スパイディのことが大大大好きなマッドサイエンティスト幼女   作:サイリウム

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13:結婚

 

エンパイア・ステート・ビルの頂上は、思っていたよりずっと風が強かった。

 

蜘蛛糸で夜のニューヨークを飛び回り、ここへ。

 

そんな僕の隣には彼女がいて、この身体を支えにしながら夜の街を見下ろしている。普段ならばこれくらいの風は気にならないはずなんだけど……、僕よりも体の小さい彼女が傍にいるせいか。ひどく気になってしまう。そして一緒に見るこの景色すらも、全て違って見える。

 

この気持ちも、そしてこうやって二人で夜景を眺められるのも……。彼女のおかげだ。

 

 

「綺麗、ですね。」

 

「……だね。」

 

 

風に混じって届く、小さな声。

 

少しだけ気になって彼女の横顔を見るが……。口に出すのも恥ずかしいような言葉が、脳裏に過ってしまう。たぶん彼女は喜んでくれるだろうが僕が羞恥に耐えられるとは思わない。

 

こんな場所で、こんな雰囲気で。“綺麗だ”なんて言えるような人間じゃないのだ。

 

今後を考えればいずれ全て言葉にする必要が出てくるのだろうが……。

 

とりあえず今は、考えないようにする。

 

 

(にしても、何を話せばいいんだろ。)

 

 

ちょっと意識を体に向けてみれば、心臓がひどく煩くなっているのが解る。

 

これほどまでに緊張したのはおそらく初めて。スパイダーマンとしての活動の中で感じた緊張感とはまた別ベクトルのものだ。隣に彼女がいるっていう小さな安心感のおかげで『逃げたい』って感情は一切ないが……。これからの事を考えると、どうしても色々考えてしまう。

 

思考を纏める為に、眼下に広がるニューヨークの光へ。

 

無数の窓、車のライト、橋の上の光の帯。ここから見ると、何でもない平和そのもの。かけがえのない大事な街。……数時間前。この空に宇宙艦隊が浮かんでいたなんて、信じられない様な光景だ。

 

 

(……本当に、色々あった一日だった。)

 

 

朝は、ただ緊張していた。

 

これまでの感謝と、責任。それを果たすために僕は1歩踏み出そうとしていた。いくつになってもこういうのは緊張するし、彼女との関係も色々と複雑だ。友人だけど、彼女のお腹には僕たちの子がいて、正体まで知られてしまっている。そして同じ家に住んでいて……。まぁ挙げ始めたらキリがない。ともかく、彼女は僕に好意を寄せていて、僕も彼女の事は悪く思っていない。

 

だからこそ僕は彼女に告白する為に用意して、デートの為に一緒に街に繰り出した訳だが……。

 

 

(トラップスターの相手に、シニスター・シックスの相手。)

 

 

銀行強盗に、たぶん僕への逆恨みでの襲撃。

 

時と場合を考えて欲しいというのは、本当にこの事だろう。昔から僕の個人的な生活に対して彼らがちょっかいをかけてくるのはよくあることだったのだが……。本当に今日は、勘弁してほしかった。

 

レノラは確かに僕の正体を知っていて、応援してくれている存在だ。“椅子の人”としてサポートするどころか、装備の開発や修繕までしてくれる。日常生活もお世話になりまくっているような大事な人なのだ。そんな彼女とデートする時に“中断”させてしまうのは、本当に心苦しいモノがある。

 

 

(あと、『気にしてませんよ』って表情変えずに言ってくれるのがありがたくて、怖かった。)

 

 

多分彼女、微笑みながら感情溜め込むタイプだし。

 

絶対怒らせてるよな、なんて考えながらヴィラン達の対処を行った。特にシニスター・シックスとの戦いでは生きた心地がしなかったけど……。終わってみれば、レノラは無傷。僕もナノマシンのおかげで後に引くようなケガを受けることは無かった。

 

そう、その時まではまだ。“何とかなる”と思っていたのだ。

 

 

(問題だったのは、その後。)

 

 

空が暗くなり、見上げれば現れたのは巨大な宇宙艦隊。

 

街が焼かれ、悲鳴が上がり、タイム・ストーンだとか、最後の石だとか、聞き慣れない言葉が降ってくる。よくあるSFものにある人類絶滅の危機、みたいな状況に陥っていた。即座に“親愛なる友人”として何とかしなければと思ったけれど、相手が相手だ。すぐに確実な解決策なんか出てこなかったし……。そして何より、傍にいる彼女の事も守らなければいけなかった。

 

迷いしかなかったけれど、何もせずただ震えるだけという選択肢は最初からない。一人でも多くの人を助ける為に動き出そうとした瞬間……。

 

レノラの怒りが、爆発してしまった。

 

 

(表情自体は、静かではあった。けれどその胸に宿っていた感情は想像できないレベル。……本当に、止められて良かった。)

 

 

あの時の彼女は、明らかに放置してはいけない状態だった。

 

確かに表情は一切動いてなかったけど、何処から見ても憤怒の状態。その身に纏う雰囲気だけで、誰かを殺してしまえるほどに怒っていた。そして、僕に宿るスパイダーセンスが……、このまま放置すれば文字通り全てが消えてなくなると、叫んでいた。

 

ここで、どんな手段を使ったとしても、彼女を正気に戻さないといけない。

 

 

(だから……。嫌いになると、言ってしまった。)

 

 

彼女が僕に強い好意を向けているのは、大分前から解っていた。

 

だからこそ、それを利用した。彼女を止めるためにはその思考を一旦止めさせるような言葉、彼女の気を引くような強い言葉を口にする必要があった。何せレノラは、僕とは違う思想と価値観を持っている。僕の持つ思想や価値観に沿った説得では、届かない可能性が高かった。故に、違う方面からの言葉が必要だったのだ。

 

レノラは僕に合わせてはくれるが、真に同意してくれているわけでは無い。そう理解しているからこそ『嫌いになるよ』と言って一旦注意を引こうとしたのだ。

 

 

(でも、それが不味かった。)

 

 

変化は、劇的だった。

 

一瞬にして彼女の中のナニカが、粉々に吹き飛んだ。世界から音が消え、その身に纏う覇気が一瞬にして消失。そして転がり落ちる様にレノラの精神状態が悪化し、このまま放置すれば自ら命を絶ってしまいそうなレベルまで。顔色なんて青を通り越して真っ白になっていた。

 

あれは、本当に不味かった。

 

放置すれば、彼女が死んでしまう。そんなこと誰も望んでいないし、僕だって嫌だ。だからこそさっきまでの言葉を否定して、落ち込んでしまったその気持ちを元に戻す。

 

告白を前倒しにして、気持ちを伝えた。

 

まぁそれは上手く行って、すぐに元通りのレノラに戻ってくれたんだけど……。

 

 

(言葉に出来ないって、こういうのを言うんだろうね。)

 

 

レノラのナノマシンが、次々と宇宙人たちの戦艦を飲み込んでいく。

 

多分1分も経たぬうちに侵略者たちが溶かされていき、何もかも消えて無くなってしまった。そして彼女はその光景を何でもないように受け止め、デートの続きをしようと笑みを投げかけてくる。色々と声を出さずにちゃんと返答出来たのは、本当に褒めて欲しい位だった。

 

 

(確かにレノラが凄い技術者であることは知ってたよ? でも限度というか、何というか。)

 

 

僕のスーツとか、ウェブとか、色々改良してくれたわけだし、何より『浮遊板』っていう途轍もないナノマシンの装備を作ってくれたのだ。その技術力の高さは、理解していたつもりだった。だからこそシニスター・シックスとの戦いの時に見せてくれた『ナノマシンによる地形操作と防御』も何とか納得出来たわけだし。

 

でも、急にやって来た宇宙人たちを全滅させるのは、また別の話で。

 

いくら彼女がナノテクノロジーの権威だったとしても、色々問題があり過ぎる。

 

……彼女が隠し持っていた力の大きさも、そうだ。

 

 

(幸いなことに、彼女は力を意味もなく振るう様なタイプじゃない。そして彼女にとって大事なものに危害を加えられなければ、何の行動も起こさないタイプ。)

 

 

つまり受け身であり、行動決定権を他者に委ねている状態。

 

そして、喜んでいいのか解らないが……。

 

おそらく僕に。レノラはその価値観や、行動指針。そのすべてを僕に委ねている。

 

 

(『嫌い』って言葉に強く反応して、『好き』って言葉に心から喜ぶ。)

 

 

それだけ聞けば誰にでもある感情だけど、レノラの場合はソレがひどく重い。

 

つまり僕が何か間違えたり、心が闇に傾いてしまえば……。彼女も間違えてしまう。レノラも自分自身の意志を持っているが、僕を立ててくれる以上、その最終決定権はこちらに向いてしまう。……そう、あのナノマシンたちが、僕の意志によって、動いてしまう。

 

確かに、今日はやりすぎそうになっていたが、結果だけ見れば問題は起きなかった。犠牲は出てしまったが、それも最小限。敵を倒して壊れた街も彼女のナノマシンによって元通りになった。そこだけ聞けば万々歳だし、十分に正しい行いだといえるだろう。

 

けれど彼女が力を振るった理由は“僕とのデートを邪魔されたから”。

 

 

(『大いなる力には、大いなる責任が伴う』。……たぶんベンおじさんも、そういう意味で言ったんじゃないんだろうけど。)

 

 

僕が蜘蛛の力を授かった時以上に、この言葉の意味を強く意識してしまう。

 

レノラが僕のことをずっと“夫”呼びするせいか、それとも彼女のお腹の中に子供がいるせいか。僕だって『彼女との将来』の事は考えていた。だからそういう意味合いでの責任を常に考えていたんだけど……。違う意味でも、考える必要が出て来た。

 

僕が果たすべき、『責任』。

 

 

(そして、レノラの事を思うならば……。ずっと傍で。)

 

 

当時は色々と慌てていたけれど、この意志は変わらない。

 

自分に出来ることは少ないかもしれないが、それでも精一杯全力でやる。

 

デートを再開しようと腕を引っ張って来るレノラに付いて行きながら。僕はそんなことを考えていた。

 

 

(とまぁそんな感じで、デート再開。当初の予定通り劇場に向かったんだけど……。)

 

 

『す、すいません! 例の宇宙人騒ぎのせいで今日はちょっと……。』

 

『まぁそうだよね。……レノラ?』

 

『…………は???』

 

 

案の定というべきか、今日の劇は中止。

 

どうやら敵の攻撃が劇場にも直撃していたようで、どうやっても公演できるような状況では無かった。確かに建物自体はレノラのナノマシンで直していたみたいだが、小道具だったり衣装だったり、完全に失われてしまったものはどうしようもない。

 

幸いなことに役者さんたちとかは無事だったらしいんだけど、交通網がマヒしてるせいで到着すら出来てない人もいるとのこと。お客さんも来るかもわからないし、スタッフも足りていない。どう足掻いても中止にせざるを得なかったようだ。まぁ僕も内心そうだろうなぁって思ってたし、一応のダメもとで向かった感じだったんだけど……。

 

レノラからすれば、違ったようで。

 

観劇をひどく楽しみにしていた彼女は、それはもう機嫌が悪くなった。

 

流石に宇宙人がやって来た時に比べたらマシだったけど、またスパイダーセンスが『これ放置したら駄目だよ』ってわざわざ教えてくれるレベル。顔は相変わらず無表情だったけど、傍にいた劇場のスタッフさんが白目剥いて気絶するほどには、全身から怒気が見えていた。

 

ま、まぁあのサノスとかいう宇宙人のせいでぶっ壊れちゃったようなもんだしね……。

 

 

(だから急いで今日もやってる映画館を探して、そこに何とか転がり込んで。今日予約してたディナーとかも無理だったから、近くのファミリーレストラン探して何とか……、って感じ。)

 

 

 

正直、当初の予定とは全然違うダメダメな感じのデートではあったんだけど……。

 

今隣にいるレノラの気分が完全に元に戻っているのを見れば、何とか楽しんでくれたのだろう。

 

ま、どこもガラガラだったから半ば貸し切りみたいなものだったのだ。周囲の目を気にせずずっと一緒に同じことをして、ずっと一緒に言葉を交わし続ける。

 

完璧では無かったけど、悪いモノでは無かった。僕も楽しめたし、彼女も楽しんでくれた。

 

それで、食事が終わって夜の街を並んで歩いていた時。

 

 

「夜景が見たいです。綺麗なところへ……、連れて行ってくれませんか?」

 

 

彼女の事だ、僕が考えていたデートプランの事なんか全部お見通しでもおかしくないだろう。確かに彼女の言う通り、この後は綺麗な夜景が見える場所に移動して、告白するつもりだった。

 

けれど彼女がそう言いながら指差すのは、予定とは違う場所。

 

この辺りで一番高い場所。エンパイア・ステート・ビルだった。

 

そしてその天辺は……、僕たちならば、向かう事が出来る。

 

 

「勿論。」

 

 

そうして、ここへ。

 

スーツに着替え、路地裏から彼女を抱えて空を飛ぶ。思ったより彼女が軽くて驚いてしまったけれど、腕の中の彼女は、風を受けながら、本当に幸せそうな顔をしていた。そしてウェブを伝い、一番高い場所へ。

 

一番綺麗なこの街の夜景を、好きなだけ眺める事が出来る場所に。

 

 

(そして今、僕たちはここにいる。)

 

 

風が、レノラの髪を揺らしている。

 

ただ目の前の光景を楽しむように、幼子のような笑みを浮かべながら街を眺める彼女の横顔。雰囲気もあるだろうけど、何度見ても息を呑むくらい綺麗で。景色よりもその顔ばかり目を向けてしまう。そして彼女も視線に気が付いたようで……。

 

こちらにその顔を向け、笑ってくれる。

 

……言わなくちゃ。

 

昼間、あんなめちゃくちゃな場所で言ってしまった言葉を。

 

ちゃんと、もう一度。

 

 

「レノラ。」

 

「はい、ピーター。」

 

 

名前を呼ぶ声に、何故か喉が詰まってしまう。

 

一生懸命考えて用意していた台詞なんて、全部消えてなくなってしまった。……でも、今はそれでいい。事前に考えた言葉じゃ、彼女に届かない。自分が今思っていることを言葉にして、レノラに伝える。そのためにも、何とか声を絞り出す。

 

 

「……その。僕から、話していいかな。」

 

 

何も言わず、頷いてくれる彼女。

 

急かさず、ただ待ってくれている。その静けさに背中を押されて、僕は息を吸った。

 

 

「あの時はあんな場所でごめん。……だからちゃんと言わせてほしいんだ。」

 

「……はい。」

 

「僕は、君のことが好きだ。」

 

 

たった一言だが、顔が熱くなっているのが解る。

 

そして彼女の顔も、僕と同じように熱を持ち始めている。

 

今言葉にすべきなのは、普段のお礼とか、感謝とか、そういうのじゃない。もっと内面的なもので、僕が彼女に対して感じていることを、言葉にして伝える。

 

 

「一緒にいると楽しいし、安心する。君がいてくれて本当に良かったって、毎日思ってる。だから……、これからも、僕と一緒にいてほしい。付き合って、欲しいんだ。」

 

 

なんとか、最後まで言い切る。

 

脳裏で一瞬、最悪の返事が来たらどうしよう、なんて考えてしまう。でも彼女は常に僕へと好意を向けてくれているから大丈夫だ、なんて気持ちも。人の感情を勝手に決めつける様な思考に自分自身が嫌になってしまうが……。

 

彼女も、言葉を返してくれる。

 

 

「……えぇ、勿論。むしろ、断るわけがありません。私が私である限り、そして許してくれる限り。この身の居場所は、貴方の隣だけ。」

 

「…………ありがとう。」

 

 

彼女の言葉を聞き、ゆっくりと呑み込み、言葉を返す。

 

それに彼女が微笑んでくれて、僕もそれに笑みを返す。

 

たぶん一生忘れられないであろう光景が、ここに。

 

そしてそんなことを考えた瞬間……、レノラが僕の胸に飛び込んでくる。

 

 

「ふふふ♡ これで今日から合法的に抱きつけますね?」

 

「ご、合法的って……。」

 

「それに、メイおばさんにもご報告しなければ。あと勿論、“あの夜のやり直し”もさせてください。子供に関しては、ナノマシンで完全に守る事が出来ますから。た~くさん、愛を確かめ合いましょう?」

 

「……お、手柔らかにね?」

 

 

強く抱き着いてくる彼女の背に緊張のせいか震える手を回しながら、そんな言葉を返す。

 

やっぱり想像通り重い愛が垣間見えて、少し不安になってくるが……。それも、一緒に乗り越えて行けばいい。彼女は僕を尊重してくれて、言葉に耳を傾けてくれる。互いの事をしっかり考えて思い合っていけば、乗り越えられないモノなんて無い。

 

そう考え、二人で夜景を眺めようと思った時。

 

 

「ピーター?」

 

 

彼女に名前を呼ばれ、視線をそちらに向けようとした瞬間。

 

僕の足が、彼女に絡めとられてしまう。

 

姿勢が崩れ、そのまま床に。

 

押し倒されて、しまった。

 

 

「れ、レノっ!?」

 

 

あまりにも突然のことに、何もできなかった。

 

気が付けば僕の上に彼女が乗っていて、唇が重ね合わされていて。その熱と、柔らかさを、感じてしまう。思考が上手くまとまらず、声を出すことも出来ない。でも内心抵抗する必要など無いと、考えてる僕もいる。そんな混乱している僕の心なんてお構いなしに、レノラはしばらく唇を重ねた後。ようやく顔を離してくれた。

 

すぐ目の前にある彼女の表情は、初めて見るくらいに“愛”に塗れていて。その瞳の先には、僕しか映ってなくて。誰にも邪魔出来ない様な、強い決意が、籠められていた。

 

 

「ピーター♡ 結婚しましょう♡♡♡」

 

「…………え?」

 

 

思考が止まる。

 

 

「もう『恋人』なんです。こんな事しても、何もおかしくありません。そして恋人で、“子供”がもういるのなら……。『結婚』だってして良いでしょう? 私には貴方しかいません。そして貴方も私を愛してくれるのなら……、良いでしょう?」

 

 

思わず、言葉が出そうになる。

 

けれどそれよりも先に、彼女の人差し指が、僕の唇に。

 

 

「さっきのは、『恋人』のキスです。そして次は、『夫婦』のキス。……させてくれますか?」

 

「い、いや!? でも!?!?!?」

 

「ふふふ♡ ピーター?」

 

 

言葉を紡ごうとするが、また彼女に止められてしまう。

 

これまで意志の力によって抑えて来たのであろう、彼女本来の感情。そのすべてが、僕に向けられているのが解ってしまう。そして、僕の困惑も、彼女に伝わってしまったのだろう。その表情にほんの少しの不安を残しながら……。レノラが問いかけて来る。

 

 

「それに、今なら……。抵抗できますよね?」

 

 

…………ああ、そうか。

 

君は最初から、ずっと僕に対して、嘘は言ってなかったんだね。

 

レノラは僕を押し倒して、返事を待たずに結婚を迫っている。傍から見れば、とんでもなく強引な話。以前の事を考えれば、もっと悪い。けれど彼女は最後の一線で、僕に選択を委ねている。

 

拒否してもいい。僕が望まないのならここで止めることもできる。

 

彼女はそのことを、きっと誰よりも理解してくれている。

 

 

(そしてその選択をすれば、彼女を傷つけてしまうということも。)

 

 

レノラの顔は、僕の返答を待つ彼女の顔は、徐々に不安の割合が大きくなって行っている。

 

こんな顔で聞かれて、こんなにも真剣に見つめられて。それでも断るのなら、彼女はきっと僕の意思を尊重してくれるのだろう。けれど僕が彼女を傷つけたくない、悲しませたくないと知っているからこそ、『僕の口から』その言葉を言わせようとしている。

 

やっぱりというか、ちょっと性格が悪いが……。それでも、彼女の気持ちには答えるべき。

 

だから。

 

僕は彼女の頬に手を伸ばした。

 

 

「……拒否なんて、しないよ。」

 

 

僕の顔を映すその瞳が、わずかに揺れる。

 

 

「僕も君と一緒にいたい。これから先も、ずっと。だから……。結婚しよう、レノラ。」

 

 

一瞬、彼女は何も言わなかった。

 

やがて、張り詰めていた表情がゆっくりとほどけていく。いつもの笑みとは違う、心から嬉しそうな顔だった。

 

 

「はい。喜んで、ピーター。」

 

 









次回、最終話。
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