韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
紗千香を安全な場所に待たせ、俺は細心の注意を払いつつ単独で崖沿いの道を進む。
幅わずか数十センチの岩棚。頭上から絶え間なく滴り落ちる水滴が、足場を岩をヌルヌルと濡らしている。片手を冷たい岩壁にしっかりと密着させ、三点支持を崩さずに一歩一歩、慎重に体重を移していく。
右手には完全なる暗闇。その底から吹き上げてくる地鳴りのような風が、身体の均衡を揺さぶる。ヘッドライトの光を真下に向けても、闇が光を飲み込むばかりで底など影も形も見えない。もし一歩でも足を踏み外せば、闇の深淵へと滑落し、肉塊となって終わるだろう。
そんな悪路を30分ほど慎重に下降を続けたあたりで、ついに進行ルートが絶たれた。
ここから先は足場そのものが完全に崩落しており、向こう側の岩棚へ移るには、濡れた岩肌にハーネスとボルトを打ち込みながらの懸垂下降(ラペリング)が必須となる。
俺は立ち止まり、持参したギアと眼前の過酷な地形を見比べた。
…無謀すぎるな。
現在の装備でも、技術的には突破できなくはないかもしれない。だがそれはあくまで単身で命を削るプロのケイビングでの話だ。
素人の紗千香を連れてこの難所を突破し、再び登り切ることなど到底不可能だ。仮に俺が1人で奥へ進んで何らかの財宝を見つけたところで、それを担いでこの死の壁を登り直すなど絶望的と言っていい。
何よりもし親父が本当にこの洞窟に財宝を隠したとして、これほど危険地帯の奥底に遺産を隠すだろうか?と考えた時に、答えは完全に「ノー」だった。これ以上の深追いはただの徒労に終わる。いや、徒労ならまだいい。最悪、無駄死にで終了だ。
…ここまでだな、俺は冷静にそう判断し、来た道を慎重に登り始めた。
……………………………………
「京介っ……!?」
大竪穴前で待機していた紗千香が、足音に気づいて勢いよく顔を上げた。
「良かったぁ…無事だったんだね…」
「ああ、もう少しで1時間だったな」
「もし時間が来たら、私、探しに行くところだったよ…」
「おいおい…」
…それは、冗談抜きで危なかったな。
「それで、財宝はあったの?」
「無い。道も事実上の行き止まりで、手がかりの一つも見当たらなかった」
「そっかぁ…」
落胆の表情を浮かべる紗千香。だが、すぐに俺の顔をまじまじと見つめ返すと、その大きな瞳にうっすらと涙を浮かべて言った。
「でも、京介が無事でホントに良かったよ…」
その表情に、本気で心配してくれてたんだなと嬉しく思う。
とはいえ結局、親父の遺産は見つからず。収穫はゼロだ。
「ここに来る途中に、分かれ道とか無かったよね?」
「そうだな。ひょっとしたら狭い道があって、見落とした可能性は否定できないが…」
何せ真っ暗闇の洞窟を2km以上進んできたのだ。細い横道に気付かなかった可能性はある。
「どっちにしても、もう前に進むべき道は無いんだ。戻りながら横道を探してみよう。岩陰の後ろなんかを要チェックだ」
「了解!」
紗千香は快く頷いて、俺の後についてくる。俺は右側、紗千香は左側の壁面の確認を担当しながら、来た道を慎重に戻っていく。心なしか、行きよりも紗千香が俺との体の距離を近付けているような気がした。
「あー、もうダメ、ちょっと休ませて…」
半分ほど戻った所で、紗千香が足をもつれさせながら言った。さすがにそろそろ限界の様子だ。
俺たちは適当な岩の上に腰を下ろした。ザックから高カロリーの非常食を取り出して、かじりつく。
「うーん、甘さが疲れた体に効くーっ」
炭水化物を補給し、紗千香は元気を取り戻したようだ。
「水は一気に飲むなよ。胃が冷えて動けなくなる」
「というか、どうしてそんなに洞窟とかサバイバルに詳しいの?」
「サバイバルは一通り学んだ。技術的には穴だらけだけどな」
「いやぁ…今、まじまじと京介の凄さを実感しつつあるよ」
「まあ、一応、特別指導員ですから」
そんな話をしながら10分ほど休憩し、再び探検を再開する。
「よーし、今度こそお宝見つけるぞーっ!」
すっくと立ち上がって、壁をぺたぺたと触って確認する紗千香。
紅潮させた頬に、キラキラした瞳。この無邪気さが彼女の魅力だと改めて思う。
――と、その時だった。
「おー、京介!こっち来て!」
紗千香がハイテンションに手招きしている。何か見つけたのかとに近づいてみると。
「これ、行けんじゃない?」
紗千香が指し示すその場所には、人が横向きになれば何とか通れそうな幅のクラック(岩の割れ目)があった。
手を入れてみると、奥から確かに風を感じる。
「でかした!この先に空間があるぞ!」
「えへへへへっ!あたし凄くない?」
「あのね、よくよく見ると洞窟ってさ、岩の割れ目に沿って道が拡大してんじゃん。だから壁の模様とかに注意してみてたら、いきなり途切れててさ」
「さすがに、画家先生は観察力があるなぁ」
「テンション下がるってば…」
「いや、今のは皮肉とかじゃなく、本気で感心したんだけどな…」
実際、ライトの陰影だけに囚われていた俺には全くない気付きだった。
とにかく俺たちは体を横にして、全身を滑らせるようにクラックを通過する。
すると目の前には、迷路のように入り組んだ空間が広がっていた。つららや石柱が我が物顔で乱立し、水を滴らせていた。
ぱっと見ただけで、先に続いていそうな横穴が3つ確認できる。
1つ目は、右手に続くチョロチョロと水が流れる洞道。
2つ目は、正面の段差を登った先にある横穴。
3つ目は、腹ばいになって匍匐(ほふく)前進しなければ通れなさそうな低い通路。
「今まで一本道だった分、いきなり厄介になってきたな」
そう言いつつ、ここを第2起点にすべくアルミホイルを巻き付けてマーキングする。
「どうしよっか?二手に分かれる?」
「バカ言え、ここで二手に分かれるのは死亡フラグだ。順番に1つずつ探っていくしかない」
紗千香の無謀な提案を一蹴する。
「セオリーで言えば、本命は水流がある通路だな。水脈を辿っていくと、洞窟の最深部や主要な大空洞へ通じている可能性が高い」
「でも、最深部に財宝があるとは限らないよね」
「確かに」
3つの進路を見比べながら、どの道を進むべきかを考え込む。とはいえ地図も何もない以上、どれが正解かなど考えても分かるはずもない。というか、全部不正解という可能性だって十分あるのだ。
「よし。紗千香、お前の直感に賭ける。どの道を行く?」
「えっ、私が決めていいの!?」
「ああ、こういう時は女の勘に賭けよう」
紗千香は腕を組んでうーんと真剣に悩み始めた。
「んー…私だったら、水が流れてる分かりやすい場所には大切なものを隠さないと思うんだよね。濡れちゃうし、流されちゃうかもしれないし。だから敢えて、水の無い場所に財宝を隠したと見た!」
そう言って紗千香がビシッと指差したのは、正面の段差を越えた先にある乾いた横穴だった。
「よし、その説を採用しよう。行くぞ」
段差に手をかけて身体を引き上げ、二人でその横穴へと足を踏み入れる。
だが…期待に胸を膨らませて進んだのも束の間、ほんの数十メートルほど進んだところで、道は硬い岩壁によってあっけなく突き当たっていた。
「うわ、完全に行き止まりじゃん……」
女の勘、大ハズレ。俺たちは分岐点へと戻る。
「まあ、『水の無い場所に隠した』という読み自体は悪くない発想だ。となると、次はあの道だな」
そう言って俺がは、腹ばいになって匍匐前進しなければ通れない、天井の低い不気味な狭路を指し示した。
だが…
「えー、あの泥んこ地帯を這って行くのぉ…?」
「水が無い場所が有力ってのは紗千香が言ったんだろが」
「嫌だ嫌だ絶対嫌! 服も顔もドロドロになっちゃうじゃん! あんな狭いところ絶対無理!」
紗千香は両手で大きなバツ印を作り、全力で首を振って拒絶した。
…結局は汚れたくないだけじゃねーか!と思わず呆れてしまう。とはいえ、もともと水流のある通路が本命ルートだというのも確かだ。
俺たちは洞窟の最奥を目指すべく、水流ルートへと足を踏み入れた。
この後俺たちは、この洞窟の恐ろしさを身をもって知ることになる。