韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
3-1 広瀬京介としての人生
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重く湿った沈黙の中で目を覚ますと、そこは見覚えのない無機質な部屋だった。
「ううう……」
荒い呼吸を繰り返すうちに、麻痺していた感覚がじわじわと戻ってくる。するとぐらぐらと揺れる思考の霧の向こうから、恐ろしい記憶が蘇ってきた。
そうだ…僕は、あの韓国軍人の女に電磁ガンで撃たれたんだ。
一刻も早くここから逃げなければならない。死の危険を察知した脳が警鐘を鳴らす。
僕は這うようにして立ち上がると、部屋の出口へとすがりついた。ドアノブを掴み、がちゃがちゃと必死に力を込める。
でも、びくともしない。鍵は外から重々しく閉ざされていた。
(くそっ、開かないっ…)
手立てを失った僕は、狭い密室の中で途方に暮れて立ち尽くすしかなかった。絶望と不安が足元から込み上げ、呼吸が浅くなっていく。
その時だった。
カチリ、と重厚な電子音が響き、ドアノブが静かに回った。
次の瞬間、背筋を冷たい蛇が駆け上がるような、圧倒的な悪寒が走った。
「ひっ……!」
光を背にして入り口に佇むその凛としたシルエット。一切の感情を削ぎ落とした氷のような瞳、胸に煌めくのは支配者の象徴である太極旗。
逃げる僕に容赦なく電磁ガンを向け、意識を漆黒の闇へと突き落とした、あの韓国軍人の女だった。
「っ…ああっ……」
死の恐怖が脳裏を走り、喉から引きつった悲鳴が漏れる。
殺される……本能がそう警鐘を鳴らしているというのに、恐怖で完全に硬直した両脚は、まるで床に縫い付けられたかのように一歩も動いてくれなかった。
そんな僕を冷徹に見下ろしながら、女性は言った。
「森田三郎の息子ね」
「は、はい…」
即座に頷く。あまりの恐怖に、黙秘という選択肢は頭の片隅にも浮かばなかった。
すると女性は淡々と、あまりにも淡々と続けた。
「お前の父、森田三郎は我々韓国軍が射殺した」
「なっ……え……」
「お前の姉、真綾も逮捕し、軍事裁判を待つ身よ」
…お姉ちゃんが逮捕され、お父さんが…射殺された?
「私たちが憎い?」
「……」
憎かった。でも、それを口にすることはできなかった。
そんな僕の心を見透かしたように、女性が言う。
「悪くないわね。私たちを許せないのに、それ以上に私たちを怖れている。歳の割に、計算高そうな顔つきね」
「な、何を言ってるんですか……あぐっ…!」
ドンッ!と体を前蹴りされ、僕は尻もちをついてしまう。
「ひ、ひああっ!や、やめてくださいっ…!」
続けざまに何発か蹴られ、思わず僕は蹲る。そんな僕の後頭部を女性は容赦なく踏みつけて言った。
「お前に残された道は二つよ。ひとつ、愚かな父と同じように、私たちの正義によって射殺されるか…」
グリグリと、僕の後頭部を踏みつける塚らを強めながら、言った。
「もうひとつ、これまでの無価値な人生を捨て、全てを悔い改め生まれ変わって社会に貢献するか――」
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俺が両親に与えられた名前は『アキラ』だ。
父親は森田三郎、だけど子供の頃は何故か母方の姓である『小野』を名乗るように言われていた。だから子供の頃の僕の名前は『小野アキラ』だった。
でも、韓国軍に捕えられたあの日、俺の名前は『小野アキラ』から『広瀬京介』に変わった。
「――お前は今日から、広瀬京介として新しい人生を生きるのよ」
これからお前は日本人を代表するような模範的な人間にならなければならない。そんな意味を込めて、日本を感じさせるような古風な名前を与えた…ユジンさんはそう言った。
なぜ、ユジンさんが俺を育てようとしたのかは分からない。本来なら俺は重罪人である森田三郎の息子として連座制が適用されるのが普通だ。現に姉の真綾は軍事裁判にかけられ、「平和に対する罪」が認定されA級戦犯として死刑判決が下った。
いずれにしてもその日以来、俺の小野アキラとしての人生は終わり、広瀬京介としての人生が始まった。
俺が暮らしたのは、巨大なコンクリートの壁が覆い、入り口のゲートが厳重に管理されている広大な施設だった。それが日本国内に設置された韓国軍関連の施設であると知ったのはずっと後になってからだ。
広瀬京介としてユジンさんから受けた教育は……過酷そのものだった。
早朝から夜まで、僅かな食事時間を除いて、学習と運動をひたすら繰り返す毎日。1日の行動は徹底的なまでに管理され、息つく暇もなかった。
学習では歴史・法律・韓国語が3大重要科目とされ、俺は与えられた歴史教科書や統治法の文言を必死に暗記した。
運動では走る、泳ぐといった基本体育だけではなく、格闘技や制圧術、さらには射撃や剣術など、様々な武器を使った訓練も行われた。
つらい…もう走れない…そんな弱音を吐くとすぐにでも殴られた。
そして特につらかったのが、ユジンさん自らの手によって定期的に行われる理解度確認テスト。
即座に何か答えなければそれだけで酷い目に逢う。一度、質問に対して10秒ほど無言になってしまった際、殺されるかと思うほど足蹴にされた。
だから俺は、ユジンさんの求める答えが分からなくても、いつも恐る恐る「自分の考え」を口にした。
「――どうして、人を殺してはいけないの?」
「その…可哀想だからです…人の未来を奪うなんて…」
直後、お約束のように鼻血をぶちまける俺に、ユジンさんが丁寧に教えてくれる。
「――法律でそう決まっているからよ」
ルールとして決まっているから…それがユジンさんによる教育の根幹。
何も考える必要はない…定められた正確にルールを暗記し、それを実践すればよい…常にそう教わった。
そんな生活を5年以上も続けた頃、ようやく自分で考えることを許され始めた。
「――これまで培った知識と体力を使って、社会に貢献しなさい」
ユジンさんはそう言って、俺を初めて施設の外に連れ出した。
目隠しをされ、軍用ジープから蹴落とされた先に広がっていたのは、貧困と暴力の匂いが漂うスラムだった。
――特別自治区域。
日本という国はもはや存在しないが、この日本列島には、日本人による自治が許された『特別自治区域』と呼ばれる地域がいくつか存在する。それは詰め込まれた知識としては知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。
特別自治区域内の治安は荒れに荒れていた。
血なのか塗料なのか判断のつかないほどに汚れきった道を、ぼろぼろの衣服をまとった人々が行くアテも無さそうにふらついていた。
そんな場所で暮らし、治安維持に貢献せよと言われても、俺一人の力で何ができる訳もない。高架下の一角に拠点を築き、ホームレスとして当地の職業紹介所に通って僅かな日銭を稼ぎ、その日を凌ぐ日々。
そんな日々に転機が訪れたのは、とある体力系の日雇い仕事に就いた日のこと。
若い上に軍施設で運動させられまくっただけあって、栄養失調気味のスラムの連中に比べて俺の体力は図抜けていた。人一倍重い荷物をせっせと運び続ける俺は、自治区域内で手に入る労働力としては極めて珍しい存在だったらしい。俺は社長に声をかけられ、日雇いではなく正規雇用の話を頂戴する。
それからも不平の一つもこぼさずに黙々と働き続ける俺を、社長はとても可愛がってくれた。ある日、俺を自治区域の外に連れ出し、豪勢な料理をご馳走してくれた。
俺は遠慮せずに、その料理を勢いよく平らげた。こういう時は変に遠慮するより食べまくった方が喜んでもらえる、そういう人間心理を俺はどこかで感じていた。
加えて、俺は詰め込まれた教育の成果もあって韓国語を完璧に話せ、さらに韓国の歴史や韓国による日本統治の正当性をスラスラと語れることも、韓国人である社長の気を良くさせた。
「京介には学がある。こんな腐った町で燻ったまま終わる男じゃない」
次の日から、俺は社長付きの秘書として異例の抜擢をされた。
そして、色んなことを教わった。
酒のたしなみ方、嘘のつき方、自分を大きく見せるやり方、人を管理して上手に怠ける方法、やってもいいドラッグと悪いドラッグの見分け方、女を抱く快楽――
自治区域の風俗店を利用するのは自治区域に金を落とす高尚な行為だ…それが社長の考え方だった。京介は日本人なのだから、なおさら自治区域に貢献しろ…社長のそんな「命令」を受け、この頃の俺は毎日のように自治区域の風俗店に通った。そして実際、韓国人を主要顧客とした風俗店こそが自治区域の経済を支えているということを身をもって知った。
社長との付き合いは約1年続いたが、終わりを迎えるのはあっけなかった。
ユジンさんが突然現れ、俺を引き取ると言ったのだ。
再び舞い戻ってきた軍施設。だが俺は、またすぐにそこを出ることになる。
「――お前は、どうして生きているの?」
久しぶりの、ユジンさんによる理解度確認テスト。「それがルールだから」という答えが通用しない問いだ。
「死ねないから生きているだけなんです…!」
とっさに俺はそう言った。実際、自治区域内で生きる人間は皆そうだったと感じたし、俺自身そういう心境で自治区域を生き延びた。
だが、俺が導き出した解答に対するユジンさんの答えは、冷酷だった。
「――じゃあ、死んで来なさい」
そうして俺は、韓国の友好国であるナミビア王国で続いている紛争に義勇兵として強制参加させられた。
戦場では死ねるタイミングなんていくらでもあった。塹壕から少し頭を出す、ガスマスクをつけ遅れる、パニックに陥った仲間をかばう、友軍の戦闘機の誤爆を怖れない…
戦場での生死に軍人としての実力など全く関係無い。生き延びたられたのは単純に運が良かったから、それ以上でもそれ以下でもなかった。
自治区域に続いて紛争地からも『生還』を果たした俺には、以前のガキの頃とは違い、行動や生活に多くの自由が認められるようになった。ソウル大学を受験してみたいと言ったら認められ、在学中に興した企業は運良く成功し、ごく短期間で上場を果たすこともできた。
気付けば俺は、知識も、力も、金も手に入れていた。ユジンさんが俺に施した過酷な教育は、皮肉にも確かな果実となったのだ。
だが、自分一人で生きていけるだけの力を手に入れると、自ずと、ある思いが首をもたげてくる。
…俺はいつまで、ユジンさんの下で、韓国軍の一員として、生きなければならないのだろう。
ユジンさんに捕えられて10年、韓国による日本統治は安定化のフェーズへと入っていた。統治初期に日本社会にあった「そう遠くない将来に政権が日本に返還されるだろう」という淡い期待はもはや完全に霧散し、韓国による無期限の統治を覚悟せざるを得ない…そんな空気が完全に定着していた。
そんなディストピアで俺は半永久的に、「日本人を統治する側」として生きなければならないのか…
…そんな人生は、沢山だ。
ユジンさんの下を離れ、自立させてもらおう…そう決意した時、ユジンさんの方から俺の部屋へとやってきた。
「クスリをやっているの?」
ちょうど、脱法ハーブをやっていたタイミングだった。
「…ユジンさんには関係無いでしょう」
ふてくされたように言って、俺は思いっきりケムリを吐き出した。それは紛争地で死と隣り合わせの日々を生きる中で覚えた究極の精神安定剤だった。
だがユジンさんは、俺の脱法ハーブには特に興味を示さず、淡々と語り出した。
「これから京介は、特別指導員を目指すのよ」
特別指導員…日本の若者に韓国が望む思想を植え付けるための存在。まさに韓国による日本統治の象徴とも言える存在だ。
「ユジンさん、そのことなんですが…」
もちろん、そんな韓国の犬として生涯を全うしたくはない。俺は命を懸ける覚悟でユジンさんに向き直った。
そんな俺の心を見透かしていたように、ユジンさんは言った。
「嫌だというのでしょう?でもお前は、特別指導員になるべきなのよ」
次の瞬間…俺は唖然とするしかなかった。
「――死刑囚を、見たことはある?」
ユジンさんの合図とともに、見覚えのある女性がドアの向こうからゆっくりと姿を現したのだ。
「目線は私に向けなさい」
そう言われるが、俺はどうしても、ユジンさんの後方に現れた女性が気になって仕方なかった。
なぜなら、その女性は…間違いなく俺の姉、真綾姉さんだったから。
「知っての通り、この女は森田三郎の娘として内乱罪として死刑判決を受け、今はその執行を待つ身よ」
「そ、そんな…」
お姉ちゃんが…生きていた。
「我が国では死刑執行は極めて慎重に行われることになっているのは京介も知っての通りよ。それでもこの女の罪は本来なら即執行に相応しいものだけど、罪を犯した当時まだ15歳だったという年齢を勘案し、現在は執行猶予の身となっているわ」
ユジンさんが淡々と告げる中で、お姉ちゃんは無言で俺を見ていた。
すました顔で、小野アキラを見つめていた。
「…執行猶予ということは、何かの拍子に執行される可能性があるのですか?」
「京介らしくない質問ね」
ユジンさんがご丁寧に教えてくれる。ごくごく小さな犯罪でも犯してしまえば執行猶予は停止され、すぐさま死刑が執行されることになっている、と。ただ死刑判決を受けその執行が猶予されている者は、通常は監獄に収監されているため、法律を犯す機会が無いだけだ、と。
「しかし…なぜ、死刑囚がここに…?」
俺は跳ね上がる動悸を必死に抑えつつ、聞いた。
「罪の執行を猶予されている者は、保護監督者の下で一定の保釈権が認められているのを知らない?」
それは知っているが…まさか死刑囚にも適用されることがあるとは…
「つまり、今のお姉…いや、その死刑囚の保護観察人は、ユジンさんということですか?」
するとユジンさんは、満足そうに頷いて。
「察しがいいわね。その通りよ。ただ私も忙しい身だから、お前が立派な特別指導員になった暁には、この女の監督を任せようかと思っているのだけど」
「えっ……あ、そ、そうですか……はは……それは何とも…」
特別指導員になれば…いつの日か俺は、お姉ちゃんの保護観察人として、彼女の生活の世話をすることができる…
お姉ちゃんと…また一緒に暮らすことができる…
パイプを持つ手がガタガタと震えるのを、俺は抑えることができなかった。