スパイディのことが大大大好きなマッドサイエンティスト幼女   作:サイリウム

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(本日2話連続投稿です、此方1話目になります。)


10:逢引

 

『……覚悟決めないといけない奴?』

 

 

スピーカー越しに、我が夫の声を聴く。

 

あぁ、今日はなんて素晴らしい日なのだろう!

 

画面越しとはいえ夫の全てを視界に納め、その趣味の手助けをすることで信用を深め、更にピーターが1歩踏み出そうとしてくれている。これほど喝采を上げたくなるようなことはない!

 

たしかに、私が作った料理だけを食べて。徐々にその体を“最適へと作り替えられていく”夫の姿を見るのは大変心躍るモノだったが……。

 

 

(ついに、ついにだッ!)

 

 

やろうと思えば、ナノマシンによってピーターの思考を覗くことは可能だ。

 

しかし私の『選択肢』の中に、それは入っていない。

 

なにせこの身は彼の妻であり、唯一の女なのだ。夫の意思を無視して思考盗聴など、すべきではないだろう。彼にもプライバシーというモノがある。全身を構成する細胞、その1つ1つまで詳細に記録し日々それを眺めている自身ではあるが……。踏み込み過ぎることはしない。それが、夫婦というモノだろう?

 

けれどまぁこの“天才”に掛かれば、ピーターが何を考えているのか手を取るように解るわけで。

 

 

(わかるよ、わかるよピーター! 私に外堀を埋められて、これ以上このままにしておけば駄目だと考えたのだろう!? 責任感の強い君の事だ! 君自身の中に“嫌”という感情が無い以上、より関係を進めることで『責任を果たそう』と考えたのだろう!?)

 

 

 

あぁ本当に……。

 

愛い。

 

なんて愛い男なのだろう。

 

その全身を包んでやりたい、心さえも我が物にしたい。互いの全てを交換し合って、境界線が無くなるまで溶け合ってしまいたい。あぁ、あぁ! 今ならば胎にいるこの子さえ恋に落ちてしまいそうだ!

 

 

(っと、いけない。ピーターの妻たるもの、おしとやかにしなければ。)

 

 

つい全身で彼への愛を表現してしまいそうになったが、現在ピーターは『スパイダーマン』として活動中だ。“椅子の人”としてのサポートをするためにも、余計なことをするわけには行けない。

 

正直、活動中に自身の嬌声を聞かせる。通信を通して誘惑するというプレイも一考の余地があるとは思うのだが……。それはより関係を深めた後にすべきだろう。今そんなことをすれば、確実に引かれてしまうし、彼の覚悟もご破算だ。

 

 

(しかし、奥手な彼がこれほどまで早く私との関係を進めようとしてくれるとは。)

 

 

本音を言えば、もっと遅くなると思っていた。

 

一緒に暮らしながら分析することで理解したのだが、彼はどうやら『緊急性の低い問題を後回しにする』癖がある様に見える。まぁスパイダーマンとして活動し続けて来た彼の事だ、緊急性しかない問題に囲まれ続けたが故の“職業病”みたいなものなのだろう。

 

故に私のお腹が『完全に妊婦だと解る』までは恋人関係、もしくは結婚というステップに進むのは難しいと考えていた。

 

 

(夫との共同生活のおかげか、“女の私”も常に満足してくれている。故に時間制限もなく、ゆっくりとこの生活を楽しみながら。膨らんだ胎をピーターに触らせることで『結婚を迫る』ルートに移行しようと考えていたのが……。)

 

 

我が夫は、自身の意思で決断してくれた。

 

これほど嬉しいことは無い。

 

まぁ? もちろん私としては一歩どころか十歩ほど進んでいただいても構わない。いやむしろ、今すぐにでもお互いの愛を確かめ合い永遠の誓いを交わしたいぐらいなのだが。

 

体を求められれば即座に差し出すし、そのための準備は万全。胎の子を守るためのナノマシンも常に用意している。というか恋人になれるのなら、これまで抑えざるを得なかった“肉体関係の更なる深化”が可能ってことでは?

 

……。

 

ちょっと今すぐピーターを呼び出して押し倒してベッドイ

 

 

「ッ!!! ……ふぅ。やはりナノマシンによる制御は必要だな。」

 

 

全身に軽い衝撃が走り、また暴走しかけていた女の私を止めてくれる。

 

そうなのだ。私はいつでもウェルカムだが、ピーターは身持ちの固い男。誠実で、慎重で、何事にも真剣に向き合う。そこが大変素晴らしいのだ。

 

私がそこを踏み躙り彼の尊厳を破壊することは、私が大好きな男を破壊することに他ならない。

 

 

(……ここは辛抱か。)

 

 

友人から恋人へ。

 

彼なりに順序を踏み、私の気持ちを確かめながら進もうとしてくれているのだ。こちらからすれば遅すぎて欠伸どころか、全身の疼きが止まらなくなってくるのだが……、その気持ちは尊重すべき。

 

愛する人の歩幅に合わせることも、愛情の1つなのだろう。

 

ただまぁ。やはり恋人という段階を経ずに、即結婚しても問題は無いと思えるのだが……。

 

 

(省略するか?)

 

 

恋人になって、愛を確かめ合い、結婚して、共に暮らす。

 

確かに世間一般的な順序は、こうだろう。

 

しかし既にピーターと私は同居しており、彼は認めないだろうが“恋人”のような生活を送っている。夫の食事は全て私が管理しているし、服も身だしなみも同様。仕事や趣味の活動に関しても、大いに関与している。寝室は流石に別だが、いずれ同じ寝台の上で眠りにつく予定だ。

 

このように“彼に覚悟を決めさせるため”浸食していったのは確か。故に全て作戦通りなのだが……。

 

 

(ここで“恋人”になったとしても、何も変わらない。強いて言えば浸食速度が上がるくらい。ならばもう一段ステップアップ。いやゴールインしてしまうべきだろう。)

 

 

彼が『恋人』となるため告白する場にて、こちらも告白を行う。

 

そう、結婚を申し込んでしまうのだ。

 

我が夫は初心でナードな性格をしている。それすなわち、一度付き合った相手の事はずっと忘れられないし、自然とそういうこと。『結婚』にまで行きつくと考えてくれるタイプだ。故に今でもなお、元カノであるMJの事が脳裏に過ることがあるようだが……。

 

 

(その優しさからか、口に出すことは無い。……ふふ、流石ピーター♡)

 

 

つまり、この2つに違いはない。

 

私の意思が変わることなど未来永劫訪れないし、夫の意思が折れることもあり得ない。つまりいずれステップアップすることが確定している関係であるならば、『恋人』も『結婚』も同じようなものなのだ。

 

少々夫の意見を無視してしまうことにはなるが、一度恋人になってそのままずるずると関係が続き、それ以上の進展なしってのは考えるだけで辛いものがある。夫もこの身を悪く思っていないようだし、共同生活の中で時たま胸や局部に少しだけ視線が集まることもある。“女”として見て貰えているのであれば特に問題はないだろう。

 

確かに、結婚自体が一種の社会契約であることを考えると、後ほど様々な取り決めを行うべきだろうが……。ピーターが意思を示してくれる場で、私も意志を示す。

 

うん、この方針で行くとしよう。

 

 

(さて! そうと決まれば計画の策定。そして何かしらの“介入”をするべきなのだろうが……。)

 

 

一旦思考を取りやめ、我が夫。

 

ナノマシンを使って監視中であるピーターの姿を眺めてみれば、スマホを使って色々と調べ始めているのが見て取れる。その検索履歴を共有させて見る限り……。所謂“デート”の作戦を練っているようだ。

 

良い感じのデートをして、ラストで告白の言葉を伝える。

 

ふむ、そういう感じで行くのだね?

 

 

「……ふふ♡♡♡」

 

 

とても、素晴らしい♡

 

あぁ♡ 私のピーター♡ やはり君は最高の雄♡ 確かに、貴方が頑張って考えてくれたことを私が台無しにしてしまうのは違うよね♡ 夫のメンツを守るのも、妻の役目♡ うんうん、では今回はゆっくり。そして楽しみに待たせてもらうことにするね♡

 

 

「とびっきり愛してるよ、ピーター♡♡♡♡♡」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

(……よし! 大丈夫だピーター・パーカー。頑張れ僕!)

 

 

今日は、完璧なデートをする。

 

覚悟を決め、レノラに誘いの言葉を伝えてからずっと考えてたことだ。

 

だからこそ、朝起きてから何度も何度も確認した。財布よし、スマートフォンよし、予定表よし。予約してあるレストランの時間も、映画館の上映時間も、途中で立ち寄る予定の店も全部頭に入っている。

 

ついさっき頭の中で復唱してみたが、ちゃんと全部覚えられていた。

 

……けど緊張のせいか、不安で不安で仕方がない。

 

事実、家を出る直前になってもまだ確認しないと落ち着かないというか。も、もう一回だけ確認を……

 

 

「ピーター?」

 

「ぅえ!? な、何レノラ!?!?」

 

「ふふ♡ ……いえ、さっきからずっとその紙を見ながら歩き回っていたので、気になりまして。時間はまだ大丈夫では?」

 

 

背後から声を掛けられて振り返ると、レノラの姿が。

 

どうやら今日はうんとおしゃれしている様で。見たこともないような綺麗な服に身を包み、髪も整えられている。正直、見惚れちゃいそうになるほどだ。

 

……なし崩し的に同じ家に住むようになったので解るが、彼女は普段、研究者らしい服装をしている。動きやすく汚れても良い服の上に、白衣。それがいつものレノラだ。けれどよくよく見てみればかなり細かい所まで整えられており、身だしなみにとても気を配っていたのが解っていた。

 

レノラからすれば『夫の前で手を抜くわけにはいかないでしょう?』ってことみたいなんだけど……。ま、まぁ今日は僕から告白するのだ。“夫”を“彼氏”に脳内変換して、放置しておくことにしよう。

 

とにかく、今日の彼女は明らかに気合が入っている、ってわけ。

 

 

「う、うん。そうだよね。……その、すごく似合ってるよ、レノラ。」

 

「ありがとうございます、ピーター。貴方も素敵ですよ?」

 

 

柔らかい笑みを浮かべながら、そう返してくれる彼女。

 

気恥ずかしさからつい目を逸らしてしまうが……。その過程で、今日の自分の服が視界に入る。

 

明らかに僕の収入では買えない高級品で、靴や時計も含めたら確実に僕の年収を超えるであろうもの。正直一生関わることが無いと思っていたレベルのオシャレ着だ。……うん。まぁレノラにもバレてると思うんだけど、借りものなんだよね。

 

 

(サイズもデザインも完璧だけど、やり過ぎだよトニー!!!)

 

 

僕が着ているのは、かの“トニー・スターク”が僕にプレゼントしてくれたものだ。

 

昨日家に届いて、値段を調べた後に卒倒しそうになった奴。思わず電話して確認しそうになっちゃったんだけど、それよりも早くトニーから『スパイダーぼうやのデート記念ってことで取っとけ。』ってメッセージを貰った感じ。

 

まぁ彼は億万長者だからこの値段でも気にしないのかもしれないが、年収よりも高い服なんて絶対貰えない。確かにこれ以上の服を持ってないから今日は着るけど、絶対あとでお金返しに行かなきゃ! 全額返せるのいつになるか解んないけど……!

 

 

(あと、勿論お礼も。色々手伝ってもらったし。)

 

 

レノラをデートに誘うことを決めた後、色々考えて僕なりのプランを練ってみたのだが……。思い返してみれば、最初のデートプランは正直に言えばかなり酷かった。

 

近くにある安めの映画館に行って、適当に近くのカフェで食事をして、あとは公園を歩く。

 

僕自身、女性とデートした経験が豊富なわけじゃない。過去に付き合っていたMJとの関係は何も上手く行かなかったし、彼女と別れた後はずっと“スパイダーマン”が恋人のような状況だった。だからというべきか、何をすれば女性に喜んでもらえるのかなんて解るわけがない。

 

なので色々調べながら予定を考えたんだけど……、欠片も自信が無かった。

 

 

(レノラへの気持ちは、まだしっかり固まってるわけじゃない。でも僕には責任があって、彼女を良く思ってるのは事実。普段支えてくれるお礼として、デートに誘う。だからこそ失敗はしたくなかった。)

 

 

ということで昔はプレイボーイとして名を馳せていたかの人物。トニー・スタークに助けを求めたわけだ。

 

まだ彼にも正体は明かせていないんだけど、アベンジャーズとかそういうので色々と付き合いがあってね? ちょうど最近彼から近況を聞くようなメッセージが飛んで来ていたので、それの返信を兼ねて色々相談してみたんだけど……。

 

僕のデートプランを見た、トニーの一言。

 

 

『……まずは僕に相談したことを誉めてやろう。“レノラ”、だったか? どんなレディかは知らないがこんな遠足みたいなデートプランじゃ百年の恋も冷めるってやつだ。今日は特別に“マスター・トニー”が教えを授けてやるから、さっさとアベンジャーズタワーに来い。いいな?』

 

 

即座に電話してきた彼の声は、これまで聞いた中で一番呆れていた。

 

……うん、まぁちょっと色々酷いからね。学びを受けた後だから分かるけど、少なくとも『告白』する時のデートじゃない。本気度が足りない、ってやつだ。

 

そこから色々とアドバイスを受けた。プラン製作は勿論、ちょっとした振る舞いの修正まで。何故か途中から彼の奥さんであるペッパーさんや、ニューヨークにやって来てたらしいドロッセルも加わったけど、みっちりしごかれてしまった。

 

そして、服もその1つ。

 

当日に来ていく服を選ぶために、僕が持っていた服を見せたんだけど……。『絶対にやめろ。僕がえらんでやるから当日はそれを着ていけ』と言われ、こうやって送られてきた感じ。

 

 

(まぁ結果としてかなり良くなったわけだから、トニーには感謝しなくちゃね。)

 

 

ちなみにトニーに相談したことは、恥ずかしくてレノラには言えてない。

 

まぁ彼に教えを受けに行った日は“何故か”夕食の時にトニー関連の話題が上がるから、バレてる気しかしないんだけど……。彼女がわざわざ指摘してこないってことは『知らない』ということにしてくれたのだろう。

 

その優しさ? に一応感謝の視線を送っておく。

 

 

「うん? 何か?」

 

「い、いや! 何でもない! そ、そろそろ時間だし、いこうか!」

 

「えぇ、ですね。」

 

 

そう言いながら手を差し出すと、嬉しそうに握ってくれる彼女。

 

言われた通りのエスコートを何とか熟しながら、家から出る。

 

最初の目的地は、ニューヨークの中心にあるとある劇場だ。

 

 

(確か……、シェイクスピアとかだっけ? 僕はよく解らないんだけど。)

 

 

あまりそういった文化に触れたことが無かったせいか、無知で申し訳ないのだが……。なんでもかなり凄い劇場で、演じてる人たちも凄い感じらしい。

 

最初トニーも『趣味が古くないか? 今どきの子はハリウッドが良い筈だ』って感じでこの町で一番いい映画館が最初の目的地だったんだけど、ペッパーさんやドロッセルが『この子かなり文化レベル高いっぽいからこっちの方が良い』という提案から、観劇に決まった感じだ。

 

 

「にしても……、歩きで良かったの、レノラ。」

 

「えぇ勿論。確かに貴方の車に乗せてもらうのも悪くありませんが、レンタルになってしまうでしょう? こうやって密着しながらゆっくりと歩き、何も気にせず言葉を重ねる。それがいいではありませんか。」

 

「な、なら良いんだけど。」

 

「ふふ♡ では少し、観劇前の事前勉強といきましょうか。これでも“少々”嗜んでいますので。」

 

 

いつの間にか僕の腕に組み付き、というか密着し始めていたレノラが、そう返してくれる。

 

そしてその後に続く、シェイクスピアというか。今日見に行く劇の豆知識たち。ちょっと専門的すぎるので半分以上解らないんだけど……。この感じから見て、女性陣の教えにしたがったのは正解の様だ。

 

 

(実際、教養っていうか持ってる知識の差が凄いからなぁ……。)

 

 

レノラと一緒に暮らしていてわかる事として、その知識量の多さが挙げられる。勿論科学とか、ナノテクノロジーに関しては途轍もなく凄いんだけど……。“娯楽文化”に対する想いも、相当に強いのだ。

 

古い映画の話は確実に伝わるし、僕が知らない様なマニアックな作品まで完璧に収めている。彼女によると一時期暇だったから貪るように見ていた、って話だけど……。明らかに年齢に見合ってない数の知識量なのだ。それも映画だけでなく、コミックやアニメだったり、演劇やオペラなんかにも造詣が深いらしい。ペッパーさんやドロッセルが『文化的』と称したのもこの辺りが関係しているのだろう。

 

そんなことを考えながら、レノラが紡ぐ声に耳を傾けていく。

 

優しい声と、触れ合った手から感じる彼女の熱。いつの間にか今後の『告白』の事を忘れ、普段通りの心落ち着く時間が帰って来る。可能ならばこのまま何も起きず、ゆっくりとこの瞬間を楽しみたい。

 

そう、思った瞬間。

 

 

 

 

 

爆発音。

 

 

(ッ!?)

 

 

そちらに視界を向けてみれば、近くの銀行に突っ込む装甲車が。

 

大きな音と共に、壁どころか建物ごと吹き飛ばしている光景が視界に一杯に広がる。そしてその際に生じた瓦礫が、こちらに向かって飛来している。

 

そしてその先は、レノラ。

 

彼女を守るために即座に『スパイダーマン』として糸を射出しようとするが……。

 

トニーに『デートの日くらいは仕事を忘れろ。僕も忙しいが、その日くらいは“親愛なる友人”を代わってやってもいい。あぁもちろん、結果報告っていう対価は支払ってもらうが。』なんて言われて、今日は“ヒーローを休業”してしまっている。普段は服の下に着ているスーツも、ウェブシューターも。今日は無い。

 

なんとか彼女と、飛来する瓦礫。その間に体を滑り込ませることで守ろうとするが……。

 

それよりも先に、彼女が指を鳴らす。

 

 

「……今日もニューヨークは気が利きませんね。2人の大事な日だと言うのに。」

 

 

その瞬間、瓦礫に起こる“消滅”現象。

 

以前レノラが見せてくれたナノマシンと同じ光が飛来するソレに起こり、すぐに空気に溶けてしまう。全く原理は解らないが……。ナノマシンによる分解なのだろう。そして僕がこのことに付いて口を開くよりも先に、レノラが言葉を紡ぐ。

 

 

「ピーター、行くのでしょう? 何かあった時の為に“一式”持ってきていました。ナノマシンによる視認妨害も出来ますし、着替えてきては?」

 

 

そう言いながら彼女が取り出すのは、僕の装備一式。スーツと、ウェブシューターと、彼女が用意してくれたリュックサック型の『浮遊版』だ。明らかに彼女が持っていた小さい鞄。スマホしか入らない様なそれに納められるモノでは無かったんだけど……。これも多分、ナノテクノロジーなのだろう。

 

自身の思考に一旦区切りをつけ、いつものように彼女から装備を受け取ろうと体が動くが……。止まる。

 

 

「で、でもレノラ。今日は……。あぁ、いや、でも。」

 

「良いんですよピーター。さっきのように自身の身は自分で守れます。どうか貴方は、貴方としての仕事を果たしてください。それが、スパイダーマン、なのでしょう?」

 

「…………ありがとうレノラ! すぐ片づけて来る!」

 

 

彼女の言葉に深く頷き、装備達を手に取る。

 

単なる武装集団の銀行強盗であればニューヨーク市警だけでも何とかなるだろうが、さっき銀行に突っ込んだ装甲車は、ちょっとだけ特別製だった。単なる強盗じゃなくて、ニューヨークを騒がせるヴィランによる犯行。それを近くで見かけたとしても、動かないっていうのは……。少なくとも『スパイダーマン』じゃない。

 

ピーターとしての生活もあるが、親愛なる友人としての生活もある。

 

そして2つとも知っているレノラが背を押してくれたのなら、速攻で捕まえて問題解決。それが僕が出来る最低限のことだろう。

 

そう考えながら、スーツの装着完了。糸を伸ばし銀行へと突入するが……。

 

即座にセンスが反応。体を捻った瞬間、僕の視界に“黄色い粘体”が映る。

 

 

「んもぅ“トラップスター”! 今日ぐらい大人しく出来ないワケ!?」

 

「また会ったなクモ坊や! 以前の借り、数百倍にして返してやるぞ!」

 

 

巨大な接着剤を町中にばら撒いて戦う、罠使いの男。トラップスターだ。

 

高校生のころから戦ってたヴィランの1人で、最初の戦績はボロボロだったけど最近はほぼ完勝。数年前に刑務所にぶち込んでから音沙汰が無かったんだけど……。この様子を見る限り、また脱獄してきたようだ。

 

そしてどうやら、僕専用の“特別製”も持って来てくれたみたいで。

 

 

「ハハハハ! 喰らえ坊や! 以前とは違う“トラップ”に酔いしれるといい!」

 

「う~ん、もう坊やって年じゃないんだけどな……。」

 

 

叫びながら彼が射出するのは、ガトリングタイプの接着剤。どうやら粘性と瞬間結合力、ついでに射出速度も向上させた特別製の武器らしい。これで僕をねばねば祭にして、拘束しちゃおうって算段みたいだね。

 

まぁ正直、こんな犯罪するよりも先に。その接着剤を一般販売して稼いだ方が銀行強盗するより何倍も有意義だと思うんだけど……。

 

そんなことを考えながら、軽く口笛。そっちが新装備なら、こっちも新装備で行こう。

 

 

「君の接着剤は後始末がほんと大変だからね! 時間も押してるし、スマートにいこう!」

 

「何を……、ッ!」

 

 

彼が言葉を返そうとした瞬間、僕の背から幾重ものナノマシンたちが射出される。

 

彼が放つ粘着弾よりも早く“目的地”に到達したソレは、壁を形成。名前の通り『浮遊版』となり、相手の攻撃を無効化する。トラップスターも負けじと弾丸を打ち込んでくるが、こっちはレノラの特別製ナノマシンだ。さっきの瓦礫と同様に、全部溶かしてはいお終い。うんうん、便利過ぎてスパイダーマンのお仕事が無くなっちゃうね!

 

 

「……は???」

 

「凄いよね、ナノマシン。『進んだ科学は魔法と見分けがつかない』だっけ? じゃそういうことで!」

 

 

そう言いながら、ウェブを射出。一気に彼の武器を取り上げ、拘束することで事件を終わらせる。

 

時間にして……、たぶん5分も掛かってない。うん、これならレノラも許してくれるはずだ。正直ニューヨーク市警が来るまでこのまま監視しておきたいけど、そうはいかない。というわけでそこの銀行員さん! ちょっとキツメに彼のこと拘束しておいたから! 事情聴取とか色々お願いできる!? あ、大丈夫そう! なら良かった!

 

 

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