韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
洞窟内には光が全く差し込まないため、暗さに目が慣れるということはない。ロウソクを使い果たしてしまった今、ライトを切ると辺りは真の暗闇に包まれる。
筒状に広げたサバイバルバックの中は、泥と岩石と紗千香の匂いで満ちていた。そんな中、少しでも体温の低下を抑えるために俺はクラックから引き抜いた紗千香の身体を強く抱きしめ続けていた。
そのまま静寂の中で数時間、ようやく午前7時を迎える。俺は紗千香を抱きしめるのをやめ、手だけを静かに紗千香の身体の上に置き、彼女がが目を覚ますのを待った。
だが、服薬から12時間を超え、さらに数分経っても紗千香が動き出す気配はない。
「おい、紗千香?」
頬をぺちぺちと叩いてみるが。
「………」
…冗談だろ?
「いい加減に死んだフリはやめろ。息遣いを聞こえるし、脈もある。死んでるっていうんなら、容赦なくおっぱい揉むぞ?」
すると…
「ふふふ…」
微かに、しかし確かな笑い声が暗闇に響く。
「真っ暗じゃん。あの世かと思ったよ」
「…声に元気が無いぞ」
「うん…眠いし…ちょっと寒い…」
「何か食おうか」
「あのね、真っ暗だから言うけどさ…」
「ん?」
「……絵、描いてる夢見てた」
「そうか…」
「ウザかった…そんだけ」
「それだけ?」
「……」
紗千香は何も言わなかった。その小さな沈黙に、俺は確信する。
本当は、誰かに聞いて欲しいんだと。
「なあ紗千香、これは指導員としてじゃなく、一人の人間として教えてくれないか。どうして、絵を描くのをやめたんだ?」
紗千香が答えやすくなるような前置きを用意してから尋ねた。
その問いに紗千香は、自嘲気味に笑って。
「実は私、色の違いが分からないの」
「嘘はやめろっての」
呆れた声で返すと、紗千香はくすくすと笑って。
「京介の予想通り、お金にならないからだよ」
「そうか…」
「絵なんて、意味ないんだよ」
「賞を取るっていうのは十分に意味があると思うし、それに賞を取れるような絵ならむしろお金にもなるだろ」
「…盗作って言われたの」
「何…?」
「考えてもみてよ。受賞した時、私はガキんちょだったんだよ」
…要するに、妬まれた訳だ。
醜い大人どもに。
「いろんな人に散々言われたよ。最初はムカついてたけど、だんだん悲しくなってって、最後にはもうどうでもよくなっちゃった」
暗闇の中で、紗千香の声が淡々と続く。
「何か知らないけど、みんな喜んでくれるんじゃないかと思って描いた絵がさ、みんなを不快にさせたんだよ。ダルいよね?今じゃ義務を負ってるF級市民の身だけど、あの時の方がよっぽど犯罪者みたいな気分だったよ」
多くの人間から一斉に向けられる悪意。それを受ける者にとっては言葉に出来ない程につらいものだ。
しかもそれが、10歳そこそこの子どもの時に受けたものとあっては、紗千香が受けた心の傷の大きさは…想像に難くない。
「まな、私のことマジで画家だと思ってるのよ」
「そうみたいだな」
「ホント、京介は何でも知ってるよね」
…今のは、嫌味か?
「じゃあさ、まなが絵にうるさいことは知ってる?」
「いや、初耳だ」
「何かね、私が止まってる時にネット使って色々調べてるみたいなのよ。私の過去も、私が描いた絵のことも知ってるし」
「でも、まなは紗千香の絵のことを絶賛してたぞ。本当に凄いって」
…まあ、紗千香にとっては逆にそれが嫌なんだろうけど。
「賞を取った絵が私の最高傑作だけどさ、そのレベルを求められてんのよ、きっと。だってあの子、自分が寝てる間に私は絵を描いてるって信じてるんだから」
「それは考えすぎじゃないか?まなも、紗千香が絵を描いてないことぐらい気付いてるって」
「……」
少しの間、暗闇が静寂に包まれる。
「とにかく、私はもう無理だから。何年も描いてないし、集中力も散漫になったし、何よりそんな時間ないしね」
「優しいな、紗千香は」
「…え?」
自嘲気味に笑う紗千香を遮るように、俺は言った。
「ヘタな絵を描いて、まなをガッカリさせたくないんだろ?」
「そういう訳じゃ…」
その時、紗千香の腕が俺の身体に触れた。
一瞬ドキッとしたけど、すぐに気持ちを落ち着けて、言った。
「とりあえず、何か腹に入れよう。ゴールはまだ先だからな」
………………………………………
高カロリーの栄養食を腹に入れて栄養補給しつつ、数十分ほど休憩して紗千香の体力を待った。
「そろそろ動けるか?」
「うん、眠いけどね」
「悪いが寝てる暇は無いぞ。俺だってガチの徹夜で体力的には結構キテるからな」
しかも、命懸けの削岩レスキューという重労働つきだ。
「よし、ここまで来たんなら絶対に財宝を見つけて帰るぞ!」
「おー!」
号令一下、俺たちは再度前進を開始する。言うまでもなく、またクラックに嵌まるようなことのないよう、慎重に慎重を期しながら。
だが…
「はあっ…はあっ…」
すぐに、紗千香の荒い息遣いが聞こえてくる。その足元を確認すると、歩みは極めてただたどしい。
それを見て俺は思う。もう無理はさせらない、本当の限界が近い、と。
しかし幸か不幸か、数十分ほど歩いた所で、終わりは唐突に訪れた。
「…行き止まりだ」
「えっ…?」
前方は、巨大で無機質な一枚岩の壁によって完全に遮られていた。
人が通れるような隙間や穴など、どこにも存在しない。
「そんな…ここまで来たのに…?」
ヘナヘナと腰を下ろし、がっくりと俯く紗千香。
だが…紗千香がしゃがみ込んだ拍子にヘッドライトが大きく上下へ揺れた、その瞬間だった。
壁際の低い鍾乳石の陰で、何かが一筋の強い光をキラリと反射した。
「紗千香、あれ…」
「へ……?」
紗千香が顔を上げ、俺が指差す先へと視線を注ぐ。
「お、お……おおおおおおおおおおーーっ!?」
絶叫に近い歓声を上げる紗千香。
湿った洞窟の隅、冷たい岩肌の上に。
一筋の光を反射させる金属製の小箱が、確かにそこに鎮座していた。