紅魔族という種族は、頭がおかしい。
これは別に彼らを貶しているわけではない。事実である。
人類でも有数の強大な魔力を生まれながらに宿し、高い知能と魔法への適性を持ち、こと魔法使いとしての才能だけを見るならば他種族を圧倒する。
そんな優秀な種族が、何故世界を牛耳っていないのか。
答えは単純、格好良さを優先するからである。
「我が名はーーー!」
何かにつけて名乗る。
「見るがいい!」
何かにつけてポーズを決める。
「くっ……静まれ、我が左眼よ……!」
別に疼いていなくても眼を押さえる。
紅魔族にとって格好良いとは生きることそのものであり、格好悪いとは死よりなお忌避すべきことであった。
実力だけなら人類屈指。
精神性だけなら世界でも唯一無二。
そんな奇妙奇天烈な一族が集まって暮らしている土地こそ、紅魔の里である。
そして、その紅魔の里に。
「…………よし」
一人の少女がいた。
艶やかな黒髪に、紅魔族特有の真紅の瞳。整った顔立ちは一族の例に漏れず、幼くも可憐な雰囲気は庇護欲をそそられるだろう。
少女の名は、ゆんゆん。
紅魔族の族長の娘。成績優秀、魔法の才能も高く、礼儀正しく、真面目で、他人への気遣いも忘れない。
つまり、紅魔族としては致命的なまでに浮いていた。
「今日は絶対……絶対に……!」
自室の中央で、ゆんゆんは悲壮な面持ちで拳を握る。
机の上には、今日のために集めた数冊の本が並べられていた。
『誰でもできる!はじめての召喚魔法』
『悪魔との正しい付き合い方』
『友達と仲良くなる百の方法』
どう見ても召喚術を極めんとする魔法使いの蔵書ではない。ゆんゆんはそれらを見つめ、大きく息を吸った。
「今日こそ絶対っ………友達を作るんだから……!」
目的は友達作りであった。
世界を救うためでも、世界を脅かす魔王軍を討ち滅ぼすためでもなく、ましてや紅魔族の新たな秘術を編み出すためなどでは断じてない。
友達。
ただ友達が欲しい。
唯一ライバルとして見ている同世代の少女、めぐみんが現場を見ればこう言うだろう。
「何してるんですか⁉︎ぼっち極めすぎて悪魔召喚とか頭おかしいんじゃないんですか⁉︎頭の栄養、全部胸にでも行ってるんですか⁉︎」と。
残念ながらこの場にはおらず、そして友人欲しさに悪魔に頼み込もうとする彼女には届かないのであるが。
あと、世界でも屈指の攻撃力を持ちながらもその規模と威力と消費魔力の大きさから忌避される爆裂魔法を極めようとするめぐみんには、盛大なブーメランである。
「だ、大丈夫……召喚魔法なら、呼び出した相手とは契約期間中ずっと一緒にいられるし……」
友人関係を契約によって担保しようとしている時点で、既に相当に追い詰められている。
だが、ゆんゆんにも言い分はあった。
別に同年代の紅魔族たちが嫌いなのではない。むしろ仲良くしたい。一緒に遊びたい。お泊まり大会なんてのも憧れる。
普通に話をして、普通に笑って、普通に友達らしいことがしたい、というのに。
『我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才であり、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操らんとする者!』
あの爆裂馬鹿を筆頭に、何故かまともな会話へ辿り着かない。
話しかけようとすれば決闘を申し込まれ。一緒に遊ぼうとすれば謎の必殺技名を考える会へ移行し。雑貨屋で可愛い小物を買おうとすれば、なぜか皆木刀のほうが可愛いと言い出し。
少しでも気の利いたことを言おうものなら、何故か対抗して全員が格好いい台詞を叫び始める。
そうしているうちに、ゆんゆんはいつの間にか一人になっていた。
「悪魔なら、私と友達になってくれるかもしれない……!」
人間関係に失敗した結果、悪魔に希望を見出している。
かなり末期だった。最早手遅れである。
それでも、ゆんゆんは本気だった。本気でいっぱいいっぱいだった。床には既に召喚陣が描かれている。
本によれば、下級悪魔か低級魔族を呼び寄せるための比較的安全な術式だ。供物として魔石を用意し、魔力を流し込み、所定の詠唱を唱えるだけ。少なくとも、そう書かれていた。
ゆんゆんは召喚陣の前へ立ち、ごくりと唾を呑み込み、両手を翳す。
「異界を渡りし者よ。我が呼び声に応え、契約の名の下にーーー」
魔力が流れ込み、床に描かれた術式が淡い光を放ち始めた。
ここまでは本の通り。何も問題はない。だからこそ、最後の最後で何故そんな言葉を付け加えてしまったのか、後のゆんゆんにもきっと説明できなかっただろう。
強いて言えば、それを強く願ってしまったから、としかいいようがない。
「できれば、友達になってくれる人……来てください……!サモン‼︎」
心からの願いを小さく呟き、そして魔法陣が一際大きく輝いた。そして、次の瞬間、光が爆発した。
「きゃっ‼︎」
突風が室内を吹き荒れ、机の上の本が弾け飛ぶ。窓ガラスがびりびりと震え、壁に立てかけてあった杖まで音を立てて倒れた。
「な、なに!?」
ゆんゆんは顔を庇いながら目を見開く。
おかしい、本に載っていた召喚魔法は、もっと地味だった。
多少光る。多少煙が出る。悪魔が現れる。現象で言えばそれだけのはずだ。
家そのものが軋むなどとは、どこにも書いていない。
「ちょ、ちょっと待って! これ絶対何かーーー」
召喚陣の色が次々と変わる。いや、それを色と呼んでよいのかすら分からない。
見えているはずなのに認識できず、認識した瞬間には別の何かへ変わっている。
「え……?」
やがて光が収まり、風が止む。
静寂の戻った部屋の中央には、一人の男がいつの間にか立っていた。
否、現れたという表現は少し違う。遥か彼方から召喚された、という表現さえ何か違う。
ずっとそこにあった何かを、たまたまこちら側から認識できる形へ引っ掛けてしまった。そんな、説明しようのない感覚。
純白の狩衣を身に纏い、床へ届かんばかりの漆黒の長髪が風もなくふわりと揺れ、側頭部から伸びるのは人ならざる角。
背には折り畳まれた黒い翼が時折本物であると示すように動き、白磁を思わせる肌と人間のものではない縦に裂けた瞳孔が世界を睨む。そして片手には、場違いなほど優美な扇子。
あまりの出来事に、ゆんゆんは固まった。男も何も言わず、ゆっくりと狭い自室を見渡した。天井や床、壁をそれぞれ視線だけで一瞥し、最後にゆんゆんへと視線が動く。
「…………」
数秒の沈黙。そして男の眉間へ僅かな皺が寄った。
「なんじゃ、ここは」
第一声は、僅かに不愉快感の込められたそれだった。
「え、えっと……」
「狭い」
「す、すみません!」
反射的に謝った。ゆんゆんの善性と、そして人間関係が薄いからこその反射。
その姿に男は片眉を上げ、くだらないとばかりに鼻を鳴らす。
反対に、ゆんゆんは完全に混乱していた。
目の前の存在は恐らく、悪魔なのだろう。
角があり、翼もある。この辺りだけを見れば教本通りだ。
しかし、どう考えても下級ではない。中級でもない。上級ーーーいや、そもそも、これに階級などという尺度を当てはめてはいけない。
本能がそう告げていた。
「あ、あの……あなたは……」
男の縦に裂けた瞳孔がこちらを見る。ただそれだけで、ゆんゆんの背筋は勝手に伸びた。
「ほう?我が何者か知らぬと?」
「ご、ごめんなさい!」
男は心底呆れたように息を吐く。
「度し難い」
「すみません……」
「泣くでない。鬱陶しい」
「泣いてません!」
少しだけ泣きそうではあった。というより、ちょっと泣いていた。
けれど、そんなものは気に素振りすら見せず、男はぱちりと扇子を開いた。そして、ゆんゆんを真っ直ぐに見据える。
「よい、その矮小なる魂へ刻め」
「は、はい!」
「我こそは混沌と深淵、虚無にして無限ーーー」
扇子が口元を隠す。その奥で、男は笑った。
傲慢に、残虐に、そして何より、自分こそがそうであることを一片たりとも疑っていない笑みで。
「即ち、魔王である」
ゆんゆんは沈黙した。というより、言葉が発することを忘れていた。
暫くのフリーズ。そして、脳が耳から入った情報を咀嚼すると、ようやく口が動き出す。
「…………魔王」
「うむ」
「…………えぇっと……」
困った。非常に困った。
魔王。
確かに目の前の存在へは、これ以上なく似合う肩書きだった。
しかしーーー
「魔王って……」
「うむ」
「いやいやいやいや!」
「なんじゃ」
「そんなわけないじゃないですか!」
言った。言ってしまった。つい口にしてしまった。
男の動きが止まる。口元は扇子で隠されたままだが、片眉を上げて、冷たくゆんゆんを射抜く視線は何よりも雄弁に感情を伝える。
「ほう?我を疑うと?」
「あ、いや、その、だって魔王って普通もっとこう、魔王城とかにいるっていうか、この世界にも魔王はいるし、その――」
「小娘」
「はい!」
魔王は顎で窓の外をしゃくる。
「そこな山、あるのう」
「え?」
紅魔の里の遥か向こう、水の都アルカンレティアとの間を隔てる、緑に覆われた山が一つ見える。
「ありますけど……?」
「そうか」
徐に魔王が片手を上げた。掌の上に、小さな球体が生まれる。
「…………え?」
ぱっと見はただの球体。しかしその内部に映し出されるのは青い空と白い雲。そして先ほど窓の外に見えていた山が、全く同じ姿で映し出されていた。
「な、何ですか、それ……」
「はん、見ておれ」
魔王が手を閉じた。さしたる抵抗も見せず、球体が握り潰される。
次の瞬間、遠くから轟音が響いた。
「ひゃっ!?」
大地が揺れる。窓が鳴る。棚から小物が転がり落ちる。ただでさえ先ほどの影響で物が散乱した部屋が、更に汚れるが今はそれどころではない。
ゆんゆんは恐る恐る、這う這うの形で窓へ近づき、まさかと思いながら外を見る。
「…………」
山が、なかった。爆発したのではない。吹き飛んだのでもない。まるでそこだけを巨大な匙で抉り取ったかのように、山の存在していた空間だけが綺麗に消えていた。
ゆんゆんの首がぎぎぎ、と音でも立てそうな動きで魔王へ戻る。
「それで?何か申したいことがあるのであろう?」
ゆんゆんは静かに膝を折った。両手を床へつく。続けて額も。それはそれは見事な土下座を繰り出した。
「疑ってすいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
魔王は扇子を閉じると同時に、鼻を鳴らした。
「理解力の乏しい、哀れな小娘よ」
「はいぃぃぃぃ!」
「して、夕餉はなんぞ」
「…………」
ゆんゆんは恐る恐る顔を上げた。
「え?」
「聞こえなんだか?」
「夕ご飯……ですか?」
「うむ」
「今、この流れで?」
「ほう?我を呼びつけておいて、供物のひとつも用意しておらぬと?」
「ご、ご飯作ります!」
「疾くせよ」
「はい!」
こうして、紅魔族の少女ゆんゆんは、友達欲しさに悪魔召喚を行い、結果魔王を自称し、それを証明するために山を一つ消す意味不明な存在を召喚した。
なお、当初の目的であった友達作りについては、一切進展していなかった。
◇◆◇◆
夕刻。
ゆんゆんの家。正確には族長であり父でもあるひろぽんの家。
なんでも今夜は里で開かれる祭りの名前を決めるための会議があるらしく、両親不在の食卓には、彼女があり合わせの材料で必死に作った夕食が並んでいた。
対面には魔王。
召喚されてからまだ数時間も経っていないというのに、既にそこを己の席と決めたような態度で座っている。
「…………」
妙に作法の整った仕草で、魔王が料理を一口食べた。紅魔族から見ても整っていると言わざるを得ない顔立ちは、その所作ひとつひとつが完璧に思えて、綺麗な人は何をしても綺麗なのかもしれないと現実逃避気味に考えてしまう。
「ど、どうですか?」
「ふむ………悪くない」
「ほ、本当ですか!?」
「王から悪くないとの言葉を賜ったのじゃ。感涙せよ」
「あ、ありがとうございます!」
「うむ」
素直に喜ぶゆんゆんを見て、魔王はほんの少し機嫌を良くした。
そして、ゆんゆんは決意する。
今だ。
今しかない。
そもそも自分はこのために召喚魔法を使ったのだ。
「あ、あの……魔王さん!」
「様」
「へ?」
「魔王様」
「………魔王様」
「うむ」
妙なとこで拘るな、なんて感想はさておき。意を決したゆんゆんは願いを口にする。
「わ、私と!お友達になってください!」
「嫌」
「嫌⁉︎なんで⁉︎」
おかしい、こんなはずではない。悪魔というのは契約を守るもので、供物を捧げれば願いを聞いてくれるはずだ。
困惑しながら手元の召喚術の本を読み返しても、やはりそう書いてある。
「え、えっと………供物、捧げましたよね?」
「夕餉の事か?これは謁見料」
「謁見料⁉︎」
「はん、供物なく我の前に姿を現そうなど、不敬極まりないわ」
そう言ってスープを飲む魔王に、撤回する様子は見られない。
おかしい。何もかもがおかしくて、規格外。山を消したり、無駄に尊大だったりとしたが、もしかすればと思って出した勇気を切実に返して欲しい。
「……うぅ……」
ゆんゆんは召喚術の本を膝の上へ置いたまま、しょんぼりと肩を落とした。
正直期待していた。かなり期待していた。
悪魔なら契約を重んじる。召喚主との繋がりもできる。ならば少しくらい、ほんのちょっとだけでも話し相手になってくれるかもしれない。
そこから少しずつ仲良くなって、いつかは一緒に買い物へ行ったり、お菓子を食べたり、誕生日を祝ったり、そういう普通の友達になれるかもしれない。そんな淡い希望を抱いていたのだ。
結果として召喚されたのは、魔王を自称する謎の存在。しかも、願いを聞き入れてくれないタイプ。
「謁見料……魔石まで使ったのに……」
「知らぬ」
「召喚魔法の本には、供物を捧げれば願いを叶えてくれるって……」
「その本を書いた者を連れて来い。処す」
「怖い!」
ゆんゆんは本を抱えて後退った。
危ない。著者の命が危ない。顔も名前も知らない人ではあるが、ゆんゆんは心の中で全力で謝っておいた。
「そもそもじゃ」
食事を終えた魔王は箸を置いた。その視線は最初の頃より幾分かマシであるが、どう見ても路肩の石ころでも見るような目。
「できるかできないかで言えば、貴様に友人を作ることはできる」
「じゃ、じゃあーーー!」
「其奴の心を操り、貴様への優先度を高くする。寝ても覚めても貴様のことを考えるようにすれば、自ずとできるであろう」
「やっぱなしで‼︎」
友人の作り方が想像以上に物騒だった。というより、それは最早洗脳でしかない。友人はいないが、そんなものはゆんゆんの理想とする友人像とかけ離れ過ぎている。
魔王本人も、その回答は予想していたのだろう。さして不快になる様子もなく、手の中で扇子を転がして遊ぶだけ。
「もっと穏便な方法は………」
「貴様の友人となることを目的に、新たに人を作るか?」
「それもなしで!っていうか、なんで全部物騒なんですか⁉︎」
「確実であろう?」
「そういう問題じゃないです!」
「友だの愛だのの概念を、我はよく知らぬ」
「えー………じゃ、じゃあ!魔王様も友達いないんですか⁉︎」
「必要ない。我と貴様を同列にするな、不敬者」
「あぅ………」
どうやらどう足掻いても友人にはなれないらしい。おかしい、本では共通点が多ければ友人になりやすいと書いてあったのに。
そっと、心の中でゆんゆんは著者に不満を漏らす。
「我が手が届かぬものなど存在せぬ。故に汝の友ができぬ恐怖など我には理解できぬ」
「そこまで言います?」
「じゃが、欲しておきながら、手を伸ばす前から諦める者ほど醜いものはない」
声色はさして変わらず、まるで事実を告げるように淡々と言い放つ。
「失敗したら泣けばよい。拒まれたら怒ればよい。恥を掻いたなら穴へでも入れ。人間とはそういうものであろう」
「最後だけ雑じゃないですか?」
「知らぬ。我は人ではない」
「じゃあ偉そうに言わないでくださいよ!」
「我、魔王ぞ。我より上に座する者なし」
「そういう意味じゃなくて!」
思わず大きな声が出た。
その直後、ゆんゆんは、はっとする。
目の前にいるのは魔王だ。山を一つ、片手間で消し飛ばした存在。少なくとも、ゆんゆんの知る中では超常の存在。そんな相手に、自分は今、普通に喋っていた。
恐怖はある。
畏れもある。
だが、不思議なことに少しだけ。本当に少しだけ、先ほどまで胸の中にあった重苦しいものが軽くなっていた。
ゆんゆんは恐る恐る尋ねる。
「じゃ、じゃあ……魔王様とは……友達になれないんですか?」
「しつこいのう」
「だって!」
「ならぬ」
「うぅ……」
「そもそも我は王であるぞ。対等な存在など、我に必要なし」
「はいぃ………」
聞けば聞くほど、友達にはなれそうにない。なんだったら落ち込むたびにナイフを突き刺すタイプだ。
そろそろ帰ってくれないかなぁ、なんて思っていれば、魔王の鼻が鳴らされる。
「ふん、王に向かって帰れとは、不遜じゃのう」
「え⁉︎口に出てました⁉︎」
「我は心を読める。正確には魂が見える、であるが」
「プライバシー‼︎」
「知らぬわ」
どうやら心を読めるらしく、いよいよ絶望するゆんゆん。下手をすればあの山のように消されてしまうかもしれないと、覚悟したその瞬間だった。
玄関の扉が遠慮などなく、勢いよく開いた。
「ゆんゆん!聞きましたか⁉︎」
「ひゃあっ!?」
びくりと肩を跳ねさせる。父が帰ってきたかと思えば、違った。
黒いローブに魔法使いらしい帽子、そして歳と比べて幼い体躯。そして紅い瞳を輝かせながら、少女が勝手知ったる他人の家へ堂々と上がり込んでくる。
「め、めぐみん!?」
「山が消えたそうですね!」
満面の笑みだった。普通ならば恐怖するところである。
しかし彼女は紅魔族。しかも、その中でも特に頭のおかしい部類だった。
「見ましたか、ゆんゆん!あの消え方!爆発ではありません!破壊でもない!何らかの未知の大魔法に違いありません!」
「え、えっと……」
「もしや、遂に爆裂魔法の素晴らしさに目覚め、新たな破壊魔法の研究を!?」
「違うよ!」
「では一体ーー」
と、そこで。めぐみんの視線が、食卓の向こうへ向いた。角や翼など、その姿はどう見ても人間ではない。むしろ悪魔だとか、そっち系の存在だ。
しかし、そんな事はどうでもいい。優先されるべきはその格好良さ。
まるで紅魔族ならば誰しもが一度………いや、十………数えきれないほど考えてきたであろう、僕の私の考えた最強の存在。何だったら、今でも頻繁に里の会議で議論される存在が、目の前にいた。
めぐみんの瞳が赤く光を放つ。
まずいと、ゆんゆんは即座に察した。しかし、止めようにも既に遅く、少女は外套を翻し、片手で眼を覆う。
「我が名はめぐみん!紅魔族一の天才にして、いずれ最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」
びしり、と。完璧な決めポーズ。散々練習した、カッコいい口上。内心でふふんと自慢げに胸を張る。
「さあ、名乗るがよい謎の魔族よ!この紅魔族随一の天才たる私が、その名を魂へ刻んで差し上げーーー」
「やかましい」
「なっ⁉︎」
生まれて初めて、口上を遮られた。ショックに震えるめぐみんは然程興味はないのだろう、魔王の視線はそちらへ微塵も向けられない。
「めぐみん、お願いだから今日は帰って!」
「嫌です!」
「即答!?」
めぐみんはずかずかと食卓へ近づき、魔王を睨みつけた。
「あなたですね!あの山を消したのは!」
「山………あぁ、あれか」
なんて事はないと、まるでそこらを掃除したとばかりの態度に、めぐみんは更に興奮する。
「やはり!是非ともその魔法を私に教えてください!」
「嫌じゃ」
「何故ですか!」
「貴様には不可能」
「まだ何も見せていないのに!?」
「見れば分かる」
「くっ……!」
めぐみんの肩が震える。それは怒りでも、悔しさでもない。
「格好良い……!」
「そっち!?」
ゆんゆんは頭を抱えた。
「その余裕!その尊大な態度!その衣装!角! 翼!そして謎の大魔法!しかも自分を強者だと微塵も疑っていない!」
「はん、事実よ」
「素晴らしい!」
「クハ、小娘よりも見る目があるではないか」
「ちょっと魔王様!?」
恐ろしいと思っていた存在が、ものの数分でめぐみんを気に入り始めていた。案外チョロい、と思ってしまったのは内緒である。
「魔王様というのですか!」
「うむ」
「名前ではなく、肩書きで自らの存在を語るなんて………!」
めぐみんは両拳を握る。紅魔族の願望を煮詰めて固めたような存在に興奮と、そして知的欲求が冷めやまない。
「魔王様!是非とも里全体で歓待を!」
「うむ」
「やめて!」
ゆんゆんが間に入って叫ぶ。めぐみんの言葉は確かで、紅魔族ならば嬉々として行う事は想像に容易い。それを考えただけで、既に頭が痛い。
「というかめぐみん!驚かないの!?魔王だよ!?」
「あなたこそ何を言っているんですか、ゆんゆん。魔王なんて名乗る者が、弱いわけないでしょう」
「判断基準そこなの!?」
「当然です!」
「当然なの!?」
そんなふたりのやり取りを眺めながら、魔王は愉快そうに笑う。
「クハ、よい。貴様は見所がある」
「ふっ、分かりますか」
「体躯は小さいが」
「褒めてませんね!?」
めぐみんが食って掛かり、魔王が鼻で笑う。ゆんゆんが二人の間へ割って入る。
「ちょ、ちょっと二人とも喧嘩は――」
「くっ!やはり、何度見ても格好いい………!」
「なんで⁉︎」
本当になぜ、である。普通怯えたりするだろう、と考えたところで思い直す。そう言えば紅魔族であった、と。その中で特に頭のおかしい存在だった、と。
「むしろ、ゆんゆんには何でわからないんですか⁉︎この佇まい!この気品さ!この圧倒感!格好いい以外何と言えと⁉︎」
「普通に怖いよ!なんだったら今はめぐみんの方が怖い!」
「はん、騒がしいのう」
いつの間にやら、魔王の手の中にある焼き菓子。どこかで見た事あるそれに視線を奪われ、そしてテーブルの上にある缶を見て思い出す。
「ああ!私のとっておきのお菓子!」
「悪くない。小娘、茶を淹れよ」
「なんで勝手に食べてるんですか⁉︎お友達ができたら一緒に食べようと思ってたのに‼︎」
「なら、腐るだけじゃないですか。あ、私もひとつください」
「我のものじゃ。貴様にはやらぬ」
「なら、交換条件です。私が爆裂魔法を習得した暁には、一番にご覧いれましょう」
「今は?」
「使えません」
「交渉にもならぬ」
「ケチ!ゆんゆんからも何か言ってやってくださいよ‼︎」
「それより、いい加減帰ってくださいよ‼︎」
「小娘、茶」
徹底的に、友ではなく、なんだったら便利な茶汲み係でも見るような目。反論しようにも、その視線だけで弾圧されてしまいそうで、何度か口を開いて、そして項垂れた。
「………はぃ」
「あ、私もお願いします」
「めぐみんは帰って!!」
こうして、紅魔族次期族長である少女は、友人欲しさに召喚した魔王により、人類国家、魔王軍、果ては天界を巻き込んだ多大なる混沌に巻き込まれるのであった。