韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
翌朝、目を覚ました紗千香は、昨日の疲労など嘘のように上機嫌でまなと喋っていた。
「ねえねえ、洞窟探検ってそんなに大変だったの?」
「ううん、超余裕だったよー!」
「へえーっ、すごい!」
「アトラクション感覚でサクッと行って、サクッと戻ってきた感じかな」
…どの口が言ってやがる
死にかけた上に涙目で「韓国の犬」となじってきた昨夜の姿を思い出し、内心呆れてしまう。
そんなやり取りの最中、紗千香が「あ、そうそう!」と思い出したように自分のザックへと歩み寄った。
「これ、まなにお土産!」
「えっ、なになにー?」
紗千香が小さな手元から差し出したのは、陽の光を浴びてほのかに輝く、乳白色の鍾乳石の破片だった。
クラックで彼女の身体をガッチリと締め付けていた、あの硬質な岩石のかけらだ。砕け散った破片の中から紗千香がこっそり拾ってポケットに忍ばせていたのだろう。
「うおおー、すっごいキレイ!これ、洞窟の中にあったやつ?」
「まなのために一番キレイなところを削ってきたんだからね!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
宝物のように鍾乳石を握りしめて喜ぶまな。
まさか紗千香がまなへのお土産を用意していたとは思いもしなかった。この姉妹の間にはどこか微妙な距離感があるようにも見えていたが、それは単に俺の思い過ごし、あるいは2人にしか分からない独特な絆の形なのかもしれない、そう思わされる光景だった。
午後になり、まなはいつものようにスーパーのバイトへと出かけて行った。
部屋に残された紗千香は再びパソコンの前に座り込み、手慣れた手つきでチャート画面を立ち上げて為替取引を始めた。
手に入れた宝石類をすぐに現金化しようとする動きが見られないことには、とりあえずホッとする。とはいえ、為替の数字だけを追いかけて絵筆を握る気配を微塵も見せない紗千香の横顔の姿には、頭を悩ませざるを得なかった。
親父の財宝を手に入れたことでまるで全ての課題をクリアしたかのような雰囲気が漂っているが、現実は何一つ解決していない。それに、仮にあの宝石を元手に金を工面して義務の免除を買ったとしても、紗千香が「F級市民」という最下層の属性である事実は変わらないのだ。紗千香の保護観察という観点において、状況は一歩も前進していないというのが現実だった。
「なあ、紗千香」
「んー、何ー?」
画面から目を切らさずに返事をする彼女に、俺は意識して軽いトーンで問いかけた。
「為替ばっかりやってるみたいだけど、株はやらないのか?」
「株?まぁ、やらないこともないけど…為替の方がレバレッジ効くし、手っ取り早く稼げるからね。株は値動きが重くてまどろっこしいんだよ」
相変わらずの極端なマネーゲーム思考に呆れてしまうが、一応株も全く触らないという訳でもないようだ。
「ちょっと見てほしい企業があるんだが…証券コード『××××』の会社、どう思う?」
「お、もしかして京介のオススメ銘柄?」
紗千香はキーボードを叩き、該当の企業ページを検索した。すると『HKストレングスカンパニー』という企業が画面に表示される。
紗千香は少しの間、画面に並ぶ企業情報やIR情報、そして上場して間もない株価チャートを流れるような手つきでスクロールして確認した。
「ふーん…めちゃくちゃ若い企業だね。勢いはあるし、これからまだまだ伸びそうな雰囲気は感じるけど…」
そこで紗千香はブラウザを閉じ、興味なさそうに為替の画面へと戻した。
「こういう上場直後のベンチャーって、適正株価が測れないから私は触らないようにしてるんだよね。まあ業績は伸びると思うけど、株価はもうそれ織り込んじゃってる可能性も十分あるから」
「そうか、ありがと」
「というか、何でこの企業のことを聞いたの?」
「いや、知り合いがやってる会社だから」
「ふーん、そうなんだ。京介ってそういう人脈も多そうだようね」
そう言うと紗千香は、再び為替取引の秒単位の値動きの中へと意識を没入させていった。
夜になり、まながスーパーのバイトから帰ってきた。
だが、玄関を開けて入ってきた彼女の表情には、いつもの明るさが一切なかった。うつむき加減であからさまに肩を落としている。
「まな、どうした? 顔色が悪いぞ」
気になった俺が聞いてみると。
「うん、あのね、今日。人と会ってたの?」
「人?誰と?」
「えっとね、女の人で、京介のじょーしって言ってた」
じょーし……上司……
ユジンさんが、一般市民の利用するスーパーにただ食材を買うために訪れるとは思えない。
「どんな話をしたんだ? 何かひどいことでも言われたのか?」
物凄く嫌な予感が走る中、まながぽつりと呟いた。
「…んとね、もう、あそこでお仕事をしちゃダメだって。」
「何…?」
確かにまな働くべきような歳ではない。とはいえ、人にはそれぞれの事情がある。まさかF級市民の家族というだけで、まともな労働の機会すら奪うつもりなのか。
それとも、他に何か企みがあってのことなのか…
「他には何か言われたか?」
「んと…まなが……」
「まなが、どうした?」
「まな……」
そういってまなは、笑顔のまま、固まった。
「何か怖い目にあったか?」
「違うの、恐いんじゃなくて…えっと…まな、どうしたらいいのか、分かんなくて…えっと…んとね…」
「分かった、詳しく聞いてゴメンな」
ただ事ではない気配を察し、俺はまなを問い詰めるのをやめた。
「大丈夫だ、まなは何も悪くないから心配するな」
そう言ってまなの頭をぽんぽんと撫でて落ち着かせると、俺はそのまま上着を掴み、部屋を出た。
推測したって分かりゃしない。当人に本意を確認するのが最も手っ取り早い。
………………………………………
桜水台学園、第一会議室の前にやって来た。
ドアの隙間からは明かりが漏れており、室内には確実に人の気配が感じられた。
俺は一つ深呼吸して心を落ち着けてから、扉をノックして言った。
「広瀬です。至急お伺いしたいことがあります」
すると、間髪入れずに。
「来客中よ」
まるで俺が訪ねてくることを分かっていたかのような、素早い返答だった。
そして、即座に命令が続いた。
「明日8時、三ッ沢紗千香を連れて来なさい。その場にて、お前の知りたがっている事情を説明してあげるわ」
「……承知しました」
反論する暇もない。すごすごと引き下がるしかなかった。
だが去り際、室内から外国語が聞こえてきて、思わず立ち止まる。しかもそれは、まなの国の言語だった。
――どうやら、客人は親善大使らしい。
――お金……契約金の話をしている。
――何らかの契約が成立。
――いい買い物をした。
――こんな町まで来た甲斐があった。あなたは素晴らしい方だ。我が国をあげて感謝する。
…なるほど。
ピンと来るのに、1秒もかからなかった。
まなは……買われたのだ。
だが、怒りに身を任せてドアノブにてをかけようとした、その瞬間だった。
「京介には直接関係のない話よ」
「……っ!」
盗み聞きしているのはバレバレ。むしろ敢えて俺に聞かせるために、意図的に会話を漏らしていたのかもしれない。
今の俺の力では、この扉を開けることすら叶わない。
舌打ちを噛み殺し、俺は今度こそ、その場をを後にした。