深淵の墓守令嬢   作:部流

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辺境伯家の追放事情・13

 キールが前世の記憶というものを思い出し自身がいわゆる転生者だと気が付いたのは、物心がつき思考も明瞭になった三歳の頃の事だった。

 

 幼くして前世の知識を手に入れたキールは、周囲から見れば酷く敏い子供だったに違いない。

 物覚えが早く聡明、努力を惜しまず、いち早く魔力の使い方も身に着けた神童。所謂知識チートという奴である。

 

 加えて、グラヴアクト辺境伯家という王国有数の大貴族の嫡子に生まれたのはキールにとって非常に幸運だったと言えよう。

 知識を得ることへ意欲的になればなるほどそのための環境は用意され、邪魔をしてくる相手も異母姉(あね)くらい。

 

 それも悪感情によるものではなく、はつらつな姉が引き籠りがちな弟を遊びに連れまわしているといったもの。

 当キールも時折鬱陶しく感じることこそあれど、前世では縁のなかった良好な家族関係にそう悪い気はしていなかった。

 

 そんな順風満帆な幼少期がズレ始めたのは、八歳の魔力属性検査からだろうか。

 

「大変申し上げにくいのですが、キール様の魔力は既存のどの魔法属性とも適合致しませんでした」

 

 検査官がそう口にした瞬間の父の長い沈黙と、直前に類まれな資質を示した異母姉(あね)の気まずそうな表情は今でもはっきりと思い出せる。

 

 魔法の存在は前世の記憶を持つキールにとって憧れだった。

 そのために検査以前から魔力操作を鍛錬し、多くの知識を身に着けたのだから。

 

 そんな魔法が使えないと知り、流石に酷く落ち込んだものだ。

 とはいえ、だからといってそこですぐに腐った訳では無い。

 

 魔力操作は何も魔法を使うためだけの技術では無く、身体防護や武装の強化に至るまで戦いにおいて必須の技能。

 

 自身の努力は決して無駄ではない。

 これから先、必ず何らかの役に立つ筈。

 

 前世とは異なる恵まれた環境で八年を過ごしたキールにはそう思えるだけの余裕があった。

 

 それでも周囲の態度が多少変化したのも事実。

 

 招宴などで嘲笑を受けたのも一度や二度ではない。

 

 それから二年が経った、十歳の秋。

 キールはルキテナ西の壁外に広がるという流民街に興味を惹かれ、父を説得しいくつかの条件付きでその様子を見に行く許可を得た。

 

 無自覚ながらも自分より明確に下にいる人間を見て溜飲を下げよう、そんな浅ましい考えが心の何処かにあったのかもしれない。

 

 キールは前世においてスラム街、というものを見たことがある。

 あくまでテレビ画面越しにであり直接では無いが。

 

 故に流民街もそのような物だろうと、そんな風に考えていた。

 後から考えればそのテレビ越しに見たスラム街も、放送できるマシな部分だけを切り取った映像だったのだろう。

 

 悪臭漂う道に立ち並ぶ廃材と土で固められた小屋、道端に座り込んだ枯れ木のようにやせ細った人々。

 子供から大人まで誰も彼も生気はなく。

 一方でそれを蹴散らすように我が物顔で闊歩する、粗悪な装備を身に着けたゴロツキ達。

 

 その様相はキールの想像を遥かに超える地獄だった。

 

「ジルグ、これは一体……」

 

「ふむ、辺境伯領で生活するのに税を納める必要があるのはキール様もご存じですな。税という対価を払い領民は辺境伯家という秩序に庇護される。しかし、流民街はその庇護下にありません。法や道徳は存在せず暴力こそがルール、強者が弱者を虐げるのは当たり前。そういう場所なのですよ」

 

「じゃあ、ここいるのは税を払えなかった領民達だと?」

 

「いえ、税が払えないだけであれば、兵役を始めとした代替手段があります。流民街を形作るのは、辺境伯家による秩序を拒んだ犯罪者や関所を通らず領の外から侵入してきた流民、そ(・)の(・)末(・)裔(・)です」

 

 護衛役に付いてきたジルグの説明は、言外に流民街の民は領民ではないと言っているに等しい。

 キールにはその認識は到底受け入れられなかった。

 

 犯罪者がその罰を受け追放されたのであれば仕方無いかもしれない。

 しかしその末裔だという人々は、生まれ落ちた場所がたまたま流民街(ここ)であっただけで何の罪も無いはず。

 

「父様は、辺境伯家(私達)は、何でこれを放置しているんだっ」

 

 キールにとってそれは義憤を抱き正すべき間違いだった。

 

「ふむ、お若い」

 

「俺の考えが間違ってるのか?」

 

「見ず知らずの人々の苦しみにすら義憤を抱けるその正義感は、人としては正しいのやもしれませんな。しかし、失礼ながら次期当主としては失格かと。領主とは領民の生活に責任を負う者。正義感に任せ、むやみやたらと手を広げれば、本来守るべき者達すら苦しめることとなりかねません」

 

 そのジルグの説明はキールにも理解出来る。

 理解は出来るが、しかしやはり納得はいかない。

 

 城壁を挟んだすぐ隣の人々を、犯罪者や流民の子孫だから領民ではないと斬り捨てるなど。

 

「誰か…助けっ……」

 

 そんな中ですぐ側の裏道から漏れ聞こえてきたに声に、

 

「キール様うかつな行動は、」

 

 キールはジルグの制止も聞かず裏道へと飛び込んだ。

 

 そして……

 

 

————————————————————

 

 

 カツカツと階段を降りる複数の足音にふと目を覚ます。

 

「…夢、か」

 

 あの日スヴィアに流民街から連れ戻されて以降、キールは屋敷に隣接する兵舎の地下牢へ放り込まれていた。

 

 「セシリー……」

 

 冷たく固い寝台の上で体を起こし、安否の分からない友人達のことを考えギリッと歯を食い縛る。

 

 当然ながら流民街へ行くことは許されず、数日後に兵士からその結末を聞かされただけ。

 

 抵抗したシスターはその場で殺され、院長のフノブ神父も捕縛されて尋問の末に命を落としたこと。

 そして孤児院は解体され、子供達は身一つで放逐されたこと。

 

 アモルア聖会への排斥が強まる中、庇護者を失った子供達が無事でいられる可能性は限りなく低いだろう。

 

 階段を降りてきた足音はだんだん近づき、すぐに数名の兵士が牢の前で立ち止まった。

 

「キール様、時間です。これより貴方を辺境伯領から追放致します」

 

 流民街での一件を経てキールの処遇は廃嫡から、辺境伯家との絶縁と領からの追放と変わったらしい。

 

 牢の鍵が開けられ兵士達に連れ出されるキール。

 階段を上り牢舎を出て庭を抜けた屋敷の前、そこには頑丈そうな檻付きの馬車が止まっていた。

 

「奴隷や犯罪者であれば十人近くが押し込まれる護送馬車を独り占めとは、中々に贅沢者だな」

 

 そう皮肉を飛ばしたのは、屋敷から姿を現わした異母姉(スヴィア)だ。

 すぐ後ろにはいつものように護衛の女騎士(ディーナ)を侍らせている。

 

 見送りのつもりか、馬鹿にでもしに来たのか。

 大方、後者であろうとキールは大きく表情を顰めた。

 

 『無属性の落ちこぼれ』あの時スヴィアから浴びせられた罵倒が脳裏を過る。

 家族からあぁもはっきりと嘲(あざけ)られたのは、あれが初めてだった。

 

 しかし思い返せばここ数年、領軍の兵士も屋敷の使用人も自分に対して何処か冷ややかな態度であったようにも思う。

 口には出さなかっただけで、皆ずっと心の中では馬鹿にしていたのだろう。

 

「俺を笑いにでも来たのか?随分と暇なんだな」

 

 孤児院でのこと、スヴィアへの怒りは未だ完全に消え去った訳では無い。

 だが、牢の中で何度も噛み締めた自身の無力さと後悔、辺境伯家ひいては貴族社会の在り方への諦念が上回り、今ここでその怒りをぶちまける気にはならなかった。

 

「なんだ、いつもの威勢が無いな。そんなに牢生活は応えたか」

 

 そう言って僅かに口角を上げたスヴィアが、手に持っていた小袋を放り投げる。

 

 それをキャッチしたキールは、ジャラジャラとした感触からすぐその中身に察しが付いた。

 

「何のつもりだ」

 

「餞別だ。持っていくと良い」

 

「っ…手切れ金かよ」

 

 袋に入っているのは銀貨や金貨といった貨幣だろう。

 辺境伯家の財源から考えればはした金だろうが、流民街で苦しむ人を何十人も助けられるであろう金額でもある。

 

「どう捉えても構わないが、市井で生活してゆくなら先立つものは必要だろう。まぁどうしても使いたくないというのなら、お前の好きな貧しい者達への施しにでもすれば良い」

 

 腹は立つ、腹は立つが、使い方や稼ぎ方に貴賤はあれど貨幣そのものが悪い訳では無い。

 

 スヴィアの言う通り恵まれない人達を救うため使うと決め、キールは袋を懐に仕舞い込んだ。

 

「キール、一つだけ忠告しておいてやる。貴族社会から離れて生きろ。お前にそういうのは向いていない」

 

「余計なお世話だ。俺は孤児院での件、許した訳じゃない」

 

「そうか。まぁもう会うことも無いだろう。姉の最後の気遣いだと思って心に留めておけ」

 

 返答はなく、キールは振り返ることなく護送馬車へと乗り込む。

 

「スヴィア様、困ります。辺境伯閣下より、追放の際は家に関わる物品を一切持たせるなと仰せつかっておりますので」

 

「あれは私が個人で貯めたへそくりというやつだ。辺境伯家由来の金貨は一枚も混じっていない。それでも父様から何か言われたら、その時は私の責任にして構わん」

 

「はぁ、まぁであれば……」

 

 苦言を呈す護送役の兵士をスヴィアはそう言って納得させると、少し目を細めて動き出した護送馬車を一瞥。屋敷へと踵を返した。




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第一章はここまで。
第二章は執筆完了次第投稿します。
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