韓国に占領された日本 ✕ 車輪の国 作:minnie_remon
午前中の授業がすべて終わり、生徒待望の昼休みがやってきた。
田舎の小さな高校だけあって購買や食堂は無いらしく、生徒たちは皆、持参したお弁当やパンを楽しげに食べている。
だが、今朝この学校に到着した俺には昼食の用意など無い。なので美味そうにパンや弁当を口に運ぶ生徒たちの姿を横目で見ながら、俺はただじっと自分の席に座って空腹を我慢するしかなかった。
その時、また隣の席から声がした。
「ねえ京介、お昼ご飯ないの?」
「…指導員に対して名前呼び捨てかよ」
「堅いことは気にしない。権力を振りかざす男は嫌われるよ」
全く気にしていない様子の紗千香。こう言っちゃ何だが、さすがF級だと思ってしまう。
…ったく、前任の指導員はどんな指導をしてたんだよ。
「よかったら、私のアゲパンひとつあげようか?」
「いや、いい。一食くらい抜いたぐらいどうってことはない」
俺は即座に断った。もちろん強がりでも何でもない。ユジンさんの下で叩き込まれた過酷な生活において、食事を抜かれることなど日常茶飯事だった。一食分の空腹くらい、呼吸をするのと同じぐらいに耐え慣れている。
「ふーん、我慢強いんだねぇ」
紗千香はパンを一口かじりながら、思いついたように言葉を続けた。
「あ、そういえば京介って、今はどこに住んでるの?」
「決まっていない。今日の放課後、自分で適当に探す予定だ」
「えっ、家決まってないの!?」
驚いたように目を丸くした紗千香は、次の瞬間、とんでもない提案を口にした。
「じゃあさ、良かったら私の部屋に泊まる?」
「……は?」
…何を言ってるんだ、この女は?
歳が近い初対面の男、ましてや自分を監視・指導するために派遣された「特別指導員」を自分の部屋に誘う?挙句の果てに寝泊まりまで勧めてくるなんて、常軌を逸しているもいい所だ。
ただ、正気を疑うような申し出だったが、ここで俺は冷静になって考えた。
紗千香はF級市民であり、俺が最も注視しなければならない最優先の指導対象人物だ。彼女の生活環境や普段の素行を一番近くで監視・把握できる機会だと考えれば、この無防備な提案に乗るのは悪くない。
「…いいのか? なら、お言葉に甘えてお世話になるとしよう」
「私、困ってる人を見かけると見捨てておけないんだよね~」
能天気に喜ぶ彼女の姿に、俺は一抹の不安を覚えながら溜息をついた。いつ、俺が困ってる人になったのか…
その時、ガラガラと教室の扉が開き、同時に担任教師の声がした。
「香菜、ちょっと職員室まで来なさい」
それだけ言ってスタスタと去っていく教師。直後、先ほどの授業で教科書を綺麗な声で朗読していた「E級市民」の女子生徒が露骨に嫌そうな顔を浮かべながら立ち上がり、だるそうに教室を出て行った。
「…今、下の名前で呼んでたよな?」
疑問に思ってそう呟くと、隣でパンをモグモグと食べていた紗千香が教えてくれた。
「香菜ちゃんと花村先生、親子なんだよ」
「親子?」
なるほど、だから「香菜」と名前で呼んだのか。
それにしても、教職に就いている人間の娘がE級市民というのは、なかなかに複雑な事情がありそうだ。
真面目な指導員としての血が疼いた俺は、気になって席を立ち、2人を追ってそっと教室を出た。
「…って、そういや職員室ってどこにあるんだ?」
ただ、小さい高校である、少し探すと目的の場所はすぐに見つかった。
というか、職員室を探して間もなく、2人のものと思しき声が聞こえてきた。
「嫌だとは言えないはずだけど?」
「で、でも…私、もっと遊びたい!」
「ダメよ、もっと勉強しなさい」
どうやら親がもっと勉強しろと迫り、子がそれを嫌がって口論になっているようだった。
家庭の事情とはいえ、学校内の目立つ場所でケンカは良くない。俺はそーっと2人の元へと近づき。
「何の話してるんですか?」
ズカッ!と遠慮なく会話に割って入ってやった。
すると言葉を返してくれたのは、母親である花村先生の方だった。
「京介くん、いい所に来てくれたわ。香菜に、夕方5時までには家に帰るように言いつけたの。京介君からも厳しく言ってあげて」
特別指導員である俺をいきなり味方につけようとする母親。親子の教育としてそれでいいのか、と俺は反射的に思ってしまう。
「うーん…でも、今どきの女子高生に門限5時はちょっとキツくないですかね」
という訳で、香菜ちゃんの肩を持ってあげることにした。
すると…
「広瀬京介には関係無いでしょ」
香菜から、突き放したようなキツい一言。
というか、擁護してあげたのに怒られてしまったぞ…
「あのな、俺はお前を擁護してやったんだぞ?」
「そんなこと頼んでない!」
まあ確かにそうだけど…しかし綺麗な声とは裏腹に、何ともトゲトゲしい女の子だ。
ならば俺も方針転換。
「花村香菜、お前は先生には逆らえんのだ」
「そんなこと分かってる!」
「もう一度言うぞ、お前は先生には逆らえんのだ」
「な、なによ…」
「何度でも言うぞ、お前は先生には逆らえんのだ」
「くっ…」
「とにかくお前は、先生には逆らえんのだ」
暗示をかけるように、同じ言葉を淡々と繰り返す。
すると…
「な、なんなのよ、広瀬京介……っ!」
香菜は肩をいからせると、逃げるように教室へと戻っていった。
ちなみに「生徒が先生に逆らってはいけない」ということは、学務法にて明確に定められている。つまり香菜に限らず、この学校に通う全ての生徒は、この学校に勤務する全ての教諭の命令や指導に逆らうことは法的に許されない。『お上』に従順で無抵抗な日本人を育成する、これこそが総督府の掲げる日本人教育における根幹的方針なのだ。
今のケースは、見ようによっては単なる「親から子へのしつけ」とも取れるが、やはり高校敷地内かつ教育時間内という状況を踏まえると、「親から子」ではなく「教員から生徒」への指導とみなさなければいけないだろう。となると、香菜が指導に逆らおうとしているのを見逃す訳にはいかない。
いずれにしても、とりあえずその場は収まったということで一息ついていると。
「いきなり嫌われてたみたいね」
花村先生が今のやり取りを振り返るように言った。
「あんなに照れて、もしかして俺に一目惚れしたんじゃないですかね?」
「当人の親の前でよくそんな軽口叩けるわね」
「自分に自身が無いとやっていけない仕事ですから」
「…なるほどね」
呆れたようにため息をつく。だが、その表情には先ほどまでのピリついた雰囲気は消えていた。
「でも、親身になって香菜を指導してくれると助かるわ」
「じゃあ今日、彼女にこの町でも案内させて下さいよ」
「香菜に?」
「ええ」
香菜はE級市民…つまり俺にとっては重点的指導対象人物だ。となると、早い内に彼女の人物像を知っておいて損は無い。
すると花村先生は。
「いいでしょう。後で言っておくわ」
そう言って、職員室へと入っていった。
「ふう…」
居候先となるF級の紗千香に、案内役となるE級の香菜。
成行きはともかく、重点指導対象となるであろう2人への接近ルートを確保できた。着任初日にしては、悪くない滑り出しじゃないか…俺は胸中でそっとほくそ笑んだ。