紅魔族の少女めぐみんが、故郷を旅立つ日がやって来た。
紅魔郷の入口には、朝早くから多くの紅魔族たちが集まっていた。旅立つ同胞を見送るためーーーというのは建前で、実際のところは、こういう大仰な催しが好きなだけなのだろう。
外套を翻し、思い思いの決めポーズを取りながら並ぶ一同を前に、旅装を整えためぐみんが一歩前へ出る。
杖を掲げ、その紅い瞳を輝かせながら高らかに宣言する。
「我が名はめぐみん!」
「もう始まった……」
見送る群衆に紛れたゆんゆんが、早くも疲れたように肩を落とす。
「紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を操る者!今日この日、我は故郷を旅立ち、やがて世界へその名を轟かせることとなるでしょう!」
「「「おおおおおおおおおっ!」」」
「皆も乗らなくていいから!」
歓声と拍手が沸き起こり、何処からともなく魔法まで打ち上げられた。朝の空に鮮やかな光が弾け、爆音が山々へ響き渡る。
「いやぁ、まさかひょいざぶろーの所のめぐみんが旅立ちだなんて………」
「いつの間にか大きく………大きく?いや、大きいか?」
「爆裂魔法を習得したがる、頭のおかしい子だと思ってたけど、立派になったもんだねぇ………」
「おい、今私のことを侮辱した奴、前に出なさい。旅立ちの前に決着をつけてやりますよ」
「折角の見送りなのに、血生臭くしようとしないで‼︎」
ゆんゆんの叫びは、観衆の声に掻き消される。暫くは会えなくなるだろうからと、ゆんゆんはめぐみんを見送るために来ただけだった。少なくとも、本人はそのつもりだった。
「小娘」
「はい?」
背後から聞こえた声に、ゆんゆんの肩がぴくりと跳ねる。
恐る恐る振り返れば、そこにはもはや見慣れた姿、即ち魔王がそこにいた。
「荷は持ったか」
ゆんゆんは数秒ほど黙った後、深く息を吸った。
「何で私まで行くことになってるんですか⁉︎」
「昨夜言うたであろう」
「聞きましたけど納得してません!」
「そうか、行くぞ」
「聞いてくれない!」
事の発端は昨夜だった。
旅立ちを翌日に控えためぐみんが、いつものようにゆんゆんの家へ入り浸りながら、何気ない調子でこう口にしたのである。
ーーーアクセルには、各地の珍しい菓子が集まるそうですよ。
その瞬間、魔王の手が止まった。
食したことのない焼き菓子、珍しい果物を使った菓子、土地ごとに異なる名物。
めぐみんがそんな話を重ねるたび、魔王の興味が露骨にそちらへ傾いていった。そして最後には。
ーーー行くぞ。
その一言で全てが決まった。
「何で私まで!」
「茶汲み係」
「めぐみんに頼んでくださいよ!」
ゆんゆんが勢いよく隣を指差す。指されためぐみんは、少し考えた後、堂々と胸を張った。
「私にそのような技能があるとでも?」
「自信満々に言わないでよ!」
「そも、貴様には及ばぬわ」
「〜っ!嬉しくなんか、ないですからね⁉︎」
「あと余興要員」
「やっぱりそれが本音ですよね!?」
魔王の口元が、扇子の向こうで僅かに歪んだ。
「道中、暇であろう」
「嫌な予感しかしない!」
その横で、めぐみんは何故か満足そうに頷いている。
「良いではありませんか、ゆんゆん。三人旅です」
「一人明らかに規格外なのが混じってるでしょう!?」
「賑やかで良いではありませんか」
「絶対私が苦労するやつだよ!」
「ゆんゆん」
群衆の中からふと、声がかけられる。そちらを振り向けば父であるひろぽんがいた。
「あ、お父さん!お父さんも止めてよ!このままだと私、連れ去られそうーーー」
「安心しなさい。荷物は纏めておいたぞ」
「お父さん⁉︎」
止めるどころか、娘を積極的に送り出そうとするひろぽんに、思わず衝撃を受けるゆんゆん。見れば確かに、ひろぽんの足元には、ゆんゆん自身がいつか友達の家にお泊まりする時用に買った大きめの旅行バックがある。
今までクローゼットの奥で埃を被っていただけのそれが漸く日の目を見ることになったのだが、それはさておき。
慌ただしくひろぽんからバックを奪うと、その中身を拝見する。
「なんで⁉︎ うわ、ちゃんとお茶のセットまで入ってる‼︎ 本当になんで⁉︎」
「いや、魔王様が出向なさるのなら、魔王様を招いた巫女であるお前も付いていくのは当然だろう?」
「嘘、私そんな立ち位置にされてたの⁉︎」
「え?みんな知っているはずだが……あ」
「何で刺したの⁉︎」
遠回しに友人がいないと刺されて、ゆんゆんは胸を抑える。確かに、以前よりも話しかけられることは多くなったが、周囲との感性の差が埋まったわけではない。
未だライバルと呼べるめぐみんを除けば、ゆんゆんに友人と呼べる存在はいないのが現状である。
「じゃ、じゃあ、次期族長としての仕事は⁉︎ 私、これから色々教えられると思ってたんだけど⁉︎」
「何、案ずるな。広い世界を見て、見聞を深めることも、大事な仕事だよ」
「魔王様のお世話でその余裕ないと思うんだけど⁉︎」
良いように言っているが、結局のところ魔王様の世話をしろ、にしか聞こえない。けれど、最早どれだけ抗議しても無駄なのだろうと、頭を抑えるゆんゆん。
出発前から既に疲れ始めていたゆんゆんだったが、そんな彼女へ、不意に落ち着いた声が掛けられた。
「ゆんゆん」
「え?」
声に反応して振り返る。人混みの少し外側に、そけっとが立っていた。
紅魔族随一の占い師として知られる少女は、普段と変わらない穏やかな表情で一通の封書を差し出してくる。
「アルカンレティアへ行くのでしょう?なら、これを向こうのアクシズ教団へ届けてくれる?」
「何ですか、これ?」
「予言よ」
「…………予言?」
その一言で、ゆんゆんの表情が変わった。
「何か起きるんですか?」
「近いうちに、水の都へ災いが訪れるわ」
「災い!?」
「詳しいところまでは見えなかった。でも、念のため伝えておいた方がいいでしょう?」
「わ、分かりました!」
ゆんゆんは慌てて封書を受け取ると、大切そうに荷物へしまい込む。そしてその横から、めぐみんが興味深そうに顔を覗かせた。
「ほう!旅先で災いとは、実に素晴らしい旅立ちです!」
「どこが⁉︎」
「安全な旅など、つまらないではありませんか!やはり、冒険とは波瀾万丈、爆裂上等でなければ!」
「最後のはいらない!」
益々乗り気なめぐみんに頭が痛くなるが、ゆんゆんは渡された封筒を見る。
見通す悪魔と契約するそけっとの予言。その精度を、ゆんゆんもよく知っている。
だが、魔王ならばどうなのだろう。
山を消し、空間を捻じ曲げ、見通す悪魔すら理解を諦めた存在ならば、未来さえ既に知っているのではないかと、そう考えてしまう。
「……魔王様、アルカンレティアで災いが起きるらしいですよ?」
「そうか」
「そうか、って………あ、もしかして、魔王様なら未来とか分かったりするんですか?」
「未来?」
魔王が僅かに首を傾げた。どこか怪訝な視線はゆんゆんを動揺させる。
「昨日も今日も明日も、我にとって隔たりに大差はない。されど、まだ見ぬものを先に覗く趣味もない」
「えぇ………それって、見ようと思えば見られるってことですか?」
「どうでもよい」
がくり、とゆんゆんが肩を落とす。先んじて未来を教えてもらおうと思ったが、無理に聞けば不興を買うと理解している。
それを考えて口を結ぶゆんゆん。そして、そけっとがじっと魔王を見ていることに気がついた。
未来を視る者だからこそ、今の言葉に何か思うところがあったのかもしれない。
「……そけっとさん?」
「何でもないわ」
そう言う彼女であるが、その視線だけはいつもより少し真剣だった。
もっとも、当の魔王はそんなことなど欠片も気にしていない。
「さぁ、別れの刻限です!」
意気揚々と、外套を翻すめぐみん。見送りに来た人々に背を向け、杖を山の向こうにあるアルカンレティアへと向ける。
「さらばです、我が故郷、紅魔郷!遠く、世界の果てに至ろうとも、我が偉業は必ずこの地に響くことでしょう!そして、その時こそまた再び相見えましょう!」
そんなめぐみんの高らかな宣言に、盛り上がりは最高潮。めぐみんは、空を彩る数々の魔法と歓声に満足そうに鼻を鳴らす。
「むふー!さぁ、魔王様!いざ、アルカンレティアまでお願いします!」
「何故我が運ぶことになっておる?」
「へ?」
不思議そうな魔王の声に釣られて、めぐみんが振り返る。扇子を広げ、本当に心底謎であるとばかりに小首を傾げる魔王の姿。
その隣のゆんゆんは予想していたのか、やっぱりとばかりに肩を落とすだけ。
「………魔王様、同行してくださるのですよね?」
「うむ」
「では、運んでくれるのでは?」
「冒険とは波瀾万丈、爆裂上等なのであろう?」
「それはそれ、これはこれです」
「めぐみん、これ無駄だよ………あれ?でも、めぐみん、この間大金貰ってたよね?それ使ってテレポートサービスを使えばいいんじゃないの?」
貰った、と言うよりは騙し取ったに近いのだが、そこは深く突っ込まない。脳裏でスキップしながら逃げるアーネスの姿が一瞬だけちらついた。
「ああ、アレですか。殆ど家に置いて行きましたよ。魔王様となら移動費もかからないと思っていたので。残りは十万エリスほどです」
「初めから脚にする気満々じゃん!」
「仕方ありません、野宿しながらになりそうですね…………ゆんゆん、寝袋などはありますか?シェアして使いますよ」
「やだよ!買ってきなよ!」
「無駄遣いできるわけないでしょう!」
「必要経費だよ!」
未だ里の入り口だと言うのに、幸先悪いスタート。口論し合う二人を眺め、魔王はひとり楽しくなりそうだとばかりに、口元を歪めていた。
◇◆◇◆
旅は、思っていたよりも順調だった。
少なくとも、最初の一日だけは。普通に街道を歩き、普通に野営して、偶に出てくるモンスターを倒すだけ。
なんだか旅行みたい、だなんて思った罰なのだろうか。異変は二日目から起こった。
「ライトニング!」
雷鳴が街道へ轟き、真正面から雷撃を受けた狼型のモンスターが黒煙を上げながら地面へ転がった。
「はぁ……はぁ……!」
杖を構えたゆんゆんが荒い息を吐く。
「やりましたね」
「う、うん……!」
「では次です」
「え?」
めぐみんが前方を指差した。茂みが揺れ、新たな狼型のモンスターが姿を現す。三頭ほどであるが、連戦に次ぐ連戦。
オーク消失による大侵攻よりもマシとはいえ、それでもこの数はおかしい。
本来、この辺りは旅人が行き交う街道である。モンスターが出ないわけではないが、ここまで立て続けに襲われるような場所ではない。
「グルルル……!」
「また来たぁぁぁぁ!」
「ゆんゆん、頑張ってください!」
「めぐみんも戦ってよ!」
「爆裂魔法をここで撃ってよろしいので?」
「ダメ!」
「では応援しています」
「役に立たない!」
飛び掛かってきた一匹を雷撃で撃ち落とし、二匹目を風で吹き飛ばす。横へ回り込んだ最後の一匹もどうにか仕留め、ゆんゆんはその場へ膝をついた。
「疲れた……」
「良い運動ですね」
「めぐみん全然動いてないでしょう!」
「精神的に応援していました」
「いらない!」
少し離れた岩の上では、魔王がいつものように玉座へ腰掛けていた。悠然と扇子を片手に菓子を摘みながら、ゆんゆんたちを眺めるその姿に、ゆんゆんは何かを察した。
「魔王様!今日、妙にモンスター多くないですか!?」
「そうか?」
「そうですよ!さっきから何回襲われたと思ってるんですか!」
「六」
「数えてたんですか!?」
「暇であるからな」
じっと魔王を見るゆんゆん。暇ならば今頃姿を消したり、興味を向けなかったりするはずの魔王。
それが未だそこに存在して、そして自分たちを見張っている。問い詰めるには十分な材料だ。
「………魔王様、けしかけましたね?」
「うむ」
「認めたぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「歩くだけでは暇であろう」
「私は退屈してません!」
「我が退屈しておった」
「知らないですよ!」
やはり魔王の仕業だったのかと、ゆんゆんが頭を抱える。その横で、めぐみんが手を上げた。
「魔王様!どうせけしかけるなら経験値の高そうなモンスターをお願いします!あと、そろそろ爆裂魔法を撃ちたいので、数はたくさん!」
「注文が多い、面倒」
「そんな!ご無体な!」
「絶対そこじゃないからね⁉︎」
隙あらば爆裂魔法を打ちたがるめぐみんに、暇になればモンスターをけしかける魔王。その負担の全てを背負わされるゆんゆんは涙目である。
「第一、死んだらどうするんですか‼︎」
「我が見ておる。それだけで十分よ」
「十分じゃないです!こっちは怖いんです!」
くだらない、とばかりに魔王が鼻を鳴らし、手元の菓子を口に運ぶ。
確かに、戦闘による疲労や多少の怪我はあるが、今のところ死の危険を感じるほどの事はない。
本当に危なければ助けてはくれるのだろう。逆に言えば、安全であると判断したら危険なモンスターを放り込むという事であるのだが。
ゆんゆんからすれば命懸けでも、魔王にとっては安全が保証された余興に過ぎない。
そんな魔王の思惑にゆんゆんは歯噛みを、めぐみんは爆裂魔法の経験値稼ぎだと目を輝かせる。
「性格悪すぎませんか⁉︎ 鬼‼︎ 悪魔‼︎」
「我、魔王である」
「そう言うことじゃないんですよぉおおお‼︎」
そんな騒がしい旅を続けること、数日。ようやく三人の前に、水と温泉の都アルカンレティアが姿を現した。まだ距離はあるが、その姿を見た瞬間、ゆんゆんが膝から崩れ落ちる。
「これでもうモンスターに襲われない……」
「もうへばったのですか?私はまだ今日の分が撃ててないのですよ?」
「一発撃ったら倒れちゃうでしょ!それを運ぶ身にもなってよ!」
「小娘、街中にも魔物はおるか?」
「けしかける気なら絶対教えません!」
「ならよい。見る」
「もうやだぁぁぁあああ‼︎‼︎」
ここ数日で、少し夢見ていた憧れの冒険者パーティ。それを粉々に打ち砕かれたゆんゆんの叫びが、山間に木霊するのであった。