 

 

 そうしているうちに、走るときの差が縮まってきた。

 最初は振り返って待つ余裕があった。

 少し経つと、振り返ったときには、もうあの子もゴールを過ぎていた。

 さらに経つと、走っている途中で、隣にいるのがわかるようになった。

 

 並ばれると、自然と脚に力が入った。

 練習が終わったあと、カレンもすぐには言葉が出なくなった。

 

「今日、けっこう近かったですよね」

 

 隣で息を弾ませながら、あの子が言う。

 

「そうだね」

「次は勝ちます」

「それ、昨日も言ってなかった?」

「明日も言います」

 

 そう言って笑った顔に、思わず目が留まった。

 前は、負けるたびに眉を寄せていたのに。

 今はカレンと走るたびに、何かをつかんで帰っていく。

 

 トゥインクルシリーズに出走するようになってからは連戦連勝だった。

 カレンと並ぶぐらいだったのだからそれくらいなってくれないと困るが。

 勝って帰ってくると、あの子は真っ先にカレンを探した。

 

「見てました?」

「うん。おめでとう」

 

 そうして頭をなでるとなんだかんだで喜ぶ、かわいい後輩だった。

 そんなかわいい後輩と先輩という関係が変わったのは、きっとあの時だ。

 

「これで、先輩と同じレースに出られます」

 

 重賞に勝ち、次はGⅠというこの時だろう。あの子が目指すレースと、カレンが目指すレースは一緒だった。

 目の前の子は、もう、カレンについてくるだけの後輩ではなかった。

 それでも手を伸ばすと、あの子は避けなかった。

 

「楽しみにしてるね」

 

 今度は、本当に楽しみだった。

 

 

 

 高松宮記念。

 あの子にとって、初めてのGⅠだった。

 レースの前には、いつものように勝ちますと言われた。

 カレンも、いつものように笑って返した。

 

「うん。頑張ってね」

 

 かわいい笑顔で送り出して、レースではきちんと勝った。

 一瞬並んだけど、直線で突き放した。

 あの子がどれだけ力をつけてきたか知っているからこそ、でもまだ追いつかれるつもりはなかった。

 表彰式を終えて戻ると、あの子が待っていた。

 

「……おめでとうございます」

「ありがとう」

 

 カレンの顔を見て、また目を下げる。

 握った手には力が入っていて、唇も少し結ばれていた。

 

「悔しい?」

「当たり前です」

「そっか」

 

 近づいて、下から顔を覗き込んだ。

 

「カレンに勝つの、まだ早かったね」

 

 あの子が顔を上げた。

 こう言われたくないだろうなと、わかっていて言った。

 

「今日は勝てると、思ってました」

「カレンも、今日は負けないと思ってたよ」

「……次は、負けません」

 

 その目を見ていると、嬉しくなった。

 大きなレースで負けたばかりなのに、この子はもう、次にカレンへ勝つことを考えている。カレンのことばかり考えている。

 

「うん。待ってる」

 

 指先で、あの子の頬に触れた。

 

「それまでは、かわいい後輩でいてね」

「勝ったら、その扱いやめてくれますか」

「勝ってからお願いしてみたら?」

 

 あの子はカレンの手を外した。

 乱暴にはしなかったけれど、いつもよりしっかり握られた。

 

「覚えててくださいね」

 

 もちろん、覚えているに決まっている。

 

 

 秋のスプリンターズステークスでは、あの子が先にゴールした。

 最後まで追った。

 もう少しで届くと思ったのに、その少しが縮まらなかった。

 

 ゴールを過ぎて、前を走る背中を見る。

 春にはカレンが見せた背中を、今度は見せられていた。

 

 悔しかった。

 息を整えながら、笑顔を作る。

 近づいてきたあの子に、おめでとうと伝えた。

 あの子は嬉しそうに笑いかけて、それから少し困った顔になった。

 

 カレンがちゃんと笑えていなかったのかもしれない。

 二人で控室へ戻って、ほかの子が来る前に、隣の椅子へ座った。

 

「よかったね」

 

 あの子がこちらを見る。

 

「カレンに勝てて」

「……はい」

「春から、ずっと頑張ってたもんね」

 

 それは本当だった。

 練習のあとも自分の走りを確かめて、何度も相談をしていた。

 カレンと並んで走れる日には、いつも嬉しそうだった。

 

 知っている。

 知っていても、負けたくなかった。

 

「先輩」

「なあに」

「今、すごく悔しがってますよね」

 

 あの子の顔を見た。

 目が合うと、少し笑った。

 春に言われたことを、きちんと覚えていたらしい。

 

「……うん。すごく悔しい」

 

 かわいく言おうと思ったのに、声が少し低くなった。

 あの子の笑みが深くなる。

 初めてGⅠに勝ったときの顔より、その顔のほうが楽しそうに見えた。

 

「先輩のそういう顔、初めて見ました」

「嬉しそうだね」

「そりゃ、嬉しいです。先輩に勝ちたかったので」

 

 少しだけ膝を寄せた。

 

「満足した?」

「いえ。また勝ちたいです」

 

 カレンを見たまま、あの子は言った。

 

「先輩が本気で悔しがってくれるの、嬉しいです」

 

 すぐには、返事ができなかった。

 この子は、ただカレンに勝ちたかっただけじゃない。

 カレンにちゃんと見てもらって、一緒に競いたかったんだ。

 

 そんなこと、とっくにわかっていたはずなのに。

 あの子の口から言われると、少し違った。

 

「……言うようになったね」

 

 伸ばした手で、頬を軽くつまむ。

 

「今日はいっぱい喜んでいいよ」

「先輩、痛いです」

「痛くしてないでしょ」

「ちょっとしてます」

 

 手を離すと、あの子は頬をさすりながら笑った。

 その顔も、覚えておくことにした。

 

 

 

 

 次は、香港で一緒に走ることになった。

 同じ飛行機に乗って、席も隣だった。

 あの子は荷物を棚に入れると、先に座っていたカレンを見た。

 

「今度こそ、先輩もボクの後ろを走ることに慣れてください」

「一回勝っただけで、そんなこと言っちゃっていいの?」

「二回目になれば、言っていいですか」

「二回目があると思わないでね」

 

 あの子は楽しそうに笑って、窓側の席に座った。

 離陸してしばらくすると、眠ってしまった。

 最初は窓のほうへ傾いていた頭が、少しずつこちらへ寄ってくる。

 肩に触れたところで、止まった。

 起こそうかと思った。

 でも、朝から張り切っていたのを思い出して、そのままにした。

 ずれかけた毛布を直すと、あの子は少し身体を寄せてきた。

 

 カレンに勝って、あんな顔をさせておいて。

 今は何も知らない顔で、肩を借りて眠っている。

 

 頬にかかった髪をよけた。

 起きていたら、きっとすぐ顔を赤くしただろう。

 それを見られないのは、少し残念だった。

 

 

 

 香港に着いても、すぐには降りられなかった。

 地上の設備に不具合があって、準備が整うまで機内で待ってほしいと案内があった。

 一度立ち上がりかけたあの子が、また席に座る。

 

「しばらくかかるみたいですね」

「そうだね」

 

 窓の外を見て、携帯を見て、それからカレンを見る。

 カレンが笑うと、あの子は窓へ顔を戻した。

 

 チームのほかの子たちは、少し離れた席にいる。

 隣り合う二つの座席は通路から奥まっていて、小さな声なら、二人にしか聞こえなかった。

 

「ねえ」

「はい」

「飛行機で寝てたときのこと、覚えてる?」

「……寝てたので」

「カレンの肩、気に入った?」

 

 あの子がこちらを向いた。

 目が少し大きくなる。

 

「すみません。もたれてました?」

「うん。かわいかったよ」

「それは、忘れてください」

「どうしようかな」

 

 こちらへ向いた膝が、カレンの膝に触れた。

 あの子が少し引こうとしたので、その手に指先を載せる。

 動きが止まった。

 

「そんなに気にしなくてもいいよ。カレン、嫌じゃなかったし」

「……ありがとうございます」

 

 困っている。

 さっきまで、また勝つと張り切っていたくせに。

 この子はカレンに構ってほしくて、何度も挑んできた。

 カレンも、この子がやってくるのを待つようになった。

 練習で隣にいれば気になるし、レースに勝てば、どんな顔で喜ぶか見たくなる。

 負ければ、ほかの誰に負けるより悔しかった。

 

 今なら、周りの人には聞こえない。

 この子も、席を立って逃げられない。

 

 ちょうどいいな、と思った。

 

「カレン、あなたのこと好きだよ」

 

 手の下で、あの子の指が動いた。

 

「……はい?」

 

 少し顔を近づける。

 

「後輩としてかわいいっていうのもあるけど、それだけじゃないの」

 

 声を落として、あの子の目を見た。

 

「恋人になりたいって思うくらい、好き」

 

 あの子は何も言わなかった。

 口を開いて、閉じて、もう一度開いた。

 耳がこちらへ向いたまま、頬が少しずつ赤くなる。

 

 その顔を見ていると、自然と口元が緩んだ。

 

 嘘は言っていない。

 でも、今日、このタイミングで言ったのには、ちゃんと理由がある。

 

「……先輩」

「なあに」

「今、そういうことを言うのは」

「だめだった?」

「だめっていうか……」

 

 窓の外を見た。

 通路のほうを見た。

 最後にカレンへ戻ってきて、目が合うと、また口を閉じた。

 

 かわいい。

 春に負けて悔しがっていた顔も、秋に勝って得意そうだった顔も、よく覚えている。

 今の顔も、きっと何度も思い出す。

 

「ボクをからかってます?」

「うん」

 

 あの子の眉が寄ったところで、手を握った。

 

「でも、好きなのも本当だよ」

 

 さっきより赤くなった。

 握られた手を見下ろして、どうしたらいいかわからないみたいに、指を動かした。

 

「……レースの前ですよ」

「そうだね」

「こんなこと言われたら、考えるじゃないですか」

 

 カレンは小さく笑った。

 周りには聞こえないように、あの子にだけ見えるように。

 

「うん。いっぱいカレンのことだけを考えてね」

 

 あの子が、困った顔でカレンを見る。

 その手は、もう離そうとしなかった。

 

「ほんと、かわいい」

 

 まだ赤くなっていく後輩を見ながら、カレンはまた、楽しそうに笑った。




モエ「で、私が生まれたってわけ」
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