手からあれを出したい。〜三十年、風呂場で構え続けた男の話〜 作:やっくん。
「はぁ……疲れた」
仕事終わりの帰り道。俺は今、近所のスーパーのレジに並んでいる。
俺の前には客が一人。その客のカゴの中は商品がパンパンに入っていた。
そして稼働しているのは一人のスタッフのみ。
「……」
スタッフさん、応援呼んでくれないかな……
心の中の祈りは虚しく、スタッフは商品を一つずつスキャンしていく。
ピッ――110円。
ピッ――250円。
ピクッ。
無駄に待たされているという思いが、俺の気持ちを次第にイラつかせていく。
無言でただレジの音だけが響く空間。カゴの中身は一向に減る気配がない。
ピッ――550円。
ピッ――1100円。
ピッ――2300円。
ピキッ。
値段が上がるにつれて、俺の中の何かも比例して上がっていく。
三分後、ようやくすべての商品がレジを通過した。
「お会計、27,899円になります」
いや、どれだけ買ってんだよ……
内心ツッコみながらも、俺はようやく自分の番が来ると安堵していた。
客は財布をゆっくりと、実にゆっくりと取り出し始めた。
ピキピキッ。
商品スキャンしている間にサイフくらいは出しておいてね……
心の中で客に言葉を送る。
サイフからゆっくりと万札が出てくる。一枚……二枚……。
客はお札をゆっくりトレーに乗せていく、一枚ずつ。
続いて、千円札が一枚……二枚……さんって日が暮れるわっ!
スタッフもスマホいじっちゃってるよ。
スタッフ〜! 気持ちは分かるけど、今は仕事中ですよっ!
そして、ようやく全てのお札がトレーに置かれる。
「それでは二万八千円お預かりしま――」
客が慌てて遮った。
「すいません、細かいのありました」
ピキピキピキッ。
客は財布の中から小銭を一枚一枚、まるで宝物を選別するかのように取り出し始めた。
もうさぁ……電子マネー使おうよ。クレカでもいいからさ……
大量の小銭と紙幣がトレーに積み上がっていく。自然と乾いた笑いが漏れる。
でもやっと……やっと俺の番か……
そう思った瞬間――
「すいません、ポイントカードありました」
ピキピキピキピキッ。
客がゴソゴソとポイントカードを探し始める。
財布の内側のポケット、鞄の奥、コートの内ポケット。あらゆる場所から出てくる可能性を、俺は今、目の当たりにしている。
そして――ついに、カードが見つかった。
「あっ、それと500円の商品券もありました」
ピキピキピキピキピキッ。
「あっ、これとこれは、やっぱり買わないのでキャンセルで――」
こめかみの血管が、もう自分でもわかるくらいに脈打っていた。頭の中で何かのメーターがフルスロットルで振り切れていく。
精算が終わり、異様に長いレシートが機械から排出される。
ジッジーーーーーッ
その紙の両端はピンク色に染まっていた。
「すいません、レシート切れたみたいなんで少々お待ちいただけますか?」
……もう、無理……
気づけば俺は会計を終え、買い物袋を提げて自宅への道を歩いていた。
玄関を開け、靴を脱ぎ捨て、台所のテーブルにレジ袋を置く。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
叫んだ瞬間、体の奥から何かが弾けた。
バチバチッバチバチッ――
体中に走る電流のような感覚。髪が逆立ち、根元から色が変わっていく。
全身から赤黒い陽炎のような、それでいて確かな質量を持ったオーラが立ち上る。
テーブルの上のコップがカタカタと震えている。
鏡に映る自分の姿を見ると、そこには別人が立っていた。
「あ、これ……なったわ……」
こうして俺はスーパーサ◯ヤな人となった。