戦闘描写はもう少し先になります(汗
なら。なら、この世界は、
「紛れもない現実だ」
そのことを認識した瞬間、この仮想の体の奥で脈打つ鼓動が強く感じられた。まるで仮想の体に血が通うように錯覚した。
この世界で死ねば、現実世界での俺も死ぬ。だから死ねない。まだやり残したことは多くあるし、まだ童貞だし。なにより、小町や戸塚が心配しているだろう。それに雪ノ下や由比ヶ浜も心配してくれているかもそれない。あいつらのつらそうな顔は見たくない。
「約束、したしな」
そうだ。約束したのだ。必ず行くと。約束の時間に間に合わないのは確定的であるが、せめて埋め合わせはしないと、あの2人は納得すまい。だから、俺はあの世界に戻らなければならない。そのためにはこの世界を生き抜く。それしか道はない。
「強くなる」
それ以外にないだろう。街の中にいればHPは減らない。今の段階では。後々、街の中にいてもHPが減るような状況になることも考えられる。だからこそ自分を強化する。さっきみたいに弱っていてはダメだ。ひたすら自分を強化し、最強を目指すくらいでないと。いや、ステータス的な強さだけではない。精神的な強さも必要だろう。幸か不幸か、傷つくことには慣れている。今も、案外と冷静なのはそのせいだろう。だが、傷つくことに慣れているだけでは足りない。
自分以外の誰かが傷つくことを、死ぬことを、受け入れて乗り越えられるのか。
この世界がMMORPGの世界である限り、人との交流は避けられない。そうなれば、不可抗力的に親しくなる人がでてくるかもしれない。いや、必ずそうなってしまう。これは確信が持てる。なぜなら、このゲームをクリアするには絶対に1年では足りないからだ。βテストでは2カ月で第9層までしかいけなかったのだ。しかも、βテストではHPが0になっても死ななかった。
「3年あっても厳しいかもしれない」
攻略の途中で大きなアクシデントでもあれば、そもそも積極的に攻略に参加するプレイヤーが少なかったら、5年かかっても不思議ではない。この辺は運だな。
そう言えば、今日街から出て行ったプレイヤー達がいたな。
「彼らはどうなったのか」
正確な人数は全くわからないが、曖昧な記憶をたどってみると、数十人はいたかもしれない。おそらく、彼らはβテスターだった連中だろう。この状況下で真っ先に行動できるとしたらSAOの知識と経験を持つ彼らしかいない。しかも、腕に自信があるプレイヤーだ。
だが、その全員が次の村に辿り着けたかどうかは、正直わからない。
まず、βテストとは細部に仕様の変更があると考えられるからだ。mobの攻撃パターンの変化、出現率の変化、新種もいるかもしれない。
次に、視界の悪さだ。チュートリアルが終わってすぐに出発できたプレイヤーならば、なんとか明るいうち次の街に辿り着けただろう。しかし、暗くなってから出発したプレイヤーは、視界が悪くなり、mobからの奇襲を受けやすくなってしまう。本来なら、その辺りも含めて楽しめる要素ではあるが、この状況では死のリスクを高める要素にしかならない。
「勇気は、時に無謀になる」
ならば、明るい時間帯に次の街を目指すのが上策だ。だが、プレイヤーが多い時間帯は避けるべきだ。プレイヤーが多いと、他のプレイヤーが引っかけたmobを押し付けられたりするからだ。βテスト時には一種の悪戯として流行したが、偶発的に起こることもある。特に自分が戦闘中だと、かなりの確率でHPが0になっていた。だから、少しでもリスクは減らしたい。
「早朝だな」
その時間帯が一番いいだろう。ただ、一つだけ問題がある。
「アインクラッドの日の出って何時なんだ?」
時間については現実と同期している。また、四季についても再現されるという噂がある。となれば、日の出日の入も現実と同期している可能性は高い。それに、
「茅場晶彦の目指したものが、仮想空間における究極の現実とでも言うべきものなら」
現実世界と同じになっているはずだ。そうだと信じたい。
今は11月だから、日の出の時間が5時前ということはないだろう。おそらく6時くらいだ。
「明日は5時起きだな」
普段の俺からするとまだ寝ている時間だ。苦笑しながらメニューを開き、朝5時に起床アラームをセットする。そこでふと、時計に目をやる。
「げっ、日付またいでるじゃん」
現在時刻は0時22分。これだと寝れて4時間半というところか。いつも7時間以上睡眠を取っている俺としては短い。だが、疲れてはいても寝れるかどうかはわからない。なにせこんな状況だ。いくらこの場所が安全だと言っても、すべての不安を拭い去ることはできない。
「それでも、強くならなきゃな」
普段の俺を知る奴が聞いたら、きっと槍の雨が降るだとか天変地異の前触れだとか言いそう。特に雪ノ下。あいつは本当に俺を罵倒するのが好きだからな。いや、由比ヶ浜もきっと同じようなことを言う。出会った頃は、貧相なボキャブラリだったが、徐々に罵倒の仕方が雪ノ下に似て来てる気がする。全く、なんでそんなところで似てきちゃうんだよ。おかげで俺のライフの減りが速くなったじゃないか。
「………」
今度は泣かなかった。少しは強くなれたということだろうか。
「絶対に生き残って、あの世界に帰ってやる」
第4話 やがて、彼は決断する。 終
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FROM:比企谷八幡
TITLE:Re:
ハァ、ちゃんと行きますよ
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FROM:比企谷八幡
TITLE:Re:Re:Re:
約束する
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彼が送ってきたメール。顔文字も、絵文字も、句点さえないメール。
それでも嬉しかった。
返事が来たこと。ちゃんと行くと言ってくれたこと。
約束。
胸の奥が温かくなるのを感じた。
思わず頬が緩んだ。
「ふふっ」
彼が今の私を見たら、
「一人でスマホ見てニヤけるとか、お前も俺のこと言えねぇな」
こんな感じのことを言うかもしれないと思ったら、そんなことを考えた自分が可笑しくて、余計に笑ってしまった。
いや、彼はこんなことは言わない。だって彼は、いつも私の想像の斜め下をいくのだから。
でも。
「今のあなたは斜め下どころではないわ。比企谷くん」
昼間、彼から届いたメールを見ながら呟く。
雪ノ下雪乃の目元は赤く腫れ、泣いた後であることがわかる。今の呟きも、普段の彼女からすれば痛々しいほどに弱い声だった。
彼女はスマホから目を逸らし、傍らのベッドに目を向ける。
「あなたもよ。姉さん」
そこには、ナーヴギアを被って横たわる雪ノ下陽乃の姿があった。
思ってた以上に読んでくれる人がいて、嬉しい限りです。
今回で、陽乃さんがSAO世界に登場することが確定しました。
陽乃さんは一体どんな活躍を見せてくれるのでしょうか?
感想お待ちしてます。