TALES OF PRAYER【TOA×TOP×TOS】 作:nitamago
急速に形を失っていく自分の身体は、もう手足の感覚もない。
――約束、したのに。必ず帰ると。
思い出すのは彼女の言葉。あなたは消えないわ。明日も、明後日も、その先も、ずっと。待っていると彼女は言った。だから自分も、必ず帰ると誓った。
必ず、帰る。
約束を果たすまで、俺は死ねない。ここで消えてしまうわけにはいかない!
そう強く願った時――光が弾けて、そして全てが始まった。
目が覚めると風に枝葉を揺らす大きな樹が見えた。
やわらかな日差しに透ける緑の葉、風が吹き抜けてざわめく森の木々――心地の良さに自然と笑みが浮かぶ。地面に仰向けに寝転んだまま空へ手を差し伸べると、顔に影が落ち指の隙間からは光が零れた。掴むように握ってみるが、なんの感触もない。
しばし戯れるように差しこむ光を捕まえようと手を伸ばしては握る。
「……?」
空っぽの手を眺め、なぜ捕まえられないのだろうかと不思議に思った、その時。ひときわ大きく風が吹いた。ざわざわと森全体を鳴らすような強い風だった。その癖、荒っぽさのない不思議な風だ。その優しい風はなぜかひどく心を掻き乱した。心臓が早鐘を打つ。理由の分からない焦燥感が身体の底から湧き上がる。
――行かなくては。でも……何処へ? 分からない。とにかく行かなければ――
それはおよそ言葉ではない思考だった。衝動に突き動かされて起き上がり、走り出そうとする。が、足がもつれて転んでしまう。自分の身体なのに上手く動かすことが出来ない。立ち上がろうとするが重心が定まらず、すぐに地に伏してしまう。それでもなお足掻く視界に、その〝男〟は現れた。
◆ ◆ ◆
「……これはどういうことか。説明して貰えるか、世界樹の精霊……マーテル」
手首につけた鳴子をじゃらりと鳴らし、男は問う。目深に被った鍔広の帽子の下から鋭い視線が大木と、そのすぐ脇で這うようにもがいている赤毛の青年へと向けられる。吹きつける風が一瞬強くなり、すっと凪ぐ。それと同時に大木の前にふわりと女性の姿が浮かび上がった。
「クラース・F・レスター……貴方に頼みがあります」
現れた女性――世界樹の精霊は静かに口を開いた。
「彼のことか」男――クラースは大木の傍らでもがく赤毛の青年に視線を向けた。「彼は一体何者だ?」
「彼の名はルーク……遠い星より託された願い。彼は生まれてから今日までの記憶の全てを失っています。貴方には彼の記憶を取り戻す手助けをして欲しいのです」
「遠い、星?」クラースの眼光が一瞬、鋭さを増す。「託されたとはどういうことだ」
クラース達の会話が聞こえているのかいないのか、青年はただひたすら起き上がろうとしては転び、それでも前へ進もうともがいている。
「……彼はこのままでは消えてしまう。その運命を憂いた者がいたのです。どうか、彼に違う未来を、と」
精霊は瞳を閉じてその姿を揺らめかせ始める。
「託した者の名はローレライ……願った者は……、……。クラース・F・レスター、彼に十二精霊の試練を……そうすれば……」
姿が薄まるにつれ、その声もまたか細く消えていく。
「待て、まだ質問が」
クラースはそう言ったが、精霊は応えることなくその姿を消してしまう。精霊がこの世に姿を現すには大変な魔力が必要で、今のマーテルにその力がほとんどないことはクラースも十分承知している。しかし、こうも一方的に無理難題を押し付けられるとは。
「まったく……ここ数日、マナの流れが妙だと思って様子を見に来てみれば」
短く息を吐くとクラースはルークと呼ばれた赤毛の青年を振り返った。繰り返し起き上がろうとし、土と草で汚れた彼の前に片膝を突き、手を差し伸べる。すると青年は不思議そうな顔をしながら、しかし素直にクラースの手を取った。
「立てるか?」
「……ぁ?」
クラースの問い掛けにルークは首を傾げ、幼子のような声を発する。
「……立てるか、と聞いている」
嫌な予感――というよりは確信がクラースの脳裏を過ぎる。世界樹の精霊・マーテルはこう言った。彼は産まれてから今日までの記憶の全てを忘れている、と。だとすれば……。
クラースはルークの手を握り、立ち上がると力を込めて引き上げる。ルークはクラースの手を支えにふらつきながら立ち上がり、覚束ない足取りで一歩踏み出そうとして――その場で転んだ。
「……おい」
思わず世界樹を見上げ、姿の見えない精霊へ向けてクラースは叫ぶ。
「冗談じゃないぞ、マーテル。まさか歩くことも出来ないのか? 背負っていくなんて無理だぞ!」
自分とそう体格の変わらない青年を背負って、自宅のあるユークリッド村まで戻ることを考えクラースはそう訴えるが、世界樹の精霊は云でも寸でもない。風に揺れる木々の葉擦れの音が心なしか申し訳なさそうな響きを帯びている気がしたが、それだけだ。
クラースはしばし呆然と大樹を見上げていたが、やがて諦めて青年へと視線を戻す。
「……頼むから、自力で歩いてくれ」
再びルークに手を貸し、立ち上がらせる。が、次の瞬間、ルークはクラースを巻き込んで盛大にすっ転んだ。辛うじて頭部は守ったが、したたかに背中を地面に打ち付け、痛みに顔を顰める。
「難題にも程があるだろう……」
青空と揺れる木々を見ながらクラースはぼやいたが、その呟きは風に吹かれて消えていった。