韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
香菜を無事に家まで送り届けた俺は、夕闇が静かに立ち込め始めた街へと戻り、紗千香から聞いておいた住所を頼りに足を進めた。
辿り着いたのは、時代を感じさせる3階建ての小さなマンションだった。錆びた階段を上り、指定された2階の部屋の前へ立つ。玄関ドアの横にある古びたインターホンを押すと、甲高いチャイムの音が響いた。
「はーい」
間もなくして内側から弾んだ声が聞こえ、ガチャリと鍵の開く音が響いた。ドアが大きく開き、生活感漂う私服姿の紗千香が顔を出した。
「おお京介、本当に来たんだ。さ、上がって上がって!」
男を部屋に泊めるというのに何の抵抗も無いようだ。俺も特別指導員としての任務…つまりF級市民である彼女の観察という目的が無ければ当然遠慮する所だが、ここは敢えて紗千香の好意に乗ることにする。
中に入ると、部屋はそう広くはないワンルームだった。女子の部屋だけあって整えられているが、特別可愛く飾り付けられたりぬいぐるみが並べられたりはしていない。ごくごく普通の部屋、という印象だ。
その時、紗千香がサラッと言った。
「そう言えば同居人いるけど、気にしないでね」
「同居人?男か?」
だとしたら、俺がこここにいると修羅場発生の可能性もあるが…
「まあ、すぐに分かるよ。ってヤバ!もうそろそろ時間じゃない!」
「時間?」
そう言うと、紗千香は急いでコンビニ弁当をレンジでチンし、それを口へ放り込み始めた。
「何だ?食事の時間は完璧に決めてるタイプか?」
腕時計を確認すると、午後6時半をまわった所だった。確かに夕食時ではあるが、そこまで焦って食べる時間でもないと思うが…
「そうじゃなくて、私の時間、7時がリミットだから」
「はあ?」
夕食を流し込むように食べ終えた紗千香は、続けざまに歯磨きのために洗面所へと向かった。
そしてすぐに戻ってきたかと思うと、タンスから薬を取り出した。
その手元にある赤と白の錠剤を見て、俺にある予感が走った。
「もしかして紗千香、お前…時間制限義務か?」
「ピンポーン!さすが特別指導員、何でも知ってるね」
まるでクイズに正解した時の司会者のように明るい声をあげる紗千香。だが一方の俺は正直、驚きで言葉が出なかった。
――時間制限義務。
統治国家において国民はA級~F級に分類され、その階級によって与えられる権利が異なるが、下層級であるE級・F級の者はいくつかの権利が剥奪されるだけでなく、時に「法的義務」を負わされるケースがある。例えば「毎週○時間の奉仕労働(奉仕労働義務)」や「GPS監視用ネックバンドの常時着用(位置情報伝達義務)」などが一般的だ。
そして「時間制限義務」とは、それらの中でも特に過酷とされる非人道的な義務の一つ。指定された時間に「一定時間、強制的に生命活動を停止させる特殊な薬剤」を服用しなければならないという制度だ。薬効が持続している間、対象者は一切の身動きや意識の維持が不可能となる。
「ちなみに、紗千香が課せられてる停止時間は1日何時間なんだ?」
気になった俺は聞いてみると。
「んー、12時間!」
「じゅ、12時間!?」
またまた驚かされた。つまり紗千香は1日のうち12時間…つまり1日の半分を、全身麻酔を打ち込まれたように昏睡し続けなければならないのだ。
「さ、もうそろそろ私は止まらなきゃいけないから。お風呂とか勝手に使ってくれていいけど、あまり部屋の中漁ったりしないでね」
そう言って紗千香は、慣れた手つきで錠剤を口の中に放り込み、コップ一杯の水で一気に飲み込んだ。
「あ、あと、パソちゃんには触んないでね…」
部屋の隅には、なかなかに高価そうなモニター付きのパソコンが置かれていた。現在はスリープモードだが、電源はつけっぱなしのようだ。
「それじゃ、また12時間後…」
服薬からわずか数秒。ベッドに倒れ込んだ紗千香は、そのまま泥のように深い眠りへと落ちていった。これできっかり12時間、彼女が自力で目を覚ますことはない。寝返りひとつ打つことすら許されない完全な停止状態だ。
俺はベッド脇へ歩み寄り、彼女が飲んだ薬のパッケージを手に取って確認した。
「…一世代前のものか」
それは、現在主に使用されているものより一世代前のモデルだった。とはいえ少し古めのモデルであっても、これを服用した者は本当に服用量に応じた時間きっちり眠りについてしまう。韓国の薬学技術の凄まじさと冷酷さを改めて思い知らされる。
だが…この義務における真の恐ろしさは別にある。
この薬剤によって与えられる「停止状態」には、生理的な睡眠効果がほぼ与えられないという点だ。つまり紗千香は、1日の半分を昏睡状態として奪われながら実際その間はほぼ睡眠ゼロという、極度の睡眠不足状態で生きなければならないのだ。これこそが、この義務が「精神拷問」とまで称される所以だ。
授業中、彼女が呆れ返るほど爆睡していた理由が理解できた気がした。午後7時から翌朝7時まで昏倒させられ、休息もロクに取れていないのなら、日中にずっと起きていられる訳がない。
「…それにしても、一体何をどうすれば、女子高生がこれほど過酷な義務を背負わされるってんだ?」
今日1日接した限り、紗千香が凶悪な反乱分子や重犯罪者だとはとても思えなかった。仮に歴史の成績が壊滅的だとしても、それだけで時間制限義務が適用されるなんてのは流石に考えられない。
スリープモードのPCが淡い点滅を繰り返す部屋の中で、俺は沈黙する紗千香の寝顔を複雑な思いで見つめてるしかなかった。