韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
そして迎えた翌日、恩赦日。その昼休み。
「よーし、今日の放課後は近くの川辺でキャンプ決定だね!」
紗千香と香菜が楽しそうに話している。どうやら恩赦日の楽しみ方は川辺でのキャンプに決まったらしい。
ちなみに参加者は紗千香と香菜に加えて、中島も入るようだ。自分は妖精の国では火を起こすのが最も位がが高いとか、例によって訳の分からないことを言っている。というか文法も微妙に間違ってるし。
いずれにしても、そんなやりとりを苦笑しつつ眺めていると、紗千香がくるりと俺の方に振り返った。
「京介ももちろん来るでしょ?せっかくの恩赦日なんだからさ!」
正直、キャンプそのものに特段興味はなかった。だが、野外で開放的になって羽目を外して問題を起こしでもすれば、いくら恩赦日だろうが大問題だし俺の責任問題にもなるだろう。
「…まあ、付き合ってやるよ」
万が一にも不穏な行動を起こさないか監視するのも特別指導員の役目だ。トラブルの予防検診みたいなものと思い、俺も参加することにした。
放課後、各自準備のために一旦解散し、指定された川辺へと集合した。
夕暮れ時の川の音と風が心地よい河川敷。紗千香は自宅から持ち込んだ大きめの土鍋とカセットコンロを広げ、遅れてやってきた香菜と中島は、地元のスーパーで買い込んできた食材の袋を重そうに抱えていた。
「ちょっと中島、白菜の切り方大ざっぱすぎるんじゃないの!?」
「まったく、委員長はザク切りという名の芸術を分かってないなぁ。大自然の中で食べるなら大雑把な方がワイルドでいいに決まってるじゃあないか」
「ただの手抜きでしょ! ほら、広瀬京介もなんか言ってやってよ!」
「俺に振るな。まあ、火が通れば全部同じ腹に入る」
「ったく、広瀬京介まで適当なんだから…」
鍋に白菜、ネギ、豆腐、そして安売りされていた豚肉が投入され、出汁の香ばしい匂いが湯気と共に川風に乗って広がっていく。
やがて鍋がぐつぐつと煮え立ち、四人で器を突き合いながら他愛のない雑談に花を咲かせた。
「ふはーっ!美味しい!やっぱり外で食べるご飯は最高だね!」
「紗千香、熱いからって口に詰め込みすぎ。相変わらず行儀が悪いんだから」
「いいじゃんいいじゃん! ねえセッピー、お肉もう一回入れて!」
「イエス・大尉様!豚肉の爆撃を開始致します!」
「もう、爆撃とか物騒な言葉使わないでよ…」
くだらない軽口の応酬、香菜の呆れたツッコミ、そして中島の相変わらず独特な波長。
何ということもない。ごく普通の高校生たちの風景だ。だがこの統治下において、このささやかな団らんがいかに尊いものか、それを改めて感じさせられる光景とも言えた。
気付けば、空は完全に群青色から深い闇へと溶け込み、空には星が瞬き始めていた。
腕時計の針は、既に午後7時半を指し示している。いつもなら紗千香は既に活動停止状態にある時間だ。しかし目の前の紗千香は、ふはふはと熱い豆腐を頬張りながら、心の底から嬉しそうに笑っている。
「すごーい。私、本当にまだ起きてる。7時過ぎたのに目が開いてるよ!」
「当たり前でしょ、恩赦日なんだから。でもあんまり夜更かしして体壊さないでよ」
「夜の風ってこんなに涼しくて気持ちいいんだね。忘れかけてた感覚だよ」
カセットコンロの小さな青い炎と、満天の星空が、幸せそうに夜空を見上げる紗千香の横顔を穏やかに照らし出していた。
そんな紗千香に、俺は話しかけてみる。
「星が綺麗だな」
「だねえ…」
紗千香はうっとりと、どこか艶めかしい溜息をついて。
「夏の夜空なんて、今日しか見られないからね」
「やっぱり、時間制限義務はキツいか?」
愚問だと思いつつ聞いてみると。
「とにかく眠いのさ」
紗千香はあくまで明るくそう言って。
「何か、ロマンチックだわーっ!」
唐突にそう叫んだかと思うと、俺の方に向き直って言った。
「京介、このシチュエーションで私のこと好きになんないの?」
「はあ?」
「私はいいよー。いい物件だよー。やっぱり京介みたいに頭いい人は、私みたいなイケイケ系の方が相性いいんだって」
「はは…」
どう返していいか分からず苦笑いしていると。
「今ね、すっごい一攫千金を狙ってるんだ?」
「一攫千金?ナミビアの通貨か?」
「それとは別。私と付き合ったら、玉の輿狙えるよー」
「というか、何でそんなにお金にこだわるんだよ?」
「そりゃ、お金を使うと時間を短縮できることが、世の中には沢山あるからじゃん」
確かに、それはその通りだ。普段の買い物でも貧乏人は1円でも安いスーパーを探して歩き求め、金持ちは値段など大して気にせずネットショッピングで済ます。極論、俺たちは人生の時間を買うためにお金を稼いでいると言っても過言ではない。
「京介も、タダで私の家に泊まっていられると思ったら大間違いだよぉ…フフフフ…」
そう言って不敵な笑みを見せる紗千香。
…やっぱり、俺に何かさせる気か。
警戒しておくとしよう。
だいぶ夜も更けてきた。
満点の星空だったはずの夜空には雲が差し込み、雨が落ちてきそうな雰囲気を漂わせ始めている。
「…そろそろ解散する?」
そう口にしたのは香菜だった。ただ、言いつつも、顔に『まだ帰りたくない』と書いてあった。
「えー、もうちょっといいじゃん。」
曇天の夜空を飽きずに見上げる紗千香。彼女は言わば、この恩赦日という特別な祭りの主役だ。1分1秒でも長く、この自由な空気を吸っていたいと思っていることだろう。
そんな紗千香を見て、俺は思う。
正直、今まで義務を負わされた者を何人も見てきた。車の運転を禁止された者、喫煙・飲酒を禁止された者、異性との接触を禁止された者…だがどれもこれも、紗千香が背負わされた時間制限義務に比べれば全く軽い義務だ。
「なあ、紗千香」
俺はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「紗千香が何故、時間制限義務なんていう過酷な義務を科されているのかは聞かない。でも、その重すぎる罰に不満は無いのか?自らの義務に納得しているのか?」
「え…それは…」
不意を突かれた紗千香が口ごもる。もしかしたら、特別指導員である俺に統治体制下で定められた義務への不満を漏らしてはいけないという本能的な恐怖が働いたのかもしれない。
その時。
「いいえ、僕は納得していませんよ」
そう言ったのは中島だった。
彼のことだからまた訳の分からないギャグでも言い出すのかと思ったが、中島は目を細め、いつになく真剣な顔になっていた。
「何が、どう納得してないんだ?」
「いろいろですよ。例えば…」
中島は薄笑いを作って。
「昔、この町を中心に大きな暴動があったでしょう?」
「有名な事件だな」
「その時、僕も含めて子どもたちみんな参加したんです」
「でも、責任能力なしってことで、子どもには罪には問われなかったはずだろ?」
「それはそうなんですけどね…」
中島は口調に煮え切らない怒りを交えながら、続ける。
「あのね、その時一緒に戦った仲間が一人いたんだ。小野ってやつ。でも彼はね、逃げたんだ。僕らを置いて、一人で」
「ほう…」
「どうやって封鎖された町から逃げたのかは知らないけど、僕は彼にもう一度会いたいな…」
「なるほどな」
つまり、紗千香の重すぎる義務は当時の暴動事件が関係してるというのか?…
だが、すぐに違和感に行き当る。さっきも言ったように、当時起きた一連の暴動では、子どもは責任能力なしということで一切の問責対象外となったはずだ。それにもし当時の名残で義務を負わされたってんなら、それこそ「一緒に戦った」という中島こそE級以下にランクされて何かしらの義務が科せられていなければおかしい。
――その時、だった。
「あなたたち、そこで一体何やってるの…!!」
暗闇を切り裂くような、甲高く刺々しい声が響きわたった。
全員の視線が声の方に向かう。…そこに立っていたのは由衣さん―花村先生だった。
そして由衣さんは…指導を守らず夜遊びに興じる我が子と、午後7時を大幅に超えているにもかかわらず普通に活動している紗千香の姿を見て、言った。
「恩赦日は今年から廃止になったって、言ったはずよねっ?」