韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
1-1 着任
まずは自己紹介をしよう。
俺の名は広瀬京介。
趣味は読書。特に10年以上前…すなわちこの国が韓国の統治下置かれる以前に書かれた本を読むのが好きだ。
何故って?そりゃあもちろん、当時の日本の社会情勢や雰囲気が本を通じて伝わるからだ。
例えば現代では、国民は思想や経歴によってA級市民からF級市民に分類され、そのランクに応じた権利や制限が与えられている。
でも10年前までの日本にはそんな階級は無く、全ての国民が法の下に完全に平等だったらしい。
もちろん現代だって、A~Fの階級が、生まれや家柄で固定されている訳じゃない。日々の努力や忠誠心、姿勢次第で誰だってA級市民になれる余地はあるんだから、そういう意味じゃ『平等』だ。
ただ、この徹底された管理社会を生きる俺たち若者からすれば、犯罪者一歩手前のゴロツキと、幼少期から清廉潔白に努力を重ねてきた善良な市民が全く同じ扱いを受ける社会なんて、不条理で恐ろしいとさえ感じてしまうのが本音だろう。
一方で、旧時代をリアルタイムで生きてきた上の世代からすれば、人間を階級分けして管理すること自体が狂気の沙汰に見えるらしい。どれほど治安が維持され、安全が保障されていたとしても、だ。
もちろん、俺のような若造に「完全な自由」と「厳格な管理」のどちらが正しいのかなんて分かりはしない。
ただひとつ確かなのは、今の俺たちは統治権を握る韓国の管理下にあり、A~Fのラベルを貼られて生きていかなければならないという厳然たる現実で。
問題は、そういった管理社会で、どうやって生きていくのかということ。
俺のような若造が、どうやって自分なりの幸せを掴み取るかということ――
………………………………………
徹夜で険しい山道を越え、そこからただひたすら歩き続けること6時間。
田舎とはいえ多少の路線バスくらい走っていそうなものだけど、この町はバスの停留所すら存在しない筋金入りの秘境だ。
山から吹き下ろす風は真夏の熱気を帯びているけど、つい数日前まで肌にまとわりついていた都心のビル風に比べれば、段違いの爽快感があった。
そんな心地良い風を受けながら、俺は雲ひとつない青空に向かって叫んだ。
「着いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
声を出し切ると、ふうっと荒い息を吐き出し、そのまま砂利道にどかっと座り込んで胡坐をかいた。
汗ばんだ腕を持ち上げて腕時計を確認すると、指定の時間まではまだ十分な余裕があった。
それを確かめた俺は、鞄の奥底から一本のパイプと小さなケースを取り出し、煙を焚いた。
…実はこれ、脱法ドラッグの類だ。
限りなくグレーゾーンに近い代物だが、一応は違法ではない。何より人間ってのはあまりに厳しい空間に身を投じ続けていると、頭がおかしくなってしまうものだ。だからこれぐらいの逃避は許してほしい。
パイプを深く口に含む。
「す――っ……ふぅ――っ……」
あたたかい煙が肺を満たし、脳の奥がじわじわと痺れていく。
ああ、たまらない……。
「ふ、フフッ……うへ、へへへ……」
直接的な睡眠導入効果は無いけど、すでに30時間以上も不眠で動き回っていた体は限界を迎えていたらしい。急速に強烈な眠気が押し寄せてくる。
視界がぼやけ、瞼が鉛のように重くなる。
「それにしても…まさか、自分の故郷に赴任することになるなんてな…」
だが、すぐにそんなことを思考する余力すら奪われていった。
ああ…ダメ、眠い…
俺は押し寄せる眠気に抗うことなく、素直に目を閉じる。
次に目が覚めた時、実はこれまでのこと全部が夢で…
あの頃の、無垢で無邪気で、世界の残酷さなんて何ひとつ知らなかった『僕』に戻っていたらいいのに…
ぐう………
………………………………………
ピピピピッ、という健気なアラームで目が覚める。
睡眠時間…というより仮眠時間は僅か30分。時間的にはまだ余裕があったけど、万が一にも「遅刻」する訳にはいかない。何せあの人と顔を合わせるのに遅刻なんてしてしまった日にはどんな目に合わせるか、考えるだけでも怖ろしい。
という訳で俺は、再び重い体を叩き起こして再び歩き始める。眠気を振り払うべく頭の中で素数を数えたりしながら…2…3…5…7…11…13…17…19…23…29…31…37…41…43…47…53…57…あ、57は素数じゃないか…
そうしておよそ30分後、ついに目指す目的地が見えてきた。
県立・桜水台(おうみだい)学園。この小さな田舎町に存在する、唯一の高校だ。
静まり返った校舎に足を踏み入れ、長旅のゴールである『第一会議室』の前に立つ。
息を整え、コンコンと扉を軽くノックすると、中から「入りなさい」とだけのシンプルな合図が返ってきた。
「失礼します」
ゆっくりと扉を開けると、そこはとても会議室とは呼べない空間だった。会議用の長机は廃され、まるで校長室か理事長室のように上品に仕立て上げられている。
その最奥、重厚な革張りの椅子に深々と腰掛けた女性が、俺に視線を向けた。
「おはよう、京介。1分の狂いも無いわね」
と言われるが、実はまだ指定された時間の10分前。彼女…ユジンさんの前では10分前行動が絶対原則だ。
――キム・ユジン。
10年前の動乱の際、まだ幼い子どもだった俺を確保し、それ以来今日に到るまでずっと、俺の『教育』と指導を担当し続けてきた女性である。
「人生初めての長期休暇は楽しめたかしら?」
ユジンさんが特に興味も無さそうに聞いてきた。
「ええ、都会というものはどれだけ居ても飽きないですね」
今日からのこの地へ赴任するにあたり、俺は1週間の休暇を与えられていた。実際、この1週間は人生で最も充実した、心の底からくつろげる日々だった。
「それは良かった。いい息抜きになったようね」
ユジンさんは軽く笑ってはいるが、相変わらずその瞳の奥には凍ったような鋭さを残している。
もちろん俺ごときでは、その瞳から彼女が何を考えているのかなど全く探らせてもらえない。
「では、本日からの任務を言い渡すわ」
いきなりの本題に俺は姿勢を正す。ユジンさんの無駄口が少ないのはいつものことだ。
「この町は土地柄的、かつ歴史的な経緯からも、E級・F級といった低層階級の住民が多く存在している。無論、この学園にも」
「はい」
ユジンさんは、俺を射抜くような視線で見据え、続けた。
「当学園の3年生の指導を担当せよ。以上よ」
「かしこまりました」
それを最後に、部屋を静寂が包む。つまり、伝えるべき要件は全て伝えた、ということだろう。
「一つ、よろしいでしょうか?」
「どうしたの?」
「本日から、私はどこで暮らせばよいのでしょう?」
するとユジンさんは、ふっと笑って。
「そんなことは任せるわ。どこに住むかを任務で縛ることはできないでしょう」
「…分かりました」
要するに、住む場所ぐらい自分で探せ、ということだ。
何とも冷たいものだ…そう思いながら背を向けようとした、その時。
「それに、ここはお前の故郷なのだから、土地勘ぐらい残っているでしょう」
その言葉に、俺の身体は反射的にピクリと強張ってしまう。
そう、ここは、俺の故郷……
「もう、全て忘れてしまいましたよ。では、失礼します」
そう言って、今度こそ俺は第一会議室を後にした。