スパイディのことが大大大好きなマッドサイエンティスト幼女 作:サイリウム
人間という生き物は、実に興味深い。
自分より強い相手を前にしたとき、彼らは大抵二つの反応を示す。媚びへつらうか、あるいは虚勢を張るか。もちろん、そのどちらにも属さずただ静かに状況を観察する者もいる。
いずれ接触して来るだろうとは考えていたが……。今回の相手はどうやら、三つ目のようだ。
「こっちだ。」
武装した男が、短く告げる。
特に反抗する意義を見出せないので、素直に頷きその後に続く。
そんな自身の両脇には同じような装備をした兵士が2人、前方にも後方にも兵士がいる。『ロクソン社でおきたヒドラ関連事件』に対する“善意の市民”への扱いとしては少々過剰といったところだろう。
(確か戦略国土調停補強配備局、だったか。……『S.H.I.E.L.D.』、ね。)
我が夫スパイディの通報を受けて、彼らはすぐにあの場に到着していた。
ニューヨーク市警や、アベンジャーズ。色々な肩書は有れど、この世界を構成し維持する者たちが即座に問題解決の為に集結したのだ。自身が彼らをよく思っていないのは確かだが、そこは評価せねばならない。
そして事情聴取を行うため、この身は一時的にニューヨーク市警に保護されることになった。
まぁ、ヒドラの“被害者”のようなものなのだ。情報を持っていて、ヒドラがすぐに消しに来るかもしれない存在。警察が保護しながら事情聴取を行おうとする。これだけなら、そうおかしなことではないだろう。
我が夫が特に疑問を抱かず、送り出すのも仕方がない。
(しかし……。)
移動の為案内された車両は、明らかに“警察”のものでは無かった。
そして連れてこられた場所も、警察署ではない。
窓のない輸送車で、完全武装した人員に囲まれた状態。そのまま何度か曲がり、地下へと降り、厳重な認証を経て通過する扉。外に出されたかと思えば、待っていたのは壁や天井に設置された監視カメラ。そして、こちらを見つめる兵士たちの目。
(これはなかなか……、面白い。)
拘束はされていないが、とても“素敵な”お出迎え。
これだけでもう、自身のヒドラとの関係が露見したことはすぐに察することが出来た。そして私の為にこのあととても興味深い催し物をしてくれるということも。
確かに一瞬ヒドラの残党たちが私を始末しに来たのかと思ったが、それならばこんなまどろっこしいことはせずに鉛球をプレゼントしてくれた事だろう。
“見知った顔”もいるが、今日は単なるお披露目デー。楽しまなくては損という奴だ。すでに自身の全てはピーターに捧げているが、やはりこういった“他のイベント”を目の前に出されればお受けせねばなるまい。
(どうせ、いつでもひっくり返せるのだ。今は従順に振舞いながら、観察させてもらうことにしよう。)
ああ、でも。あまり長く拘束されるのは困る。
なにせ明日から自身はピーターの家に転がり込む予定なのだ。仕事を失い困りに困った自身を、彼に保護してもらわなければならないのだ。“椅子の人”として協力することを彼に認めさせた以上、その準備は手早く済ませる必要がある。
この素晴らしきメインディッシュの為に、前菜で時間をかけすぎるわけにはいかない。
適度に楽しみ、良い落としどころを見つけ契約を結ぶ。
そしてその後、夫の胸に飛び込む。
(ふふふ、待っててねピーター♡♡♡)
そんなことを考えているうちに、明らかに“仕掛けだらけ”の部屋に案内される。
中央に机と椅子。
一見するとそれ以外何もない殺風景な場所だが、天井の全ての隅には監視カメラがあり、簡易ながらも銃撃機能が付けられているのが解る。
そして壁の向こうには複数の人間の気配、マジックミラーか何かで此方を監視できるようにしているのだろう。
物々しいことを除けば……、随分と本格的だ。
少し、面白い。
「座れ。」
「案内どうも。」
言われた通り、椅子に腰を下ろす。
先程案内してきた兵士は扉の外に出て行ったが、反応的にそこに残って待機しているのだろう。そして“壁越し”の雰囲気も、あまり良い物ではない。
まあ、当然といえば当然。
何せ自身はヒドラに協力していたのだ。奴らに与える技術は私本来の水準からすれば最低限以下のモノだったが、彼らからすれば危険な技術を持つ敵性人物。警戒する理由はいくらでもある。
確かに自身はヒドラ施設にてハッキングを行い、自身の情報を削除。そしてそこに潜んでいたシールド職員に情報を流しある意味“利敵行為”を行ったのだが……。これで信用を得られるとは思わない。
(まぁそれも、こちらが誰か隠して渡したのだが……。この感じ、全て露見しているとみて良いだろう。ふふふ、興味深い。)
そんなことを考えていると、扉が開く。
入ってきたのは、眼帯をした黒人男性。年齢は中年から壮年といったところ。体格は良く、歩き方には訓練されたもの特有の癖が見える。そして何より、部屋に入った瞬間に空気が変わった。
顔を合わせたのはこれが初めてだが……。
「ニック・フューリーだ。……自己紹介は必要かな?」
「いいえ、よく存じてますとも。」
「結構。」
私の向かいに座りながら、言葉を紡ぐ彼。
どうやらかなり警戒しているようで。普通に座っているように見せて、いつでも銃を引き抜けるようにしているご様子。まぁたとえそれが鉛球でなくともこの身を傷つけるのは不可能なのだが……。
指摘してやるほど、私は優しくはない。
「レノラ・グリム。君のことは色々と聞いている。ヒドラの研究施設で働いていたそうだな。」
「正確にはロクソン・テクノロジーの技術顧問ですが、ね?」
「それは表向きの話だろう。我々は我々の目線で話している。ヒドラへの長年の技術提供、そしてソレを含めた君に関するすべての情報を削除した後、こちらへの情報提供。……何を考えている?」
「ふふふ。どうせある程度は掴んでいるのでしょう? この質疑に意味があるとは思えないのですが。」
軽く返してみれば、彼の眉がわずかに動く。
どうやら、このような返答は好まないらしい。まぁ彼に好かれる必要性は皆無なので、変える気は無いが。
そんなことを考えていると、彼が少し身を乗り出してくる。
「君はヒドラの構成員か?」
「いいえ。」
「なら何故彼らに協力した?」
「解りやすく言えば良い支援者だったから。」
「何が目的だ?」
「研究と資金と設備。それ以外何も無いでしょう?」
「君の“年齢”なら、それ以外の方法もあるはずだ。」
「……ふふ。そこまで抑えていますか。どうです、この体?」
そう言いながら、見せつけてやる。
現在私の体は、自作の『超人血清』の力により大人の姿を保っている。この事は長年超人血清を欲しがっていたヒドラにとって垂涎ものの技術であることは開発当時から理解していた。故に彼等には秘匿していたのだが……。
私の本来の年齢を調べ上げ、その“サイズ差”に疑問を持ち。そしてヒドラが超人血清を求めていたことから、推測したのだろう。
ただ、まだそこに確証はない。
なにせ『体を成体にする』という事象を引き起こすには、数えきれないほどのアプローチ方法がある。この超人溢れる社会においては、なおさらだ。
「はてさて、何を使ったのか。解りますか?」
「……。」
じっと黙りながら、こちらに鋭い視線を向けて来るフューリー。
その沈黙には、相手に余計なことを喋らせるための意図があるのだろう。こちらが不安になり、自分から情報を差し出すのを待っている。流石シールドの長官、なかなか手慣れていると褒めてやりたいところだが……。
そもそも、私はこの状況を楽しんでいる。
何せこの“尋問”もこの世界が私に用意した娯楽の一つ。最近は愛する夫のおかげで退屈することは無くなったが、過去に楽しんでいた“現状に近しい映像作品”と同じことを彼はしてくれるのだ。
いわばテーマパークに来たようなもの。緊張や不安など覚えるはずがない。
「……君は、自分が何をしたのか理解しているのか? ヒドラは世界を脅かす組織だ。君の技術が、どれだけの人間を傷つけたか分かっているのか?」
「それに何の意味があるので?」
技術というモノに、善悪など存在しない。
よくある話だが、包丁で殺された存在がいたとして、罪はその包丁を作った職人に有るか否か。過去の法ではまた違うのかもしれないが……。少なくとも現代法では、職人に責任はない。
というかそもそも、他者がどれだけ屍を積み重ねようがどうでもいい。私が欲するのは我が夫がその意義を果たし続けられるいわば“箱庭”で、その箱庭を維持するだけに必要な他者のみ。
流石に今の社会が滅びるのは困るが、そうならない程度の人死など、どれだけ起こっても何の問題もない。
まぁ、夫の趣味に合わないので。“今後はより控える”ようになるだろうが。
「そも、自身がヒドラに提供していた技術はほんの“欠片”です。やろうと思えば、誰にでも生み出せたもの。そこに責任を持てと言うのは……、理解できませんね。私の“年齢”を知っているのなら、なおさら。」
「……確かにな。」
深く息を吐く彼。
どうやら望む答えとは少し違うらしいが……、私は“嘘”を口にしていない。
ヒドラに忠誠を誓ったことなど一度もないし、彼らの思想を支持したこともない。彼らは便利な資金源であり、研究設備であり、私にとって都合の良い協力者だった。
そして、夫との今後の関係性に響きそうだったから、排除した。
まだまだ残党が多く残っているのでいずれ復活するだろうが……、それだけだ。
「だが、君自身の危険性はまた別の話だ。そこに年齢は関係ない。ナノマシンの制御、情報処理、兵器転用可能な研究成果。君がどこまでのことをできるのか、こちらは把握できていない。」
「でしょうね。」
「だから、協力してもらう必要がある。ヒドラについて、その研究について。どこまで君が出来るのかこちらに明かしてもらう。」
「……お断りする、といえば?」
「既にこちらは“譲歩”済みだ。君が齎してくれた利益と、その年齢に見合った、な?」
そう言うと、軽く両手を広げ今いるこの部屋を指し示す彼。
傍から見えれば何もない単なる一室だが、その周囲をシールド職員が固め、四方には監視カメラ兼銃器が配備されている。断れば即座に発砲し、制圧できるという意思表示なのだろう。
彼の事だ、それ以外の“何か”を隠し持っていたとしてもおかしくはない。
当初は先日行った『ヒドラ本拠地無料公開』の件で色々と引き出そうと思っていたが……、どうやら既に譲歩した後だったようだ。
まぁ、どう言われようと返答は既に決まっているのだが。
「では、一言。NOで。」
「拒否権があるとでも?」
「無ければこんな返答しないでしょうに。」
「ここがどこか分かっているのか?」
「シールドの施設。」
「そうだ。君が何を持っているか、何をするつもりなのかも、我々は把握していない。そんな相手を自由にするわけにはいかない。必要な情報を得るまでは、ここにいてもらおう。」
なるほど、それが目的。
最初は“お客様”として対応するが、何かしらの問題があったり、こちらが彼等の思い通りに動かないのであれば、方針を変える。拘束し何でも話したくなるように“お願い”をする。シールドという本業の者たちの拷問は少々気になるモノではあるが……。
彼等は前菜で、ピーターというメインディッシュが待っているのだ。そこまで時間をかける意味はあるまい。
そんなことを考えていると、軽く指で机を叩いた彼が、こちらに強い視線を投げかけて来る。
「レノラ・グリム。君は我々の質問に答える気があるのか。」
「いえ? 全く。」
「なら好きに喋らせてもらおう。……スパイダーマンと、どんな関係なのか。」
なるほど、そこまで調べている。
此方もナノマシンを使って色々と気をつけていたはずなのだが……。こちらの想定以上のナニカを持っているのは間違いないようだ。まぁそれが何か私にとって不利益を齎すことは無いのだが……。ミュータントか、インヒューマンか。それとも魔術的な何か。それらを用いてこちらを監視していたのは、事実なのだろう。
「彼と君には接点がある。その正体である『ピーター・パーカー』に接近し、関係を持ち、あの研究所に招いた。一体何を企んでいる。」
「なにも? 強いて言うならば、彼に嫁ぐための前準備、でしょうか。」
「……ふざけているのか?」
「心からそう思っていますが?」
そう返すと、何とも言えない表情を浮かべながら黙ってしまう彼。
信じていないのは明らかだが……。そもそもこの存在に信じてもらう必要など欠片も存在しない。愛の証明は私とピーターの間でのみ為されるもので、そこでの他者は不純物でしかない。
言ってしまえばこの世界に私と彼以外、何もいらないのだ。今生存できていることをこちらに感謝し、奉仕するべきだろう。
そんなことを考えている。再度、彼が口を開く。
「なら好都合だ。……スパイダーマンが君にとっての『弱点』になり得るなら、話は早い。」
「……へぇ」
「君の保有する技術と、ヒドラとの関係性。これらを踏まえれば、彼を『排除』するという選択肢も、我々の中では十分な検討に値する。」
その言葉が、世界を凍らせる。
今まで愉快な見世物として眺めていたこの茶番が、急激に姿を変える。
彼はきっと、私を揺さぶるための脅し文句のつもりで言ったのだろう。あるいは、本当に一つの選択肢として真面目に考えているのか。あぁ、あぁ、それは理解できるとも。相手に自身の言うことを聞かせたいのであれば、そこを刺激するだけで良いことは酷く理解できる。
けれど、今。
この存在は、何といった?
私の夫を。
ピーターを
消す?
「……Mr.フューリー。」
「なんだ。」
「今、なんと仰いましたか? もう一度、お願いできますか?」
声は変わっていないはずだ。表情も、そう崩れてはいない。
だが彼の顔に、明確な“違和感”が浮かぶ。歴戦の勘なのだろう、彼は僅かに身を引き、懐。恐らく得物へと手を伸ばすが……、止まる。
だが、もう遅い。
「状況次第では、排除という選択肢も検討に……」
「なる、ほど」
静かに、頷く。
(ふふふ。ふふふふふ……)
笑いが零れる。今までの、余裕たっぷりの、観察者のような笑いとは違う。もっと乾いた、もっと昏い笑い。
あぁピーター♡ 愛しの我が夫よ♡
貴方は私に色恋だけでなく……
怒りも教えてくれたのですね。
「では。」
もう、取り繕う必要はない。
パチンと、指を鳴らす。
次の瞬間。部屋そのものが“変質”する。
壁が、天井が、そして机や椅子が。まるで砂のように青の粒子となって崩れ落ちていく。監視カメラも、埋め込まれた銃撃機構も、例外なく。私がこの世に産み落としたナノマシンは、対象を選ばない。
意思一つで。
この施設を構成するあらゆる“モノ”を。
原子レベルまで分解する。
「身の程を知れ、下郎」
悲鳴のような怒号が響き、壁の向こうにいた職員たちが飛び出してくる。
そして無論、全ての存在がこちらに銃を構えようとする。
皆一様に引き金を引こうとするが……。彼らが動くよりも前に、銃が青の粒子となり空に溶けて行く。そしてもちろん、それ以外の装備も。驚愕に目を見開く兵士たちを見れば、手の中で消えていくこの事象が何なのか、全く理解できていないのだろう。
「……何をした。」
「ナノマシンだよ、よく知っているだろう?」
静かな彼の声に、こちらも言葉を返す。
我が夫の趣味は、皆が知るところ。しかし私は、彼ほど優しくは無い。返答次第で“すべて無かったことにする”のは……。彼も理解している様で。
「ひとつ疑問なのだが……。ナノテクノロジーを扱う相手に、全く無防備なのは如何なものか。“肉眼”で識別できるとでも?」
「……。」
フューリーの片目が、僅かに見開かれる。
ようやく理解が追いついたらしい。彼が今まで感じていた“違和感”。此方が拘束されている状況で、何故ここまで泰然としていられたのか。
その答えが、コレ。
私を中心に、ゆっくりと溶けて行く彼らの基地。誰も止めることが出来ず、ただ人だけを残して消滅していく。悲鳴や怒号が響き、こちらに『科学では説明できないナニカ』の攻撃が飛んでくるが、全て同様に溶かしていく。
「あぁ、それと。」
ゆっくりと立ち上がる。
壁も天井も崩れ落ち、既に建物自体が消滅しかけている。しかし外部から見た光景は、一切変化なし。すべての通信が私のナノマシンによって遮断され、この地は既に牢獄と化している。
けれど“囚人”たちはまだそれを理解できていないようで……。理解させるためにも、全員の鼓膜にナノマシンを張り付け、語り掛けてやる。
「一応言っておくが……、この“ナノマシン”。こんな。チンケな場所だけで済むとでも?」
「……何?」
「ニューヨーク各地。いや、既に“全世界”に同様のものを配備済みだとも。もちろん、普段は貴方たちの目に触れぬよう、大人しくしているが……。」
にっこりと、笑ってみせる。
「私が“その気”になれば。いつでも、どこでも、お前たちの大切な武器も、施設も、車両も。それこそ、世界そのものでさえ。全て砂の城のように崩れ落ちるぞ?」
「……信じるとでも?」
「その目でコレを見た直後に、その反応。……なかなか、肝が据わっているようで。」
この身を焦がすほどの怒りを昇華し、くすくすと笑いながらゆっくりと彼に近付く。
周囲の兵士たちは武器を失い、なす術もなくこちらを注視するだけ。壁の向こうにいたはずの職員たちも、それ以外のナニカも。すべてまっさらになったこの地を前に、身動きが取れていない。
そして総じてその顔に、『恐怖』が。
あぁ、これでようやくマトモな。
……いや圧倒的にこちらが優位な“交渉の場”が整えられた。
「Mr.フューリー。」
「……。」
「私は、基本的に“寛容”な人間なのだよ。多少気に食わないことがあっても、笑って流せる程度には。」
すっと、彼の目の前で立ち止まる。
「だが、私の“旦那様”に。指一本でも触れようとするならば。」
笑みを、消す。
「その時は、貴方たちの大事な世界とやらを、こちらで“消去”させてもらう。」
沈黙が、その場を支配する。
すでに主導権は此方にある。
確かに彼は何人かの優秀なヒーローを従えており、アベンジャーズなどと協力関係にある。一瞬彼が手を伸ばそうとした“ソレ”を使えば、一瞬にしてこの場に『私を制圧可能な存在』が現れることも理解している。
だが、それよりも私が“終末”を齎す方が早い。
私がただ1つ言葉を紡げば、それは起動する。聖書に書かれたイナゴのように、大地ですら食い荒らすナノマシンたちが暴走を始める。なにせ私とピーターを受け入れぬ世界に、存在価値など無いのだから。
そして彼も、その可能性を理解しているのだろう。
今ここで絶滅するか、私の言葉を受け入れるか。片目でこちらを睨みつけているが、その奥で幾重もの思考が巡っているのが見て取れる。
……やがて小さく、息を吐いた。
「いいだろう。」
「一言で済ませるつもりか?」
「……スパイダーマンには手を出さない。彼の身柄も、その周辺も、我々は一切干渉しない。」
「ふふ。結構結構。」
にっこりと、笑みを返す。
「ではこちらも約束しよう。“大人しく”しておく、と。」
「……一言か?」
彼のその言葉に、こちらが返す必要はない。
ただ、笑みを深めるだけ。
言ってしまえば、ここでの言葉はただの口約束。それまでシールドが為して来た所業を考えれば、国家同士の取り決めでさえも必要に応じて無視する様な存在だ。約束は約束でしかなく、破られる可能性は常に存在している。
だが、今はそれでいい。
彼らが愚かな行動を起こせば、こちらも手を出す口実になる。そして何度も何度も何度も何度も。“消滅”と“再構築”を繰り返してやれば……。諦めぬ者などいないだろう。もしいたとしても、作り替えてしまえばいい。
あぁもちろん、殺す様な事などしないとも。
……死んだ方が幸せだった、と思うことはあるかもしれないがね?
ふふ、これでも夫に尽くすタイプなのだよ。
「……いいだろう。それで手を打つ。」
「ふふふ。賢明な判断、感謝します。」
口調を元に戻しながら、軽く礼をしてやる。
フューリーは苦々しい顔をしながらも、それ以上は何も言わなかった。まぁ、これ以上言葉を重ねたところで、彼にできることは何もない。
さ、話し合いは終わった。後は帰るだけだ。
更地になった施設の中を、ゆっくりと歩き帰路に付く。背後からは未だ困惑した気配と強い敵意が伝わってくるが、追ってくる者はいない。当然だろう、追いかける足も、捉えるための道具すら既に彼らの手元には残っていないのだから。
(ふふ、随分と楽しい前菜だった。……少々スパイスが効き過ぎていたがね?)
さて、明日からどうするか。
ピーターの元へ転がり込むのは確定として……、まず何を話そう。彼はきっと心配しているに違いない。たとえ“事情聴取”だとしても何かなかったと気遣ってくれるのが彼だ。優しい優しい、私の夫。私だけの存在。
ならばやはり、安心させてあげなくては。
そして明日からの“同居”に向けて、色々と準備を進めよう。“椅子の人”としての手腕を見せる機会もあるだろうし、技術者としての腕を見せる機会もある。日常の中で彼の“好み”を少しずつ探り逃げ場を無くしていくのも悪くない。
焦る必要は無い。
彼が私を頼り、私の側にいることを“当然”だと思うようになるまで。
ゆっくりと、しかし着実に、外堀を埋めていけばいい。
(待っててね、ピーター♡)
唇の端を吊り上げながら、私は夜の街へと足を踏み出した。