今回、長くなったため二話に分けて投稿しております
流石に合わせられないと断る衛兵だったが、最終的に「おや?では、アクシズ教の方にこれは不当な逮捕だと広めましょうか?彼等のことです。嬉々として詰所に集まると思いますが?」という脅しに負け、面会する事となった一同。
そうして案内された詰所の中、簡易的な檻の中に件のゼスタはいた。
「そこの衛兵のお嬢さん。少しばかり私に手を貸して貰えませんか?いや、なに。難しいことではありません。少しばかり踏んでいただきたいだけです。あ!いいですね、その侮蔑に満ちた視線!大好物です、ありがとうございます!踏んだついでに、入信してくれるとありがたい!さぁ、カモン!」
衛兵の女性にドン引きされる勢いのセクハラをする姿は生き生きとしており、とても獄中生活をしているようには見えない。
ゆんゆんとめぐみんがちらりとセシリーを見る。特にゼスタに関心を向ける事なく、まるで日常風景とでも言わんばかりの笑顔。なんだったらこちらも入信書を懐から取り出していた。
めぐみんとゆんゆんが顔を見合わせ、そして踵を返す。
「「お邪魔しました」」
「ねぇ、待って、お願い!置いてかないで!」
衛兵の女性からの泣き言が飛ぶが、正直関わりたくない。何が悲しくて、獄中でセクハラ全開の人物と話さなくてはいかないのか。できうる事なら声を大にして抗議したいゆんゆんであった。
「さぁ、ゆんゆん。あとは任せましたよ」
「何で押し付けてるの⁉︎めぐみんが推理したじゃん!」
「嫌です、関わりたくありません」
「私もだよ!」
「むむ!何やら私を取り合うお嬢さん方!そう喧嘩する事はありませんぞ!アクシズ教に入れば万事解決、順風満帆、満願成就!ささ、これにサインを」
「…………爆裂魔法撃ってもいいですか?」
「…………一瞬でも迷った自分が憎いッ!」
流石はアクシズ教の最高司祭と言うべきか、他のアクシズ教徒とは一線を画す勢いの強さ。翻弄される二人を他所に、ふとゼスタの視線が魔王へと向く。
どこから出したのかわからない玉座に座り、太々しくも尊大なその姿にゼスタの目が輝いた。
「おお!これはこれは、何とも!失礼、そこの御方。お名前は何と?」
「魔王」
「とても良いお名前ですな、魔王様!ところで、アクシズ教にご興味は?」
「ない」
「そこをなんとか!今なら私を踏みつける特典も付いてきますぞ!」
「ゼスタ様、ズルい!なら、特典で私も付いてきますよ!朝から晩まで、アクア様の素晴らしさを耳元で囁いてあげます!」
「どちらもいらぬ」
「いいえ、きっと貴方はアクシズ教を賑わせる為に、アクア様が導いたに違いありません!さぁ、是非是非入信を‼︎ ああ、今ばかりはこの鉄格子が憎い!」
さしもの魔王でさえ眉を顰める鬱陶しさ。
それでも扇子を振るうことも、空間を断つこともない。鬱陶しそうにはしているが、どうやら不興を買ったわけではないらしい。
それを何となく察してるゆんゆんは戦々恐々。深い谷の上で目隠しで綱渡りしている人を眺めている気分だ。
鉄格子の向こうから叫ぶゼスタと、両手に入信書を持って魔王に躙り寄るセシリーにゆんゆんは手を上げて質問する。
「あ、あのぉ………なんでそこまで魔王様をそんなに勧誘したいんですか?」
「寧ろ何故勧誘しないと?アクシズ教の教義にはこの様なものがあります。汝、我慢することなかれ、と。魔王様はこの教義の体現者と言っても過言ではありませんぞ!」
ちらり、とゆんゆんは魔王を見る。
確かに、我慢とか苦難とかからは無縁な存在だ。やろうと思えば何でもできるし、自分の娯楽の為に他者を巻き込む。はっきり言って、アクシズ教向きの性格だ。
本人に言えば後が怖いので、何も言わないが。
「見えておるぞ」
「勝手に人の心読まないでください‼︎」
「読心ではないわ、阿呆」
「まぁ、そこら辺は後にするとして…………ゼスタ。貴方にひとつ質問があります」
「なんですかな、お嬢さん。私の尻を打ちたいのですか?」
嫌になるほど真面目な顔でそんなことを言うものだから、ついめぐみんの杖を握る手が強くなる。
衝動的に爆裂魔法を放ちたくなるが、深呼吸を何度かして落ち着かせた。杖を握る手とは反対側、嘘に反応する魔道具を持って質問をひとつ。
「貴方は魔王軍と結託して、今回の事件を引き起こしましたか?」
「そんな事はしません。アクア様に誓って」
最高責任者の名は伊達ではなく、その神に誓う宣誓は慣れたもので、変態性と図太さを抜きにしたらとてもそれらしく見えるだろう。
めぐみんの手の中の魔道具も音を鳴らす事はない。
しかし、それは予定通りだったのだろう。特に驚く事はなく、続けてまた質問をした。
「ならば、この事件の首謀者は貴方ですか?」
「質問はひとつではなかったのですかな?」
「細かいことはいいではありませんか。身の潔白を証明するには、ちょうどいいでしょう?」
意地の悪い笑みを浮かべて、めくみんは魔道具を差し出す。ゆらゆらと揺らし、その存在を主張させる。けれど、ゼスタは何ともないとばかりに肩を竦めるだけ。
「首謀者、とは随分と物騒な言葉ですな。私はただ、アルカンレティアの温泉文化を憂いていただけですぞ」
「質問に答えていませんね」
「答えるべき質問であるかを吟味しているのです。最高司祭ともなれば、言葉一つにも責任がありますので」
「さっき女の人に踏んでくださいって言ってた人と同一人物とは思えない……」
先ほどまであれほど好き勝手に騒いでいたと言うのに、今では二人の間に火花が散っているようにも見えるから不思議だ。
片や爆裂魔法狂信者。片やアクシズ教最高責任者。できることなら、いつも真面目であってくれと心の底から祈るしかゆんゆんにはできなかった。
「では、質問を変えましょう。男女別浴場、その貯水タンクにところてんスライムを仕込んだのは貴方ですか?」
「物騒な言い方ですな。仕込む、だなんて悪意ある言い方ではありませんか」
「では、貴方ではないと?」
「どうでしょうなぁ。清掃や点検のため、何度か出入りする事は確かにありますが」
めぐみんの質問を、ゼスタはのらりくらりと躱す。普段から頭はおかしいが、腐ってもアクシズ教の最高責任者。そう簡単には尻尾を出さないかと、めぐみんは唇を舐めた。
「では、数々の目撃情報。これは清掃や点検をしていただけだと?」
「いやはや、日頃の行いが裏目に出るとは!しかし、これもまたアクア様から課せられた試練!そう思えばむくむくとやる気が湧き上がってまいりますぞ!」
「そのやる気、別のとこで使って欲しいものです」
バチバチと、視線と視線が絡み合い、互いの口角が上がる。ゼスタは本当に犯人なのか、そうではないのかわからなくなったゆんゆんの視線が、二人の顔を行ったり来たりしていた。
「なら、混浴の浴場だけ被害が少ないのは?点検や清掃、したんですよね?」
「さぁ、どうですかね。流石に私ひとりで全てを回っているわけではないのでなんとも」
「なるほど………」
これまでの問答にうんともすんとも言わない魔道具に、ちらりとめぐみんは視線を向ける。そも、めぐみんの質問にゼスタは答えていないのだから、鳴らないのも当然である。
そして今度は横目で魔王に視線を向ける。退屈してきたのだろう、右往左往するゆんゆんを捕まえて茶を淹れさせていた。
この旅の中で魔王の性格というのは、大まかであるが掴む事はできた。一見尊大で、横暴で、自分勝手で、自己中心的な魔王であるが、人の欲や願いというものに興味を持つ事が多い。
ならば、これも反応してくれるだろうとめぐみんは目を赤く光らせた。
「魔王様、お願いがあります!この男の願いをひとつ、叶えてやってください!」
「ほう?我を願望機扱いすると?」
「まさか。余興のためにひとつ、魔王様の手を貸して頂きたいだけですよ」
眉を顰めた魔王であるが、めぐみんの言葉に今度は片眉を上げる。そして、納得したのだろう。扇子を広げてその奥で怪しく口角を上げた。
「クハ、王の手を煩わせるか………よい。その話、乗ってやろう」
「………なるほど。私の欲望を聞き出し、それを犯行動機へ繋げようというわけですな?」
めぐみんの意図を読んだのであろう、ゼスタが笑みを浮かべたままめぐみんへと視線を向ける。
「おや?答えられませんか?」
「いえいえ、まさか。魔王様、私は混浴を増やしたい‼︎」
「恥ずかしくないんですか⁉︎」
「欲望を恥じて何がアクシズ教徒ですか!私は混浴を愛しております!老若男女、隔たりなく湯に浸かる!実に素晴らしいではありませんか!」
魔道具も反応しない、清々しいまでの願い。ゆんゆんのツッコミさえ華麗に正当化させる様は、やはりアクシズ教と言うべきか。
「俗である。が、その欲に手を伸ばす姿は悪くない」
「認めないでください!え、増やさないですよね⁉︎」
「既にやった。ひとつであるが」
「うぉおおお!魔王様、さすがですぞ‼︎…………ですが、何故ひとつだけ?」
「ダメですよ、ゼスタ。魔王様へ願う時は詳細を詰め、的確に伝えなければなりません。曖昧な言葉では本人の裁量で終わらせてしまいますから」
「………どうなんですか?」
「我の気分次第」
「ですよねぇ………」
めぐみんがあまりに説明するものだから、つい本当かもと小声で魔王に訪ねるゆんゆん。返ってきた答えにやっぱりと苦い顔を。
しかし、それならば何故煽るような真似を?と疑問を浮かべるゆんゆんの疑問に答えるように、ゼスタの顔が喜色に染まる。
「なんと、そうでしたか!では、こちらの計画書をお渡ししますので、是非お願いしますぞ!」
大喜びでゼスタは自身の法衣の内側、綿の中に仕込んでいた書類を取り出して檻の隙間から差し出す。
表紙に書かれているのは『アルカンレティア温泉文化復興計画』の文字。めぐみんが素早くそれを受け取り、目を通す。
綿密に計画され、色々と妄想や願望が赤裸々に書かれているが、要約すればところてんスライムを使って男女別浴場を封鎖し、混浴を広めるといったものだ。
覗き込んだゆんゆんが、うわぁと声に出して思い切り顔を顰めていたが、それはさておき。計画書を衛兵に渡すとめぐみんは胸を張る。
「これは動かぬ証拠ですね」
「証拠?いやいや、お嬢さん。私はいつかこの様な時が来るために計画書を持ち歩いていただけでーーー」
「では、この計画書を練り、ところてんスライムを男女別浴場の貯水槽に流したのは貴方ですね?」
「ええ、そうですとも!」
ここまで明らかになった以上、最早隠す必要はないと判断したのだろう。正々堂々と言い切るゼスタに迷いはなく、そして後悔も見られない。
むしろ、恥じることはないとばかりに胸を張るゼスタは声を大にして事の顛末を語り出す。
「私はアクシズ教最高責任者として、日々考えてまいりました………どうすればアクア様の素晴らしさを広め、信徒を増やせるのかと!そうして行きついたのが混浴!男女が仲睦まじく肌を曝け出し、微笑み合うそれは正にこの世の楽園!温泉という素晴らしいアクア様の恩恵を通じ、そして混浴という素晴らしい文化で人も集まる!これこそ一石二鳥!信徒倍増!アクア様最高!というわけですぞ!」
「では、混浴はあくまで手段と?」
「いえ、私も混浴に浸かりたかったので」
「やっぱり自分のためじゃん!」
めぐみんの問いに正直に答えるゼスタだが、驚くことに今まで一度も魔道具が鳴っていない。つまり、信徒を増やす目的も本当。自分の欲のためというのも本当。
アクシズ教の教義にどこまでも真摯に向き合い、体現した結果がこれだった。ゆんゆんが頭を抱えるのも仕方がない。
「あ、もう終わりました?」
どうやらセシリーは早々に興味をなくしていたらしく、いつの間にやら、何処からか持ち出したところてんスライムを口に運んでいた。何をしてるんだ、と衛兵から冷たい視線が送られるが、さして気にすることなく皿の中の物を急いで掻っ込むと、一息吐く。
「ふぅ………これでゼスタ様が魔王軍と繋がっていた、という不名誉は雪がれたわけですね。めでたしめでたし」
「ゼスタさん、捕まったままですよ?」
「まぁ、ゼスタ様ならそれくらいやりかねませんし」
「えぇ………」
価値観どうなってるんだ、と喉奥からそんな言葉が出かけるが、相手はあのアクシズ教。無意味に終わるだけだと悟り、ゆんゆんはそれ以上何も言わなかった。
「えー、あー………つまり、犯人としてこのまま牢屋にぶち込んでおけばいいってことか?」
「いや!こいつ、ずっと私にセクハラしてくんのよ!お願いだから代わって!」
「オレだって嫌だよ!こいつ、男女関係なくセクハラしてくんだもん!」
「私はお二人同時で構いませんぞ!嫌よ嫌よも好きのうち!さぁ、どうぞ!」
「さて、やることはやりました。私たちは戻るとしましょう」
「あ、放置するんだ………」
「これ以上関わりたくありませんので」
ちらり、とゆんゆんはゼスタを見る。檻越しだというのに、衛兵二人に生き生きとセクハラをするアクシズ教最高責任者。
自らの欲のために街を巻き込み、そしてそれを恥じ入ることさえしない変態。そっと目を逸らしたゆんゆんはめぐみんの後に続く様にその場を後にするのであった。
◇◆◇◆
翌日。
陽がそろそろ天上に差し掛かるころ、ゆんゆん達はアルカンレティアの入口にいた。めぐみんの手には十分な額の入った革袋が握られており、思わず鼻息が荒くなる。
「いやぁ、お二人のおかげでゼスタ様の汚名が晴れました!本当にありがとうございます!」
「いえいえ、この程度!何でしたらもっと難易度の高い事件でも解決してみせますよ!殺人事件とかありませんでした?」
「それはないですけど、入信書なら山ほどありますよ」
「ゆんゆん、受け取っておいてください」
「なんで私に押し付けるの⁉︎ あ、あの!本当にいりませんから!押し付けないでください!」
見送りのセシリーの猛攻を受けつつ、ゆんゆんはホッと一息。どちらにしろ、今日でこのアクシズ教の総本山とはお別れ。
結局、宿を取っても温泉はところてんスライムにより閉鎖。ゆっくりと湯に浸かることはできなかったが、混浴に入るよりもマシ。そも、魔王の世話でそれどころではなかったのだから、あまり後悔はない。
それよりも、この騒がしい人々から離れられるという開放感があった。
「ゼスタは結局どうなったのですか?」
「ゼスタ様なら、ところてんスライムの回収と設備の点検、改修を言い渡されてました。後で私もところてんスライムを食べに向かいます!」
「ゼスタさんを心配してとかじゃないんだ………」
まぁ、この濃い付き合いの中でそれはないだろうとゆんゆんも察している。何ならアクシズ教徒全員でところてんスライムを胃に収める姿さえ容易に想像できてしまう。
罪に対しての罰が軽いとは思わなくもないが、あのゼスタを更生させる手段を少なくともゆんゆんは思いつかない。落とし所、という大人な判断なのだろうと納得するだけだ。
「魔王様!また是非アルカンレティアにお越しを!その時は私が手取り足取りご案内いたします!」
「いらぬ。茶菓子のみ献上せよ」
「では、入信書もセットで献上しますね!」
本当に引くことを知らないと言うべきか、魔王にどこまでも遠慮がないセシリーたちに、ゆんゆんは最後まで胃と頭を痛める。
確かに厄介な人たちであるが、決して消えていいわけではないのだ。僅かに眉を顰める魔王の前に温泉饅頭を差し出して、それが和らぐ。
この手が後何度使えるかわからないが、今はただアクシズ教が無事であることにホッと一息吐くだけだ。
「さぁ、出発の時です!」
外套を翻したゆんゆんが、アクセル行きの商業用馬車に乗り込む。
「さらばです、アルカンレティア!難事件を解きし天才探偵、めぐみんの名を未来永劫語り継ぐように!」
「本当にやりそうだからやめて!」
「小娘、茶」
「今から出発ですよ⁉︎」
「お三方、お元気で!その旅にアクア様の祝福が在らんことを!」
続いて乗車する魔王とゆんゆんに、セシリーが声をかける。ちらり、と振り返れば美しい街並みがゆんゆん達を見送っていた。
それに手を振って別れを告げると、馬車は走り出す。
初心者の街アクセルへ。
水の女神と転生者が騒ぎを広げる、素晴らしき街へと。