韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
翌日は、1学期最後の登校日だった。
クラスを包む空気は明日からの長期休暇を目前にしてどこか浮付いていたが、当然ながら授業風景自体は昨日までと何ら変わる所はない。総督府が被統治民の思想統制において最重視している科目…すなわち韓国の正当性を説く「歴史」、統治社会のルールを理解させる「政治経済」、そして宗主国の言葉を叩き込む「韓国語」の授業が順々に消化されていく。
黒板に向かう教員たちの声を聞き流しながら、俺は静かにクラスの様子を観察していた。
先日の「制裁」の恐怖がまだ尾を引いているのか、香菜は一度も後ろを振り返ろうとせず、終始背筋を伸ばしてノートを取り続けていた。紗千香は相変わらず机に突っ伏して眠りこけていたが、その胸元には真新しい市民階級プレートが朝の光を弾いて冷たく光っている。
やがて昼休みが終わると、生徒たちは校舎の外へと集められた。
この日は1学期の締めくくりとして、学園恒例の「社会見学」が予定されていた。この学園では毎年、1学期の最終日に全校生徒参加の社会見学が組み込まれているのだという。
全校生徒を合わせても100人に満たない小さな学園とはいえ1~3年の全学年合わせて一体どこに行こうというのだろう。学年ごとに列を組みぞろぞろと校門を出ていく生徒たちの最後尾に、俺は特別指導員として静かについて行った。
生徒たちの列は、舗装された街のメインストリートを外れ、田園地帯へと向かっていく。
見渡す限りの鮮やかな黄色の向日葵畑。夏の強い陽光を浴びて咲き誇る荘厳な光景の中を、生徒一行が縫うように進んでいく。
やがて向日葵畑を抜け、未舗装の山道へと入る。
そんな中、ポケットの中のスマホが振動した。
取り出してみると、着信相手にはキム・ユジンの表示。
「はい、広瀬です」
「緊急かつ重要な指示を出す」
電話口の奥から、まるで先日の制裁など無かったかのように、ユジンさんの淡々とした声が届いた。
「三ッ沢紗千香の保護観察を命ずる」
「…はい」
「三ッ沢紗千香を指導し、義務解消及び市民ランクの引き上げに務めるのが、京介の任務よ」
「かしこまりました」
三流の俺にご丁寧な説明をして下さり、電話は切れた。
…紗千香の保護観察か。
まあ、予期していたことだ。幸い、紗千香との距離は縮めてある。指導には入りやすい。俺は再び意識を社会見学の方へと戻した。
蝉時雨が耳を刺すような勢いで降り注ぐ中、木々に覆われた坂道を登っていく。最初は楽しそうにお喋りをしていた女子生徒たちの声も次第に途絶え、しんどそうな息遣いと土を踏みしめる足音だけが響き渡るようになっていく。
そうして歩くこと、およそ2時間。
疲労の色を濃くした生徒たちの列がようやく足を止めたのは、町を一望できる小高い丘のような場所だった。
その広場の中央に、ひっそりと、しかし不気味なほどの存在感を放つ一つの石碑が鎮座している。
黒ずんだ花崗岩で造られたその石碑には、厳しい統治下独特の冷徹な文体で、ある歴史的事実が刻み込まれていた。
――今から10年前、この町を中心に発生した大規模暴動事件。
そして、その暴動の首謀者として総督府に指名手配され、鎮圧の過程で死亡したとされる男、「森田三郎」の名。
石碑の表面には、森田三郎がいかに愚かな反逆を企て、無謀な暴動によって多くの同胞を無駄な死へと巻き込み、平和な社会を破壊したかが事細かに記されていた。
その内容を要約するとこうだ。
――10年前、革命家を自称した森田三郎は、日本人による自治を掲げ、この地で戦後最大の内乱事件を起こした。
暴動は旧自衛隊勢力に後押しされたこともあり、一時は町全体を占領。しかし暴動の拡大や全国への波及を危惧した総督府は正規軍を投入。形勢は一変し、鎮圧の中で首謀者・森田三郎は死亡した。
なおその際、形勢がジリ貧下となる中で過激化した森田の指示により、暴動参加者の多くは韓国軍への投降を拒み集団自決を遂げた……
つまり石碑文には、暴動による膨大な死者の大半は森田による自決の強制が要因であることが歴史の真実として刻まれていた。さらに、多くの仲間に自決を強制した当の森田は、自らの家族だけは極秘裏に国外へ逃がそうと画策。しかしその企みも空しく家族は韓国軍に捕えられ、連座制によって厳正に裁かれることになった、とも記されていた。
この社会見学の真の趣旨、それは単なる歴史の学習などではない。
かつてこの地で起きた惨禍を若者たちに直視させ、多くの死者を生んだ悲劇は森田三郎という一人の悪しき日本人によって引き起こされたこと。また反逆がもたらす悲惨な結末を提示すると共に、当時の総督府の軍事介入を讃え、総督府への絶対的な忠誠こそが平和をもたらすという教訓を骨の髄まで叩き込むための、徹底された思想教育の儀式であることは一目瞭然だった。
……だが、俺は知っている。
森田三郎が多くの仲間に集団自決を強制したとか、自らの身内だけ国外に逃がそうとしたなんていうのは、全て総督府が捏造した悪質なプロパガンダで。
当時、この町を血の海に沈め、無抵抗な市民まで虐殺し尽くしたのは全て韓国軍で、
総督府は自らが犯した虐殺の歴史を、森田三郎という一人の男の狂気のせいにして歴史を塗り替えたのだと。
なぜ、俺がその事実を知っているのか。
――当然だ。
なぜなら…俺こそが、「悪魔」として歴史に刻まれた男・森田三郎の息子なのだから。
1章終了です。
明日から2章を投稿します。