手からあれを出したい。〜三十年、風呂場で構え続けた男の話〜 作:やっくん。
「お、俺はサ◯ヤ人だったのか……」
思わず声に出た言葉に返事があった。
「いや、ちげぇからw」
「だ、誰だっ!?」
後ろを振り向く。
そこにいたのは――妖精、としか形容できない存在だった。
大きさは手のひらサイズ。俺の目線の高さで宙にふわりと静止している。
「よォ!」
背中から生えた四枚の羽は、羽ばたいている様子もないのに、その体をしっかりと空中に留めていた。
黒いドレスを着ている女性。胸元と足元は大胆に露出している。
「ってオイッ! 聞いてんのかっ」
吊り上がった目。目の周りの黒々としたアイメイク。見た目は二十歳前後、ちょっとキツめのお姉さん、といった印象。おしりが大きいのもポイントが高い。
「アタシのこと見えてんだろうがっ! 無視してんじゃねェ!」
……完全に俺好みに仕上がってやがる。
「ウケるw これ夢だ、みたいな顔してらぁw」
そう、これは夢だ。うん、夢に違いない。
仕事終わりのレジ待ちでキレて、そのまま寝落ちしたんだろう。
ただ、妖精好きなんて属性は俺にはないんだけどな……
「頬でもつねってみな」
心の中を見透かされたような一言。仕方ない、試してみるか。
ギューーーーッ
思いっきり自分の頬をつねってみた。
――いてぇ。
夢じゃない、のか。まじ?
「アタシはディオ・ローラ。気軽にディオでいいぜぇ!」
え、それはちょっと……
「ローラのほうがいいかも」
「い、いきなりそっちで呼ぶんじゃねぇっ!! テメェ常識も知らねぇのか!」
いや、知らんよ、そっちの常識なんて。
「いきなり真名で呼ぶなんてマジ信じらんねぇ……これだから人間はよォ……」
「はぁ……」
今、この状況を理解しようとしても頭が追いつかない。赤色の髪も、目の前の妖精も、何もかもが現実感を持たずにふわふわと漂っている。
「まぁ座んな。説明してやっからよォ」
ローラはそう言うと、テーブルの上――ちょうどレジ袋の隣――にちょこんと降り立った。
「一気にマナが膨れ上がったのを感じて来てみりゃ、案の定『トリガー』が引かれてやがる」
「トリガーとは……」
「いいか、トリガーっていうのは心の中の怒りが限界を超えた瞬間に引かれるもので――」
「そのトリガーが引かれると?」
「まぁ最後まで聞けって! まずマナが一気に膨れ上がる。そして戦闘値も普段の十倍以上に跳ね上がんのよぉ! それが『トリガー』」
マナ、戦闘値。十倍。急に出てきた単語の情報量に頭が混乱する。
……よくわからん……ドラゴンの玉を集める某マンガじゃあるまいし……
「怒りで覚醒するタイプは阿修羅タイプだな! タイプ一致の攻撃だと威力が二倍だァ!」
いやポケ◯ンも混じってんじゃん。
「はぁ……」
間の抜けた声が出た。
「んで、来週だ」
「来週……」
「フェアグラが開催される」
「……フォアグラ?」
「フェ・ア・グ・ラ! フェアリー・グランプリのことだァ!」
そんなものは知らん。
「アタシら妖精が代理人を一人立てて、そいつらを戦わせる大会だ。要は最強決定戦だな」
「へー」
俺は冷蔵庫から麦茶を出してコップに注いだ。
自分の家なので当然の権利である。
「いや聞けよ!」
「聞いてるよ。で、なんで人間を代理に立てて戦争みたいなことしてんだ?」
「そりゃ、アタシらは人間より長生きだらよォ、娯楽に飢えてんのよォ」
要は暇だから人間を戦わせて楽しもうってことか。あんまり気持ちの良い話じゃないな……
「そんで優勝者には賞金が出る」
コップを持つ手が止まった。
「……いくら」
「けっこう出る」
「ふーん、そうなんだ」
「若返りのポーションも」
「若返りのポーション……」
「あと、代理人を立てた妖精のランクが一つ上がる」
「あ、ランク制なんだ」
「んで、アンタが代理人――アタシのパートナーってわけ」
「いや、むり」
「もう登録したよォ」
麦茶を吹きそうになった。
「はっ!?」
「お前を見た瞬間ビビッときたの! アタシもう出場妖精だし」
「取り消してくれ」
「それこそ無理」
「なんで」
「取り消したらアタシのランクが下がるから」
こいつ自分のことしか考えてねぇ。
「トリガーを引けるお前には、優勝できる力が――ポテンシャルがあんだよォ」
「え、いやなんだけど」
才能とかポテンシャルとか言われるのは悪い気はしない。
でも急に大会に出ろと言われても困る。妖精の暇つぶしに巻き込まれるのも、モルモットみたいに戦わされるのも気が進まない。
「その役目は他の人に譲ります」
「だ〜か〜ら〜もう登録しちゃったの。それにトリガー引けるのはアンタしかいねぇんだよ」
「なんでそんなことわかんだよ」
「アタシの特殊能力でわかんのっ! なぁ、頼むよ大将! よっ大将、男前! あんま印象に残らねぇ顔してっけど、よく見たらカッコいいな! 性格もいい!」
顔が薄いのは気にしてんだよ。それに会ったばかりで性格が分かるかっ。
「むり」
「たいしょぉぉぅ……」
キラキラキラ――
ローラが上目遣いで仲間になって欲しそうにこちらを見ている。彼女の瞳の奥は今、百ルーメン以上で輝いている。
「いや、むりだか――」
彼女をよく見ると目のアイメイクは汗でにじみ、羽の一枚は欠けてボロボロ、黒のドレスも砂やホコリで汚れていた。
その表情の奥に切羽詰まったなにかが見える。
「はぁ…………報酬は、山分けな」
手のひらサイズのローラが俺の鼻にしがみついてきた。
「た、たいしょ〜〜!!」
「大将じゃない。俺は大平大志(おおひらたいし)」
「た、たいし〜〜!!ってあんま変わんねぇじゃねぇかw」
「うっせ。あと命の危険とかあるなら――」
「わーってるわーってる、怪我しても魔法で治してやっから、ケヒャヒャ!」
う〜ん、決断早まったか……
「あと離れろ、お前少し汗くさいぞ」
「は、はぁ!? 妖精は汗かかねぇんだよォ!」
そう言いながら、片手を上げてワキの辺りをクンクンし始める。
「めっちゃ気にしてんじゃん」
「おまえ、マジでデカシリーがないヤツだな」
「そりゃお前だ」
いろんな意味で。
「あとデリカシー、な」
こうして、この日を境に俺の生活が一変した。