「帰ってくるのがおっせーでございます。飯が冷えるでごぜーます」
リビングのソファに寝っ転がってボリボリとせんべいを食べながらバラエティ番組を見ている家政婦がいた。
”ゆぐどら”と同じようなクラシカルなメイド服を着ているが、別に俺や両親が強要したわけでもなんでもなく、コイツの趣味。なにかしらの亜人なのか純日本人だというのに髪が銀色で、それが腰まで伸びている。髪の手入れなどほとんどしていないのにいつも艷やかなのは何らかの魔法でも使っているのだろうか。俺はそんなもの見たことも聞いたこともないけれど。
「ああ、実はバイトを始めたんだ」
「…………は?」
マジトーンのドスの利いた声を出し、正座する白石。
そこに直れと言わんばかりにリビングの端にある四畳畳の部屋を指差した。
びっくりしたので思わず和室の間にある段差に腰掛ける。
「鬼灯家の嫡男とあろうものがバイト? お小遣いに困っているのですか?」
「いや友達がそこでバイトしててさ。付き合いで始めたんだ」
はぁ……と大きな溜息をつく白石。どうやら文句があるらしかった。
「いいですか? 鬼灯家は代々続く華族の末裔。それがバイトなどと……恥を知りなさい」
「別にいいだろ、バイトぐらい」
「ご両親に報告いたします」
「好きにしてくれ」
あの人達がバイトごときで俺に構うと思えない。
またいつものように「遊のやりたいようにやらせなさい」で終わりだと思う。
しかし白石は納得いっていないようで、頬を膨らませていた。
「ちなみにどこのバイトですか? 最近はどこも物騒なのですよ」
「ただのウェイターだよ。変なバイトじゃないって」
「そういう事を言っているのではないのですが……」
「そういえば、最近噛みつき事件ってのが流行ってるんだっけ?」
俺が無理やり話題を変えようとすると、白石の眼光がギランと光った。
どうやら噛みつき事件に引っかかるところがあったようだ。
「わたくしはその事件、亜人の仕業ではないかと踏んでいます」
「というと?」
「噛みつく衝動を抑えられなくなった者が犯人ではないかと」
「ふぅむ……」
何とも吸血鬼とは縁のある話だ。
俺も月一で吸血衝動が来るしな。血液パックで収まるけど。
「しかし噛みつくだけとはまた何とも平穏ですね」
「どうかな? 感染するかもしれないよ」
「亜人というのはそういうものではないですよ」
くどくどと説教が続く。
白石の説教は長いんだよな……小一時間続くこともある。
面倒くさくなって俺は自分の部屋へと逃げ込んだ。
「あ、こら!! まだ話は終わってねーですよ!!」
……と言われたが、鍵をかけてしまえばこっちのものだ。
おかげで朝食抜きになってしまったが。
ま、そういうこともあるよね。
せっかくだから二虎と登校してみるか。
そう思い、今日は二虎の家の前で待つことにした。
ちょっとストーカーみたいだが、今日日暇つぶしなんてごまんとある。
家の前で暇をつぶすなんてわけもなかった。
「あれ、アンタ今日は先行ってないんだ」
「久しぶりに待ってやろうと思ってな」
「別にいいのに……」
だらだらと眠そうに猫背気味で家から出てきた二虎。
昨日は俺と一緒に帰ったはずだからやはり朝が弱いんだろうな。
歩幅を合わせて、今日は通常通りの登校路を歩いていく。
「ていうか昨日からバイトするって言ったり、私の登校を待ったり……」
うへぇ、と引いたような表情でたじろぐ二虎。
「なんかヘンタイっぽいわよ」
「なんでだよ、幼馴染なら普通のことだろ」
「高校生でしょ、もう幼馴染だからってベタベタする間柄じゃないわよ」
そう言いつつも颯爽と先に行く気はないらしい。
まぁ、本気出したら俺のほうが早いからな……。
「ていうか早く彼女とか作ったらどうなの?」
「別に気になる相手もいないし。無理やり作るもんでもないだろ」
「モテるのに」
「そうなのか?」
俺がそう言うと、ジロリ……と日頃の恨みが込めて睨んできた。
俺がモテることのなにがいけないんだが。
「私がアンタを紹介してくれとどれだけの友達に言われてると思ってんのよ」
「紹介された覚えがないんだが」
「断ってるからね」
「なんで断るんだよ。いい娘がいるかもしれないじゃないか」
「アンタ断るでしょ。私が先に断ってやったほうが傷つかないで済むじゃない」
…………まぁ、たしかに仲良くない女の子に急に告白されたって、素直に受ける気はないが。
恋愛っていうのはこう、好き同士が付き合うものだろ。
「付き合ってから仲良くなろうってのはちょっと変だと思うんだよな」
「そう? 最近はお付き合いしましょ~で仲良くなる人の方が多いと思うけど」
「俺はそうじゃないってこと」
「難儀な性格ね。おっぱいデカくて可愛かったらいいでしょ」
「いや……別に……」
そりゃあおっぱいデカくて可愛い娘なら付き合っても良いかもしれないが。
そんなのは流石に都合が良すぎるだろ。ちょっと怪しんじゃうぞ。
しかし言い淀んだと判断したのか、二虎は「へっ」と鼻で笑った。
「やっぱりおっぱいデカくて可愛い娘がいいんだ!!!」
そう言って、脱兎のごとく走り出す二虎。
塀を登り、まるで猫のように道なき道を駆けていった。
なんか誤解されたが、朝機嫌が悪いのはいつものことなのでほうっておくことにする。
「というか朝からなんも食ってないんだよな」
朝食を……抜きにされたからな……。
仕方ないので、そこらのコンビニでおにぎりを買っていくことに。
そんなことをしていると朝のホームルームに遅刻してしまった。
鬼灯にしては珍しいな、と友達たちはヘラヘラと流してくれたが……。
放課後まで二虎と話すこともなく、奴も授業が終わったら俺に黙ってサッサとバイトに行ってしまった。薄情な奴め。どうせゆぐどらで話すことになるというのに。
今日も友達たちに遊びに誘われたが、バイトを始めたから難しいとだけ断っておいた。
ゆぐどらに着くと、なんとも不機嫌そうに二虎が掃除をしている。
俺を見て、ちょっと尻尾が揺れたがどういう感情なのかはわからない。
「遅い。さっさと着替えてきなさい」
「おまえが俺を置いていったんだろ」
「バイトに遅れるわけには行かないし」
「へいへい」
言われて、すぐさま更衣室でバーテンダーみたいな制服に着替える。
やはりというかなんというか、今日もろくにお客さんが来ない。
なんか風土的なものが良くないんじゃないかと思ってしまうぐらいだ。
「…………ちなみにアンタを紹介してほしいって可愛い娘がいるんだけど」
暇を持て余したのか、朝の会話の続きを口に出す二虎。
こういうことは可愛くておっぱい大きい娘ってことなのか。
「俺の知ってるやつかよ」
「アンタ、クラスメイトの女子なんて興味ないでしょ」
「そりゃあ大して喋んないし。何なら顔と名前が一致しない」
「付き合うとしたら100%体目当てってことじゃん……!!」
…………そりゃあ付き合いのない奴と付き合うんなら、100%外見で決めるだろう。
というか妙に不機嫌だったのは、俺のせいで友達に面倒な話題を振られていたからか。
「断っておいてくれよ」
「いや! 自分で断われ! なんで私が憎まれ役しなきゃいけないのさ」
「断るけど……」
「…………で、でも可愛いわよ。あの娘。おっぱいも大きいし」
俯きつつ自分の胸に手を当てて、そんな事をいう二虎。
もしかしてこいつ自分の胸の大きさを気にしてるのか?
巨乳とまでは言わないが、そこそこあると思うんだが……。
「別に俺は胸の大きさで女子を判断しないが……」
「男は皆そう言うのよ」
「そんなに胸がでかい娘なのか!?」
「…………学年で一番大きいかもしれない」
学年で一番大きい……あ~~う~~~ん。
俺は自分の記憶を必死に思い出す。
「もしかして
「ああー!! おっぱいで判断した!!」
「しょうがないだろ、あのデカさなんだから!!」
それはもうとにかくデカい。Gカップぐらいあると言われても過言ではない。
たまに下品な友達が、あのおっぱいすげぇよな……揉みしだきてぇ……。
……と劣情の視線を送っているのをよく覚えていた。
「……そー、宇於崎さん。どうする? 付き合うの?」
「遠慮しとくよ。バイトで忙しいし」
「昨日始めたばっかでしょうが……!!」
べしべし、と肩を叩いてくる二虎。まぁ、たしかに宇於崎さんは美人だ。おっぱいもデカいし、性格も詳しくは知らないがかなり清楚なタイプだったと思う。俺が付き合うと言ったっておかしくない、と判断したのだろう。だから機嫌が悪かったのかは知らんが。
「あのおっぱいを自由にできるのよ。私なら受けちゃうね」
「おっぱい星人め」
「母性に飢えてるだけよ」
俺達はいったい何の話をしているんだ……。
お客さんに聞かれたらクレームものだな、と思っていたら。
チリンチリンと玄関が開く音がした。
「あれ、ご主人様。ここで働いてたんですか」
それは白石だった。
なにか買うものがあったのか、しっかりと買い物袋を持ってきている。
あいも変わらずクラシカルなメイド服。いったいどっちが従業員かわかったもんじゃない。
「あれ、白石さん。」
「こんにちは二虎ちゃん…………なるほど、ご主人様」
「なんだよ」
「二虎ちゃんがここで働いているから、バイトするだなんて言い出したんですね」
二虎が白石を見て、顔を綻ばせる。
白石もいつもの鉄面皮を止めて、笑顔になるが……次の瞬間、俺にクールな表情を向けてきた。
「一面では間違っていない。ていうか何の用だよ、白石」
「ここには珈琲豆を買いに来たんですよ。焙煎したのを売っていますから」
「ああ、ウチのお得意さんなんだ。今用意するから待っててね」
聞いていたのか、どこからともなく茶山さんが現れてそう言う。
いつもはキッチンにいるのに……丸聞こえなのだろうか。
さっきのおっぱいトークも丸聞こえだったのかもしれない。
「ありがとうございます。では待たせていただきますね」
と言って、席にどっしりと構える白石。
同じようなメイド服だから、従業員がひとりサボっているように見える。
…………もしかして白石のメイド服、ここと同じところで作ったんだろうか。
「しかしご主人様。昨夜も言いましたが鬼灯家の嫡男とあろう者がバイトなどと……」
「白石さん、あまり鬼灯を責めないであげてください。夜帰る時とか助かってますし」
「ふぅん。まぁ、バイトもいい経験ですよね」
女に甘い女、白石。
ひょっとしたらこいつは俺よりも女好きかもしれない。
……しかしお得意さんなら、茶山さんについてなにか知ってるかもな。
後で聞くとしよう。
「っていうか、ちょっと待て。俺、珈琲なんてほとんど飲まないぞ」
「私用ですが?」
「おまえ、自分用に珈琲豆、袋単位で買ってんのかよ……」
「はい」
「給料で?」
「いえご両親から頂いている食費でですが」
…………俺の食費の一部が、白石の珈琲に消えていることがわかった。
いや、あの両親のことだから使い切れないぐらい振り込んでるだろうけどさぁ……。
そんな風に考えていると、俺と二虎を交互にジロジロと見る白石に気づいた。
「なんだよ」
「いや、ご主人様も尽くすタイプだなぁ、と思いまして」
「なんのこったよ」
…………付き合ってもいない幼馴染のためにバイトをしている時点で、まぁそうかもしれない。
しかし最近世の中は物騒だしな。それにこのバイト、なかなか面白いなと思っているところだ。
給料が出たらゲーム機とかも欲しいし。
「はい、白石ちゃん。珈琲豆」
そう言って、珈琲豆がたっぷり入った雑嚢を渡す茶山さん。
白石はそれを受け取り、玄関口へと向かっていく。
「ではご主人様、帰りをお待ちしていますよ」
「ああ、従業員に思われるから早く帰れ」
「え~~~小春、心細ーい、ご主人様送って~~」
「どついてやろうか」
冗談なのか本気なのかわからない鉄面皮で、白石は帰っていった。
二虎と顔を見合わせる。相変わらず嵐のような女だな、と思った。
白石 小春 ……鬼灯家の家政婦。蒼銀の髪をロングにしたクラシカルなメイド。
宇於崎 ……鬼灯たちのクラスメイト。牛亜人で、Gカップ。清楚な性格をしている。
評価、コメント、感想よろしくお願いします!