TALES OF PRAYER【TOA×TOP×TOS】 作:nitamago
怪訝そうな顔のまま黙っているルークへ、クラースはもう一度問いかける。
「マーテル……世界樹の精霊を覚えているか」
私と出会った時のことだ、と続けるとルークは翠の瞳を彷徨わせしばし考えこんだ後「あの、木のおばけみたいなやつか」と言った。
「覚えてるけど、あの時はまだ言葉が分からなかったから、何を話してたのかはわかんねえ」
ルークの返事にクラースはひとつ頷いて、とりあえず座れと空いている椅子を示す。
「話せば長くなる。……順を追って話そう。まずは“木のおばけ”だが、それが世界樹の精霊マーテルだ。彼女のいうことには、ルーク、君はこの世界の人間ではないらしい」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だ。君は本来、この星の人間ではない。なにか事情があって送り込まれたらしい。マーテルはローレライより託された、と言っていた。そのローレライというのがどんな存在なのかは私には分からない。しかし、マーテルと同様の……精霊のような存在なのではないかと推測している。とにかく君は、自分の世界に帰らなければならない。失った記憶を取り戻して」
クラースの言葉にルークは目を丸くした。
「記憶……俺の記憶、戻るのか?」
自分が記憶を失くした存在であることはわかっていた。
思い出せるのはとんでもなく大きな樹の下で目覚めてから後のことだけ。ルークという名前も、この世界の理も、教えてくれたのはクラースとミラルドだ。しかし彼らが自分の父母でないのは周りの子供達を見ていればわかる。自分が異質なことは理解できたから、……いつかこういう日が来ることもどこかで覚悟をしていた──気がする。
押し黙るルークの沈んだ表情には気がつかないふりをしてクラースは続ける。
「ああ。しかし、それには十二精霊の試練を受けねばならない。十二精霊の試練はかつて私も挑戦したことがあるが、そう易しいものではない。……命を落とす危険もある」
脅すつもりはない。ただ事実だけを伝える。
「試練を終えれば記憶は戻る」
「………………」
ルークは目を伏せ、意味もなく床の木目を視線で辿った。いつまでも面倒を見て貰うわけにはいかないと薄々分かってはいた。勉強は大変だし面倒臭いし好きでもない。しかしここでの暮らしは居心地がよく好きだった。
命懸けの戦いをしてまで出て行きたいかと問われると、それは否だった。
けれど──脳裏に浮かぶのは一人の少女の姿。
切なげに自分を見つめる蒼い瞳。
帰りたい。会いたい。
彼女が誰で、自分にとってどんな存在であるのか、何一つ思い出せないのに、その姿を思い浮かべるたびどうしようもない焦燥に駆られる。
長い沈黙の末、ルークはやっと顔を上げた。そして、
「……行くよ。やる。その、十二精霊の試練ってやつ」
そう言った時にはもう迷いはなくなっていた。
「そうか……」クラースは、ふと息を漏らし、その唇に僅かに苦笑を浮かべた。「では、出発はなるべく早い方が良いな。まずはミラルドに今後の話をして……まあ私が留守にしても上手くやってくれるだろうが」
ぶつぶつと呟き始めたクラースを見てルークは目を瞬かせる。
「……クラースも行くのか?」
「当たり前だ。記憶のない人間を危ないところに一人で送り込めるか」
至極普通に、彼は頷いた。
「……俺、自分一人だけで行くのかと思った……」
「試練はルーク、お前が乗り越えねばならないものに違いない。が、そこまでの道案内くらいするさ。世界樹の精霊直々に頼まれたことでもあるしな。それに」
「それに?」
「……いや、なんでもない。とにかく、明日には発てるよう準備をしておけ。と言ってもお前の旅装はほとんどミラルドが用意しているが……出発したらおそらく、ここへはもう戻れない。心残りのないようにしろ」
わかった、と言ってルークが出ていった後、どこに隠れて聞いていたのかミラルドが顔を出した。
「素直に心配だからついていくと言えばいいのに」
「……うるさい」
幼馴染の面白がるような声音にクラースは顔を背ける。
「この半年ですっかり父親になったわね、クラース?」
「誰が父親だ。あんな大きな息子がいるような年齢じゃないぞ」
「あら、そう? わたしは母親になったような気持ちだったけど」
さらりと言われてクラースがぎょっとしたように振り返る。その様子にミラルドはいっそうおかしそうに笑って「今夜はミートパイにするわね」と言った。
◆ ◆ ◆
「…………」
上手く眠れず何度も寝返りを打ち、結局諦めて身を起こす。ベッドに腰掛け、さして広くない部屋を見回してルークを小さく溜息をついた。
机の上に並ぶ教本。出しっ放しのままのインク壷にペン。面白いからとミラルドが勧めてくれた、まだ読み掛けの小説。読み終えたら感想を聞かせてねとミラルドは言っていた。
……持って行こうか。小説も、ペンも。
荷物にはなるけれど。読み終えたら手紙を書こう。本と一緒にクラースに届けてもらおう。そう思って、机に近寄ると手を伸ばした。
「ミートパイ、美味かったなあ」
今日の晩飯は自分の好物ばかりが並んでいた。普段は人参やきのこも食べろと小言を言うクラースもうるさくは言わなかった。食事の後に渡された、左利き用の剣はベッドの脇に荷物と一緒に立て掛けてある。
小説とペンを手に取ると部屋の中をもう一度見回す。
明日旅立ったらここへ帰ることはもうない。そのことに寂しさも心細さも覚えるけれど、どうしてか迷いはなかった。
明日の朝は、きっと笑って「行ってきます」と言おう。
そうして自分の帰る旅を始めよう。
不安と期待を本と一緒に荷物に詰めて、ルークはそう思った。