韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
翌日。何も知らない紗千香は、いつものように朝からパソコンの前にかじりついて為替取引に没頭していた。
というか、これだけ毎日毎日為替取引に精を出す姿を見ていると、これを紗千香の仕事として認めてやってもいいんじゃないかとさえ思ってしまう。実際、世の中には投資ならぬ投機を生業として莫大な利益を得ている者も少なくない。
だが総督府が欲しているのは生産力向上に繋がる労働力だから、現在の統治体制が続く限り、為替取引が「職業」として認められることは永遠に無いだろう。
「…ん?」
その時、俺は思わず、モニターに映る画面を凝視してしまった。
なぜなら、画面には為替のチャートではなく緑色のフェルトテーブルが映し出されていたからだ。紗千香はいつの間にかネットカジノにアクセスし、オンラインポーカーに興じていたのだ。
「…お前、何やってんだ?」
「ん?ちょっと息抜きだよ」
ネットカジノへのアクセス自体は現行法では違法でなく、ポーカーも頭脳スポーツとしての側面があるため、プレイそのものに法的な問題はない。しかし、F級市民である紗千香にはギャンブルにおける掛け金の上限が厳しく設定されている。
「そんなものやめとけって。F級の口座規制に引っかかって無駄なペナルティを食らったらどうするんだ」
「大丈夫だって。勝ってるし、別にいいじゃん」
画面上のチップがカチャカチャと増えていく様子を指差し、紗千香は悪びれもせずにプレイを続行した。
親父の財宝を換金してまなを買い戻したとしても、彼女の手元にはそれなりのまとまった金が余剰分として残るはずだ。いずれにしても金銭的な余裕を得た結果、紗千香の生活はますます自堕落方向に拍車がかかっているような気がした。
ただ、今日はまなの注文した画材道具が届く日だ。
ここで俺が余計な口出しをして彼女の機嫌を損ね、せっかくの「サプライズ」を台無しにするのは得策ではない。
「…規制に引っ掛かるような、無茶な張り方はするなよ」
俺はため息をひとつ吐き、それ以上は何も言わずに追及を収めることにした。
午後、ついに画材道具が到着した。
だが俺はそれを受け取るも、この時点では紗千香に渡さずベランダに隠しておくことにした。後で場が盛り上がったタイミングを見計らって、サプライズとして渡す算段だ。
やがて夕方になり、夕食の時間になった。7時に寝なければならない紗千香の夕食はいつも早めだ。
夕食では、ポーカーで大勝ちしたこともあってか紗千香はいつも以上に上機嫌だった。俺も積極的に話に乗り、少しでも紗千香の気分を上げようと試みる。
そして、紗千香のテンションが最高潮に達した、その時を見計らって…
「よし、ご馳走様!」
俺は箸を置いて、紗千香に向き直って言った。
「紗千香、誕生日おめでとう!」
「おめでとぉー!」
まなも、俺のおめでとうに笑顔で追随する。
「へ?誕生日じゃないけど?」
唐突な祝福に、紗千香は何のことかとポカンと口を開け、戸惑いの表情を浮かべている。
「まな、アレを出すんだ!」
「はーいっ!」
合図を受けたまなは、隠しておいたそれを持って来るべくぱたぱたとベランダに走っていく。
「はい、お姉ちゃんにプレゼントだよー」
そう言って戻って来るや否や、包みを黙々と開けていく。
…さあ、緊張の一瞬だ。
「え…これって…」
包みが開かれ、真新しいキャンバスと絵の具、筆の一式が露わになる。
「まながスーパーで一生懸命働いてたのは、そのためだったんだぞ」
まなが一生懸命に汗を流して働いたお金で買った、愛情の結晶だ。
だが…
紗千香の口から漏れたのは、「ははは…」という乾いた笑いだった。
…まずいな。
「どうだ?超嬉しいだろ?気分上がるだろっ!?」
俺はその場の勢いに身を任せ、ノリで受け取らせようとする。
……が。
「はは……ウケるんだけど……」
紗千香の目は、全く笑っていなかった。
いや、それどころか…
「マジかぁ……いや、まさかとは思ってたけど……こんなご丁寧なもんをよくもまあ……」
怒りの形相で、まなを見下ろしていた。
「まな…あんたって……私の気持ちとか全然考えてくれないの?こんなもん貰って、私が喜ぶとでも思ってんのっ…?」
その怒りは、俺にも向けられる。
「京介も、やめてよ…もう、イヤだって言ったじゃんっ…! 気持ちは嬉しいけど…まなの優しさは分かるけど…こんなの酷いって…私ってテキトーな人間だけど、これだけはマジでやったんだって……ノリで何とかなるもんじゃないんだって……!」
紗千香が吐き出す言葉に込められた思いは、重々分かっているつもりだ。
でもそれを分かった上で、俺は敢えて、紗千香の一番触れられたくない部分に踏み込んでいるんだ。
「ご…ごめんなさい……」
まなが、ぽつりと呟く。
「お姉ちゃん、ごめんなさい……まな、お姉ちゃんがこれでまた、絵を描いてくれるんじゃないかって…」
「だから、それが迷惑なんだって……分かんない子だよね、ホント……」
「でも、でもぉ、どんなにまながお姉ちゃんに嫌われてもぉ!起きてる時に顔を合わせてくれなくてもぉ!お姉ちゃんは絵を描いてるのが一番いいんだよぉ!」
「…あんたごときに、私の何が分かるって言うのよっ!」
「分かるもん!絶対お姉ちゃんはもっと凄いんだもん!」
「黙って掃除してお風呂洗って買い物してくれるだけの子どもだと思ってたら、とんだハズレをひいちゃったよっ!」
「紗千香っ!」
俺は思わず一線を越えた紗千香の暴言を制するべく叫んだ。
だが、激昂した紗千香は誰にも止められない。
「口うるさいことこの上ないじゃん!不幸なくせにいつもニコニコしちゃってさあ、気味が悪いっての!子どもなんだから、自分のことだけ考えて楽に生きればいいじゃない!」
そして、感情のままに――
「あんたみたいな移民、拾わなきゃよかったっ!」
「おい、黙れ紗千香っ!」
やむを得ない。
俺は踏み込み、紗千香の腕を力強く掴んだ。
「痛っ…は、離してよっ!」
「うるさい、いいから来い!」
俺は紗千香の腕を掴み、部屋の外へと引きずり出す。
その時、だった。
(っ……!?)
横目でまなを見た時、俺は心の底から激しい衝撃を受けた。
あれほど残酷に心をえぐる言葉をぶつけられたというのに、まなは泣き出すことも、呆然とすることもなく…ただ真っ直ぐに、力強い瞳で紗千香の背中を見据えていたのだ。
まなが紗千香のために画材道具を揃えたのは決して子どものままごとではない。
一人の人間が自らの魂を削ってでも大切な人を再生させるための、崇高な営みなのだ…そう思わせる瞳だった。