韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
山道を下り、泥と汗に塗れた身を引きずるようにして紗千香の部屋へ帰り着いたのは、午後三時を回った頃だった。
「ふあぁ…シャワー浴びて、7時まで寝る…」
限界を迎えていた紗千香はバスルームで最低限の汚れを洗い流すと濡れた髪のままベッドへ倒れ込み、そのまま泥のように眠りについた。
そして約束の午後7時前、アラームに起こされた紗千香はボサボサの頭のまま朦朧とした手つきで薬を口へ放り込み、再び12時間の活動停止へと落ちていった。
紗千香の静かな寝息が部屋を満たしたのを確認した俺は、鞄から愛用のノートパソコンを取り出した。
そして、親父の手紙の裏に貼り付けられていた小型のデータメモリをUSBポートへ装填する。
一体、何が入っているのか…?はやる気持ちを抑えつつ、画面上に表示されたフォルダアイコンをクリックする。
…だが、現れたのは英数字の入力を求める【PASSWORD】のダイアログだった。
「まあ、そりゃそうだよな」
重要なデータが収められているというのなら、パスワード保護されているのは当然だ。無論、この展開は想定の範囲内。俺は即座に自作のパスワード解析・クラッキングプログラムを起動させた。辞書攻撃から総当たり(ブルートフォース)、セキュリティホールを突いたメモリ書き換えによる認証プロセスの改ざんまで、あらゆる手法を並列で実行させる俺の自信作だ。
画面上に怒涛の勢いで緑色のコードが走り、CPUのファンが激しく唸りを上げ始めた。
しかし、解析メーターが5%に達した所で、画面が真っ赤にフラッシュした。
『ACCESS DENIED — ENCRYPTION LEVEL: UNKNOWN』
強烈なプロテクト機能が作動し、解析プログラムそのものが瞬時に分解・強制終了させられた。
「…嘘だろ?」
俺は思わず眉間を押さえた。
生前の親父は、何でもできる人間だった。コンピュータやプログラムの知識も豊富だったと思われる。とはいえ所詮は10年前の知識だ。だがこのメモリにかけられている暗号化技術は、現代の最先端セキュリティすら凌駕しかねない規格外のシロモノだ。俺の自作プログラムでは、防壁の外甲を擦り傷ひとつ付けることすらできない。
これじゃ、中身を確認するなんて到底無理だぞ…
打つ手が無くなった俺は、親父の手紙の文章を脳内で何度も反芻した。
『万が一、この社会に違和感を覚える時が来たのなら、このメモリの中身を閲覧しなさい』
『最後に、真綾を守ってやってくれ』
親父は俺がこの手紙を読むことを予期していた。そして、このメモリを開く鍵をどこかに残しているはずだ。
俺以外にこのメモリの存在を…あるいはこのメモリの中身を見ると想定される人物は…
(…真綾姉さんか)
もし親父からパスワードを聞かされている人物がいるとしたら、姉以外には考えられなかった。
とはいえ、死刑囚として収監中の姉さんとコンタクトを取る方法など、あるはずもない。
東京へ戻り、俺がこの10年間で培ったパイプを総動員すれば、あるいは突破の糸口が見つかるかもしれない。だが、こんなド田舎で、しかも最新性能でもないノートPC1台では、もはや完全に手詰まりなのは明白だった。
…一旦、諦めるしかないか。
溜め息を吐きながらメモリをパソコンから引き抜き、静かに画面を閉じた。
メモリの解析を諦めふと時計に目をやると時刻は間もなく午後8時を指そうとしていたが、まなが帰ってくる気配が一向に無かった。
いつもなら、スーパーでのバイトを終えてすでに帰宅している時間だ。昨日から今日にかけて俺たちが家を空けていた間に、何か変な事件にでも巻き込まれたのではないかという不安が募り始める。
俺は上着を羽織って、夜の町へと出た。まなの勤務先であるスーパーへと急ぐ。
すると、店舗の駐車場の手前にある小さな公園の街灯の下まで差し掛かった所で、聞き覚えのある2人の話し声が耳に届いた。
「いやあ、どうもどうもどうも、最近暑くなってきましたねー」
「ですねー」
「僕なんか、暑すぎて暑すぎて毎日冷蔵庫の中で生活してますよ」
「オイ、どんだけ広い冷蔵庫なんだよ!」
「うん、まあまあだね。でも、できれば今のタイミングで僕を思いっきりぶっ叩いてくれるとより良かったかな」
中島の寒いボケに対して、まなが可愛らしくツッコんでいる。
2人の傍らには、ご丁寧にも『第2回 セピアのツッコミ講座』と手書きで書かれた謎の段ボール看板が立てかけられてた。
しかも、第2回って…
「…おい、お前ら何やってんだ?」
思わず頭を押さえながら近づくと、2人は同時にこちらを振り返った。
「おや京介さん、何ですか一体?」
「それはこっちのセリフだ。何だ今の茶番は?」
すると中島はさも当然という口調で。
「見れば分かるでしょう、未来のお笑い界を担う若き才能を育成していた所ですよ」
「分かるか馬鹿野郎。小さい子に変な知識を吹き込むな」
「セピア兄ちゃんのお話、ためになるよー」
無邪気にそう口にするまなの姿に、俺は思わずため息をついてしまう。
すると中島が言った。
「では、京介さんが返ってきたということで、まなさんは本日をもって卒業とします」
「え?もう卒業?」
きょとんとするまなの頭をよしよしと撫でて。
「うん、引き継ぎは京介さんにお任せします」
…俺かよ。
「それじゃあ、お元気で」
中島は看板の段ボールを回収したかと思うと、白い歯を輝かせながら帰っていった。
「全く、相変わらずよく分からねえ奴だ。まな、間違ってもああいう大人にはなるなよ」
「えー、セピア兄ちゃん面白いよ?」
あのギャグセンスを面白いと思うじゃ将来が不安だ…そう思いながら、俺はまなを連れて来た道を引き返す。
だが、帰り道の途中、ふとした可能性が頭をよぎった。
(…まさかとは思うが、俺たちが洞窟に行ってた間、まなを見守ってくれていたとか?)
中島は昨夜、命懸けで洞窟探検に向かった俺たちのバックアップを務めてくれた。そして無事に洞窟から脱出して戻ってくるまでの間、保護者が不在となったまなを、怪しまれない口実を作りながらずっと影で見守ってくれていたのではないだろうか…?
何にしても…なかなか測れない人物だ。