休日の午後。No.5ヒーロー、ミルコは私服姿で街のオシャレなカフェのテラス席にいた。
目の前に運ばれてきたのは、彼女がこの一週間ずっと楽しみにしていた限定メニュー「特製ニンジンとローストビーフの贅沢重ねドリア」だ。香ばしいチーズの香りと、甘く煮付けられたニンジンが食欲をそそる。
「くぅ〜っ! これのために今週のパトロールを頑張ったんだよな! いただきます!」
スプーンを取り、まさに一口目を口に運ぼうとした——その瞬間だった。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
突如として空が黒く染まり、街のど真ん中に巨大な移動要塞が降臨した。凄まじい衝撃波と爆風が街を襲い、カフェのテラス席が猛烈に揺れる。
「な、なんだぁ!?」
ミルコが体制を崩した一瞬、テーブルが大きく傾いた。
とろ〜り溶けたチーズとホカホカのニンジンが乗ったドリアが、スローモーションのように宙を舞い——アスファルトの地面へ、ベチャリと真っ逆さまに落ちた。
静寂。
落ちたドリアから、小さな煙がゆらりと昇る。
ミルコの手からスプーンがポロリとこぼれ落ちた。
「あたしの……あたしの限定ドリアが……」
次の瞬間、空気が凍りついた。ミルコの長耳がピクピクと跳ね上がり、瞳から光が消える。肉体から禍々しい赤黒いオーラが溢れ出し、顔面に凶悪な血管が浮き出た。**「スーパーキレネンコ」**の覚醒である。
彼女はコンマ一秒の動きで路地裏へ消えると、着ていた私服をズタズタに引きちぎりながらヒーロースーツへと換装。
「ギガガガガガガガッ!!!!」
言葉にならない絶対的な殺意の咆哮とともに、ミルコは地面を蹴った。その一歩だけで舗装された道路が爆破されたように砕け散り、彼女は音速を超えて巨大要塞へと一直線に飛翔した。
その頃、巨大要塞の最深部では死闘が繰り広げられていた。
自らを新たな「象徴」と称する悪のカリスマ、ダークマイト。彼を止めるため、緑谷出久、爆豪勝己、轟焦凍の三人に加え、執事のジュリオと令嬢アンナが死力を尽くして戦っていた。
「これで終わりだ、ダークマイトっ!」
出久がワン・フォー・オールを限界まで引き上げ、爆豪と轟が左右から挟み撃ちの体勢をとる。ジュリオも義肢のギミックを構え、アンナを庇いながら援護の機会を伺っていた。
だが、決着の瞬間は思わぬ形でおとずれた。
バリリンッ!!! 天井と外壁が丸ごと吹き飛んだ。
「な、何事だ!?」
ダークマイトが驚愕して頭上を仰ぎ見る。煙の中から降り立ったのは、赤黒いオーラを全身から噴き出し、悪魔のような相貌となったミルコだった。
「ひ……ヒーロー、ミルコ!? なぜここに……というか、なんだその姿は!」
出久が思わず声を漏らす。しかし、スーパーキレネンコと化したミルコに言葉は通じない。彼女の目に映っているのは、自分のドリアを台無しにした「元凶(要塞)」と「その中にいる邪魔者全員」であった。
ドッバアァァンッ!!!!
ミルコの一蹴りがダークマイトの顔面に叩き込まれた。
「ガはっ……!?」
新時代の象徴を気取っていた男は、ガードする暇すら与えられず、ただの一撃で要塞の壁を十数枚貫通して遙か彼方へ吹き飛んだ。
「へ……?」
呆然とする出久たち。しかし、ミルコの怒りは治まらない。ターゲットはまだ目の前に「動く物体」として残っていた。
「おい待てクソウサギ! 俺たちは味方だろ——」
爆豪が叫び終えるより早く、ミルコは爆豪の襟首を掴むと、そのまま床へ思いっきり叩きつけた。超頑丈な要塞の金属床がクレーター状に陥没する。
「かっちゃん!?」出久が青ざめる。
「緑谷、逃げろ! こいつは正気じゃない!」轟が氷の壁を展開して防ごうとするが、ミルコは手刀一回で巨大な氷塊を粉砕。そのまま轟の腹部に強烈な前蹴りを叩き込んだ。轟は文字通り「ハの字」になって壁にめり込んだ。
「アンナ様、お下がりを!」
ジュリオが義手に装着された銃器を構えるが、ミルコはその銃身を素手で握り潰し、ジュリオごとアンナをまとめて超スピードの回転足払いで払った。二人は目回し状態のまま天井へと打ち上げられた。
最後に残った出久は、迫り来るミルコの恐怖に震え上がった。
「ミルコさん! 落ち着いてください! 理由を話し合えば——」
ボコォッ!!!!
出久の顔面に容赦ない拳が叩き込まれた。ワン・フォー・オールの自動防御すら意味をなさず、出久の意識は一瞬で吹き飛んだ。
その後、ミルコは暴れ足りないとばかりに要塞のメインエンジンを蹴り飛ばし、構造骨組みをバキバキに折り砕き、巨大要塞そのものをただの鉄くずの山へと変えたのだった。
静寂が戻った。
要塞だった鉄くずの真ん中で、ミルコは深く息を吐いた。全身を覆っていた赤黒いオーラがスッと消え、いつもの健康的な褐色肌と鋭い笑顔が戻ってくる。
「ふぅ……! すっきりしたぞ! やっぱりイライラした時は思いっきり身体を動かすに限るな!」
ポンと手を打ったミルコは、足元で全員白目を剥いて転がっている出久、爆豪、轟、ジュリオ、アンナの5人に気づいた。
「あれ? 緑谷たちじゃん。なんでこんなところで倒れてんだ? ……まあいっか! 敵はやっつけたみたいだしな!」
ミルコは爽やかに鼻で笑うと、お腹を鳴らしながら「さて、別の店でドリア食い直すか!」と元気に去っていった。
数日後。雄英高校の関連病院の集中治療室。
そこには、頭から足先まで包帯でグルグル巻きにされ、ギプスをはめられた出久、爆豪、轟、ジュリオ、アンナの5人がベッドに並んでいた。(なお、ダークマイトは別の厳重な病院で全身骨折の重体である。)
「……僕たち、なんでダークマイトじゃなくて、ミルコさんに倒されたんだろう……」
全身の激痛に耐えながら、出久が力なく呟く。
「あのクソババア……絶対に許さねぇ……動けるようになったら爆破してやる……」
ギプスの中でピキピキと小さな爆発を起こそうとする爆豪だが、指一本まともに動かない。
「氷結すら一瞬で砕かれた……あのお方は本当に『兎』の個性なのか……?」
轟が真剣な顔で考察していると、部屋のドアがバァン!と勢いよく開いた。
「よおッ! みんな元気にしてるかー!」
見舞い品の巨大なバスケットを抱えたミルコが、飛び切りの笑顔で入ってきた。バスケットの中には、これでもかと盛られた生ニンジンと、特製の高級ニンジンケーキが詰まっている。
「ひえっ……!」
出久とジュリオが思わず体を硬直させ、アンナは布団をかぶって震え出した。
ミルコはベッドの脇にドカンとバスケットを置くと、豪快に腰に手を当てて笑った。
「いや〜、すまんすまん! あん時、あたしが頼んでた限定ドリアが地面に落ちちゃってさ! ウサギの野性が抑えきれなくなって、周りが見えなくなっちゃったんだよ! 巻き込んじゃって悪かったな!」
(((((ドリアのせいだったのかよ!!!!)))))
5人の心が完全に一つになった。
「でもさ、怪我をした時は栄養補給が一番だろ! あたし特製のニンジンづくしだ、残さず喰えよ!」
ガハハと笑いながらニンジンの皮を素手でむき始めるミルコを見て、出久は青ざめた顔で隣の爆豪を見た。
「かっちゃん……怒らせないように、全部食べようね……」
「……チッ、分かってるわクソが……」
ヒーロー社会の未来を担う若者たちは、ダークマイト以上の恐怖をその身に刻み込みながら、大人しくニンジンをかじるのだった。