「これは、ゲームあっても遊びではない」
『ソードアート・オンライン』ゲームプログラマー・茅場晶彦は何かの雑誌のインタビューでそう語っていた。
今、俺はその言葉を本当の意味で理解しかけているのかもしれない。
鋼鉄の浮遊城《アインクラッド》第1層、黒鉄宮の大広場。
現在この場所に、おそらくSAOにログインしているすべてのプレイヤーが集まっている。その頭上には巨大なアバターが浮遊している。
俺はフィールドに出て狩りをしていた際に青白い光の包まれたと思ったら、この場所に強制テレポートさせられていた。
そして、俺を含むプレイヤーの頭上に趣味の悪い不気味なエフェクトと共に赤いローブ姿の巨大アバターが現れた。
こんなことができるということは間違いなく運営の人間だ。だが、何かのイベントというには違和感がある。直感が「危険だ。回避しろ」と警鐘を鳴らす。どうすべきか思案し始めたとき、巨大アバターが両手を広げて話し始めた。
「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」
私の世界?どういう意味だ?
「私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」
その言葉に愕然とする。茅場晶彦。それじゃあこいつは…。
「プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う」
気付いてはいた。正式サービス初日だから何か不具合が起きているのだろうと思っていたが、その理由を説明してくれるらしい。しかしなんだ、この違和感は?
「しかし、これはゲームの不具合ではない。繰り返す。不具合ではなく、これは『ソードアート・オンライン』本来の仕様である」
不具合ではない。本来の仕様。ハハ、何言ってやがる。
「諸君は自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止、あるいは解除もあり得ない」
「もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる」
「残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからずあり、その結果、213名のプレイヤーがこのアインクラッドおよび現実世界からも永久退場している」
そう言って、茅場晶彦はいくつかのウィンド開いて見せる。俺はそれを見て一つの事実を認めざるを得なかった。213名の人間が死んだという事実を。
「御覧の通り、多数の死者が出たことを含め、あらゆるメディアがこの状況を繰り返し報道している。よって、すでにナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなったと言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい」
「しかし、十分に留意してもらいたい。今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。
抑揚の薄い声。感情を感じさせないその声が、紛れもない事実を告げているということを如実に表していた。
「諸君らが解放される条件はただ一つ。このゲームをクリアすれば良い」
「現在君たちがいるのはアインクラッドの最下層、第1層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階に進める。第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ。」
βテストでは2か月で第9層までが限界だった。全100層を攻略するとなれば、単純計算で1年10ヶ月。しかし、HPが0になれば死ぬというシステムが枷になって攻略が遅れることは避けられない。
「それでは最後に、諸君らのアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ」
その言葉を聞き終わる前に、メニューウィンドを出してアイテムストレージを確認する。そこに表示されたのは、
「手鏡?」
とりあえずオブジェクト化してみる。鏡に映るのは知性的かつ西洋的な顔立ちの俺のアバター。アバターを作成する時、ライトセイバーを操る騎士のマスター・ケノービをモデルにしていたからだ。目も腐っていないし、いかにもできる大人という感じで、まさに俺にぴったりだ。などと場違いな自賛をしていると、
「っ!?」
突如、青白い光に包まれる。
まさかまたテレポートか、と身構えたがそうではないらしい。光が収まりあたりを見回してみてもここが黒鉄宮の大広場であるのは確かだ。だが、あちこちで同じような光がプレイヤーを包んでいる。プレイヤーの間に動揺が走っているのがわかる。
「うわぁ!?」
ふと、俺の右前方にいた爽やか系のイケメンが光に包まれる。やがて光が収まる。しかし、そこにいたのは小太りのいかにも地味な少年だった。なんというか、いじめられっ子の典型みたいなやつ。
「…まさか、な」
ある可能性に思い至り、自分の手鏡を覗き込む。
「フッ」
思わず卑屈な笑みが漏れた。手鏡に映っていたのは、死んだ魚のようだとか腐っているとか評される目。卑屈な笑みを作って歪んだ口元。特に整えているわけではない髪。紛れもなく、現実世界の俺の顔だ。体の方にも目を向けると、先ほどまでのがっしりとした感じではなく、どちらかと言えば細身の現実世界の俺のものだ。ナーヴギアは顔をすっかり覆う構造をしているから顔の形はスキャンできるのだろう。だが体形や身長はどうやって…。
「…ら、キャリブレーション?とかで、初めてナーブギアを着けた時に……」
ふと、そんな声が聞こえて納得する。初めてナーヴギアを被った時には「なぜこんな作業が必要なのか」と思ったが、なるほどこのためだったのか。ということは、この状況は奴にとっては決定された未来だったということか。そう認識すると背筋が凍った。恐ろしい。
しかし、なぜ…。いや、考えなくてもすぐに答えてくれる存在がこの場にはいる。
「諸君は、なぜ、と思っているだろう。なぜ、『ソードアート・オンライン』およびナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをするのか、と。私の目的はすでに達せられている。この世界を創り出し、観賞するためにのみ、私は『ソードアート・オンライン』を作ったのだ。」
「なん、だと…」
思わず呻いた。
「以上で、『ソードアート・オンライン』正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る」
そう最後に結び、茅場のアバターは消えた。
「これは、ゲームであっても遊びではない、か」
第1話 茅場晶彦は宣言する。 終
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