「魔王様!」
宴もたけなわ。既に何度目か分からない乾杯が行われ、紅魔族たちは思い思いに料理を食べ、酒を飲み、そして魔王の前へ代わる代わる献上品を持ち込んでいた。
そんな中、ひろぽんが何やら妙に真剣な面持ちで魔王の前へ進み出た。
「ひとつ、お願いがございます!」
「申せ」
「はっ!」
ひろぽんは勢いよく片膝をつく。
その様子に、周囲で騒いでいた紅魔族たちも何事かと静まり返った。そうして響く、ひろぽんの願い。
「我ら紅魔族一同!魔王様の民を名乗る許可をいただきたく!」
「…………」
沈黙。誰しもが耳を傾け、固唾を飲む中、ゆんゆんの手から、持っていた茶器が滑り落ちかけた。
「ちょっと待って、お父さん何言ってるの!?」
「ゆんゆん、今は大事な話をしているんだ!」
「大事だから止めてるの!」
「魔王様ほどのお方が降臨されたというのに、ただ歓迎して終わりでは紅魔族の名折れだろう!」
「終わっていいよ!むしろ今すぐ終わって!」
「静かにせぬか、小娘」
「魔王様も止めてくださいよ!」
魔王はゆんゆんの訴えなど気にも留めず、玉座の上からひろぽんを見下ろす。
「我が民、とな」
「はい!」
扇子が、ぱちりと開かれる。
周囲の紅魔族たちが息を呑んだ。魔王は暫し何かを考えるように目を細めーーーやがて、さも当然のことを語るように口を開いた。
「万物万象、既に我が手中」
魔王の手の中に、球体が生み出される。
「天も地も、星も海も、生も死も、我が掌中にある」
次々と球体の中の景色が変わり、消えていく。まるで世界の始まりと終わりを繰り返すようなそれに、紅魔族たちの瞳が一斉に赤く輝いた。
「か、格好良い……!」
「お願い、めぐみん。今だけは黙ってて………」
「貴様らは、その中へ住まう者であろう………ならば問うまでもない」
「つ、つまり……?」
手の中の球体がふわりと消えた後、ひろぽんが震える声で尋ねる。
そうして、魔王が扇子の奥で薄く笑う。
「貴様らは既に我が民。我が名の下にそう名乗り、流布することを許す」
一瞬。本当に、一瞬だけ、広場全体から音が消えた。そして、歓声が爆発した。
「っしゃああああああああああああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「許可が下りたぞぉぉぉぉぉぉ!!」
「我ら今日より魔王様の民なりぃぃぃぃぃ!!」
「なんでそんなに嬉しいのぉぉぉぉぉぉっ!?」
思い思いに叫び、そして歓喜を表現する。近くにいた紅魔族が興奮のあまり空へ魔法を撃ち上げ、本当に爆発した。
「祝いの爆炎だ!」
「危ないからやめて!」
「記せ!魔王様語録へ!」
「『貴様らは既に我が民』!」
「そこ太字にしろ!」
「本に太字とかないよね⁉︎」
ゆんゆんの叫びなど、最早誰の耳にも届いていない。ひろぽんは立ち上がると、拳を天高く掲げた。
「皆の者!魔王様より直々に許しを賜った!本日より我らはーーー王の民である!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
「待って待って待って待って!」
ゆんゆんが必死に両手を振る。魔王とひろぽんの間に入ってみるが、視線は向けられない。それに少し悲しい思いをしつつも、声を張り上げる。
「いや、おかしいよ!ちょっと冷静になろう!?」
「何がおかしい?」
「全部だよ!」
「魔王様が認めてくださったんだぞ!」
「いや、それもなんか魔王様の理屈だと世界中の人が勝手に臣民扱いされてるだけだから!」
「細かいことを気にしちゃダメですよ、ゆんゆん」
「めぐみん!」
振り向けばいつの間にか、めぐみんが外套を翻し、片目を覆っていた。
「我が名はめぐみん!魔王が民にして紅魔族随一の天才!いずれ最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者ーーー」
「勝手に我の名を箔付けへ使うでない」
玉座の上から飛ぶ声に、めぐみんが固まった。
「なっ⁉︎許可したではありませんか!」
「我が民を名乗ることを許したのみ。貴様個人の口上を監修した覚えはない」
「そ、そんな……!」
膝から崩れ落ちた。
「そこまで落ち込む!?」
「私の新たな完璧な名乗りが……!」
「今考えたばっかりでしょう!」
「ですが、響きは完璧でした!」
「知らないよ‼︎」
ゆんゆんが頭を抱える横で、ひろぽんは何やら腕を組み、真剣な顔で考え込んでいた。
「しかし……そうなると、里の名前も変えねばならんな」
「なんで!?」
「王の民が住まう地が、ただの『紅魔の里』では格が足りん!」
「昨日まで満足してたじゃん!」
「昨日と今日では立場が違う!」
「立場変わってないよ!」
「魔王様の民になった!」
「魔王様曰く最初からだよ!」
「ならば、我々は今まで知らずに魔王様の民であったということか!」
ひろぽんの目がまた赤く輝く。
「皆の者!急遽会議を開く!」
嫌な予感がした。凄まじく嫌な予感がした。
「議題はもちろん!我らが里の、新たなる名を決める!」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ゆんゆんの悲鳴を合図に、紅魔族史上でも屈指のどうでもいい会議が始まった。
◇◆◇◆
「『魔王様が直轄せし紅き魔導の聖域』!」
「長い!」
「『終焉と創世の狭間に在りし紅き民の都』!」
「もう里ですらない!」
「『深淵魔王領・紅蓮郷』!」
「ちょっと格好良い……!」
「めぐみん⁉︎」
中央広場に即席で設置された長机。
その周囲で、紅魔族たちが真剣そのものの顔で新たな里の名前を議論していた。
祭りはどうした。というより、宴はどうした。そんな疑問を抱くのは、最早ゆんゆんだけだった。
「では次!」
「はい!」
一人が立ち上がる。
「『万物万象を統べし混沌と深淵の王が庇護せし、紅き魔導を極めたる選ばれし民の郷』!」
「「「おお……!」」」
「なんで好評なの!?」
「格好良いではありませんか」
「めぐみんはもう黙ってて!」
「略称は?」
ひろぽんが尋ねる。
「魔王領・紅魔郷」
「最初からそれでいいじゃん!略すなら何のために前半あんなに長くしたの!?」
机を叩いて抗議するゆんゆんを、不思議なものでも見るようにひろぽんは小首を傾げる。
「正式名称というものは長いほど格好良いだろう?お前も友達と名乗りを考える時………あ」
「その、あ、は何⁉︎」
「こ、こほん!ま、魔王様!」
「ねぇ、」
ゆんゆんからの追求を誤魔化すように、咳払いひとつしてひろぽんが玉座で菓子を食べていた魔王へ向き直る。
「新たなる里の名、こちらで如何でしょう!」
「ふむ………」
魔王は暫し黙った。紅魔族たちが緊張した面持ちで見守る。ゆんゆんも、何故だか嫌な予感を覚えながらもその返答を待った。
やがて、興味がないとばかりに魔王の視線が菓子へと戻る。
「長い」
「だから言ったじゃん!」
「会議やり直しだ!」
「「「おおっ!」」」
「もうやだぁああああ‼︎」
ゆんゆんの叫びが再び広場へ響いた。
◇◆◇◆
そして、翌朝。
ゆんゆんは里の入口に立っていた。その隣にはめぐみん。さらに、その後ろには何故か大量の紅魔族。
全員が黙り、そしてどこか満足そうに目の前を見上げている。
昨日までそこにあった紅魔の里の看板は既になく、代わりに真新しい巨大な看板が立っていた。
黒地に赤、無駄に達筆な文字で堂々と魔王領・紅魔郷と書かれている。
「…………すぅ」
ゆんゆんは深く息を吸い、力を貯める。
「なんで本当に変えたのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
絶叫が朝日に吸い込まれるように響く。
「一晩だよ!?一晩しか経ってないよ!?」
「善は急げと言うだろう」
ひろぽんが腕を組み、満足そうに看板を眺めている。
「昨日のうちに職人総出で作った」
「そういう時だけ一致団結しないでよ!」
「見事なものですね」
「めぐみんも嬉しそうにしないで!」
「ですが、格好良いではありませんか。魔王領・紅魔郷」
「ちょっと響きが良いのが腹立つ!」
「我が名はめぐみん!魔王領・紅魔郷に住まいしーーー」
「名乗りに組み込まないで!」
騒ぎ立てる二人の隣、いつの間にやらそこにいた魔王の視線が看板へと向いた。それを見た紅魔族全員が息を呑む。
「魔王様、如何でしょう」
ひろぽんが恐る恐る尋ねる。魔王は暫し眺め。
「ふむ………悪くない」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
「魔王様より『悪くない』を賜ったぞ!」
「看板を永久保存しろ!」
「同じものを保存用にもう一つ作れ!」
「魔王様語録にも追記だ!」
「………もう勝手にして」
こうして、人類有数の魔法戦力を有する紅魔族の里は、僅か一夜にして魔王領・紅魔郷へと改名された。
なお、この事実が数日後。
『紅魔族、魔王へ臣従』
『紅魔の里、魔王領を宣言』
『魔王軍との合流か』
などという、笑い事では済まされない形で人類国家へ伝わることになるのだが、当の紅魔族たちは。
「魔王軍?」
「我々をあんな連中と一緒にするな!」
「我らは魔王様直属の民だ!」
「魔王軍よりも、魔王様の方がカッコいい!」
「余計なこと言わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
どうやら、紅魔の里が魔王領になっただけでは済まないらしい。