手からあれを出したい。〜三十年、風呂場で構え続けた男の話〜   作:やっくん。

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2話 トリガーとは

「お、俺はサ◯ヤ人だったのか……」

 

 思わず声に出た言葉に返事があった。

 

「いや、ちげぇからw」

 

「だ、誰だっ!?」

 

 後ろを振り向く。

 

 そこにいたのは――妖精、としか形容できない存在だった。

 

 大きさは手のひらサイズ。俺の目線の高さで宙にふわりと静止している。

 

「よォ!」

 

 背中から生えた四枚の羽は、羽ばたいている様子もないのに、その体をしっかりと空中に留めていた。

 

 黒いドレスを着ている女性。胸元と足元は大胆に露出している。

 

「ってオイッ! 聞いてんのかっ」

 

 吊り上がった目。目の周りの黒々としたアイメイク。見た目は二十歳前後、ちょっとキツめのお姉さん、といった印象。おしりが大きいのもポイントが高い。

 

「アタシのこと見えてんだろうがっ! 無視してんじゃねェ!」

 

 ……完全に俺好みに仕上がってやがる。

 

「ウケるw これ夢だ、みたいな顔してらぁw」

 

 そう、これは夢だ。うん、夢に違いない。

 

 仕事終わりのレジ待ちでキレて、そのまま寝落ちしたんだろう。

 

 ただ、妖精好きなんて属性は俺にはないんだけどな……

 

「頬でもつねってみな」

 

 心の中を見透かされたような一言。仕方ない、試してみるか。

 

 ギューーーーッ

 

 思いっきり自分の頬をつねってみた。

 

 ――いてぇ。

 

 夢じゃない、のか。まじ?

 

「アタシはディオ・ローラ。気軽にディオでいいぜぇ!」

 

 え、それはちょっと……

 

「ローラのほうがいいかも」

 

「い、いきなりそっちで呼ぶんじゃねぇっ!! テメェ常識も知らねぇのか!」

 

 いや、知らんよ、そっちの常識なんて。

 

「いきなり真名で呼ぶなんてマジ信じらんねぇ……これだから人間はよォ……」

 

「はぁ……」

 

 今、この状況を理解しようとしても頭が追いつかない。赤色の髪も、目の前の妖精も、何もかもが現実感を持たずにふわふわと漂っている。

 

「まぁ座んな。説明してやっからよォ」

 

 ローラはそう言うと、テーブルの上――ちょうどレジ袋の隣――にちょこんと降り立った。

 

「一気にマナが膨れ上がったのを感じて来てみりゃ、案の定『トリガー』が引かれてやがる」

 

「トリガーとは……」

 

「いいか、トリガーっていうのは心の中の怒りが限界を超えた瞬間に引かれるもので――」

 

「そのトリガーが引かれると?」

 

「まぁ最後まで聞けって! まずマナが一気に膨れ上がる。そして戦闘値も普段の十倍以上に跳ね上がんのよぉ! それが『トリガー』」

 

 マナ、戦闘値。十倍。急に出てきた単語の情報量に頭が混乱する。

 

 ……よくわからん……ドラゴンの玉を集める某マンガじゃあるまいし……

 

「怒りで覚醒するタイプは阿修羅タイプだな! タイプ一致の攻撃だと威力が二倍だァ!」

 

 いやポケ◯ンも混じってんじゃん。

 

「はぁ……」

 

 間の抜けた声が出た。

 

「んで、来週だ」

 

「来週……」

 

「フェアグラが開催される」

 

「……フォアグラ?」

 

「フェ・ア・グ・ラ! フェアリー・グランプリのことだァ!」

 

 そんなものは知らん。

 

「アタシら妖精が代理人を一人立てて、そいつらを戦わせる大会だ。要は最強決定戦だな」

 

「へー」

 

 俺は冷蔵庫から麦茶を出してコップに注いだ。

 

 自分の家なので当然の権利である。

 

「いや聞けよ!」

 

「聞いてるよ。で、なんで人間を代理に立てて戦争みたいなことしてんだ?」

 

「そりゃ、アタシらは人間より長生きだらよォ、娯楽に飢えてんのよォ」

 

 要は暇だから人間を戦わせて楽しもうってことか。あんまり気持ちの良い話じゃないな……

 

「そんで優勝者には賞金が出る」

 

 コップを持つ手が止まった。

 

「……いくら」

 

「けっこう出る」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「若返りのポーションも」

 

「若返りのポーション……」

 

「あと、代理人を立てた妖精のランクが一つ上がる」

 

「あ、ランク制なんだ」

 

「んで、アンタが代理人――アタシのパートナーってわけ」

 

「いや、むり」

 

「もう登録したよォ」

 

 麦茶を吹きそうになった。

 

「はっ!?」

 

「お前を見た瞬間ビビッときたの! アタシもう出場妖精だし」

 

「取り消してくれ」

 

「それこそ無理」

 

「なんで」

 

「取り消したらアタシのランクが下がるから」

 

 こいつ自分のことしか考えてねぇ。

 

「トリガーを引けるお前には、優勝できる力が――ポテンシャルがあんだよォ」

 

「え、いやなんだけど」

 

 才能とかポテンシャルとか言われるのは悪い気はしない。

 

 でも急に大会に出ろと言われても困る。妖精の暇つぶしに巻き込まれるのも、モルモットみたいに戦わされるのも気が進まない。

 

「その役目は他の人に譲ります」

 

「だ〜か〜ら〜もう登録しちゃったの。それにトリガー引けるのはアンタしかいねぇんだよ」

 

「なんでそんなことわかんだよ」

 

「アタシの特殊能力でわかんのっ! なぁ、頼むよ大将! よっ大将、男前! あんま印象に残らねぇ顔してっけど、よく見たらカッコいいな! 性格もいい!」

 

 顔が薄いのは気にしてんだよ。それに会ったばかりで性格が分かるかっ。

 

「むり」

 

「たいしょぉぉぅ……」

 

 キラキラキラ――

 

 ローラが上目遣いで仲間になって欲しそうにこちらを見ている。彼女の瞳の奥は今、百ルーメン以上で輝いている。

 

「いや、むりだか――」

 

 彼女をよく見ると目のアイメイクは汗でにじみ、羽の一枚は欠けてボロボロ、黒のドレスも砂やホコリで汚れていた。

 

 その表情の奥に切羽詰まったなにかが見える。

 

 

 

 

「はぁ…………報酬は、山分けな」

 

 手のひらサイズのローラが俺の鼻にしがみついてきた。

 

「た、たいしょ〜〜!!」

 

「大将じゃない。俺は大平大志(おおひらたいし)」

 

「た、たいし〜〜!!ってあんま変わんねぇじゃねぇかw」

 

「うっせ。あと命の危険とかあるなら――」

 

「わーってるわーってる、怪我しても魔法で治してやっから、ケヒャヒャ!」

 

 う〜ん、決断早まったか……

 

「あと離れろ、お前少し汗くさいぞ」

 

「は、はぁ!? 妖精は汗かかねぇんだよォ!」

 

 そう言いながら、片手を上げてワキの辺りをクンクンし始める。

 

「めっちゃ気にしてんじゃん」

 

「おまえ、マジでデカシリーがないヤツだな」

 

「そりゃお前だ」

 

 いろんな意味で。

 

「あとデリカシー、な」

 

 こうして、この日を境に俺の生活が一変した。

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