韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
翌朝、俺は7時になるや否や、紗千香を起こした。
「うーん、おはよ…って、あれ?」
ベッドの上で上体を起こした紗千香が俺の顔を見て固まった。
「どしたの?やけにシビアスなんだけど?」
「シビアス?」
「シリアスかつシビア、要するに激ヤバってこと」
…何だそりゃ。
「朝からテンション低くて悪い。だが、すぐに支度をして学園に行くぞ」
「何で?夏休みじゃん」
「俺の上司…ユジンさんが俺たちを呼んでる」
「げっ!?」
途端に、紗千香の表情が一変した。
「何で?私、それこそ洞窟内でもちゃんと薬飲んでるじゃない」
「理由は分からないが、どうやら、まなに関することらしい」
「まなに?」
紗千香の顔に疑問の色が浮かぶ。
「詳しい話は俺にも分からない。とにかく行くぞ」
手早く支度を整え、部屋を出る。
学園へ向かう間、さすがの元気系・紗千香も緊張している様子だった。
「あのキム・ユジンって人、何考えてるから分かんないから超イヤなんだよね…」
「俺よりも何考えてるか分からないか?」
「京介は考えてることがたまに顔に出るし、何となく優しい雰囲気を漂わせてるから」
…なるほど、俺もまだまだだな。
とにかく遅刻はマズい。俺たちは急ぎ足で学園へと向かう。
そして十分な時間的余裕を持って、学園へと到着した。
「ユジンさんの前じゃ、俺、ちょっとキャラ変わるけど気にしないでくれよな」
「しょうがないんじゃない?仕事だもんね」
「話は俺がするから、紗千香は黙ってればいいよ」
「ホントに?助かるー。あいつ超怖いんだよね」
重々しい第一会議室の前に立ち、俺はドアを二度ノックした。
「失礼します、広瀬と三ッ沢です」
「入れ」
短く硬い許諾の声を確認してから、俺は扉を開き、入室する。
すると部屋に入った途端、ユジンさんは凍てついたような冷たい瞳で俺たち睨みつけた。
「ひっ……!」
紗千香が恐怖の声を小さくあげる。
そうして、話を聞かせるための前演出を完了させてから、ユジンさんは口を開いた。
「結論から言う。三ッ沢が、まな、と呼んでいる少女は南方の王国の移住し、宮内庁に雇用されることになった」
「えっ…」
隣で、紗千香が大きく息を飲んだ。
「三ッ沢は少女の親戚縁者ではないが、同居人であり、広瀬の更生指導への影響を考慮し、ここに告知するものとする」
それだけ言うと、ユジンさんは若干だけ空気を緩めた。
「何か、質問は?」
「え、えっと…沢山あるんですけど…」
恐る恐る口を開いたのは紗千香だった。
「何?」
「まず、何を言ってるのか分からないんですけど?」
「京介、説明してあげなさい」
ユジンさんに指名され、俺は慎重に言葉を選びながら、紗千香に言った。
「まなが、故郷の国に帰って、宮仕えをするってことだよ」
「宮仕え?」
「メイドみたいなものかな」
そう言うと、ユジンさんが言葉を挟んできた。
「かの国で選ばれた人間の身が就ける、非常に名誉のある役職よ」
「じゃあ、まなにとっては悪い話じゃないってことですか?」
紗千香のその問いかけに、俺は首を縦に振ることはできなかった。
「確かに、聞こえはいい仕事なんだが、実態は違うらしい」
「ど、どんな役目なの?」
「……国王の世話だよ」
「世話って、どんなことするの?」
「いや…食事を運んだり、服装を整えてやったり、掃除をしたり、あとこれは、公になってない話だが…」
「京介」
突如、ユジンさんが立ち上がった。
その威圧感に言葉が詰まる。
「かの国は、我が国の友好国よ。論拠のない誹謗中傷はやめなさい」
「ですが、友好国とは名ばかりの植民――」
「命令よ」
「っ…失礼しました」
足が、床に張り付いたかのように動かない。
そんな俺の服従姿勢に満足したように、ユジンさんは紗千香を見据えて、言った。
「三ッ沢も、あとで京介に尋ねて彼を困らせるようなことをはいけない…分かった?」
「は…はい……」
かつて俺がユジンさんに殴り倒された光景を思い出したのだろう、紗千香は小さく肩を震わせて頷いた。
「ユジンさん、俺からも一つ質問よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「昨日の来客についてですが、あれは、どちら様でしょうか」
するとユジンさんは、冷たい視線を俺に向けて。
「盗み聞きしていたネズミの分際で、遠回しに探りを入れようとするな…!」
やはり、この女に小細工は通用しない。
俺は覚悟を決めて、単当直入に聞いた。
「まなは、いくらで買われたんですか?総督府は、まなを売っていくら儲けたんですか」
その問いに、紗千香が「えっ…」と息を詰まらせた。
チラリと視線をやると、顔面蒼白になって震えている。
そんな紗千香の動揺など意にも介さず、ユジンさんは淡々と言い放った。
「大使殿はあの少女を体操お気に召されたわ。国王の、亡くなった娘に面影が似ているとね。提示された金額は、額面にして――」
ユジンさんの口から、人身売買の具体的な対価が告げられる。
その金額は、一人の人間の人生の値打ちとしてはあまりにも安すぎた。
だが…個人で絶対に用意できない額かと言われれば、決してそうではなかった。
「入金は3日後よ。それが済めば、彼女は出国するわ」
3日後…つまり…
「ということは、3日以内にその金額以上の額を払えば、まなを引き止められるということですね?」
そう聞くと、ユジンさんは淡々と「不可能ではない」と答えた。
…やはり、予想通りだ。
総督府としては、どこから金が入っても文句は無いはずだ。要するに、得体知れないの連中より先に俺たちがまなを…言い方は悪いが…買う。それ以外にまなを救う方法はない。
「聞いたか、紗千香?」
「あ、うん…」
宝石を換金すれば、まず確実に足りる金額だ。
「以上よ、他に何か質問は?」
「…ありません」
紗千香は俯きながら、力なく部屋を出て行った。
「失礼しました」
俺も一礼し、すぐさま紗千香の後を追った。
廊下をとぼとぼと歩く紗千香の背中に、俺は追いついて声をかける。
「紗千香?どうした?」
「ううん、別に。ちょっと考え事してただけ…」
別に、という顔ではない。目の焦点が定まっていなかった。
「何を考えることがあるんだ?3日しかないんだ。とっとと宝石を換金しようぜ」
「…何で?」
「分からないのか?宝石を売ればまなを助けられるんだぞ?」
「そうだよね…でも、3日で何とかなるかな?」
「俺を誰だと思ってる。知り合いの宝石商に頼んでねじ込んでやる」
「凄いね、そんな知り合いがいるんだ…」
「為替やってるんだから、紗千香も銀行口座持ってるだろ?そこに現金を振り込ませるようにしておくから」
「その知り合いって、宝石の現物も見ないでお金にしてくれるの?普通は直接会って鑑定するんじゃないの?」
「信用第一で頑張ってた時の知り合いだからな。イザという時に信用を裏切れば、後々痛い目に逢うことを分かってる連中だから心配いらない」
「そっか…そうだね…早く、まなを安心させてあげないとね…」
その一言を聞いて、思わず安堵のため息が出た。
「安心したよ、紗千香。そしてごめん、一瞬でもお前を疑った俺が馬鹿だった。本気で申し訳ない」
「まさか…私が宝石を自分のために使うって思ったの?」
「すまない、今度ばかりは自分が嫌になった」
もしかしたら紗千香は私欲や義務解消に目が眩んで、宝石の換金を拒否するのではないか…一瞬そんな不安を覚えてしまった。
いくら何でも、この疑いは酷すぎた…
「いいっていいって、そんなにかしこまらないでよ…宝石を売ればさあ、そのお金で義務がチャラになるんだもんね。そりゃ京介の立場からすれば、そういうこと考えるのが普通だって…」
「いや…本当にごめん」
恥ずかしさのあまり、紗千香の顔を直視できない。
「換金…できるといいね」
ぽつりとそう呟く紗千香に、俺は力強く言った。
「任せろ、俺に不可能はない」