韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
朝の澄み切った陽光が降り注ぐ校庭は、どこまでも長閑な空気に包まれていた。登校する女子生徒たちが楽しげに言葉を交わす姿は、まるで小鳥がさえずっているかのような微笑ましさだ。
すれ違う教師に対して、生徒たちは自然な笑みを浮かべて挨拶を交わしている。そこに強制されたような重苦しさは微塵もない。やはりこの街の穏やかな風土が、人々の心をやわらかく育んでいるのだろうか。
そんなことを考えながら校舎へ向かって歩いていると、不意に横から声をかけられた。
「おはよ」
まさかまさか、香菜から声をかけられた。
「おおー、おはよう。ていうか香菜から朝の挨拶をしてくれるとは。てっきり嫌われてたと思ってたぞ」
「お母さんに命令されてるだけだから」
「…なるほどね」
そういうことは、ワザワザ言う必要ないと思うんだけどなぁ…
「学級委員長なんだから、模範的な態度を示しなさいって」
「へえ、香菜って委員長なのか?」
「お母さんが、責任のある立場につきなさいって言うから」
性格的に向いてないように思うが、何事も経験を積んでおくのはいいことだ。
それにしても、どうやら香菜の中では、母親からの命令に逆らったら即・学務法違反という認識になっているようだった。
厳密には、いくら自分の母親が担任であっても家庭内での躾けや言いつけであればそれに反しようが学務法違反とはならないはずだが…とはいえどこまでが「教員による公式指導」でどこからが「親による私的指導」となるのか、その線引きは難しい。たとえ自宅の会話であっても、「これはあなたの担任として言ってるの」と言われれば、学務法に引っ掛かってくる可能性は無いとは言えない。
いずれにしても香菜を見ていると、親が先生でもあるっていうのは難しい立場…というか損な立場だなあと思わずにはいられない。
「でも、委員長ってのは人をまとめる立場だから、責任重大で大変だろ?」
俺は会話を絶やさないよう、適当に話を繋ぐ。
「まぁね…大したことないけど」
「実は俺、ちょっと特殊な環境で育ったからさ、いわゆる普通の学校ってほとんど通ったことがほとんど無いんだよ。だから学園生活の勝手みたいなのがイマイチ分からないんだよな」
「ふぅん、だからそんなに変なんだ」
「そんなに変かな?」
「何か、協調性とか全く無さそう」
「はは……」
…腹立つから、一発かましてみるか。
「ところで、香菜って付き合ってる男とかいるのか?」
「なっ……!?」
「いるの?」
一歩詰め寄って、同じ問いを繰り返す。
「そ、そんなの、広瀬京介に関係無いじゃないっ!」
「ふぅん…」
なるほど、いないらしいぜ。
「まあどっちでもいいけどさ、あまり嫌わないでくれよな」
「な、何言ってるのよっ…」
「委員長とか特別指導員とかいうの堅苦しい肩書は抜きにしてさ、人と人として、仲良くしてくれたら嬉しいよ」
そう言って、薄く優しげな笑みを浮かべて見せた。
鏡の前で、そしてユジンさんの前で何度も何度も練習させられた、相手に安心感と好印象を与える表情。
「わ、分かったってば…お母さんにもそういう風に言われてるし…その…仕方ないよね…」
ブツブツ言いながら俯く香菜。
「じゃ、教室まで一緒に行こうぜ」
「う、うん…」
香菜と並んで校舎に入る。
…まあ、朝の掴みとしてはこんなものか。
朝の教室は、生徒たちの談笑でわいわいがやがやと賑わっていた。
「あ、広瀬さん、おはようございます」
「おお、おはよう」
挨拶してきたのは如月セピアこと中島だった。
「朝から元気そうじゃないか」
軽口交じりにそう声をかけてみると。
「そうでもないですよ。昨日は徹夜してしまいまして」
「徹夜?何で?」
「妖精と会話してました」
「……」
ボケなのか?まあ、ボケだろう。だがあまりにも真顔で言われたから何と返せばいいか分からず、一瞬言葉に詰まってしまった。
そんな俺を見かねたように、隣の香菜が呆れたように呟く。
「また下らないこと言ってる」
するとその直後、中島の表情に暗い影が差した。
「そっか…僕は…くだらないか……」
「え…ご、ごめん…」
本気で落ち込み始めた中島の様子に、申し訳なさそうな表情を見せる香菜。
「べ、別に深い意味で言った訳じゃないからさ…」
「委員長。僕はね、昔、妖精にさらわれたことがあってね」
「は、はあ…?」
「それ以来、正確がガラリと変わってしまったんだ。申し訳ないけど」
「いや、謝られても…」
「当時、カウンセリングを沢山受けたんだけどね。どんな先生も匙を投げたよ。君の『鏡』にはなれそうにないって」
「…鏡?」
「カウンセラーの先生方は、僕にとっての褒めてくれる人とか認めてくれる人とか話を聞いてくれる人になってくれなかった、って意味さ。カウンセラーの頭はハゲてテカってたのに、『鏡』にはなれないってね。いや、どう見てもアンタ鏡じゃん!って僕は思ったけど、とにかくそんな訳で、僕は他人から理解されにくい性格をしてるみたいなんだ。掴みどころがないというか、地に足がついてないというか。いや、ミサイルは好きだし妖精も好きなんだよ。純愛モノも好きだし、男も女も俺もお前も大好きなんだ」
突然スイッチが入ったように、ベラベラと訳の分からないことを喋り出す中島。
最初は申し訳なさそうな表情だった香菜も、ものの数秒で感情の消えた呆れ顔へと変わっていった。
「まあ…大体分かったから。とにかく、あまり下らないことは言わないでよね」
「ああっ、やっぱり僕はくだらないんだぁ…」
頭を抱えて大げさに嘆く中島に対し、香菜は今度こそ一切の反応を示さず、自分の席へと向かっていった。
俺も中島は放っといて、自分の席へと向かった。
…紗千香と香菜の人物像は何となく分かってきた気がするけど、中島についてはまだ全く読み切れないな。
まあ、重点指導対象者じゃないから別にいいけど…
………………………………………
その日の放課後、俺はユジンさんの呼び出しを受けた。
教室にいる時の緩んだ気持ちとは一転、気を引き締め、第一会議室のドアをノックする。応答に応じて入室すると、重厚なデスクの奥に座るユジンさんが静かに視線を向けてきた。
「どう?この2日間の感想は」
静かだが圧迫感のある問いかけに、俺は背筋を伸ばして答えた。
「はい。クラスの全体的な雰囲気、および各生徒の性格や交友関係については、概ね把握できたと考えております。特に当クラスにはE級市民とF級市民が1人ずつ存在しますので、まずはその2人に対する重点的な指導を優先して進めていきたいと考えています」
俺の回答に対し、ユジンさんは特に表情を変えずに。
「そう、頼もしいわね。期待しているわよ」
ユジンさんはそう言うと、デスクの上に置かれていた一綴りの紙資料を俺に向かって差し出した。
「これは、3年1組の直近数回分の学力テストの結果、そして京介が着任する直前に行われた身体測定のデータよ」
「学力テストと身体測定の結果…ですか」
「ええ。生徒それぞれの特性を把握し、今後の指導に活かしなさい」
「ありがとうございます」
俺は両手で資料を受け取って鞄に仕舞い、深く頭を下げてから、第一会議室を後にした。
………………………………………
この日も紗千香の部屋にお世話になるべく、インターホンを押す。すると中から、「鍵は開いてるから入って」という呑気な声が聞こえてきた。
本当に無防備な奴だなと思いながらドアを開けて部屋に入ると、紗千香は部屋の隅でパソコンに向かっていた。
真剣に画面を凝視し、マウスをカチカチと動かしている。
「何してんだ?」
気になって覗き込んでみると、そこにはローソク足チャートが何本も表示されていた。
「株…いや、為替か」
「そそ」
紗千香がモニターを見ながら肯定する。どうやら為替取引に没頭しているらしい。
F級市民は様々な権利が制限されるが、韓国系の金融機関を通じた金融取引に関しては規制の対象外とされている。金融市場の流動性を削がないためという名目だが、実際は韓国系金融機関が手数料収入の減少を嫌って規制に猛反対しているためと言われる。端的に言えば、紗千香が為替取引をやっているということは、それはすなわちどこかの韓国系金融機関に取引手数料を支払っているということになるのだ。
「で、どうなんだ、調子は?」
とりあえずそう聞いてみると。
「うーん、びみょー」
こちらを振り返ることなく、淡々と答える紗千香。
「ちなみに、どこの国の通貨を扱ってんの?」
「色々。あ、でもナミビア王国には期待してる」
…は?ナミビア王国?
「そこってかなりの紛争地域だろ?通貨なんてほとんど紙きれ同然じゃないのか?」
ナミビア王国と言えば、ほぼ無政府状態でもう10年以上も内紛が続いている国だ。当然ながら通過は暴落状態、金利やインフレも凄まじいことになっているはずだが…
「でもあそこ、韓国が軍を出すっていう噂があるでしょ。私は韓国軍が派遣されることになると踏んでるんだよね。そしたら一気に政情が安定して、レートも跳ね上がると思うんだよね」
「…なるほど」
確かに、韓国が軍を派遣するという噂は無くはない。もし韓国が本気で地域の治安維持に乗り出せば圧倒的な武力で紛争を押さえつけ、政情は安定する可能性は十分あるだろう。そうなれば、少なくともナミビアの通貨は多少なりとも買われるだろう。もしかしたら爆発的暴騰を見せてもおかしくはない。
「でもそんなの、あくまで噂だろ。もっと安全な投資先を選んだらどうだ?」
「いいの。当たった時のリターンが馬鹿デカいから」
紗千香は俺のアドバイスなど聞く耳持たず。まあ、好きにすればいいだろう。紗千香のお金なのだからどう使おうが自由だ。
「ところで、まなは?」
「……ん?」
相変わらず、紗千香はモニターから目を離そうとしない。
「まな、紗千香の妹」
「さあ、遊びに行ってるんじゃない?」
返ってきたのは何とも愛の無い回答。やっぱり本当の姉妹じゃないのか…?
「あんまり仲良くないのか?」
「そんなことないって。ちょっと時間が合わないだけ」
確かに、日中は学校、活動停止の紗千香と時間を合わせるのは難しそうだ。
いずれにしても、深く詮索するのはやめておこう。指導対象のプライバシーには踏み込むべからずだ。
と、その時。
「あ、そうそう。京介ってさあ、山登りとか得意?」
突然、紗千香が話題をガラッと変えてきた。
「ん?まあ、一般人のレベルは超えてると思うけど?」
「ケイビングは?」
「洞窟探検でもやるつもりか?」
「んー、まだ内緒っ!」
「何だそりゃ」
ちなみにケイビングとは、自然の洞窟や鍾乳洞に潜り込む、かなり危険なアウトドアアクティビティのことだ。
いずれにしても、紗千香が山登りや洞窟探検に関して何かを企んでいることだけは確かなように感じられた。そう言えば今朝の書き置きにも「山登りに行ってくる」って書いてあったし。
「それにしても京介って、特別指導員だけあってやっぱり普通じゃないよね」
突然、そんなことを言い出した。
「特別指導員って韓国人しかなれないんだと思ってた。なるためには、いろんな修行をしなきゃいけないんでしょ?」
「修行…まあ、そうだな」
実際、様々な経験を積み、多くの技術を習得しなければならないのは事実だ。
「でも何でなの?教職免許の延長ぐらいでいいんじゃないの?」
「俺も詳しいことは分かんないけど、特定の科目を教えるだけじゃなく、生活態度や思想面といった人格面まで含めて全ての面を指導する必要があるからじゃないかな。それに特別指導員は教員も監視する必要があるから、教員免許の延長というのはさすがに軽すぎる」
「へえ、じゃあ京介は、由衣先生のことも監視してるんだ?」
「由衣?」
「担任、花村由衣先生。苗字で呼ぶと先生か香菜ちゃんのことか分からないでしょ」
「なるほど」
…香菜の母親さん、由衣っていう名前なのか。
「まあ、特別指導員は若者の人生を大きく左右する職業だから、知識はもちろんあらゆる技術に秀でているのと同時に、被指導者から絶対的な権威として仰がれる人間性を持たなきゃならない、って所かな」
「確かに、デキる人に指導される方が本人も納得できるし、何ならそういう人に指導されたいと思うもんね。ちなみに京介は、何が得意なの?」
「うーん、適性検査では、投資と経営の才能があるらしいけどね」
「投資と経営?じゃあ京介も投資やってるの?」
「人並み程度には」
「そうなんだ。じゃあ逆に苦手なことは?」
「苦手意識は持たないようにしている」
実際に苦手なことはもちろんあるけれど、それを意識してしまっては苦手を克服できない。
「じゃあ質問を変える。これまでの経験で一番大変だったことは?」
その質問に、この10年間の様々な記憶がフラッシュバックする。
あまりにもつらく厳しい記憶の数々。どれが一番なんて、選びようもないから…
「…人殺し、かな」
「えっ…?」
「というか紗千香、そろそろ7時になるぞ」
「あ…うん、そうだね」
最後は受け止めに困る答えで、俺は強引に会話を打ち切った。
薬剤の入った瓶を手に取る紗千香。彼女の1日はもう終了だ。
「寝床を提供してくれてるお礼に、掃除や洗濯はやっておくよ」
「ありがと…でも、物が分かる所に無いと困るから、場所の移動は…しないでね…」
既に眠そうな声。そして間もなく、紗千香の体は活動を停止した。
「さて、俺も一服するか…」
1日半ぶりに脱法ハーブで脳を休めるべく、俺は部屋を出た。