韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
気が付くと、見知らぬ天井をぼんやりと眺めていた。
「うっ…!」
体を動かそうとした瞬間、肩口と頭に焼けるような痛みが走った。だが構わず上体を起こして、現在の状況を確認する。
「…保健室か?」
鼻を突く消毒液の匂いと、白いカーテンで仕切られた空間。どうやらここは学園の保健室のようだ。だが教員や養護教諭の姿はなく、しんと静まり返った室内には俺1人しかいないようだった。
窓の外を見やると、激しい雨はすでに止んでおり、しらじらとした光が部屋を静かに照らしていた。陽光の差し込む角度からして、時間的にもう正午を回っているらしい。
とりあえず俺はもう一度ゆっくりと横になる。
ユジンさんによる凄惨な制裁が、鮮明に脳裏へと蘇ってくる。
鮮血が視界を染め、膝から崩れ落ちた所で俺の記憶は断絶していた。意識を失った俺を誰かがここまで運び、応急処置を施してくれたのだろう。
それにしても…
「生きててよかった…」
ふと、そう呟く。殺されていてもおかしくない失態だったが、見ての通り命はあるし、傷にしてもどうやら後遺症が残るようなレベルのものではない。『五体満足』に制裁が過ぎ去ったことに心から安堵した。
そのまま暫く休んでいると、不意にガラガラとドアが開く音がした。
「京介…?」
入ってきたのは紗千香と香菜だった。
「おう、2人とも大丈夫だったか?」
俺は激痛を隠しながら再び上体を起こす。義務違反を犯した2人が過酷な罰を受けていないかが心配だったが…
「うん、私たちは平気。お咎めなしだって」
「そうか、良かった」
本当に、心からそう思う。何せ相手があのユジンさんだからな…
「ごめんね…私、一体どうすれば…」
香菜は昨日に引き続き、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。
「京介、ホントにごめん。私のわがままのせいで…」
明るさが取り柄の紗千香ですら、申し訳無さそうに俯いている。
そんな痛々しい表情を浮かべる2人に、俺は言った。
「いや、明確に俺が悪い。特別指導員っていう立場を忘れてた」
「でも、私のせいで…」
「ところで、包帯を巻いてくれたのは紗千香か?」
ぐずぐずと自分を責め始めた紗千香の言葉を遮るように言う。
「うん、私と香菜ちゃんで…」
「そっか、ありがとう」
感覚的には、完全に運動能力が回復するまで2~3週間ぐらいの傷だろうと感じられた。何にしても、早めに処置してくれて助かった。
「ねえ…あの人って何なの?」
紗千香が忌々しい悪夢でも思い出すかのような表情で言った。
「さすがの元気系・紗千香もびびったか?」
「びびったよ!超びびった!あいつ、絶対人殺したことあるって!」
お、元気になった。ちょっと安心。
「俺が気絶した後、何か指導された?」
「ううん。そういえば、新しいプレートをくれたよ。明日からこれを着けろって」
言われて2人の胸元に目をやると、市民階級を示すプレートがいかにも新しいものに替わっていた。
「それだけ?俺から保護観察を受けるように、とか言われなかったか?」
「ううん…特には」
香菜も首を横に振った。
「そっか。まあとにかく、俺はもう少しここで休むから、2人は教室に戻れ」
「分かった。じゃあ、本当にゴメンね」
名残り惜しそうに、2人は保健室から出て行った。
再び、部屋に静寂が戻る。
「さて、もう一眠りしようかね…」
今寝てしまうと夜に眠れなくなりそうな気もしたけど、それでも今は動く気がしなかった。とにかく痛みをある程度落ち着かせたい。
だがその時、またガラガラと扉が開く音。
入ってきたのは由衣さんだった。
「ああ、先生、お久しぶりです。いや待てよ、俺は別に生徒じゃないから、由衣さんって呼んで問題ないですよね?」
すると由衣さんは、半ば呆れたような表情で。
「昨日あんなに酷い目に遭ったのに、もう元気を取り戻したのね」
「ええ、こう見えて身体は鋼のように鍛えてありますから」
香菜から激しい制裁の内容を聞いたのだろう。由衣さんが俺の肩や頭を心配そうに眺めてくる。
「まあ、あれはユジンさんのパフォーマンスですよ」
「パフォーマンス?」
どういうこと?という表情の由衣さんに、俺は言う。
「俺はこれから、紗千香の保護観察をすることになると思う。もしかしたら香菜も観ることになるかもしれない。そんな2人は、昨日の一件で俺に悪いことをしたと思ってる。今後は俺の言うことを聞かないと、俺が酷い目に遭うんだっていうことを印象付けるためのパフォーマンスって訳」
「そ、そう…」
結果的に、俺は紗千香や香菜を指導しやすくなったって訳だ。
…ったく、どこまでも計算高い人だぜ。
「そう言えば、来週から夏休みなんですよね?」
「ええ、1カ月を超える長い休みになるわ」
「じゃあ、しばらく会えなくなりますね」
「香菜にもよろしく伝えておくわ」
………………………………………
放課後を告げるチャイムが鳴る前少し前に、俺は保健室を出た。
紗千香が帰るより早く部屋に戻るのは悪いから、適当にそこらをぶらついてから帰るか…そう思いながら校舎を出てると。
「広瀬さんじゃないですかっ!?」
振り返ると、中島がいた。
「あれ、まだ授業中じゃないのか?」
「そんなことはどうだっていいんですよっ。広瀬さん、紗千香さんから事情は聞きましたよ」
どうだっていいことは無いと思うが、どうやら本気で俺を心配してくれているらしい。
「死ねば良かったのに」
「おい!」
…ったく、何てブラックジョークだよ。
「ところで、中島は何のお咎めもなしだったのか?」
「あたしは平気ですよ?」
「…あたし?」
「え?」
「いや、いま自分のことあたしって言っただろ?」
「言ってませんよ。あたしは僕ですよ」
「言ってるじゃねーか!」
…あー、こいつと話してると頭が痛くなってくる。元々頭痛いのに。
「でも僕、不思議だなあ…広瀬さんとは初めて会ったような気がしないんです」
「…それはあれだろ、昨日既に会ってた!とか言うんだろ」
「くっ、流石は特別指導員、僕の心が読まれるなんてっ・・・!」
「……」
「まあとにかく、授業中だろ。サッサと教室に戻れ」
「ええ、広瀬さんともっと話したいなあ…」
「俺は忙しいんだ。じゃあな」
中島を放っておいて、俺は学園を後にした。