「さて、ここで働くのなら制服を選ばないとねぇ」
「あ、俺もメイド服なんですか?」
「そんなわけないでしょ!!」
べちんとメニューで軽く叩かれた。甘んじて受けよう。
そんな俺達の様子を見て、茶山はくつくつと笑う。
「奥に色々衣装があったはずだ。二虎くん、案内してあげて」
「わかりましたー。ほら、アンタついてきなさい」
二虎に案内されて店の奥へと入っていく。
おお……正面以外は意外と普通の一軒家っぽい感じだな。
物置部屋っぽいところに入ったかと思うと、二虎がクローゼットを開いた。
……なるほど、たしかに古今東西いろんな衣装が入っている。
まるでコスプレ喫茶という感じだ。
二虎はその中から一着を選んで、俺に合わせる。
「アンタならこういうのが似合うんじゃない?」
そう言って渡されたのはバーテンダーの服。
確かに二虎のメイド服とも合うし、ちょうどいいかもしれない。
「おお、じゃあこれにしようかな」
「んじゃ、ここで着替えて、終わったら正面に戻ってきて」
「ういっす」
早速着替えようとブレザーを脱ぐが、一向に外に出る気がない二虎。
それどころかじーっとこちらを睨んでいる。
「…………なんだよ」
「いや、アンタ私に興味あったんだねって」
「そりゃ幼馴染が怪しげなバイトしてるって聞いたら普通心配になるだろ」
「私はならないけど」
「そりゃ俺が強いからです」
「はいはい、弱くて悪かったわね」
むすりとしながら、二虎はようやく部屋から出ていった。
なんだろう、俺ってそこまで情がないように思われているのかな。
確かに友達からも、普段何考えているかわからないって言われるけど。
別に難しいこと考えてないけどなぁ……。
ともあれ着替え終わったので、店の方へと戻る。
相変わらずお客さんは着てないようで、二虎は暇そうに店内を掃除していた。
「いつもこんなに暇なのか」
「マジで誰も来ないよ」
「よくやってけてんな……」
「夜やってるバーは盛況みたいでね。私らは未成年だからそっちは手伝えないけど」
まさしく「もうこんなんじゃお店潰れちゃいますよ~~」ってやつだ。
茶山さんに失礼かなと思ったが、既にキッチン奥へと戻ってしまっている。
俺と二虎、二人だけの空間となってしまった。
バイト中だからスマホを見ているわけにもいかないしな……。
そわそわしつつ俺も軽く掃除を手伝うことに。
床を箒で軽く掃いていると、チリンチリンという音がして誰かが入ってきた。
おお、お客さんだ。
やってきたのは薄い金髪ロングのお姉さん。
頭にいくつもの花が生えていて、花冠のようになっている。
服装もなんというか森ガールって感じだ。
「あ、やってますか?」
「ええ、もちろんです。お好きな席にどうぞどうぞ」
そう言うと、お姉さんは日当たりの良い窓際に座った。
ふぅむ、あの人は……多分
体の一部に草木が生えており、体調次第で生え変わったりもするらしい。
普段から香水のようないい匂いがするらしい、と亜人オタクのクラスメイトが言っていた。
座ったところでメニューを渡さなければと思い、二虎を見るが……。
お客さんに驚いているのか、わたわたとしている。
仕方ないのでメニューを奪い取って、俺が渡すことにした。
「こちらメニューになります」
「ありがとう。オススメはあるかしら?」
「え!? ええっと……」
メニューを見てみる。
大した品揃えではないが……そうだなぁ……。
俺が頼むなら……。
「パンケーキと珈琲なんていかがでしょう?」
「じゃあそれにするわ」
「かしこまりました」
注文を聞きつけ、急いで二虎がキッチンへと向かっていく。
今聞いた注文を伝えに言ったのだ。
しかしあいつ、んな人見知りでよくもまぁ客商売なんて勤まるな……。
人がぜんぜん来ないとは言え。
戻ってきたら、やりきったようにドヤ顔をしている。
べしり、と頭を小突いてやった。
「おまえ、人見知りしてんじゃないよ」
「ち、ちがわいっ。亜人の方が入ってきたの初めてで……」
「普段はどんな客が入ってきてるんだ?」
「なんか常連っぽい雰囲気の寡黙なおじさんとか……暇そうなマダムとか……」
ふぅむ、まぁ見慣れない客人だったからということにしといてやろう。
お客さんを見ると、しばらく外をぼーっと見つめている。
なにか思い悩んでいるみたいだ。
他にお客さんもいないし……話しかけてみるか。
「どうかしましたか?」
「ああ、そういえばここ亜人喫茶っていうの? どんなことをするのかしら」
「あちらの同僚が萌え萌えキュンとかやってくれます」
「ぬえっ!?」
いきなり話を振られた二虎が驚いたように飛び跳ねる。
それを見て、お姉さんはくすくすと微笑んだ。
「可愛らしいメイドさんね。貴方も亜人なの?」
「一応、吸血鬼ですね」
「あら珍しい。亜人の中でも上位種って聞くわよ?」
「不便のほうが多いですよ」
別に日光で死んだりしないけど、あんまり浴びすぎると体調悪くなるし。
月一ぐらいで血液パックの血を飲まなきゃいけないし。
泳げないし、宗教的な施設に入るとこころなしかそわそわしてしまう。
代わりにちょっと身体能力が高い。それと女の子にややモテる……か?
ああ、あとめったに怪我しないけど、傷が即座に治る。
代償に対して恩恵が微妙すぎるな、うん。
「お姉さんは、なにか困ったこととかあるんですか?」
「ああ、普段虫が寄ってきて困るし……匂いが気に入らないって言われることも多いわね」
「そうなんですか」
「それでついさっき彼氏に振られちゃって……」
そう言うと、お姉さんは泣き出し始めた。
頭の花が萎んでいく。うっ、やばい。コレって俺が悪いのか。
慌てて二虎が飛んできて、お姉さんの向かいに座った。
「こここ、恋バナですか!? 私で良ければ聞きますよ!!」
「…………ありがとう。彼氏も貴方のような獣の亜人でね」
ああ、それで匂いに敏感だったのか。
相性最悪って感じだな。
「珈琲の匂いに紛れたら、少しはマシになるかなって思ったの」
まぁ、この店、香ばしい珈琲の匂いに包まれているからな。
そのおかげか、あんまりお姉さんの匂いも目立たない。
別にいい匂いだから気にすることもないけど。
「わ、私はお姉さんの匂い好きですよっ!!」
「セクハラになっちゃうぞ、それ」
「はぁ!? いいもんはいいでしょうがよ!!」
俺の野次に対してゲシっと腰を叩いてくる二虎。
こいつに細かい気遣いなど存在しないようだ。
「だいたい、そんなの別れる言い訳に決まってます! 初手でわかるでしょ、そんなの!!」
「…………そうかしら。匂いが嫌になったとかじゃなくて」
「ありえないですよ、そんなの!!」
二虎が全力でお姉さんをフォローしている間に、キッチンから茶山さんが手招きしている。
どうやら注文が完成したようだ。
俺は注文をカウンター越しに受け取って、テーブルへと運んだ。
おっ、パンケーキにアイスクリームが乗っている。
メニューの写真より豪華じゃないか?
「ありがとう。いただきます」
珈琲をまず一口いただくお姉さん。
ホッとしたのか、ふぅ……と息を吐いた。
頭の花はすっかり元に戻ってきた。
「とても美味しいわ」
にこりとした笑顔には、頭の花と同じような輝きがあった。
それから何人かのお客さんが来て本日は閉店となった。
亜人喫茶という割には変なお客さんはあんまり来ないんだな。
お姉さんは閉店ギリギリまで何杯か珈琲をお代わりして、吹っ切れたように帰っていった。
「お疲れさん、今日はもう上がっていいよ」
言われて、物置部屋に行こうとすると二虎に止められた。
「ストップ! 私が先!!」
「別にどっちが先でも良いだろ」
「こういうのは先輩優先よ」
そう言われては仕方ない。
二虎が着替えるのを待って、入れ替わりに部屋へと入る。
…………なんていうか女の子の匂いが部屋に充満している。
こういうとなんか変態臭いな、うん。
なるほど、先に着替えたのは俺の臭いが充満すると、
着替えて、店に戻ると殊勝にも二虎は待っていた。
どうやら一緒に帰るつもりのようだ。ま、お隣さんだからな。
「ちょっとありがたいわね。最近は物騒だし」
「ああ、なんか噛みつき事件があるんだったっけ?」
「…………アンタじゃないわよね?」
「吸血鬼差別か?」
がぶがぶとわざとらしく歯を噛み合わせる。
生憎と俺は人から生き血を啜ったことなど一度もない。
そういう偏見的にも早く終わってほしい事件だった。
「ま、送ってやるよ」
「お隣でしょうが」
「へっへっへ」
茶山さんに挨拶して、俺達は喫茶店を後にした。
ここらへん薄暗い路地裏だから、たしかに女の子一人で帰すのは厳しいな。
「そういえばおまえの親父さんに頼まれて調べてたんだけど」
「やっぱり!? そんなことだろうと思ったわ!!」
はぁ~~~と大きなため息を吐く二虎。
しかし話したいのはそんなことではない。
「俺に謝礼としてけっこう分厚い封筒を渡そうとしてたぞ。当然断ったけど」
「…………あの人カッコつけだから、残り少ない貯金でも一気に使おうとするのよね」
「隠してたほうが良いぞ」
「父さんの口座なんだから勝手にうばいとれないわよ」
項垂れる二虎。正直心配である。
あの親父さん、奥さんに逃げられたらしいが、そういうところだと思う。うん。
「茶山さんからの給料は隠し持ってるんだろ?」
「ええ、だから金回りが良いって疑われたんだろうけど」
「大変だな……」
……なんて言いながら、街灯が照らす町並みを歩いていく。
今日はまだ月明かりが出ていて、暗くない。
まぁ、今のところ春だしな。
「もし困ったことがあったらうちに来いよ。両親なんかいつも海外出張してるし」
「それはそれで困りものね……」
「でも家政婦さんいるし」
「金持ちめ」
ぐるるるる、と俺を睨んで威嚇する二虎。
しかしそうは言っても、金持ちなのは俺のせいではない。
第一、貧乏よりははるかにマシだろう。
「ともあれ、
「匂いが気になる、か。亜人同士の恋愛って大変そうだよなぁ」
「ただの別れる言い訳だと思うけどね」
二虎がふんすっ、と鼻を鳴らす。
まぁ、あの人の匂いはどこか落ち着く花の香りだった。
それがダメということは元から相性が悪いとしか言いようがない。
「しかしそうなると俺は血の匂いとかするのか?」
「別に気にしないわよ、そんなの」
「だといいがな」
「アンタも鼻、鋭かったりしないの?」
「いや、血の匂い以外は普通ぐらいだと思うが……」
だからこそ茶山さんの血の匂いは気になるんだけどな。
魚でも捌いているから……ならいいけれど。
もっとなんというか、大勢を殺してきたような……。
狩人の匂いがしたのだ。
「茶山さんって前職はなにしてたんだ?」
「ん? さぁ……なんか気になることでもあったの?」
「…………いや、なんでもない」
お世話になっている身内から血の匂いが~~なんて言うのは、印象に良くないな。
この様子だと何も知らなそうだし。
ひとまず、なんとなく探りを入れてみるか。
まぁ、なにごともなければそれでいいんだが……。
「おっと着いたわね。じゃあお疲れ」
「ああ、また明日な」
そう言って、古びた一軒家へと入っていく二虎。
俺はを手を振りながら向かいの洋館へと帰っていった。
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