よろしくお願いします。
アラームが鳴る。
時間だ。
2022年11月13日午前11時。
あの日から1週間がたった。
「やっぱ無理だったか」
あの2人との約束の時間が今過ぎた。
「雪ノ下。由比ヶ浜。ごめんな。約束破っちまった」
「必ず埋め合わせはする。だから勘弁してほしい」
「けどな、どんなに急いでも2年以上はお前らに会えそうにない」
「だから、その間にどんなもので埋め合わせしてほしいか考えといてくれ。ああ、あんまり高いのとかは無理だぞ。わかってると思うけど」
「………」
「絶対に帰るから、待っててほしい」
風が頬を撫でる。
「小町。お兄ちゃんはお前のことが心配だよ」
「一人で寂しくないか?お兄ちゃんは小町がいないせいで毎日寂しいよ」
「でも心配するな。お兄ちゃんは大丈夫だから」
「ああ、そうだ」
「そっちに帰ったら、真っ先にお前の笑顔が見たいな」
「お前のアホそうな笑顔みると安心するんだよ」
また、風が頬を撫でる。
「………」
比企谷八幡は、《アインクラッド》第1層の最外周部に立っている。目の前には広大な空が広がっている。僅か数メートル先には、大地はない。
先ほどとは違う風が吹いた。そんな気がした。
ガルルルルッ
唸り声が聞こえる。振り返る。オオカミ型のmobがこちらを睨んでいた。
「人が珍しく感傷に浸ってたのに、邪魔しやがって」
そう吐き捨てながら、剣を抜く。刃が鋭く光を反射している。
視界が歪む。
行き場のない正体不明の怒りが全身を満たしていく。
「ウオオオオォォォォ!!」
慟哭する。全力で駆け、斬りつける。相手の攻撃など気にせずに、ひたすら斬り刻む。
惨殺。
気付いたら敵はポリゴン片になって四散していた。だが周囲には、同種のmobが10匹近く集まってきていた。弱い奴ほどよく群れる。
いいだろう。やってやる。
「皆殺しだ」
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「今回の"SAO事件"ですが、政府としてはどのように対処していくつもりなんでしょうか。お聞かせ願えますか?」
「政府としましては、容疑者である茅場晶彦氏の身柄の確保。及び、SAOに囚われた約1万人のプレイヤーを開放する方法の発見。これに全力で取り組んでいます。前者に関しては、全国の警察が範囲を拡大して捜索を行っています。また、一般からの目撃情報も広く募集しています。まだ有力な情報は出て来ていませんが、国民の皆さんからの情報が事件解決の糸口になるかもしれません。また後者の関しては、専門家を中心とした特別対策チームを内閣府に設置して対策を検討しています」
「今回の首謀者である茅場晶彦氏なんですが、全く消息が掴めていないと伺っています。何か宛はあるんでしょうか?」
「正直なところ、捜索は難航しています。何しろ足取りを追えるような証拠が全くといっていいほどないのです。現在、捜査員の増員も検討しています」
「現在の捜査範囲は国内だけですが、海外逃亡ということはありませんか?」
「わかりません。先ほども言った通り、証拠となるものがないのです。捜査が進展しないことには、なんとも言えません」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
夕方のニュース番組で、政府担当者とキャスターがそんなやり取りをしている。
ここ数日、こんな番組ばかり放送されている。
「なんか、イヤになるね」
「そうね。同感だわ」
テレビを消す。
ここは千葉県内にあるとある病院。SAOに囚われた彼が収容されている病院である。
彼、比企谷君がSAOに囚われたのは1週間前のことで、私がそれを知ったのはその日の日付が変わる頃だった。小町さんから電話をもらった時は、冗談かと思ってしまった。
…いいえ。冗談だと思いたかっただけ。現実を認めるのが怖かった。
「ヒッキー、戻ってくるよね?」
「当り前じゃない。この男は私と由比ヶ浜さんとの約束を破ったのよ。もしも帰ってこないようなら、承知しないわ」
心配そうに尋ねてくる由比ヶ浜さんに、そう返す。強がっている。自分でそうとわかる。きっと由比ヶ浜さんも気付いている。それでも、そうでもしないと、今にも弱い自分が溢れ出て来てしまいそうだから。
今一番つらいのは彼だ。だから、私が弱さを見せてはいけない。少なくとも彼の前では。
空気が重くなりかけていた時、ガラッと病室のドアが開いた。
「あ、雪乃さん、結衣さん。来てたんですか」
笑顔だが、いつものような明るく元気な笑顔ではない。力のない笑顔だ。
「ええ、小町さん。こんにちは」
「小町ちゃん、やっはろー」
「やっはろー、です」
お互いに挨拶を交わす。
「…お兄ちゃん」
小町さんは彼の枕元まで行くと、彼の顔を見て呟く。
「全くお兄ちゃんは、こんな美少女2人も心配させて。罪な男だね。ごみいちゃんのくせにさ」
そう言って彼の頬をつつく。まるで、彼が反応するのを期待するかのように。
「………」
痛々しかった。ここまで憔悴している彼女など想像も出来なかった。
「小町ちゃん。ちゃんと寝てる?だいぶ疲れてるみたいだけど」
「はは、あんまり寝れてないです。でも、平気です」
とても平気そうには見えない。
「小町さん。あまり無理はしない方がいいわ。推薦で大学が決まってるとはいえ、体を壊しては…」
「それを言うなら、雪乃さんと結衣さんもですよ。ヒドい顔してます」
返す言葉がない。
「それに、一番大変な思いをしてるのはお兄ちゃんですし。小町的には…お兄ちゃんの方が心配です」
小町さん。あなた、強いのね。そして、その強さは強がりではないのだと思う。
「そうね。その通りだわ」
私たちがここでこうしていても出来ることなど何もない。なら、少しは休んだ方がいいのだろう。それに、私たちがこうしていることを、彼は望むまい。
「由比ヶ浜さん、私たちはそろそろ帰りましょう」
「うん。そうだね」
なにより、これ以上小町さんを見ていることがつらかった。それは由比ヶ浜さんもわかってくれたようだ。
「またね、小町ちゃん。ヒッキーも」
「さようなら。小町さん。比企谷君」
挨拶をしてから病室を出る。
「由比ヶ浜さん、私は少し姉さんの病室に寄っていくけれど、あなたも来る?」
彼女は首を横に振る。
「今日は、帰るね。バイバイ、ゆきのん」
「そう。わかったわ。気を付けてね」
彼女を見送った後、同じ病院内にある姉さんの病室に向かった。
『雪ノ下陽乃』と書かれた病室の中は、しんと静まりかえっていた。見舞客が来ないわけではない。むしろ、多く来過ぎるために制限しているのだ。実は、雪乃がそうしてほしいと頼んだのだ。
姉の見舞いに来た人は数多くいた。だが、そのすべてが姉を心配して来たわけではなかった。SAOに囚われた雪ノ下陽乃を、あるいは病院のベッドに横たわる雪ノ下陽乃を、好奇心や興味から見にきた人。姉が全く動けないのをいいことに、無遠慮に顔や身体を眺め回す人。いやらしい手つきで肌に触れる人。果ては、姉の様子を見て、薄い笑みさえ浮かべる人。
私にはそれが許せなかった。姉と比べればずっと下にいる存在が姉を蔑み、貶める。私と比べてさえ下の存在が。怒りで肩が震えた。私はその顔を見られるのが嫌で、姉のベッドに顔を押し付けた。悔しさで涙まで出てきた。気付いたときには、姉と私だけになっていた。涙は悲しみの涙に変わっていた。
「姉さん」
姉とは色々あったが、肉親であり、最も大切な人の1人であることは間違いなかった。
「そっちの世界には比企谷君がいるわ。彼はきっと姉さんを助けてくれる。だから、姉さんも彼を助けてほしいの。私は、彼も姉さんも失いたくないの」
自分勝手な願いであることは重々承知しているが、それでも、それが雪ノ下雪乃の偽らざる本心でもあった。
「…生きて」
11月13日 終
この話は、結構作者の想像というか妄想が入っておりますw
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