韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
10分ほどそのまま身体を休めてから、探索を再開する。
竪穴を登りきればゴール!であって欲しかったけど現実は甘くなく、足場の劣悪な横穴がまだ延々と続いていた。
「はあっ…はあっ…ねえ…寒くない?」
「そうだな、多少は」
奥から吹き込む風は冷たく湿っており、足元には水も流れている。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
先ほどから、後ろを歩く紗千香の息が極端に荒い。疲労は既に潜在体力の限界に達しているようだった。
その様子を見て、俺は決断した。
「紗千香、今日はここまでだ」
「え?」
「紗千香の体力はもう限界だ。それに…もう時間だ」
腕時計の針は、午後6時45分をまわっていた。活動停止のタイムリミットまでにゴールに辿り着ける可能性は極めて低い。ならば、今日はもうこれ以上進んでも仕方がない。
「でも、洞窟の中で寝たら、低体温症にかかって死ぬかも…」
「駄目だ、どんな理由があっても義務を破ることは許されない」
「もう、相変わらずお堅いんだからぁ…」
「ここまでついて来てやってるだけでも、めちゃくちゃ優しい指導員だぞ」
「まあ、それはそうかもしれないけどさあ…」
「もちろん、紗千香が死なないように安全は払ってやるから、安心して薬を飲め」
「分かったよ。でもさ、まだ時間までは15分ぐらいはあるよねっ!」
そう言って紗千香は、少しでも距離を稼ごうと先に進む。
「おい、俺より先に行くなっての」
「あははは、なんか疲れすぎて、徹夜マージャン明けみたい。でもあと15分、行ける所まで行くよーっ!」
「止まれって馬鹿!」
――この時、俺は空元気の紗千香を、どうして力づくで引き止めなかったのだろうか。
悪魔はいつだって、ほんの僅かな油断の隙間に忍び込んでくる。
「えっ…?」
突如、前方を小走り気味に進んでいた紗千香の姿が…視界から消えた。
「紗千香っ!」
慌てて、紗千香がいたはずの場所に駆け寄ると……
「あいたたたたたっ…」
顔を下に向けると、岩と岩に口を開けた不気味な裂け目…いわゆるクラックに身体がすっぽりと嵌まり込んだ紗千香の姿が、そこにはあった。
「う、うぅぅ…やっちゃったよぉ…」
紗千香は、肩より上だけが地面から上に出ている状態だった。つまり1m以上の落とし穴に落ちたことになる。
ただ不幸中の幸いと言うべきか溝は下に行くにつれて狭まっていたようで、左右の岩に擦れながら減速して嵌まったらしい。おかげで見たところ、擦り傷以上の大きな怪我は無さそうだった。
しかしこういう場合に一番怖いのは、怪我の有無ではなくて…
「紗千香、溝から自力で脱出できるか?」
「んっ…やってみるっ…」
紗千香が両手をもがいて、這い上がろうとするが。
「あ、あれっ…全然動かないよ…」
「落ち着け、引っこ抜いてやるから」
俺は紗千香の両肩を掴み、全力で引き抜こうと試みるが。
「いっ、いたたたたっ!ちょっとタンマっ…!」
紗千香の身体はピクリとも動かず、ただ痛みを訴える悲鳴が響くだけだった。
その様子に、俺は自分の顔色を作るのに必死になってしまった。
(…ヤバいかもな)
クラックの中に腕を伸ばしてみると、紗千香の腰から下は、溝の深部にある極めて狭い岩の隙間に完全に楔合しているようだった。
「ちょっと胸に触れるかもしれないけど、許せよ」
そう断ってから、胸と腕の間を掴み、引っ張ってみるが。
「うっ…ダメ…痛い…痛いよっ……!」
どれほど角度を変え、どれほど力を込めても、紗千香の身体は岩に吸い付いたようにビクともしない。
何か、何か突破口はないのかと、必死に思考を巡らせるが…
「ね、ねえ、京介。これってもしかして…私、結構ヤバかったりする…?」
不安に押しつぶされそうな声。
紗千香の身体は、大半が冷たい岩石に接触している。さらに悪いことに、クラックにはちろちろと水が流れ込んでいた。浸水することはないだろうが、体温を奪うには十分だ。
そして、何より……
(……………)
俺は腕時計に刻まれた残酷な現実を確認して、言った。
「紗千香………薬を飲め」
その瞬間、紗千香の顔が引きつった。
「ちょ、ちょっと、正気!?こんなピンチな状況で?」
俺は黙って紗千香が背負うザックを開け、薬瓶を引っ張り出す。
「や、やめてよ、待ってってば。すっごく寒いんだよ?足とか凄い冷えてるし、湿っぽいし、これで本当に寝ろっていうの?マジで死ぬって…!」
「…飲むんだ」
「と、友達でしょ?仕事なのは分かるけどさ、今日だけは見逃してよ…」
「駄目だ。お前はついこの前も義務に違反してる。短期間に2回も続けて重大な義務違反を犯せば、死よりもつらい強制収容所が待ってる」
「そ、そんなの、京介が黙ってくれればいいだけの話じゃないっ…」
「…もう時間だ」
紗千香の言葉を制し、俺は水筒に水を汲んで、薬と共に彼女の口の前に差し出す。
「ひ、ひどいよ、京介…こんなのって…1回ぐらい見逃してくれたって…」
グズグズと、服薬を拒否し続ける紗千香。
業を煮やした俺は、自らの口に水と薬を含んで……逃げようとする彼女の顎を掴み、その口元へ顔を寄せた。
「ま、待ってよっ…そんなの、京介にできる訳っ…!」
口から口へ、水と薬を直接流し込み、無理やり飲み込ませるように紗千香の顔を上に向ける。
「んんんっ……ふっ…ああっ…飲んじゃった…」
絶望に彩られた瞳で、紗千香が俺を見上げる。
「酷いよっ…京介は、こういう時は助けてくれる人だと思ってたのに…」
ぽろぽろと涙を流し、しゃくりあげるような声を上げる紗千香。
「うぅ…酷いよ…やっぱり…韓国の犬なんだ…っ」
やがて、まぶたが重くなってきたようだ。紗千香の瞳から、ゆっくりと光が失われる。
その最後、瞳にかすかに残る光が、まっすぐに俺を見据えた。
「好きだったのにっ…本気でっ…」
「………」
そうして、紗千香は12時間の眠りについた。
綺麗な、まるで2度と目を覚まさない死人のように美しい寝顔だった。