韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国   作:minnie_remon

5 / 8
1-2 日本人教育

 学生指導を担当することになった俺が割り当てられたのは、3年生のクラスだ。ただ、この田舎町の小さな桜水台学園の3年生はたった1クラス、「3年1組」しか存在しない。

 担任の教師に促されて教室に入ると、俺は「特別指導員」として紹介された。教壇に立ち、差し障りのない簡単な自己紹介を済ませる。

 視線をやると、教室の左端最後列の席がひとつ、ぽっかりと空いていた。俺の席はあそこのようだ。90度の視野で教室全体を見渡せる、良い席である。

 生徒たちの間を通り、左端最後列の席へ腰を下ろす。ここから授業風景を観察し、生徒たちの挙動を監視するのが今日からの俺の任務だ。

 韓国政府は、日本に対する統治政策において「教育」を最重要事項と位置づけている。そのため、学校の治安事情や生徒の学力、さらには思想傾向などを鑑みた上で、特に指導が必要と認定された学校やクラスには、専門の「特別指導員」を派遣して直接監視・指導にあたらせているのだ。

 そして俺は、その任を受けてこの学園に送り込まれてきた、という訳だ。

 

 チャイムが鳴り、静かに授業が始まってから少し経った頃だった。

「ねえねえ、君」

 隣の席から、身を乗り出すようにして小声で話しかけられた。

 視線をそちらに向ける。すると真っ先に、話しかけてきた女子生徒の制服の胸元…そこに留められた小さなプレートが嫌でも目に入った。

 そこに刻まれていたのは、鮮烈な『F』の文字。

 つまり彼女は、この統治体制において最下層に位置する「F級市民」であることを意味していた。F級に指定された人間は、移動の制限、職業選択の自由の剥奪など、人間としての権利の多くを制限される。まさに「社会の底辺」の証である。

 まあ、普通の感覚なら授業中に特別指導員に話しかけてくるなんてまず考えられない。この辺りにも彼女がF級市民たる所以が見て取れるようにも感じる。

 いずれにしても本来なら即座に注意し、指導記録に記載すべき案件だ。とはいえいきなり厳しく接するのもどうかと思い、俺は普通のトーンで返してみた。

「前の特別指導員には、授業中に話すなって言われなかったのか?」

「え?全然だけど?」

 彼女は悪びれもせず、くすりと小さく笑って続けた。

「よっぽどの問題でも起こさない限り、別に何も注意されなかったよ」

 それを聞いて、俺は拍子抜けした。

 俺自身はユジンさんの下、韓国軍が管轄する極めて特殊な施設で過酷な教育を受けて育ってきた。だから一般的な日本の義務教育現場や学校のリアルな実態を詳しく知っている訳ではない。

 …実際の現場なんて、案外こんなものなのかな?

 あまり厳格に振る舞うのは悪手かもしれない…そう考えた俺は肩の力を少し抜き、彼女の雑談に適当に乗ることにした。

「ふうん、ところで君の名前は?」

「三ッ沢紗千香(みつざわ さちか)。よろしくね、新任の指導員さん」

 挨拶を交わしたところで、俺はとても気になっていた疑問を口にしてみた。

 この何処にでもいそうな、屈託のない笑顔を浮かべる普通の女子高生が、なぜF級市民という社会の底辺に追いやられているのか…

「なぁ、三ッ沢さん。差し支えなければ教えてほしいんだけど」

「別に紗千香でいいよ」

「じゃあ紗千香、何で君は…F級なんかにランクされてるんだ?」

 すると紗千香は小さな笑みを浮かべると、人差し指を自分の唇に当てて「しーっ」とウインクしてみせた。

「うふふ、それは乙女の秘密。男の子に簡単に教えられるわけないでしょ?」

「秘密って…」

「ほらほら、あんまり喋ってると、今度は先生に怒られちゃうよ?指導員さん」

 煙に巻くような軽い調子でそう言い捨てると、紗千香は何事もなかったかのように黒板へ視線を戻してしまった。

 その横顔を眺めながら、俺は胸の奥に小さな引っかかりを覚えつつもそれ以上追及するのをやめた。

 

………………………………………

 

 授業が進み3時間目、歴史の授業になった。

 日本人の「教育」に並々ならぬ執念を燃やす韓国統治政府だが、中でも最も心血を注いでいるのが歴史教育…特に近現代史の分野だ。

 統治開始以降、旧来の日本で使われていた歴史教科書は跡形もなく破棄・焼却され、完全に一新された。

 新たな教育課程において教え込まれるのは、かつての明治から昭和期にかけて日本がアジア諸国へ多大な被害を与えたという凄惨な記憶だ。とりわけ植民地化された朝鮮半島がどれほど悲惨な仕打ちを受けたか、数十万人もの女性が日本軍の性奴隷として不当に扱われたか…といった、韓国側の史観に百パーセント拠った記述で埋め尽くされている。

 当然、10年前のソウル爆破事件や開戦へと至る一連の情勢についても、「全ては日本の極右勢力と愚かな政府による暴走が原因であり、韓国は終始一貫して被害者であった」という内容が不変のドグマとして教え込まれている。いずれにしても歴史教育は、韓国が日本を統治するにあたって絶対に譲れない『根幹』なのだ。

 だからこそ特別指導員である俺の任務には、授業においては生徒だけでなく教師側の監視も含まれている。教壇に立つ教師が余計な思想的アレンジを加えたりせず、韓国政府の認定した通りに『正しい』歴史教育を叩き込んでいるかをチェックするためだ。

 しかし、今日行われている歴史の授業は江戸時代の制度についてであり、俺が目を光らせるべき近現代史の領域ではなかった。

 だから俺は授業を聞くのをやめ、手元に配られた歴史の教科書をパラパラと手持ち無沙汰にめくってみた。

 ページを繰るたび、目に飛び込んでくるのは朝鮮半島統治時代とその前後の時代の手厚すぎる記述だ。日本がいかに韓国に対して残酷で非道な仕打ちを行ったかが、生々しい当時の写真や資料とともに、これでもかと言わんばかりに並べ立てられている。

(……ふう)

 それらを眺めているうちに、胸の奥から暗く重い感情がせり上がってくる。

 若い世代の日本人が、統治国の都合の良いように思想を塗り替えられていくという、不条理な現実。

 だが悲しいかな、韓国政府によるこの「再教育」の成果は完璧と言ってよかった。今や10代の若者の8~9割は、「日本は韓国に対して永遠に贖罪し続けなければならない」という認識を当然の事実として受け入れている。そして学力レベルが高い層ほど、その認識は強い。

 幼い頃から毎日こんな教科書を読まされ、テストで暗記させられ続ければ、そりゃあ誰だってそうなってしまうだろう。抗う術すら知らない子どもたちの現状に、俺は深い溜息を吐き、暗澹たる気持ちになった。

 ちなみに市民階級のシステムにおいても、未成年者は通常、日頃の学業成績によって「C級」か「D級」のいずれかに割り振られるのが一般的だ。だが、ここでも歴史の成績が特殊な意味を持つ。歴史のテストでずば抜けた好成績を収めれば「B級」への引き上げが考慮され、逆に著しく成績が悪ければ「E級」……最悪の場合、社会から弾き出される「F級」へと突き落とされることもある。

(…待てよ?)

 ふと、ある可能性が脳裏をよぎった。

 紗千香が「F級」に落とされている理由は、もしかして彼女の歴史の成績が壊滅的に悪いからなんじゃないのか…?

 確かめるべく、俺は隣の席へチラリと視線を送った。

「………………」

 するとそこには教科書を枕代わりにし、すやすやと心地よさそうな寝息を立てて爆睡している紗千香の姿があった。授業中であることを気にするようすなど微塵もなし、完全に夢の中だ。

(やっぱりかよっ…!)

 俺は内心、盛大に頭を抱えた。

 ついさっき、F級の理由を格好つけて「乙女の秘密」などとはぐらかしていたが、ただの勉強嫌いによる自業自得じゃねーか…!

 俺の任務は学生の指導。それはすなわち、E級やF級といった『不良』学生を、一つでも上のランクに引き上げることでもある。

 紗千香をF級の底から引き上げてやるには、まずはこの過激な歴史教育を本気で叩き込むところから指導を始めなきゃいけないのかもしれないな…そう思うと俺は心の中で溜息をつかない訳にはいかなかった。

 

 何せ俺自身、こんな腐った歴史教科書は焼き捨てたいと思っているから…

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。