韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
水流に沿って進むルートは、予想通り気が遠くなるほど長い道のりだった。足元を流れる冷たい水とせせらぎの音だけが暗闇に響き、どれだけ歩を進めても終わりが見えない。
「ねえ、どこまで続いてるのこれ…」
疲労から足元がおぼつかなくなっていた紗千香が、文句を漏らしたその瞬間だった。
「きゃっ…!?」
水に濡れた平らな岩肌で足を滑らせ、紗千香が盛大に転倒した。バシャっ!という衝撃音と共に、カツンと乾いた音が狭い洞窟内に響く。
「大丈夫かっ!?」
俺は慌てて駆け寄り、水の中に倒れ込んだ紗千香の身体を引き起こした。
「痛たた…びっくりした…」
「どこか打ったか? 頭は?」
「大丈夫…ヘルメットが岩に当たったけど全然平気」
ライトの光を当てて入念に確認する。幸いなことに怪我はなく、ヘルメットに亀裂や凹みも入っていなかった。
「無事で良かった。でも集中を切らすなよ」
と言うものの、集中力を切らすなと言っても無理な話だった。何せもう7時間以上も洞窟の中にいるのだ。洞窟まで山道を歩いてきたのも含めると、10時間近く歩いていることになる。
…そろそろ、時間的にリミットかもな。
そう思いつつ、しかしここまで来て引き返すという選択肢も難しい。紗千香も納得しないだろう。俺たちはさらに先を進む。
すると、分岐点を出発してから3時間近くが経過した頃、ついに水流ルートに変化が訪れた。
流れていた水が、岩壁の根本にある直径数20cmほどの小さな亀裂へと勢いよく渦を巻いて流れ込んでいたのだ。そして人が通れるほどの道は、その壁によって完全に途絶えていた。
要するに人が通れる範囲では、ここは枝分かれした洞窟の最奥の一端ということになる。
「えっ、ウソでしょ? ここまで来て行き止まり!?」
疲労が一気に押し寄せたのか、紗千香はその場にへたり込み、ぐったりと肩を落とした。
「はぁ…もう体力の限界なんだけどぉ……」
「いや、待て」
その時、俺は頭上に微かな『違和感』を覚えた。
(…風? いや、冷気が上から降りてきているのか…?)
首を限界まで曲げて直上を照らし出す。
するとそこには、天井が筒状に穿たれた煙突状の空間が垂直に伸びていた。
「登れそうだね…」
紗千香が呟く。確かに壁面はデコボコしており、紗千香でもある程度は登れそうだ。
「よし、俺が先に行くからよく見てろ。ポイントは両側の壁に背中や手を押し付けることだ。そうすればかなり安定するから」
そう言って俺は軽くジャンプして、両側の壁にへばりついた。デコボコに手足を引っ掛け、岩をよじ登っていく。
「おー、凄い凄い!」
下で紗千香が手を叩いていた。
「よし、紗千香も登ってこい」
紗千香が岩に手をかけ、うんしょ、うんしょと登り始める。その体の使い方は、素人の女の子にしては十分過ぎる程に筋の良い身のこなしだった。
「その調子だ、頑張れっ!」
顔を歪めながら登ってきた紗千香の腕を掴み、比較的安定した地点まで引き上げてやる。
「はあっ、はあっ、はあっ……!」
「よく頑張ったな、素人とは思えないぞ」
「はあっ、はあっ…でしょ…?」
息を切らしながらも、どんなもんだと言わんばかりの表情を浮かべる紗千香。
そんな彼女に、俺は言った。
「おい、上を見てみろ」
「え?…うわ……嘘でしょぉ……」
まだまだ続く竪穴の闇を見て、絶望の声を漏らす紗千香。
だが、俺が見せようとしたのはそれではなくて。
「違うぞ紗千香、ほら、あそこを見てみろ」
そう言って俺はヘッドライトの照射角を絞り、ある一点を鋭く照らした。
「あ、何か取り付けられてる…?」
「あれはおそらく、ハシゴやロープを設置するためのアンカーって固定器だ。つまり、かつて誰かがここに機材を取り付けて登り降りした可能性が高い」
「じゃあこの先に、森田三郎の財宝が…」
親父かどうかは分からないが…少なくとも、誰かがかつて明確な目的をもってここを登った可能性は相当高い。
「でも、ハシゴが無きゃ登れないってことじゃないの?」
「……」
見上げると、垂直の壁がまだ10mはありそうだ。
俺一人ならともかく、疲労困憊な上にそもそもケイビング素人の紗千香にとっては、ここを登るのは相当危険な行為だ。言うまでもなく、落下すれば命を落とす可能性だって低くない。
「何黙ってんのよ、流石の京介も疲れた?」
疲れた顔でそう言う紗千香の言葉をスルーし、俺は現在の状況を冷静に俯瞰する。
…やっぱり、どう考えても厳しい。
「紗千香、一度引き返すぞ」
「は?何で?」
「理由は三つだ」
俺はつとめて冷静に言う。
「一つ、まず紗千香の体力がそろそろ限界だ」
「まだ平気だって!」
「二つ、そろそろ戻らないといけない時間だ」
「時間を止める薬は持ってきてるって。洞窟内で寝たらいいだけの話じゃない」
「三つ、この竪穴を登るには、やっぱり専用の器材が必要だ。これが一番の理由かな」
「そう?気合いで頑張ったら行けそうじゃん?」
予想通り食い下がってきた。
「紗千香、冷静になれ。洞窟探検はいつでも出来る。ここまでのルートも把握したから、次回は今日よりもずっと早くここまで到達できる。だがここで焦って命を落とせば、全てが終わりだ」
「やだ!!」
引き返そうという提案を頑として拒否する紗千香。
「この上に財宝があるとは限らないんだぞ。命を懸けるような場面じゃないだろ」
紗千香は軽率な所はあるけど、決して馬鹿ではない。
ここで突撃するのはあまりにも無鉄砲だということぐらい、ちょっと考えればは分かるはずだが…
「でも私…森田のオジサンと約束したんだもん!」
「えっ……!?」
突然、紗千香が親父の名前を出した。
…紗千香が、親父と約束?
「お金に困ったらあげるって。財宝を山に隠しておくからって。こういうこと言うと捕まるから黙ってるけど、森田のオジサンはとってもいい人なんだよっ!」
「……」
「教科書やテレビじゃ世紀の極悪人みたいに言われてるけど、私やセッピ―にとっては凄く優しくてカッコいい人だったんだよっ!そんなオジサンの残した遺産を、どうしても見つけてあげたいのっ!」
俺が総督府の犬であることなどお構いなし。紗千香の口から、親父への愛がほとばしる。
「やっと手掛かりが見つかってさ、でも私やセッピ―じゃ無理だと思ってたところに京介がやってきたんだよ。京介だったら、何だってやってのけてくれるって思ったから…!」
「…動機は分かった。ただ、どうしても今すぐじゃなきゃ駄目なのか?」
その問いかけに、紗千香は寂しそうに俯いて。
「薬飲んで止まってる時にさ、オジサンがよく夢に出て来るんだよ。早く宝を見つけてくれって…」
「………」
紗千香の心の叫びにも似た言葉を聞いて、俺は痛感した。
…まだまだ、修行が足りないと。
ただ能天気に金に目が眩んでいるだけなのだろうと思っていた紗千香が、これほど深く切実な想いを隠し持っていたなんて、全く想像もできていなかった。
「別にお金が欲しい訳じゃないんだよ。いや、そりゃ欲しいけどさ…でもオジサンには世話になったし、ひょっとしたら遺言とか残してるかもしれないし…」
「そうか…」
俺は深く息を吐きだして、改めて考える。
専用の機材を整えた方が安全なのは間違いない。ただ、必要となるのはこんなド田舎の町では揃えられない本格的な装備だ。外部から取り寄せるには最低2~3週間はかかるだろう。となると、洞窟内のルートも把握した紗千香は我慢しきれなくなって、一人で勝手に洞窟に入ることも十分予想される。
…腹を括るしかないか。
「分かった。少し休んでから、気合い入れて登るぞ」
そう告げると、紗千香の顔にいつもの笑顔が戻った。
「さすが京介っ!、やっぱり最後は何とかしてくれるぅっ!」
「浮かれるな。一歩間違えれば2人とも死ぬぞ」
俺は改めて、頭上に聳える漆黒の岸壁を見上げた。
…ここからが、本当の正念場だ。