恋愛として好きかどうかは分からない。
昨日、スカーレットにそう答えた。
嘘ではない。スカーレットが大切なのは昔から分かっているし、幼馴染としても親友としても、たぶん家族に近い相手としても好きなのだと思う。
ただ、それを恋愛と呼んだことは一度もなかったし、そもそも自分がスカーレットの恋人になる可能性そのものを考えたことがなかった。突然、恋愛として好きだと言われても、私の好きがスカーレットの言う好きと同じなのかなんて、すぐに分かるはずもない。
なので、考えることにした。
私は昔から、分からないことがあれば調べる。
翌朝、机の上には恋愛について書かれた本が七冊積み上がっていた。
「…………」
一冊目を閉じる。
よく分からない。
二冊目も閉じる。
やっぱりよく分からない。
三冊目には、恋愛感情を抱いたときに起こりやすい心理的な変化について書いてあった。相手に会いたくなる。相手のことを考える時間が増える。相手からどう見られているのか気になる。触れられることを意識する。ほかの相手に嫉妬する。
最初の二つはスカーレットに当てはまる。
ただし幼馴染なので昔からよく会っているし、スカーレットのことを考える時間が長いのも当然である。今日何を食べさせるかとか、昨日少し張っていた右肩をいつ揉むかとか、引退して運動量が落ちた分の食事をどう調整するかとか。
「違う」
一旦本を閉じた。
今考えるべきなのはスカーレットの肩ではない。
次の本を開く。
恋愛対象を特別扱いする。
これも判定に使えない。スカーレットは最初から特別である。
一緒にいることを望む。
それも昔からだ。
身体的な接触を嫌ではないと感じる。
昨日は手を繋いだ。尻尾も絡めた。抱きしめられた。
嫌ではなかった。
というより、今思い返してみると、結構好きだったような気もする。
「…………」
本を閉じる。
顔が少し熱い。
部屋が暑いのかもしれないと思って窓を開けた。
涼しかった。
やっぱり分からない。
結局、七冊全部読んでも答えは出なかった。本が悪いのではない。たぶん私の使い方が悪い。
こういうときは人に聞く方が早い。
少し考えてからスマートフォンを取り出した。
『ウオッカ。相談がある』
すぐに既読がついた。
『嫌な予感しかしねえ』
『恋愛について』
しばらく返事が来なかった。
『なんでオレなんだよ』
『スカーレットの友達だから』
『お前もだろ』
それはそう。
『マーちゃんも呼ぶ』
『ありがとう』
一時間後、私はカフェテリアでウオッカとマーちゃんの向かいに座っていた。
ウオッカは最初から疲れた顔をしている。
マーちゃんは少し楽しそうだった。
「で?」
ウオッカが頬杖をつく。
「昨日スカーレットに告白されたんだよな」
「うん」
「幼馴染としてじゃなくて、恋愛で好きだってところまで、わざわざ説明された」
「うん」
「んで、お前は自分があいつを恋愛で好きなのか分かんねえと」
「そう」
「……まあ、そこは自分で考えるしかねえんじゃねえか」
「やっぱり?」
「オレがお前の気持ち知ってたら怖いだろ」
「それはそうだね」
少し残念だが、正論だった。
「ですが、確認のお手伝いならできるかもしれません」
マーちゃんが言う。
「どうやって?」
「いくつか質問をしてみましょう」
「お願い」
「なんでマーちゃんには素直なんだよ」
「ウオッカもありがとう」
「今言われると取ってつけたみてえだな……」
ウオッカがため息をついた。
「まず、リリーさんはスカーレットさんをどう思っていますか?」
「大事」
「どのくらい?」
「すごく」
「もう少し具体的にお願いします」
難しい。
「怪我してほしくない」
「はい」
「病気にもなってほしくない」
「はい」
「無理してたら止めたいし、ちゃんと食べてほしいし、ちゃんと寝てほしい」
「母親じゃねえか」
「違うよ」
「同い年だから、だろ。知ってる」
「うん」
「そこ毎回律儀だよな、お前」
ウオッカが呆れている。
「では、スカーレットさんが幸せであれば、それでいいですか?」
「うん」
これはすぐに答えられた。
「例えば、リリーさん以外の恋人ができても?」
「…………」
少し考える。
「ちゃんとした人なら」
「では、具体的に想像してみましょう」
マーちゃんが横を見る。
「ウオッカさんで」
「なんでオレなんだよ」
「リリーさんもよく知っていますし、スカーレットさんとも親しいです。想像しやすいでしょう?」
「だからって勝手に付き合わせんなよ」
「想像するだけです」
「オレは想像されるのも嫌なんだけど」
私はウオッカを見る。
確かに条件はかなりいい。
GⅠにもいくつも勝っている。脚は当然ものすごく速い。顔立ちも整っていてイケメンである。ぶっきらぼうに見えて意外と面倒見もいいし、困っている相手を見捨てる性格でもない。
少なくとも私が勝てるところは、あまり思いつかない。
スカーレットと並んでも見栄えはいい。
ちゃんとした人、という条件なら文句はないと思う。
「…………」
「なんだよ」
「何でもない」
「では、想像してみてください」
「うん」
目を閉じる。
スカーレットとウオッカが付き合う。
二人で買い物へ行く。
たぶん喧嘩する。
一緒にご飯を食べる。
そこでもたぶん喧嘩する。
映画を見る。
上映中はさすがに静かだろう。
「どうですか?」
「映画ぐらいは一緒に行きそう」
「では、昨日リリーさんとスカーレットさんがしたようなこともしてみましょう」
「昨日?」
「手を繋ぎます」
「…………」
スカーレットとウオッカが手を繋ぐ。
嫌だ。
「尻尾も絡めます」
「…………」
もっと嫌だ。
「抱きしめます」
「…………」
かなり嫌だ。
「それから、恋人ですので、いつかはキスをするかもしれません」
「…………」
ものすごく嫌だ。
目を開ける。
正面にウオッカがいた。
さっきまでは、速いし格好いいし面倒見もいい、ちゃんとした相手だと思った。
今はちょっと殴りたい。
「ウオッカ」
「……なんだよ」
「嫌でしょうがないから、一回殴っていい?」
「なんでだよ!?」
「軽くだけ」
「軽くても嫌だよ! つーかオレ何もしてねえだろ!」
「分かってる」
「分かってて殴ろうとすんな!」
「でも、嫌」
「だったら想像やめろ!」
「マーちゃんがしろって」
「だからって現実のオレに当たるな! 想像の中でスカーレットと付き合わされた挙げ句、現実で殴られるとか理不尽すぎるだろ!」
確かに理不尽かもしれない。
「ごめん」
「分かればいいけどよ……」
「でも一回だけなら」
「分かってねえ!」
駄目らしい。
「リリーさん」
「うん」
「かなり嫌だったようですね」
「うん」
「顔はほとんど変わっていませんけど」
「普通だから」
「普通じゃねえよ」
ウオッカが指差す。
「耳、後ろにぺったりじゃねえか」
「耳?」
「尻尾もさっきからバシバシ椅子叩いてるぞ」
見る。
本当だった。
尻尾がかなり不機嫌そうに動いている。
「機嫌悪くないよ」
「身体が全力で否定してんだろうが!」
「ウオッカさんを見るたびに耳もさらに絞られています」
マーちゃんが楽しそうに付け加える。
「そう?」
「はい」
「見るなって! オレ本当に何もしてねえからな!?」
それは分かっている。
分かっているけれど、スカーレットとキスするウオッカを想像すると、やっぱり腹が立つ。
「ウオッカ」
「今度はなんだよ」
「やっぱり一回」
「駄目だ!」
「そう」
残念。
「でも、それだけなら幼馴染を取られたくないだけかもしれない」
私は言った。
「そうですね」
マーちゃんはあっさり肯定した。
「じゃあまだ分からないね」
「もうぜってえ違うだろ!」
ウオッカがとうとう机へ突っ伏した。
「何が?」
「幼馴染取られたくねえだけの奴が、キス想像しただけで相手殴ろうとするか!? しかもオレがちゃんとした奴だって分かった上で嫌なんだろ!?」
「ウオッカがちゃんとしてるかは」
「そこ今疑うなよ!」
「ちゃんとしてると思ってるよ」
「じゃあ余計そうだろ!」
「でも恋愛じゃない可能性はある」
「ねえよ! もう答え出たろ! 解散でいいだろ!」
「ウオッカさん、もう少しお付き合いください」
「マーちゃんも楽しんでるだけだろ!」
「少し」
「絶対少しじゃねえ!」
結局、ウオッカは帰らなかった。
「では、今度はリリーさん自身について聞いてみましょう」
「うん」
「お二人で食事へ行くとします。リリーさんが食べたいものと、スカーレットさんが食べたいものが違ったら?」
「スカーレットが喜びそうな方」
「映画は?」
「スカーレットが楽しめそうな方」
「旅行先は?」
「スカーレットが行って喜びそうなところ」
「やっぱり全部あいつじゃねえか」
ウオッカが言った。
「別にスカーレットを優先してるわけじゃないよ」
「は?」
「私がそうしたいだけ」
二人が少し黙った。
「どういう意味でしょう?」
「スカーレットに楽しんでほしいから、私がそうしたいの。だから私のため」
「……ああ」
マーちゃんが少し納得したように頷く。
「では、スカーレットさんが『今日はリリーさんの見たい映画にしよう』と言ったら?」
「スカーレットが見たい方にする」
「本人がそう言ってんのに?」
ウオッカが聞く。
「私がスカーレットの見たい方見たいから」
「ややこしいな!?」
「例えばスカーレットさんが、『今日は私のことを気にしないで、自分の好きなことをして』と言っても?」
「気にするよ」
「言うこと聞けよ」
「なんで?」
「本人の希望だろ」
「でも私はスカーレットに楽しんでほしい」
「スカーレットの希望より自分の希望優先してんじゃねえか!」
「うん」
その通りである。
「自覚あんのかよ!」
「あるよ」
「じゃあさっきまでの話なんだったんだ!?」
「だからスカーレットを優先してるわけじゃないって言った」
「……あー」
ウオッカが頭を抱えた。
「リリーさんは自己犠牲をしているわけではないのですね」
マーちゃんが言う。
「自己犠牲?」
「ご自分が我慢して、スカーレットさんの希望を叶えてあげているのではなく」
「我慢はしてないね」
「スカーレットさんに喜んでもらいたい、楽しんでもらいたい、というのがリリーさん自身の希望」
「うん」
「だからスカーレットさん自身が遠慮しても、リリーさんがしたければする」
「うん」
「結構強引ですね」
「そう?」
「そうですよ」
知らなかった。
「じゃあさ」
ウオッカが顔を上げる。
「もしスカーレットが本気で『それ嫌だからやめろ』って言ったら?」
「それはやめる」
「そこは聞くんだな」
「嫌がることしたら楽しんでくれないでしょ」
「……筋は通ってんのが腹立つな」
何が腹立つのかは分からない。
「では、リリーさんはいつ頃からそうなのですか?」
「そう?」
「スカーレットさんが喜ぶことをしたい、と思うようになったのは」
「…………」
いつからだろう。
トレセン学園に入ってからではない。
スカーレットがレースを始めてからでもない。
もっと前。
ずっと昔。
「小さい頃から」
「スカーレットさんが走り始める前ですか?」
「うん」
「では、レースのサポートを始めたからスカーレットさんを特別扱いするようになったわけではないのですね」
「違うね」
考えてみれば当たり前だった。
私はスカーレットが走るようになったから傍にいたわけではない。
先に傍にいた。
そのスカーレットが走ると言ったから、私にできることを探した。
身体を調べた。
食事を勉強した。
怪我を防ぐ方法を覚えた。
マッサージも、笹針も、何もかも。
レースのサポートというのは、私がずっとしてきたことの形が変わっただけだった。
「最初は?」
「最初?」
「なぜスカーレットさんと一緒にいたいと思ったのでしょう」
「…………」
ずいぶん昔のことを思い出す。
幼い頃のスカーレット。
今よりずっと小さくて、まだ強がり方も下手で、何か気に入らないことがあるとすぐ顔に出ていた。
初めて会った日の細かい会話までは、もうよく覚えていない。
でも、一つだけ妙にはっきり残っている。
スカーレットが笑った。
何を話した後だったかも覚えていない。
ただ、赤い髪を揺らして、ぱっと明るく笑った。
その顔を見た瞬間。
ああ。
この子には、ずっとこうして笑っていてほしい。
そう思った。
「…………」
「リリーさん?」
「思い出した」
「何を?」
「最初にスカーレットが笑ったところ」
口にすると、それだけで昔の光景が少し鮮明になる。
「すごくかわいかった」
「今も本人に言ってやれよ」
「言ってるよ」
「そういや普通に言う奴だったな、お前」
「それで」
続ける。
「そのとき、ずっと笑っててほしいって思った」
「…………」
「だから一緒にいたかったのかも」
スカーレットが走るからではない。
勝たせたいからでもない。
レースを支えるためでもない。
そのずっと前から。
私はスカーレットが笑っているのが好きだった。
スカーレットが楽しそうなのが好きだった。
だから、そうしてほしかった。
そのために自分が何かできるなら、したかった。
それがレースを始めてからは食事になり、身体の管理になり、勉強になった。
ただそれだけだったのだ。
「それって」
自分で言いかけて、止まる。
「何ですか?」
「……ひとめぼれ?」
「今さらかよ」
ウオッカが言った。
「そうなのかな」
「オレに聞くな」
「マーちゃん」
「マーちゃんから見ると、かなりそれらしいです」
「そうなんだ」
知らなかった。
前世を含めても恋愛経験なんてないので、もっと特別な何かがあるのだと思っていた。
心臓が急に大きく鳴るとか。
見た瞬間に運命だと分かるとか。
そういう分かりやすいもの。
私の場合は違った。
この子に笑っていてほしい。
その顔をもっと見たい。
一緒にいたい。
ただそれだけだった。
そして、そのまま何年も経った。
「……ずっと好きだったのかな」
小さく言う。
マーちゃんは答えなかった。
ウオッカも、今度は何も言わない。
たぶん、これは私が決めることなのだろう。
「もう一回だけ想像してみましょうか」
「ウオッカ?」
「もうオレ使うなよ!」
「使わないですよ」
マーちゃんが笑う。
「スカーレットさんに恋人ができました」
「うん」
「その方と一緒に暮らして、毎日一緒にご飯を食べて、休日も一緒に過ごします」
「嫌」
「嬉しいことがあれば、その方に一番に話します」
「嫌」
「困ったことがあれば、その方を最初に頼ります」
「嫌」
「手を繋いで」
「嫌」
「尻尾を絡めて」
「嫌」
「抱きしめて」
「嫌」
「キスをします」
「すごく嫌」
「ほらな」
ウオッカが言う。
「では、その場所にリリーさんがいるのは?」
「…………」
今度は自分を置いてみる。
スカーレットと一緒にご飯を食べる。
休日に出かける。
嬉しいことを一番に聞く。
困ったときに頼られる。
手を繋ぐ。
尻尾を絡める。
抱きしめる。
昨日よりも、もっと近いこともする。
「…………」
「耳」
ウオッカが言った。
「なに?」
「今度はぴんぴんだぞ」
「尻尾もです」
マーちゃんに言われて見る。
尻尾が小さく左右に揺れている。
「別に嬉しくないよ」
「お前、もうその言い訳無理だぞ」
「……ちょっと嬉しい」
「ちょっと?」
「かなり」
今度は言い切った。
「進歩したな」
「褒められた?」
「たぶんな」
考える。
私はスカーレットを優先していたわけではない。
スカーレットのために自分を我慢していたわけでもない。
もっと単純だった。
私が、スカーレットに笑ってほしかった。
私が、スカーレットに楽しんでほしかった。
私が、その隣にいたかった。
だからやっていた。
した方がいいからではなく。
したいから。
「私、ずっと自分の好きなようにしてたんだ」
「今気づいたのかよ」
「うん」
「アンタ、結構我が強いですからね」
「マーちゃんまで」
「褒めています」
「そう?」
たぶん褒められてはいない。
「でも」
自分でも少し笑いそうになる。
「その好きなように、の中にずっとスカーレットがいた」
小さい頃から。
レースを始める前から。
レースを走っている間も。
引退した今も。
形が変わっただけで、何も変わっていなかった。
そしてスカーレットが私を恋人にしたいと言った。
昨日は困る方が大きかった。
でも今は。
「……嬉しい」
「何が?」
「スカーレットが私を選んでくれたの」
今度は迷わなかった。
「かなり?」
ウオッカが聞く。
「かなり」
「ならもういいだろ」
「うん」
スマートフォンを取り出す。
『今から会える?』
送る。
ほとんど間を置かずに既読がついた。
『会えるけど、どうしたの?』
指が少し止まる。
文字で済ませるのは違う気がした。
『昨日の返事したい』
送信する。
しばらくして、
『寮にいる。来て』
と返ってきた。
「行ってくる」
「おう」
「頑張ってください、リリーさん」
「うん」
「お、今回は何をって聞かねえんだな」
「何するか分かったから」
「そりゃよかった」
立ち上がる。
「リリー」
「なに?」
「今度から嫉妬したからってオレ殴ろうとすんなよ」
「嫉妬?」
「……そこはまだ分かってなかったのかよ」
「今分かった」
「もう帰れ!」
「うん。ありがとう」
「おう」
「マーちゃんもありがとう」
「どういたしまして。マーちゃんは良い結末を期待しています」
「結末?」
「このお話のです」
「?」
「お気になさらず」
よく分からない。
カフェテリアを出る。
寮まではそれほど遠くない。
普通なら歩く距離だ。
でも、今は少しでも早くスカーレットに会いたかった。
なので走る。
私は足が遅い。
本当に遅い。
トレセン学園のウマ娘とは思えないくらい遅くて、スカーレットたちなら軽いジョギングにもならない速度なのに、私はそれでも一生懸命脚を動かす。
ぽてぽてぽて、と自分でも聞こえてきそうだった。
途中で少し息が切れた。
それでも止まらなかった。
寮が見える。
入口の前にスカーレットがいた。
私を見つける。
「リリー?」
少し驚いた顔をされた。
「走ってきたの?」
「うん」
「なんで!?」
「早く会いたかったから」
「…………」
スカーレットが固まった。
「どうしたの?」
「アンタね……そういうの、急に言うのやめなさいよ」
「なんで?」
「いいから!」
よく分からない。
でも、スカーレットの頬が赤い。
「それで?」
スカーレットが一度深呼吸する。
「昨日の返事って」
「うん」
ここまで来て、少しだけ緊張した。
昨日はスカーレットが言った。
今日は私が言う番だ。
「考えた」
「……うん」
「本も読んだ」
「何冊?」
「七冊」
「なんで恋愛まで勉強から入るのよ!」
「分からなかったから」
「アンタらしいけど!」
「それでウオッカとマーちゃんにも相談した」
「……あの二人に?」
「うん」
「何言われたの?」
「ウオッカとスカーレットが付き合ってキスするところ想像した」
「はあ!?」
「すごく嫌だった」
「……そう」
一瞬で声が小さくなった。
「ウオッカ殴りたくなった」
「なんでウオッカが被害受けてるのよ」
「本人にも怒られた」
「でしょうね」
「でも、そのあと分かったことがある」
「…………うん」
スカーレットが真っ直ぐ私を見る。
「初めてスカーレットが笑ったところ、思い出した」
「え?」
「すごくかわいかった」
「な、何よ急に」
「そのとき、この子にはずっと笑っててほしいって思った」
「…………」
「だから一緒にいたかったみたい」
レースが始まる前から。
トレセン学園へ来る前から。
ずっと。
「ひとめぼれだったのかもしれない」
「…………」
「スカーレット?」
「ちょっと待って」
「うん」
「心の準備させて」
「昨日は私にはさせてくれなかったよ」
「うるさい!」
怒られた。
でも、少し笑っている。
その顔を見て、やっぱり好きだと思った。
私はこの顔が見たかったのだ。
昔からずっと。
「それでね」
「……うん」
「恋愛がどういうものなのか、まだちゃんと説明はできない」
「うん」
「スカーレットと私の好きが、まったく同じ形なのかも分からない」
「……うん」
「でも、スカーレットが誰かと付き合うのは嫌」
「うん」
「誰かがスカーレットの一番近くにいるのも嫌」
「……うん」
「私がそこにいたい」
スカーレットの耳がぴんと立つ。
「これからも一緒にいたい」
「…………」
「それに、スカーレットが私を選んでくれたの、すごく嬉しかった」
もう、答えは分かっている。
私は少しだけ息を吸った。
「だから、昨日の返事だけど」
「……うん」
スカーレットが息を止める。
私は彼女の目を見た。
幼い頃に見たあの笑顔を、これからも一番近くで見ていたい。
そのためなら、私が言うことは一つしかない。
「私も――」
その先は、スカーレットにだけ聞こえれば十分だった。
一瞬だけ赤い瞳を大きく見開いて
次の瞬間
昔、私がひとめぼれしたときよりも、ずっと嬉しそうに、そして綺麗にスカーレットが笑った。
だからきっとこれでよかったのだと思う。