あの鍋の日から数日後。紅魔郷周辺では妙な変化が起き始めた。
「最近、モンスター多くない?」
学校へ向かう途中、ゆんゆんは道端に残る大きな足跡を見ながら首を傾げた。
「そうですか?」
「そうだよ。昨日も森の近くでジャイアントトード見たし」
「食材が増えて良いではありませんか」
「そういう問題かなぁ……」
普段ならあまり見ない種類まで現れ始めている。しかも一種類ではない。
弱いもの、強いもの、本来ならこの辺りへ近付かないもの関係なく、少しずつではあるが紅魔の里周辺へ集まり始めていた。
「先生も言ってたよね。最近モンスターの縄張りが変わってるって」
「自然界ではよくあることです」
「そうかな……」
何となく引っ掛かる。だが、その時はそれ以上考える暇もなかった。何せ昼過ぎ、警鐘が鳴り響いたからである。
「モンスターの大群接近!」
校内へ、いや里全体に声が響く。
「里の北側より多数!」
「戦える者は直ちに迎撃へ!」
一瞬、教室が静まり返った。
普通ならば恐怖だろう。しかし、紅魔族に普通というものは通じない。
「来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「我らの出番だ!」
「今日こそ我が魔法を!」
「新必殺技を披露する時!」
「何で皆嬉しそうなの!?」
ゆんゆんだけが頭を抱えた。
◇◆◇◆
紅魔の里、北側。
森の向こうから、次々と大小様々なモンスターが姿を現していた。
狼型や大型の昆虫、巨大な爬虫類に空を飛ぶ魔物。種類も統一されていない。
まるで何かに追われ、行き場を失った者たちが一斉に流れ込んできたような光景だった。
それを迎撃しようと集まる中、ひろぽんが腕を振り上げる。
「皆の者‼︎我ら紅魔族の力を示す時だ‼︎」
「普通に迎撃って言えないの!?」
「しかも、本日は魔王様が御覧になっている!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
「余計テンション上がった!?」
ひろぽんが指差す先、少し離れた丘。そこには漆黒の玉座に当然のように腰掛ける魔王。片手には扇子。もう片方には茶、傍には菓子の詰め合わせが置いてある。
「何で観戦席作ってるんですか!?」
「余興であろう?」
「違います!」
「そうか?では、アレは?」
「え?」
「我が名はぶっころりー!」
「もう始まってるぅぅぅぅ!?」
離れた場所にいる魔王と会話が通じる事には深く突っ込まず、ゆんゆんが振り返った時には既に魔法が飛んでいた。
「喰らえ!我が奥義ーーー轟炎地獄!」
「エナジーイグニッションだよ!」
ゆんゆんの叫びはさておき、巨大な炎がモンスターの群れへ炸裂し、その一部が炎に包まれる。
「おお!魔王様!今のは如何でしたか!」
「見られる程度」
「ありがとうございます!」
「褒めてないですよね!?」
続くようにして。
「我が右手に集いし災厄よ!混沌より生まれし紅きーーー」
「長い」
「そこ指摘されるんだ!」
さらに別の紅魔族は。
「魔王様!私の魔法は!」
「外しておる。精進せよ」
「戦闘中に講評会しないで!」
戦闘の最中、魔法やモンスターの雄叫びに紛れてゆんゆんの叫びが響く。
モンスターの大侵攻だというのに、お祭り騒ぎの紅魔族。それも、魔法の使えない非戦闘員まで自主的に観覧に来ているのだから相当だ。
無論、前線から離れており、防御結界も貼られているので安全に違いないのだが、どうしても腑には落ちない。
「これほどの数のモンスター………くっ!今ほど爆裂魔法が使えないことを悔やむことはありません!」
「めぐみん、お願い。今だけは黙って………あれ?」
爆裂魔法で一掃できたら爽快だろうと悔やむめぐみんをさておき、ゆんゆんは辺りを見渡す。
周囲には自分達と同年代、もしくは年下の子供が多く、全員が興奮に目を赤く光らせて、戦う大人達を食い入るように見ている。
けれどその中に、見慣れた人がいないことに気づいてしまった。
「………めぐみん、こめっこちゃんは?」
「こめっこ?こめっこなら私の隣に………あれ?」
ゆんゆんに指摘され、めぐみんは隣に視線を送るがそこには誰もいない。代わりにあるのは足跡だけ。
それを目で辿れば、結界の外へと続いているではないか。
「まさか………っ!」
「あ、待って、めぐみん!」
嘘であって欲しいと願いを込めて足跡を追いかけるが、嫌な予感は的中。里を出て森の方まで続いている。
背後からゆんゆんの制止の声が聞こえるが、めぐみんは振り返ることなく森の中を進む。薮を潜り、樹々の間を抜け、ようやく愛しい妹の姿が目に入る。
「おにく、追い詰めたぞ〜………」
「キュッ」
樹の洞を壁にして、その入り口を塞ぐこめっこ。その視線の先には額から一本の角が生えたウサギがいた。
左右を見渡し、逃げ場がないことを悟ると覚悟を決めたようにその角をこめっこに向ける。白く細い角が、次第に熱を帯びるように赤く染まっていく。
「っ!危ない!」
「わっ!」
めぐみんがこめっこに体当たりするように地面に押し倒す。その刹那、弾丸のように飛び出したウサギがこめっこのいた空間を貫き、背後にあった樹々さえ貫く。
樹々がゆっくりと倒壊する中、ウサギは後ろ足で角の付け根を掻いていた。
串焼きウサギと呼ばれる低級のモンスターである。肉は美味で、その角は錬金素材になるが逃げ足が速く、また追い詰められたら角に炎属性を纏い、捨て身の突進を行うのだ。
なお、赤熱した角は自身も熱いらしく、致命的な隙となるのだが。
「ちゃーんす!」
「チャンスじゃありませんよ!なんでこんなとこにいるのですか‼︎」
「だって、あのウサギのおにく、美味しいんだよ?角もお金になるし」
まさかの返答にめぐみんは頭が痛くなる。その情報を教えたのは自分であるし、貧乏故に食に貪欲になったのかもしれないが、今だけはやめて欲しかった。
「今はそんな事してる場合じゃありません!…………いや、確かに角は魅力的ですが………いや、違います!そんな場合じゃないんですよ!」
「あー、うさぎ………」
角はそこそこ良い値で取引されるので思わずめぐみんも誘惑されそうになるが、今はその時ではないと頭を振って意識を切り替える。
串焼きウサギも角の熱が冷めたのか、そのまま藪に飛び込んで何処かへと逃げてしまう。それに安堵の息を零し、視線でウサギを追うこめっこを立ち上がらせる。
「早く戻りますよ。今は危険ですから」
「でも、おにく………」
「何がそこまでこめっこを駆り立てるのですか⁉︎」
「お腹すいた!」
「後でお菓子食べさせてあげますから!ゆんゆんが!」
「ねーちゃん、早くもどるよ!」
「………我が妹ながら、逞しいことです」
変わり身の速さは自分に通じるものがある、なんて思いながらこめっこに手を惹かれるめぐみん。
兎も角、あとは戻ればいいだけだと少し安堵した瞬間である。目の前の藪が突如として揺れた。
「こめっこ、下がって!」
手を引っ張り、こめっこを背後へ。杖を構えて見せるが、めぐみんは魔法が使えない。精々、杖の先で殴るくらいだ。
「さぁ、我が杖の錆になりたい者から前に出るといい!私は逃げも隠れもしませんよ!」
だが、それで時間が稼げるなら儲け物。こめっこを助けられるなら、と必死に虚勢を張って声を出す。
そうして藪が一際大きく揺れた瞬間、めぐみんは杖を振り上げた。
「喰らえ、我が奥義!爆裂彗星拳!」
「ふぅ、やっと追いついーーーうわっ⁉︎なになになに⁉︎」
薮から出てきた人物を見た瞬間、めぐみんの力が抜ける。杖の先端が影の先端を掠め、地面を叩いた。
「なんですか、ゆんゆんですか。紛らわしい」
「酷くない⁉︎」
薮から飛び出したのはゆんゆんであった。頭に乗った葉っぱを払いながら、ゆんゆんは腹を立てる。
「もう!心配して探しにきたのに!」
「ゆんゆん一人で、ですか?他の大人達は?」
「うぐっ………その、みんな、モンスター退治に夢中で………魔王様も、励めしか言ってくれなかったし………」
「あー………」
ゆんゆんの言葉は確かであるだろうが、どうせ声が小さくて届かなかったり、視界に入っていなかったのだろうと察する。
どうでもいい所で遠慮してしまう性格は、魔王の隣にいても中々改善されないらしい。
「はぁ、まったく、このぼっちは………まぁ、感謝はしてあげますけど………」
「え?何か言った?」
「なんでもありません!とにかく、早く戻りますよ!」
「あ、待ってよ、めぐみん!」
「ゆんゆん、おかしちょーだい!」
「この状況で⁉︎ こめっこちゃん、魔王様に毒されてない⁉︎」
「元からこんなものですよ」
「余計に怖いよ!」
「ふふーん!………あれ?」
紅魔族随一の魔性の妹の肩書は伊達ではないのだと、そう言わんばかりに胸を張っていたこめっこだが、ふとその視線が違う方向を見る。
「ねーちゃん、あれなに?」
こめっこに釣られて、ゆんゆんとめぐみんが指差す方向を見る。
そこには樹々の間を這ってこちらへと迫る、昆虫型のモンスターの姿。前線とは反対方向から現れた存在に、ふたりの呼吸が一瞬止まる。
「っ!走りますよ!」
一も二もなく、こめっこの手を引いてモンスターとは反対方向に走り出すめぐみん。しかし、その脚はすぐに止まった。ゆっくりと後退すれば、その距離を詰めるようにして藪から顔を出す狼型のモンスター。
「………ゆんゆん、そちらは?」
「こ、こっちも来てるよ………」
めぐみんから見て左側からは爬虫類系のモンスター。隣のゆんゆんの視線の先には蝙蝠型のモンスターがそれぞれ三人を囲んでいる。
じりじりと、タイミングを見計らうようにゆっくりと距離を詰めるモンスターたち。この状況を打開する方法はある。
今まで貯めたポイントならば、上級魔法の取得はできる。しかし、今ここで上級魔法を取れば、爆裂魔法を覚えるまでにあと何年かかるか分からない。
(爆裂魔法………学校を卒業してしまえば、スキルポイントを安易に稼げる機会は少ない………しかし、今はーーー)
ちらり、と隣に視線を向ける。
さしものこめっこでも、この状況には恐怖があるのか、めぐみんとゆんゆんの間に挟まって心配そうに視線を彷徨わせている。
流石に食欲は湧かないか、と現実逃避気味に考えながら、どうするべきかと思考を巡らせる。しかし、どう足掻いても爆裂魔法を諦める選択肢しか見えてこない。
妹か、爆裂魔法か。葛藤に揉まれるめぐみんは格好の獲物だったのだろう。狼型のモンスターが一瞬、身体を低くすると大きく跳躍してめぐみんに襲いかかる。
「しまっーーー」
「ッ!ライトニング‼︎」
刹那、横合いから飛んだ電撃。短い悲鳴を上げて絶命するモンスター。反射的に隣を振り向けば、杖を構えるゆんゆんの姿がそこにあった。
「ゆんゆん、あなた………」
「話はあとにして!ブレード・オブ・ウインド‼︎」
杖の先端から飛んだ風の刃が蝙蝠たちを牽制して道が開かれる。その隙を逃さず、ゆんゆんがめぐみんの手を引いてそちらへと抜ける。
「なんで………上級魔法を覚えて卒業するつもりだったのでしょう⁉︎」
「そうだよ!でも、そんな場合じゃないでしょ!ライトニング‼︎」
再び杖の先端から電撃が飛び、背後の爬虫類型のモンスターに当たる。更にはガスか何かを溜め込んでいたのだろうそれに引火し、爆発した。
爆風に押され数歩ほどタタラを踏む三人。それでも背後のモンスターたちは未だ諦める様子はなく、追ってきている。
「っ!ここで待ってて!すぐにやっつけちゃうから、先に行って!」
「待ちなさい、ゆんゆん!そのセリフは授業で習った、格好いいけど不吉なセリフ集にあったような………ではなく!なぜ、中級魔法を⁉︎」
「だって、めぐみんは爆裂魔法を使いたいんでしょ!」
「っ!」
ゆんゆんの言葉に、考えていた反論が全て消し飛ぶ。確かに、爆裂魔法のみを目指して今までスキルポイントを貯めてきた。しかし、それを理由に誰かの夢を壊したかったわけではない。
ゆんゆんは上級魔法を習得してから学校を卒業する、王道中の王道の卒業パターンを夢見ていた事を知っている。
こめっこの手を握るのとは反対側の拳が強く握られる。歯噛みをするめぐみんであるが、けれどゆんゆんに後悔した様子は見られない。昆虫型のモンスターを炎で焼き、次々と迫り来るモンスターたちを対処している。
「中級魔法でも、私なら戦えるから!めぐみんたちは大人を呼んできて!」
「だから、なんでさっきから不吉なセリフばかり言うのですか‼︎」
それはさておき、ゆんゆんの言うとおりここを任せて離脱すればスキルポイントは温存されるだろう。しかし、その結果がどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。
大人たちを呼ぶよりも早く、戦闘に慣れていないゆんゆんはモンスターたちに飲み込まれる。そんなことを看破できるはずがない。
一瞬の熟考。そして、隣のこめっこに視線を落とした。
「………こめっこ、ひとつ聞きたい事があります」
「なに?」
「アナタの姉がもし、夢を諦めたらどうしますか?」
こめっこだって、めぐみんが爆裂魔法をどれだけ欲していたか幼いながらも知っている。それにどれだけ価値を見出しているのかも。
しかし、こめっこは満面の笑みを見せると、その胸を張った。
「かんけーないよ!ねーちゃんはいつも格好いいもん!」
「そう、でしたね………」
もしここで夢を優先しても、きっと後悔しか残らないだろう。ならばできるだけ悔いが少なく、そして格好いい選択をした方がマシだ。
覚悟を決めためぐみんが冒険者カードを取り出す。そして、目を疑った。何せ、爆裂魔法の習得ポイントが貯まっていたのだから。
「なん、で…………」
最近はモンスターの様子もおかしく、養殖も行われていなかった。だからポイントは以前と変わらないはずだ、と考えてふとひとつ思い当たるものがある。
「カモネギ………」
高級食材と名高いカモネギを仕留めたのが最後。ならば原因はそれしかないだろう。
もしや、あのカモネギを連れてきたのも、魔王様は全て分かっていて………いや、あの魔王ならただ鍋が食べたかっただけという可能性の方が高い。
それはともかく、項目の中から爆裂魔法を選択。そしてその瞬間、頭の中へ刻まれるたったひとつの術式。魔力の操作、流れまでも理解する。
「っ、覚え、ました………!ゆんゆん、下がってください!」
「え、なんで!」
「私が、一掃します!」
「まさかっ‼︎」
「我が名はめぐみん!」
ゆんゆんへの質問に答えるように、めぐみんは杖を構える。昔から考えた、爆裂魔法を発動する際に最もカッコよく見えるポーズで。
「紅魔族随一の天才にして、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」
杖の先に膨大な魔力の奔流がひとつに集まる。中級でも上級でもない、一撃のためだけに全てを費やす、狂気じみた魔法。
「さぁ、誇るがいい!我が爆裂魔法、その初陣を飾れる事を!」
だと言うのに、実に晴れやかで、実に歓喜に満ちていて、そして実に楽しそうな笑みを浮かべて、解き放つ。
「エクスプロージョン‼︎‼︎」
そして、轟音が、閃光が、熱が、衝撃が、白が世界を染めた。
僅かに遅れて広がる爆炎と爆風。大地が揺れ、木々が軋み、空へは巨大な煙が立ち昇る。
一瞬にしてモンスター諸共森の一角を消し飛ばし、めぐみんたちも爆風に転がされ、土に塗れてしまう。
「………すごっ」
視界が大きく揺れる中、倒木にぶつかって止まったゆんゆんは現場を見て、口を開けたまま固まっていた。
最強の攻撃魔法という名は伊達ではない。
そして同時に、ネタ魔法と呼ばれる理由も嫌というほど理解できた。それくらい冗談かと思うほどの威力なのだ。
未だぐわんぐわんと揺れる視界の中、何とか立ち上がれば次第に視界は落ち着く。周囲にはモンスターの影はなく、本当に一掃されたのだろう。しかし同時に、他の二人の姿も見えない。
「めぐみん!こめっこちゃん!」
「………ふっ、ふっふっふっふっ!」
不気味な笑い声が聞こえ、そちらを振り返る。見れば爆風で転がったのだろう、仰向けに倒れたまま笑い出す不審者がそこにいた。というより、めぐみんだった。そのすぐ隣には、こめっこまで転がっていた。どうやらめぐみんが盾になったようで、二人に比べてこめっこの怪我は少ない。
「どうでしたか、こめっこ!私の爆裂魔法は!」
「ねーちゃん、すごかった!」
「そうでしょう、そうでしょう!これこそが爆裂魔法!なんて素晴らしい!」
「わぁ………思ったより元気………」
「おや、ゆんゆん。そこにいたのですか。ちょうどいいですね、運んでください」
「え?なんで?」
「全魔力を使ったので動けません」
「バカじゃないの?」
「ですが、心は晴れやかです!」
「バカじゃないの?」
「バカバカ言い過ぎでは?」
「それ以外なんて言えばいいの………」
少なくとも、この被害を見てしまえばゆんゆんは爆裂魔法を習得することはないだろう。あまりにも高威力で、そしてリスクが大きすぎる。
しかし、満足そうに笑うめぐみんを見てしまえば他に何も言えず、ため息をひとつ零してゆんゆんはめぐみんを背負った。
背負ってみれば、普段の食生活を察してしまうほどにめぐみんは軽かった。その後ろをこめっこが続く。
「こめっこちゃん、歩ける?」
「うん!ねーちゃんに譲ってあげる!」
「こめっこ⁉︎」
こうして、紅魔族の少女めぐみんはその日、念願であった爆裂魔法を習得したのだった。
◇◆◇◆
その日の夜。モンスターたちの騒動もひと段落し、紅魔郷の中では武勇を語り合う宴会が開かれていた。
そんな紅魔族から少し離れた場所で、魔王は献上された菓子を摘んでいた。自身は手をひとつも出す事なく、今日の余興はそこそこ楽しめた、なんて思っていれば、横合いから聞こえる怒声。
「魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「騒々しいのう」
僅かに眉を顰め視線を向けた先、肩で風を切るゆんゆんがそこにいた。
爆裂魔法の爆風で生じた傷は回復魔法によって癒やされているが、その精神的負担までは癒せない。
ずかずかと魔王の元まで歩いてくると、両手で机を思い切り叩く。
「今日のモンスターの原因が分かりました!周辺のモンスターの縄張りが滅茶苦茶になってたんです!」
「そうか」
「原因、オークです!」
ゆんゆんが机へ両手を叩きつける。
オーク、と言われてもまだピンと来ていないのだろう。小首を傾げる魔王に、ゆんゆんは問い詰める。
「オークの縄張り、綺麗さっぱりオークたちがいなかったらしいですけど、魔王様の仕業ですよね⁉︎」
「…………ああ、不快なアレか」
「やっぱり!」
カモネギを種ごと作り替えた、と聞いていたので、もしやと思って問い詰めれば案の定。
しかし、思い出したのはいいものも、そこまで興味を惹かれなかったらしく、魔王の視線は再び菓子へ。
ゆんゆんが何度も机を叩いて注目させようとする。
「里付近を縄張りにしてたオークが丸ごといなくなって空白ができたせいで、他のモンスターがそこへ流れ込んだんですよ!その煽りを受けた別のモンスターがまた移動して!それが連鎖して里の周辺まで押し出されてきたんですよ!」
「ほう」
「ほうじゃない!」
「つまり、猪擬きがおらぬだけで住処を追われる程度の者どもが、勝手に移動したと」
悪びれることもなく、菓子を摘むだけ。魔王からすれば、本当に興味がない。
「そうです!」
「ならば其奴らの問題であろう」
「魔王様が原因です!」
「我は猪擬きを消しただけじゃ」
「それが原因なんです!」
「知らぬ」
「知らぬじゃないですよ!」
そんな問答をする横では、魔力不足で未だ体に力が入らないめぐみんが床に寝転がっていた。
「しかしですね、ゆんゆん。これは魔王様からの試練だったのでは?」
「絶対違うよ!」
「我は猪擬きが不愉快であった故に消しただけじゃ」
「ほら!」
「ですが結果として、私は爆裂魔法を手にしました!それも魔王様があのカモネギを連れてきてくださったおかげで………もしや、私が爆裂魔法を習得することまで全て見越して……!」
「なんぞそれ、知らぬ」
「やっぱり全部偶然じゃん!」
何を言っているのだ、とばかりに魔王が少し引き、ゆんゆんのツッコミが冴え渡る。しかし、それで引くめぐみんではない。どうにかして、魔王からの評価を聞きたいのだ。
「魔王様も見ていてくださいましたよね?我が爆裂魔法を!」
「知らぬわ」
菓子を摘むばかりで、魔王はめぐみんに視線を寄越そうともしない。
しかし、遠くからでも目撃できるあの爆裂を、魔王ならば確かに目撃しているとめぐみんは確信していた。
そんな期待を込めた視線を少し鬱陶しそうにする魔王は、ようやくちらりとめぐみんへ視線を向けた。
「貴様が選んだ選択よ。我が知るところではないわ。精々、励め」
「っ!はい!」
身体中の魔力全てを消費して動けないというのに、その声色に、魂に後悔はない。少しばかり口角を上げた魔王は菓子に視線を移す。
「度し難き阿呆よ」
「阿呆とはなんですか。いいんですか?魔王様といえど、我が爆裂魔法の餌食にしますよ」
「はん、通じぬわ」
「あ、ちょっ、転がすのやめてください!動けない相手にこんなことして恥ずかしくないんですか⁉︎ちょ、やめっ、やめろぉおおお‼︎」
扇子を軽く動かして、コロコロと部屋を転がるめぐみん。これでは最早何を言っても聞かないだろうと、ゆんゆんはため息を。
目の前の存在は不快であれば種族そのものを消せる存在。そして、その後の影響など微塵も考えていない。
それに僅かばかりの恐怖を覚えるゆんゆん。もしかすれば、を考えてしまって魔王から一歩引いてしまう。
しかしーーー
「小娘、茶」
「………お茶の葉、切らしてまして………」
それでも口を噤むことをしないのは、魔王という存在に慣れてしまったせいだろうか。魔王はゆんゆんを一瞥すると、少しだけ口角を上げて尚めぐみんを転がす。
「クハ、ならよい。此奴で暇を潰すとしよう」
「目、目がぁ………あ、ちょっと気持ち悪くなってきました。そろそろ吐きそうです。いいんですか?このまま吐きますよ?魔王様のお菓子を巻き込んでやりますよ‼︎⁉︎」
「はん、させぬわ」
「すぐに用意するんで、やめてあげてください‼︎」
そんなゆんゆんの絶叫が、夜の紅魔郷に響くのであった。
なお、世界からオークという種族が忽然と消滅した原因について、人類も魔王軍も、その後長い間知ることはなかった。
そして、紅魔郷近郊では翌日から。
「エクスーーー!」
「めぐみぃぃぃぃぃん!!」
新たな頭痛の種が誕生することとなった。