韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
部屋にと戻ると、まなは膝を抱えてしょんぼりと座り込んでいた。ただでさえ小さな背中が、さらに小さく心細そうに見える。
そんなまなに、俺は声かける。
「まな、喜べ」
「ん…?何か楽しいことあった?」
「お前はここにいていいんだぞ」
「えっ?」
まなが、弾かれたように顔を上げた。
「大丈夫だ。昨日の話は全部無くなった。まなは、これからもずっとここにいていいんだ」
「本当に…?」
信じられないといった様子で目を丸くするまなは、すがるように隣の紗千香を見つめた。
「お姉ちゃん…京介の言ってること、本当…?」
すると紗千香は、軽快に頷いた。
「もちろんじゃん! あんたは私の大事な妹なんだから、どこにも行かせないよっ」
紗千香がいつもの調子でポンとまなの頭を叩くと、まなの瞳からボロボロと大きな涙が溢れ出した。
「お姉ちゃん…まな、嬉しいよぉ……」
「ば、バカ…何で泣いてるのよ」
「だって、だって、まなは、ここにいちゃいけないのかなって、もうお姉ちゃんと会えなくなるのかと思って…っ!」
「そんな訳ないじゃん。今までずっと面倒見てきたっていうのに…」
「でも、まな、お姉ちゃんの役に立ってないよ…」
「役に立つとか立たないとかじゃないってば…」
紗千香の腰にしがみついて泣きじゃくるまな。その姿を見て、俺は心の底から「間に合ってよかった」と胸を撫で下ろしていた。
――その、感動的な空気の真っ只中だった。
「紗千香さん!僕は感動したよ!」
突如として、ハンカチで目頭を押さえた中島がヌッと姿を現した。
「「「うわあああっ!?」」」
3人揃って悲鳴を上げる。
「何なんだい、この美しき姉妹愛は!セピアツッコミ講座の卒業生が、こんなにも立派な絆を育んでいたなんてっ…!」
「おい待て。何でお前がこの場にいるんだ」
俺は紗千香とまなの2人きりの空間を作るべく、中島の首ねっこを掴んでそのまま廊下へと引きずり出した。
「痛っ!痛いです京介さん! 首が折れます!」
「うるさい。不法侵入しながら何言ってやがる」
パタンとドアを閉め、静かな廊下に出てから俺は中島を解放した。
「…で、何をしに来たんだお前は。鍵は閉まっていたはずだぞ」
「京介さんには関係無いもーん」
…こいつ、だんだん俺に慣れてきてやがるな。いや…最初からか?
「結局、三郎さんの遺産は見つかったんですか?」
次の瞬間、中島は声を落として、俺の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
「ああ、金銀財宝が見つかったぞ」
「ふーん」
「…自分から聞いてきた割には、反応薄いな」
「俗世の金なんかに興味はありませんからね。他には?」
「データの入ったメモリ…」
「ほう、それこそが僕の求めるものです」
中島が興味深そうに言う。
だがもちろん、渡すつもりなど無い。
「森田三郎の貴重なデータだ。よって、総督府の人間として俺が責任を持って保管しておく」
すると中島は、キッ!と俺に強い視線をぶつけて。
「ふん、その内、嫌でも僕に見せたくなりますよ」
「何だよそれ」
「…という負け惜しみ」
「………」
何にしても、とても残念そうだった。まあ仮に中島に渡したとて、パスワードがかかっててどうせ見られないだろうけどな…
中島が帰った後、俺は裏ルートの顔役に連絡を入れ、例の宝石類を即座に現金化するための手配を完了させた。明日には約束の金額が紗千香の指定口座へと確実に振り込まれる手筈だ。
とりあえずこれでまなが外国に売られることはない。肩の荷が下りるのを感じながら部屋へと戻ると、紗千香はやっぱりパソコンに向かい、画面に流れる為替レートの数字を見つめていた。
「また為替か。少しは外に出て汗を流して働こうとは思わないのか?」
「働いたら負けだと思ってるから。労働なんて効率悪いこと、私には向いてませーん」
ヒラヒラと手を振って取り合おうとしない紗千香。相変わらずの思考回路に呆れ果てながら、俺は本題を切り出した。
「ところで、宝石は?」
「…その辺の棚の上」
少し探してみると、宝石は泥棒に入られたらアッサリと盗られてしまいそうな、普通に目立つ位置にあった。
「預かっておくから」
「…売れたの?」
「ああ、明後日の午前中には入金するって」
「へぇ…」
何だか興味無さそうな紗千香。
「まあとにかく、その金をユジンさんに叩きつけて、まなの件は完全終了だな」
だが…宝石箱を抱えて戻った俺の視線の先で、紗千香はパソコンの画面を見つめたまま、急に重苦しいトーンでポツリと呟いた。
「…ねえ、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんだろうね」
「うん…?」
「ただ生きようとしてるだけなのにさ。こんな理不尽な『義務』とか背負わされて、いつも何かに怯えて…ホント、バカバカしいよね」
今さら何をグチってるんだと思ってしまう。
あるいはやっぱり、自分が本来手にするはずだった莫大な財宝が妹の買い戻しによって手元から消えていくことへの未練から出た愚痴なのか…?
「だから、真面目に働けば義務はいずれ解消されるって言ってるだろ」
「そうは言うけどさ、考えてもみてよ。12時間だよ。半分しかないんだよ。睡眠時間もロクに取れないし、夜遊べないからつまんないし、何かもうイヤになっちゃうよ」
「今さら何を言ってんだよ」
「私、そんな悪いことしたかなぁ?私なんかよりも怠けてる奴、絶対沢山いるって」
まあ確かに、紗千香に科された義務は他と比べても厳しすぎると思わなくもないが…
不穏な空気が流れかけたその時。側にいたまなが、紗千香の背中にそっと寄り添うように声を上げた。
「…お姉ちゃんは悪くないよ」
「え……?」
「お姉ちゃんは何も悪くないよ。悪いのは…もっと違う、ヘンテコな仕組みの方だと思うの」
幼いなりに姉を気遣い、健気に庇うまな。
その言葉を聞いた紗千香は、ため息をついてまなの頭を優しく撫でた。
「っ…さすが私の妹!まなはよく分かってるねぇ」
まなをよしよししながら、続けた。
「まな、何かして欲しいこととかない?」
「え?急にどうしたのぉ?」
「いや、そういうのもアリかと思って」
「え…本当…?」
一瞬だけ表情を輝かせたまなだったが、次の瞬間、何かを言いかけて口をもごもごと躊躇わせた。
――『絵を描いてほしい』
まなの言いたいことが何であるかは、誰の目から見ても明らかだった。
だが、その視線の意味を察した瞬間、紗千香の顔に暗みが差した。
「…やっぱ、今の無し」
そして、パソコンのモニターを消して立ち上がった。
「そろそろ7時だし、寝る準備しなきゃ」
そう言って紗千香はまなの返事も待たずに、逃げるようにバスルームへと向かっていった。
紗千香がいなくなり、シャワーの音が響く部屋で、まなは何度も繰り返し呟いた。
お姉ちゃんの絵は、すごいんだよぉ…・お姉ちゃんの絵は、絶対すごいんだよぉ……と。