今回、長くなったため二話に分けて投稿しております
水の都、アルカンレティア。
女神アクアを信仰するアクシズ教の総本山として名高く、水の都の名に違わず、その水質は最高品質。街に張り巡らされた水路は壮観の一言。
それだけ見れば人気の都市として人が殺到するだろう。しかし、そこに住まう住人たちを考えれば足が遠のいてしまう。
魔王軍さえ避けるアクシズ教徒。
その厄介さは紅魔族にだって引けを取らないのだから。
「ようやく………ようやく、着いた………っ!」
そんな街の入り口で、ゆんゆんは地面に両手を付き、腹の底から感慨深い声が出る。
何せここに来るまで大変だったのだ。主に同行者二人のせいで。
「もうへこたれたのですか、ゆんゆん。少しは痩せた方がいいのでは?」
「粗食に励め」
「太ってないもん‼︎」
へこたれるゆんゆんの両脇で、魔王とめぐみんが煽っていた。
暇つぶしにモンスターをけしかける魔王に、爆裂魔法を撃った後は完全なお荷物になるめぐみん。そして二人の世話もしなければならないゆんゆん。少女の悩みの種は尽きることがない。
「取り敢えず宿に………その前に温泉に入りたい………温泉でゆっくりしたい………!」
「我儘ですね。魔王様はどうされますか?」
「甘味」
「………ぶれませんね」
有名な温泉に浸かろうともしないのは流石というべきか、そもそも入る必要がないからと選択肢の中に入っていないのか。その判断はめぐみんにはつかなかった。
「まぁ、私も温泉には興味がありますね………ほら、ゆんゆん。いつまで座ってるんですか。温泉に入るんでしょう?置いていきますよ?」
「ちょっとくらい優しくしてくれてもいいじゃん……」
誰も手を差し伸べてくれない、とさめざめと泣きながらゆんゆんがゆっくりと身体を起こしたその瞬間である。
「そこのあなた方!」
「ひゃっ⁉︎」
狙っていたかのようなタイミングで、建物の影から一人の男が出てくる。
驚くゆんゆんをさておいて、遠慮なく男は一行に近づき、懐から一枚の書類を出す。
「アルカンレティアへようこそ!観光ですか?入信ですか?改宗ですか?洗礼ですか?今ならこの入信書にサインするだけで、アクシズ教徒になれますよ!さぁ、いかがですか⁉︎」
「うわぁ………」
噂には聞いていた、アクシズ教徒。欲望に忠実で、刹那的で、勧誘が激しいとは聞いていたが、いざ目の前にすると想像よりもやばい。
紅魔族よりもマシだろうと思っていた過去の自分を諭してやりたい、とゆんゆんは心の底から思った。
「い、いえ、まずは温泉に………」
「ああ、なるほど!温泉ですね!アクア様のご加護に満ちたお湯に浸かりに来たとは、やはりあなたはアクシズ教徒向き!是非とも入信しましょう!」
「今ならなんと、石鹸と洗濯洗剤まで付いてお得ですよ!」
「増えた⁉︎」
いつの間にやら、男の隣には別の男が。いや、気づけば四方をアクシズ教徒に囲まれている。
「歓迎の歌を歌いましょう!そして一緒にアクア様への讃美歌を歌いましょう!」
「邪悪なエリス教よりも、愉快痛快安心安全のアクシズ教の方がいいですよ、お嬢さん!」
「うわっ!ちょ、押さないでください!この、やめっ、やめろぉおおおお‼︎」
「めぐみーん‼︎⁉︎」
人混みに流されて、隣のめぐみんと分断されてしまった。人に囲まれ、そしてライバルと引き離され、縋るように魔王の方向を見る。
魔王ならばきっと人を寄せ付けず、アクシズ教徒たちも諦めて離れてくれるだろうと、ゆんゆんの期待はものの数秒で崩された。
「お兄さん、どうだい?観光ついでに入信なんて。アクシズ教に入ればモテモテになるぞ?」
「?貴様、雌の湯を覗き込み、避けられておるのであろう?」
「ぐふっ………な、なぜそれを………!」
「見ればわかる」
「い、いや!あれはゼスタ様と一緒にやったんだ!だから、俺の罪は軽い!アクア様も許してくれるはずだ!そんな懐の広いアクア様のご加護を、貴方も受けたくはないですか⁉︎」
「知らぬわ」
ゆんゆんの周囲に負けず劣らず、アクシズ教の人々に囲まれた魔王。物理的に距離は縮まっていないが、アクシズ教がそれで物怖じする様子はない。
「おお!これは素晴らしい能力をお持ちだ!これもきっと、アクア様のお導き!是非とも入信を!」
「せぬ」
「そんなこと言わないでよ、お兄さん!今ならお饅頭ついてくるよ?」
「ほう?」
「やっぱりそこに食いつくんですか⁉︎」
アクシズ教徒に老若男女は関係なく、魔王の近くにいた幼い少女が入信書と一緒に饅頭を差し出す。饅頭だけを受け取ると、それを一口。暫く咀嚼した後、口元を扇子で隠す。
「ふむ、悪くはない」
「よっし、饅頭ありったけもってこい!」
「あと一歩!あと一歩で入信してくれそうよ!」
「水羊羹も忘れずに!包み紙は入信書で!」
「お願いですから、餌付けするのやめてください!」
なんとか人混みをかき分けて、魔王の近くにまで到達したゆんゆん。ぜぇぜぇ、と肩で息をしてアクシズ信徒と魔王の間に立ち塞がる。
「あの、本当、この人に関わらないでください!下手したら消されますよ⁉︎」
「我を狭器と申すか?」
「オーク消した実績があるじゃないですか‼︎」
「アレとは違うわ、戯け」
信徒が運んできた饅頭と羊羹がひとりでに浮遊し、魔王の元に運ばれる。それを口にしながら、魔王はさしてアクシズ教徒に関心を向けずに甘味を頬張る。
「アレは我の言葉を聞かず、我を己が欲のままにしようとした。此奴らは鬱陶しいだけよ」
「………それだけでこんなに扱い違うんですか?」
「あと、甘味が悪くない」
「結局それじゃないですか‼︎」
恐らく、どちらも本音であるのだろうが、甘味の割合が圧倒的に大きいことをゆんゆんは察する。
どうやら魔王なりの線引きは確かに存在するらしい。もっとも、その基準を完全に理解できる気は、ゆんゆんにはしなかった。
恐怖は確かにあるが、それよりも呆れてしまうのは慣れてきてしまったからだろうか。ゆんゆんはそれが恐ろしかった。
「と言うより、よく悪魔扱いされませんよね。アクシズ教やエリス教の人、悪魔やアンデッドを嫌ってるって聞きましたよ?」
「見た目それっぽいですけど、悪魔の気配はしませんし………ぶっちゃけ、イケメンなので問題なしです!」
ゆんゆんの素朴な疑問に答えてくれたのは金髪碧眼の修道服を着たプリースト。ああそうなのか、と納得しかけて慌てて魔王の顔を見る。
確かに、顔立ちはこれ以上ないくらいに整っている。しかし、その性格は尊大で、横暴で、暇つぶしに人にモンスターをけしかけて楽しむのだ。それに巻き込まれている身としては、どうしてもそう言う対象に見れない。
「小娘、なんぞ失礼な事考えておるの」
「ヒッ!ごめんなさいごめんなさい!」
「その尊大な性格!自己肯定感の塊!正にアクシズ教向きですよ、あなた!一緒にアクア様の偉大さを広めましょう!」
「はん、阿呆めが。なぜ神如きを敬わねばならぬ」
魔王が零した言葉に、今までわいわいと騒いでいたアクシズ信徒たちの声が一瞬にして止む。
その沈黙に恐怖を覚えたゆんゆんが魔王を見るが、本人は気にした様子はない。
「あ、あの魔王様、そこまでに………」
「我は魔王、万物万象の頂点こそ我よ。木端な神など知らぬわ」
「ほう?」
「つまり、アクア様の偉大さを知らないと?」
「はん、知らぬわ」
魔王のその言葉に、ぱちんと何かのスイッチが入る音をゆんゆんは確かに聞いた。そしてその瞬間、アクシズ信徒たちから声が上がる。
「よっしゃ!燃えてきたぞ!」
「アクア様の御言葉を纏めた経典持ってきて!あと、アクシズ教の教義が書かれたやつも!」
「アクア様の偉大さと、パッドを入れているような女神を信仰するエリス教徒との差を見せつけてやりますとも!」
「なんでやる気出したの⁉︎」
怒るでもなく、物を投げつけるでもなく、なぜか布教活動に熱の入る人々。さしもの魔王からしても予想外だったのだろう、小首を傾げていた。
「小娘、なんぞ此奴ら」
「何なんでしょうね………」
この旅を始めてようやく、ゆんゆんと魔王の心がひとつになった瞬間である。
「はいはいはーい!そこのイケメンのお兄さん!私が妻となって四六時中アクア様の偉大さを語ってあげますよ!」
「いらぬ」
「なら、彼女から!」
「いらぬ」
「そこの可愛い子のお姉さん枠でも!」
「なんで今、私まで巻き込まれたの⁉︎」
布教と恋愛から一向に引かないプリーストに、ゆんゆんの頭が痛くなる。そも、聖職者が恋愛なんてしていいのかと考えたが、アクシズ教徒だったことを思い出して、ゆんゆんは口を結ぶ。
「あ、申し遅れました!私、アクシズ教団のプリースト、セシリーと申します!末長くよろしくお願いします!」
今さらながらの自己紹介に、ゆんゆんは更に頭が痛くなる。頭を抑えてここからどう抜け出したものか、と考えていればふと思い出したことがひとつ。
「あ!封筒!」
「封筒?」
「うちの里の占い師から預かった予言なんですけど………なんでも、アルカンレティアに災いが訪れるらしいです」
「災い………温泉の蛇口からところてんスライムが出た件とか、最高司祭のゼスタ様がその容疑者で捕まった件とかではないですよね?」
「あれじゃないか?街の噴水が青く光ったやつ」
「あれ?確かゼスタ様が女の子にかっこいいとこ見せようとしたんじゃなかったっけ?普通にセクハラしてビンタされてたけど」
「いや、きっとエリス教が攻めてくるんだ!」
「なにぃ⁉︎ むしろ、かかってこい!全員改宗させてやらぁ‼︎」
「情報量で殴るのやめてもらえます⁉︎」
話が広がりすぎでどこから手をつければいいのかわからない。紅魔族とは別ベクトルで話が通じない。里を出たはずなのに、苦悩の変わらないことにゆんゆんは密かに涙した。
「っていうか、最高司祭捕まってるんですか⁉︎」
「今さらですよ、今さら。ゼスタ様、セクハラでよくお世話になってますし」
「むしろ、よくそれで済んでますね⁉︎ 蛇口からところてんスライムが出てくるのは⁉︎」
「温泉味のところてんスライムなんて最高じゃないですか!」
「ダメだ、話が通じない!」
「紅魔族の方がそれいいます?」
「………否定できないのがつらい」
セシリーの言葉がぐさりとゆんゆんの胸を穿つ。お前が言うな、とは声を大にして叫びたいところではあるが。
それにしても災い、というには些か微妙であるが、このまま全ての温泉がところてんスライムにでもなれば一大事には違いないだろう。
「あ、あの、魔王様。原因、わかったりします?」
「見ればわかる」
「本当ですか⁉︎ じゃあ、教えてくれたりは………」
「つまらぬ」
「ですよねぇ………」
わかっていた。
魔王からすれば温泉がところてんスライムになろうが知ったことではないと。それを解明しようとする自分たちを肴に茶を飲むだけだと。
わかってはいたが、僅かな希望を打ち砕かれてゆんゆんは肩を落とす。そんなゆんゆんを励ますように、セシリーが肩を叩いた。
「もしや、ところてんスライムの真相を暴いてくれるのですか?」
「え、あ、はい、まぁ………」
「助かります!ところてんスライムは美味しいですけど、やっぱり温泉使えないのは困りますから」
真っ直ぐな感謝の言葉に、思わずゆんゆんの口元がニヤける。急いで口元を隠すが、笑われる様子はない。それに少しの安堵を零した。
「私たちもゼスタ様の無実を証明しようと、調査に乗り出したんですけど衛兵の人たちが入れてくれないんですよね。これだからエリス教徒は!」
「あれ、そうなんですか?」
「そうですよ!ちょっとところてんスライムを口にしただけなのに!」
「妥当じゃないですか!」
「頭に来たんで、衛兵の鎧の隙間にこれでもか!と言うくらい詰め込んでやりましたとも!」
「そんな事するからですよ!」
しかし、最高司祭が捕まっても動揺していないのに、無実を証明しようとするのは意外だった。やはり、仲間意識というのは強いのだろう、と感心するゆんゆん。
「失礼ですよね。ゼスタ様と魔王軍の共謀を疑うなんて」
「魔王軍、ですか?」
「魔王軍と共謀するくらいなら、相手にセクハラする人ですよ、ゼスタ様は」
「その基準はよくわかりませんけど………」
しかし、魔王軍と共謀したと仮定するには、あまりにも絵面が間抜けすぎる。もし共謀したのなら、毒でも流した方が遥かに効率的だ。
アクシズ教ならあり得てしまうかもしれない、と思えてしまうのはさておき。
「うーん………めぐみんがいたら相談できるんだけどなぁ」
「あ、お連れの子ですか?ちっちゃくて可愛いですよね!是非ともお姉ちゃんと呼んでもらいたいんですけど、何かいい方法あります?」
「それは知りません。それより、めぐみんがどこにいるか知ってるんですか?」
「ええ、それはもちろん。こっちですよ」
セシリーが案内する先、そこにあったのはアクシズ教の教会。すわ、まだ入信の勧誘かと疑うゆんゆんの耳に、聞き慣れた声が届く。
「よいですか、皆さん!入信を断られたからなんだというのです!断られたなら別の日に!道を変えて!言葉を変えて!相手が振り向くまで攻め続けるのです!」
「何やってるの、めぐみん⁉︎」
教会の前では木箱を台座に、めぐみんが演説をしていた。肩には『アクシズ教名誉宣伝部長』と記された襷、そしてめぐみんの前には大量のアクシズ教徒。
嫌に大人しく、そして真剣にめぐみんの演説を聞く様子は恐怖でしかない。
「見ての通り、バイトですよ。魔王様が瞬間移動させてくれなかったせいで、懐が寂しいのです」
「移動費ケチったせいじゃん!それに、なんでそんな怪しいバイトなの⁉︎」
「怪しいとはなんですか!アクシズ教の素晴らしさを真摯に広めようとする、この清き心になんて言い草を!」
「絶対嘘でしょ‼︎」
「ええ、はい。ぶっちゃけ、路銀さえ稼げればいいんですよ」
「ほらぁ‼︎」
やはりめぐみんはめぐみんと言うべきか、信仰心のカケラもなく金に魂を売っていた。だと言うのに、めぐみんの演説には思うところがあったのだろう。アクシズ教徒たちがメモをとって、意見を交換し合っていた。
「確かにそうだよな。アクア様の素晴らしさを広めるのに躊躇なんていらないよな」
「アクシズ教に入れば笑顔になれるから、問題なし………つまり、今まで以上に布教してもいいって事だよな?」
「あの紅魔族の女の子、天才ね。ねぇ、本格的にアクシズ教に入らない?今ならお給料アップもあるわよ?」
「私が信仰するのは爆裂魔法のみなので、遠慮します………あ、ちょ!入信書を突っ込まないでください!今日の分の爆裂魔法、まだ撃っていませんよ、こっちは‼︎」
「最悪な事教えちゃったじゃん‼︎」
今まで躊躇があったのかと突っ込みたいところであるが、それもめぐみんのせいで取っ払われたことをゆんゆんが察する。
「とにかく、行くよ!私たちでこの事件を解決しなくちゃ!」
「なんでそんな事になってるんです?いいですか、ゆんゆん。これら彼等の責任です。私たちが首を突っ込む必要などーーー」
「調査を手伝ってくれたら、お給料アップしますよ。私をお姉ちゃんと呼んでくれたなら更にアップ!」
「何をしてるんですか、ゆんゆん!さぁ、真犯人をとっちめてやりましょう!」
「変わり身が酷いなぁ………」
そんなめぐみんを引き連れて向かった先はひとつの温泉。調査のために警備していた衛兵が物凄く嫌な顔をしたが、「アクシズ教の神聖な調査を邪魔するなんて、貴方はエリス教徒ですか!いや、そうに違いありません!よろしい、アクア様の素晴らしさを叩き込んでやりますよ!」というセシリーの脅し、もとい説得によりなんとか中に入れてもらえる事に成功。
温泉内は特に変わった様子はなく、湯船からは湯煙が登っている。しかし、蛇口を捻った瞬間、出てくるのは半透明のぷるぷるとした寒天のようなもの。
「うわ、本当だったんだ………」
「改めて見ると間抜けな光景ですね」
その喉越しの良さとぷるぷるとした食感から大人から子供まで幅広い層から親しまれるところてんスライム。それが本当に蛇口から溢れてきた。
ぼとり、ぼとり、と一定の大きさで床に落ちるそれは、めぐみんの言うとおり間抜けの一言で、ゆんゆんも口を結ぶしかない。
「ここだけではなく、他の浴場までこの調子でな。源泉に問題はなく、異常が出ているのは各施設の浴場へ湯を送る貯湯槽だ」
「なら、そこにところてんスライムの粉末を入れた人が犯人では?目撃情報はないのですか?」
「それがゼスタだったんだよ」
変なことをしないようなと、監視のために付いてきた衛兵の言葉に、ゆんゆんとめぐみんが揃って口を結ぶ。
「数日前に、点検に訪れたのもゼスタ。水質の確認を行なったのもゼスタ。証拠は十分だろう?」
「何も言い返せない………」
どう足掻いてもゼスタが犯人のようにしか見えない現状。無実の証明など不可能ではないか、と思わず考えてしまうゆんゆん。
何かヒントをくれないのかと、ちらりと付いてきた魔王の方に視線を向けるが何も言わず。セシリーが献上したところてんスライムを食べているだけだ。
「どうですか?私の大好物なんです!」
「ふむ、食えなくはない」
「よしっ!食の好みが一致したってことは、入信のチャンスもありますよね⁉︎」
「ない」
「………あのところてん食ってる人、誰なんだ?」
「紅魔郷からお越しの、魔王様らしいですよ!」
「魔王………?」
「あの、気にしないでください………本当に」
悲痛なゆんゆんの面持ちを察したのだろう、衛兵はそれ以上何も言わず、ただゆんゆんの肩に優しく手を置くだけ。ただそれだけだというのに、ゆんゆんの目には涙が浮かんでいた。
「それにしても、不思議ですね。こんなしょぼい事、態々魔王軍と結託してやることですか?それに、源泉に被害がないというのもおかしいです」
「そうだよね………あの、被害に遭った施設って全部わかりますか?」
「ああ。地図に印をつけてまとめてるんだ。ほら、これ」
衛兵が懐から取り出したのは街の地図。数箇所に赤いバツ印がついたそれを、ゆんゆんとめぐみんが覗き込む。
「ううん………規則性とかあると思ったけど、案外そうでもないね。全部ばらばらの位置みたい」
「いえ、これは………すいません。被害に遭った施設の具体的な数と内訳はわかりますか?」
「え?あ、あぁ………男子浴場が30、女子浴場が35、男女混浴が2だよ」
「混浴の総数は?」
「確認できてるのは、38箇所。男女それぞれの浴場は50だよ」
「やはり、ですか………」
「やはり?めぐみん、何かわかったの?」
紅魔族随一の天才を名乗るだけはあるのだろう、何かを確信しためぐみんの瞳が興奮から紅く光る。
ゆんゆんの質問に答えるように、含み笑いをすると外套を翻した。
「ふっふっふっ!よろしい、期待に応えお教えしましょう!」
自身が思う格好いいポーズのまま、足元の地図を指差すとめぐみんが高らかに声を上げる。
「ずばり!犯人の狙いは混浴の増加!この明らかに被害の少ない実態が何よりの証拠です!」
です、です………と浴場内でめぐみんの言葉が虚しく反響する。ゆんゆんと衛兵、それぞれが顔を見合わせるとそのまま再び地図へと視線を落とす。
「狙いは何なんでしょうね?」
「ふぅむ………街の混乱を狙ったものかもしれないなぁ」
「おや?どうしたんですか、お二人とも。この私が推理した答えが聞こえなかったのですか?」
「聞こえなかった事にしたいよ!」
まさかのふざけた回答に、ゆんゆんはめぐみんを問い詰める。
「今はおふざけしてる場合じゃないの!」
「にゃにおう⁉︎私の推理が間違っているとでも⁉︎」
「間違ってるもなにも、そんなわけないじゃん!そ、そんな、こ、混浴を増やしたいからって…………」
「あー………ゼスタ様ならやりそうですね」
「セシリーさんはどっちの味方なんですか⁉︎」
まさかの身内からの証言に、思わずゆんゆんが崩れる。しかし、認めるわけにはいかないのだ。
そんなふざけた理由で街を混乱に陥れたなど、断じてあってはならない。せめて魔王軍とか、何か壮大な理由があって欲しい。それならば、幾許か納得はできる。
「ゆんゆん、考えてもみてください………アクシズ教ですよ?」
「やめて!それで納得しちゃう自分がいるから、やめて!」
認めたくないないとばかりに、頭を激しく横に振るゆんゆん。仕方がないとばかりに嘆息すると、めぐみんが衛兵に向き直る。
「仕方ありませんね………すいません、そのゼスタとやらをここに呼ぶことはできますか?」
「え?いやぁ………嘘に反応する魔道具に引っかかってはいないけど、犯人候補には違いないし…………」
「ほう?何と質問をしているので?」
「魔王軍と関わってこの惨状を起こしたのだろう、だけど?」
「それでは引っかかりませんよ。まぁ、見ていてください。私がこの事件の真相を暴いて見せますよ!紅魔の名にかけて!」
きらり、と帽子のツバを押し上げて、カッコいいポーズをひとつ。めぐみんの目が紅く光っていた。