間違ってる青春ラブコメは鋼鉄の浮遊城で   作:デルタプラス

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第13話です。
今までで一番長くなってしまったw


第13話 そして、彼らは剣を振るう。

ディアベルが死んだ。

 

 

絶望が、悲しみが、恐怖が、この場を支配していくのがわかる。

 

本来なら、撤退すべきところだ。リーダーが死に、代役を務められる者もいない。レイド全体の士気は最低だ。このままでは、更なる死者が出かねない。

 

だが、今の状態では撤退もままならないだろう。ショックのあまり座り込んでいるプレイヤーも数人いる。撤退するといっても、ただ出口を目指して走ればいいというものでもない。そんなことをすれば、ボスに対して無防備な背中を晒すことになってしまう。そんなもの、殺してくださいと言っているようなものだ。

 

ならどうするのか。ボスに対して立ち向かえるプレイヤーが殿を務める他ない。だが、この状況でボスに立ち向かえるプレイヤーがどれほどいるか。1パーティー分でもいればいい方だろう。

 

「ガアアアァァ!」

 

様々に思考している間に、ボスが行動を再開した。無造作に太刀を振るい、数人のプレイヤーを吹き飛ばす。なんとか回避したり防御するプレイヤーもいるが、明らかに逃げ腰だ。

 

「ッチ」

 

今は考えていても仕方がない。動ける者が動かなければ、このまま全滅する。

 

駆け出した。ボスに向かって真っ直ぐに。何か考えがあった訳ではない。勇気でもなければ、無謀ですらない最早自殺に等しいかもしれない。

 

「エイト!?」

 

俺の行動にいち早く気付いたキリトの声が後ろから聞こえる。ボス《イルファング・ザ・コボルド・ロード》は太刀を大上段に構え、双眸を赤々とギラつかせながら振り下ろそうとしていた。

 

「…」

 

無言のまま、大きくあいた横っ腹に《レイジスパイク》を叩き込んだ。

 

「グオッ!?」

 

《コボルド・ロード》の巨体が揺らいだ。しかし、流石はフロアボスだ。数歩後退しただけで、すぐに体勢を持ち直す。怒りを孕んだように見える目がこちらを睨めつける。俺はそれを冷静に見返す。不思議と恐怖は感じなかった。感覚が麻痺してしまったのだろうか。

 

反撃来るまでに《レイジスパイク》の硬直は解ける。体感的にそれがわかった。ボスが太刀を上段に持ち上げる。あの位置からなら、ほぼ袈裟懸けに斬りつけてくる。剣で受ければ勢いで負けて吹き飛ばされる。AGIを最大に活かして後ろに飛ぼう。

 

ボスが太刀を振り下ろした瞬間、俺とボスの間に黒い影が割って入った。

 

ガァンッ

 

剣と剣がぶつかり合う音。

 

「一人で突っ込むなよ」

 

割って入ったのはキリトだった。

 

「仮にもパーティーメンバーでしょ?」

 

いつの間にか、Asunaも側に来ていた。

 

「…すまん」

 

全く、なんで来るんだよ。お前らこそ真っ先に逃げるべきなのに。そんな歳で死に急ぐようなまねするなよ。こういうことは俺みたい奴がする事なんだよ。

 

ディアベルが最期に言いかけたのは、間違いなく

 

みんなのために

 

という言葉だ。みんなのために。誰か一人が犠牲になってみんなが助かれば、それでみんなのためになる。俺はゴキブリ並みにしぶとい自信があるし、死ぬ気もないけど。

 

いや、そうじゃないだろ。確かに、こいつらには死んでほしくないし、俺自身死ぬ気はない。だが、ディアベルの考えていた"みんな"には、俺やここにいるプレイヤーだけでなく、このSAOに囚われている全てのプレイヤーが含まれている。そして、その"みんな"のためにボスを倒してくれと言ったのだ。その言葉は、彼の真の願いだった。それは、ある意味では独善的で、とても尊いものだ。全く柄ではないが、その願いを叶えてやりたいと思ってしまった。

 

彼の意志を継ごうとは思わないが、少なくともこのボスは倒してやりたい。しかし、それこそ独り善がりな考えだ。だから、他のプレイヤーを巻き込む気はない。全く嫌になる。未だにこういう考え方が出てきて感情を押し潰してしまう。

 

本当は嬉しかった。キリトとAsunaが一緒に戦ってくれることが。

 

「サンキュな」

 

偶には感情素直になってもいいだろ?

 

その呟きが聞こえたかどうかはわからない。キリトがこちらを向いてニッと笑った。

 

「ゴアアアァァ!!」

 

先程まで立て続けに現れた乱入者を忌々しげに睨んでいた《コボルド・ロード》は、苛立ちを咆哮に変えると攻撃態勢に入った。

 

「手順は《センチネル》と同じだ!」

 

キリトのその声を合図にして、三人同時に動く。キリトは真っ直ぐにボスへ向かっていき、Asunaはすぐにスイッチできる後方の位置へ。俺はボスのほぼ真横、キリトをフォローできる位置へと動く。

 

キリトはボスと一合、二合、三合と打ち合う。両者互角といったところか。

 

SAOでは、プレイヤーやモンスターの体格が筋力パラメータに影響することはないが、よくもあれだけの巨体を相手に正面からぶつかれるものだ。心理的な圧力は相当なもののはずなのに。

 

ギャァン

 

ソードスキル同士がぶつかり、キリトとコボルドロードが両者とも大きくノックバックする。

 

「オラッ!」

 

その隙を逃さず懐に飛び込むと、全力のソードスキルをお見舞いする。ほぼ同時に、Asunaもソードスキルを叩き込んだ。流石にたまりかねたのか、コボルドロードも転がるように後退する。というか、軽く吹き飛んだ。吹き飛んだ方向を考えれば、Asunaの一撃によるものだろう。Asunaさんマジパネェっす。

 

そんなちょっと失礼な感じの尊敬を込めた視線で当人を見ていると、フードつきケープを一気に引き剥がした。あれ?それ取っちゃって良かったんですか。彼女の美しい容姿が露わになる。やはり場違い感がすごい。そして訪れる沈黙。未だに混乱の渦中にあったプレイヤーたちまでもがAsunaの姿に見惚れていた。

 

ねえねえ君たち、今がどんな状況かわかってます?というかキリト、お前まで見とれちゃいかんだろ。まあでも、これは好機だ。この一瞬の間で多少なりとも体勢を立て直すことが出来る。

 

「全員出口方面に後退して回復しろ!!」

 

「絶対にボスを囲むような動きはするな!範囲攻撃が来る!!」

 

俺の直後にキリトも叫んで指示を出す。プレイヤーたちが一斉に後退する。

 

「次、来るぞ!」

 

キリトの一声で、再び先程のようなフォーメーションになる。囲んではいけないということは、最低でもボスの背後を取らなければいいのだ。先っきはキリト一人にボスを任せてしまった。いくら彼が強いといっても、一人で攻撃を受け続けるのは限界がある。ゆえに、その限界が来る前にスイッチして役割を交代するか、限界が来る前にボスを倒すか、あるいはその限界を先延ばしにしてやるか。何れかを実行することになる。

 

一つ目は最も現実性があるように思うが、俺はまだボスと剣を打ち合わせたことがない。俺よりも高い筋力パラメータを持っているであろうキリトが、なんとか受け切れている状態である。通常攻撃はともかく、ソードスキルを受け止められる可能性は低い。

 

二つ目は不可能だ。こちらの火力が圧倒的に不足している。

 

となると三つ目なわけだが、これは運要素が大きい。限界を先延ばしにするというのは、例えば、ハンマーで十回叩かれても割れないが、それ以上叩かれると割れてしまうガラスを想像してもらえばいいだろうか。ハンマーがガラスを叩くことが避けられないとすれば、どうやってガラスの寿命を延長すれば良いだろう。答えは簡単だ。ガラスを叩く頻度を落としてやればいい。5秒に一回を10秒に一回にしてやれば、単純に考えて倍長持ちする。

 

今回はボスの体勢を崩すことによって攻撃頻度を落とす。具体的に言えば、足を引っ掛けて転ばせる。プレイヤーを含めた人型の動体オブジェクトには、《転倒》という特有のバッドステータスがある。この転倒状態というのは実に厄介で、比較的陥りやすい上に自力での解除が不可能なのだ。しかも、この状態の時は何も出来ない。ゆえに、確実に攻撃頻度は減少する。

 

足を引っ掛けて転ばせるといっても、ちょっと足を蹴飛ばした程度では絶対に転ばない。《転倒》を引き起こすには、それなりの衝撃が必要になる。現在の俺が生み出せる最大の衝撃は、間違いなくソードスキル。それも突進系のもの。

 

さて、あとはタイミングだ。ボスの注意が完全に逸れている瞬間を狙いたい。足を攻撃するという行動の特性上、ボスに近づけば近づくほどにボスの上半身の動きが見えなくなってしまう。だから、こちらへの注意が皆無の瞬間を狙うべきなのだ。

 

思考している間にも、キリトの限界は近づいてきている。迷っている暇はない。次のタイミングで仕掛けよう。

 

ギンッ

 

剣と剣が交錯し、少し火花が散る。それを合図に動く。走りながら剣を左肩に担ぐように持ち上げる。システムがソードスキルの予備動作を感知して、刀身が黄緑色のライトエフェクトを纏う。すぐさま突進系ソードスキル《ソニックリープ》を発動。システムによる急激な加速を感じながら、床すれすれを滑るように飛翔する。そして、目の前に迫ったボスの足めがけて全力の一撃を叩き込む。

 

「ッ!!」

 

直後、技後硬直に襲われる。視線だけを上に向ける。視界に映ったのは、ゆっくりとこちらに近づいてくる巨体。

 

「は?」

 

ドーン

 

わずかな間を開けて、ボスの巨体が倒れ込んだ。

 

「ふぅー、間一髪だったな」

 

端的に言えば、俺はエギルに助けられた。

 

「お、おう。ありがとな」

 

俺が礼を言うと、

 

「お安い御用さ」

 

エギルはニッと笑って答えた。

 

「あー、もう降ろしてもらっていいぞ?硬直も解けてるし」

 

俺は現在、エギルにお姫様だっこされている。ボスに潰されかけたところを助けてもらった手前強くはいえないが、早くこの状態を脱したい。

 

「そうか。なら、もう降ろすぜ」

 

そう言って降ろしてくれた。幸い、見ていた人数は少ないし状況が状況なので、これが黒歴史になることはないと信じたい。

 

だが、いつまでも益体のない思考をしているわけにもいかない。視線をボスに戻すと、残りHPが数ドットになっていた。そしてすでに立ち上がろうとしていた。今の転倒状態のうちにキリトやAsunaとエギル同様に回復を終えた数名が攻撃を加えたようだが、トドメをさすには至らなかったらしい。

 

完全に立ち上がったコボルドロードは、怒り混じりの咆哮をすると、すぐにソードスキルを発動した。

 

「全員ガード!!」

 

キリトの咄嗟の一声で大事にはならなかったが、数名が吹き飛ばされ、キリトたちも後退を余儀なくされていた。そこへさらなる追撃のソードスキルが襲いかかる。その直前、エギルが割って入り、両手斧ソードスキル《ワールウィンド》でこれを相殺する。

 

コボルドロードが大きくノックバックしたところに、俺は斬り込んだ。確かな手応えと共にソードスキルは命中するが、倒すには僅かに及ばない。コボルドロードは獰猛な笑みを浮かべる。それに卑屈な笑みで返す。いつもなら俺はボッチだからお前の勝ちなんだけどね。今回はどうやら違うらしいんだ。

 

「キリト!アスナ!」

 

「ああ!行くぞアスナ!これで最後だ!」

 

「了解!」

 

頼もしい返事を聞きながら、飛び込んでいく二人を見守る。

 

最後の一撃はほぼ同時だった。二人の剣が突き刺さった場所から、ボスの体に亀裂が入っていく。やがてその亀裂は全身に広がり、《イルファング・ザ・コボルドロード》は光と共に大量のポリゴン片となって死んだ。

 

 

第13話 彼らは剣を振るう。 終




本当はこの話でボス戦関連の話を終わらせたかったんですけどね…
すみません。もう少しだけお付き合いください。
感想あると嬉しいです。

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