細いグネグネとした山道を、黒いセダンが駆けてゆく。
車内では誰の話し声も聞こえない。
山田はナビを見ながら運転をしている。
百合は漠然と外に目をやっている。
夕霧は、だらしなくシートに背を預けながら悶々としていた。
──どうやってマサに愛を打ち明けよう。
今から陰陽寮直々の依頼が始まろうとしているのにも関わらず、夕霧は心ここにあらずであった。たまに体を揺らす振動だけが今自分がどこにいるかを思い出させてくれる。
夕霧は生来の体の弱さから、寿命があと二年ほどしかない。
もちろんこれはただの宣告で、これより短くなることも、長くなることもある。しかし、長く生きられないのも確かであった。この余命宣告を聞いたとき、夕霧は「そうか」としか思わなかった。
自分が他の人間より長く生きられないのは知っていたし、日に日に体が弱っていくのも感じていた。幼い頃から体が弱く、ここ数年学校に通えるくらいまで調子がよかったのが奇跡のようなものだ。
夕霧はこの世に未練はほとんどない。
自身の家、才能、病弱によって幼い頃からずっと家に押し込めらていて、この世を憎んですらいたし、そんな自分に対して何もしてくれなかった両親が自分のおかげで出世するのはクソほど気分が悪い。だから死のうが生きようが心底どうでもよかった。
ただ、そんな夕霧にも二年の間にやっておかなければならないことが一つだけある。
それはアキマサとの子をなすことだ。
その理由は二つあって、一つはお家断然阻止のため。
これは名目上だ。こう言っておくと、家のバックアップが全面的に得られる。
もう一つは何か一つでも自分の生きた証を残したいという事だ。
子は呪いだ。陰陽道や呪術における呪いではない。家族としての呪いだ。死後もなお、自分の存在を忘れられないための、最愛の人物の心に傷をつけるための呪いだ。
自分の死んだ後のことはすべて百合がやってくれる。そう約束した。マサアキのことは好きにしていいから、子供の面倒だけは見てくれと、そうお願いし、彼女は了承してくれた。
だからそれを達成すれば、いつ死んでもいいわけだ。
だからあとはやることをやるだけなのだ。
強引にでも、事情を話して同情を誘うでも、とにかく当たるまでセックスをすればいい。目的ははっきりしているし、ゴールだって明確で、それに至る道程だって見えている。
しかし、そう決心してから一年がたった今でも夕霧がマサアキを誘えないでいる理由は単純で、彼女もまた思春期の乙女であったからだ。
「…………はぁ」
だからこうしてため息が止まらない。
もし断られたら? もし嫌われたら? もう今後一生口を利かないと言われたら?
いやそれよりも残酷なのは、マサアキがただの善意だけで、それこそ一片の愛もなく行為に応じてくれることだ。折角若い身空、滾る情欲、破瓜、ロマンチックで愛に溢れたセックスをしたい、してみたい。夕霧はそう考えていた。
明日の放課後、茶会に誘ってはみた。
ただ自分の点てたお茶を飲んでほしいのもあるが、ここ最近二人だけで過ごす時間もなかった。今回百合は用事があるとかで参加しない。だからチャンスなのだ。ここで決めたい。ここで言いたい。何をするにせよ、行動せねば始まらない。それは分かってはいる。分かってはいるのだ。
「そろそろ着きますよ。任務の内容の再確認をしておいてください」
運転席に座る山田から声がかかる。全くそれどころではないが、夕霧は一応資料を確認しておくことにした。その前に夕霧はカーナビに付いた時計を確認する。
『九月四日 火曜日 二十時三十九分』
すでに車は二時間以上も走っていた。──この夜更かしのせいで肌が荒れたらどうしてくれる!
『すでに廃校になり現在では心霊スポットとして地元で有名な中学校にてカップルが死体となって発見された。強い怨念のせいで、二人の魂が交じり合い怨霊化。これを払いに民間の除霊師が派遣されたが、返り討ちにあい、死後の呪いが発生。怨念と混じり、近隣に被害を及ぼすようになる。陰陽寮の見霊士による鑑定では、現藤沼家当主が適任と判断された。被害が広域に及ぶ前に、直ちに祓われたし』
お願いする立場なのになぜこうも偉そうなのか。そんな不満を隠そうともせず夕霧は資料を山田に突っ返した。──早く終わらそう。
百合と夕霧が車を降りる。
百合はいつものメイド服だが、夕霧は着物の上から浄衣を羽織っていた。
その手には錫杖鈴。浄衣は浄化と祈りが込められた特別な布で作られており、簡単な呪なら防ぐことができる。錫杖鈴の凛とした鈴の音は、低級霊程度なら寄せ付けない効果があり、まあクマよけの鈴みたいなものだ。
この二つは、夕霧の実力からすると一切不要の代物であったが、念のためにと両親が持たせた。
これが愛ではないことを、夕霧は知っている。
ただ、自分に死なれたら困るだけなのだ。娘の能力すら正確に把握できないボンクラに、夕霧は辟易していたが、百合と山田の前なので形だけは身に着けている。
「お二人ともお気をつけて。私は車ごと結界を張って、ここでお待ちしておきます。二時間ほどでよろしいですか?」
夕霧は気を研ぎ澄ませ、遠見によって学校全体を俯瞰した。
「この分だと長くとも一時間あれば片が付く。私は早く帰りたいから間違えないで。百合、あなたはどうする?」
「もちろんお供します。それが私の仕事ですから」
「……そう。じゃあ行こうか」
「はい」
そうして二人はツタが絡んだ校門の隙間から、校内へと入っていった。
辺りは全くの暗闇。
百合は夕霧の数歩後ろから懐中電灯で行く先を照らしている。歩くたび、錫杖鈴がしゃんしゃんと軽快に音を立て、それだけで一種の儀式のようだった。
中学校は荒れていた。
ガラスと言うガラスはすべて割れており、壁のあちこちには品のない落書きがされている。
廃校になってからしばらく経って、心霊スポットと化し、不良たちのたまり場となっていたのだろう。それを示すように、たばこの吸い殻が所々固まって捨てられていた。
中央玄関を抜け、中庭に出たあたりでピシと音が鳴る。
夕霧が音が鳴った方に目を向けると、暗闇の中に光る目があった。それも多数。低級の
「百合」
「はい」
夕霧が差した方向に、盾になるように百合が立つ。百合は怨霊を見ることはできない。もちろん祓うことも。
しかし、百合は
体の丈夫でない夕霧に祓刀や呪具を扱うのは難しい、体術なんてもってのほかだ。だから接近戦、物理的な攻撃には弱いわけで。
もちろん式神を呼び出せばその限りではないが、あれらを扱うには代償が必要となる。低級の隠程度にそんなことはしたくないので、普段はこうして百合が傍についているわけだ。
隠共が悪戯か、侵入者を排除するためか、石を投げてくる。
その礫は百合の前方四メートルほどのところで急に停止した。空中に静止している。百合が軽く手を動かすと、石は急加速して持ち主のもとに帰っていった。小さいうめき声がいくつか連なって聞こえた。
「祓います?」
「いや、いいや。大元祓ったら、あんな雑魚すぐいなくなるし。だから早く行こう。体育館の裏に気配がある」
「わかりました」
「百合も明日早いでしょ? 早く終わらそう。……そういえば明日の朝ごはんは?」
「明日は和風に。お味噌汁と鮭です」
体育館裏、大きな欅の下には、男女のどす黒い死体が横たわっていた。二人は手をつないでおり、末端は炭化していた。──ああ、焼身自殺か。
「夕霧様」
百合が鼻をつまみながら校舎の方を指さしている。
そこには「スーツを着た男が壁にもたれかかっていた。
眼孔に蛆が湧いており、下半身はなく、皮膚は乾燥していて、半ばミイラ化している。──この男が
夕霧は思わず舌打ちをした。
「いますか?」
「いや、ここには──」
いない、と言おうとしたその時だった。
山の方からものすごい勢いでこちらに近づいてくる気配がある。夕霧は錫杖鈴を捨て、懐から呪符を取り出し、呪を唱える。その発音は基本的にはサンスクリット語であるが、中国語、日本語の響きも混ざっていた。低く唸るような夕霧の声が、あたりに反響しリフレインされる。
空中に梵字が輝くように現れ、魔を退ける結界が顕現した。
藤沼が扱う陰陽術は異端である。
魔を祓う術は世界各地にあるが、藤沼家は時代の流れと共に使えるものは貪欲に取り込んできた。そのせいで京都の陰陽寮派には目の敵にされているが、実戦には誰よりも長けていた。齢十七にして、その藤沼の当主である天才、それが夕霧である。
「百合下がってて」
百合は何も聞かずに身を隠せる場所まで走る。
その姿を見届け終える前に夕霧はいくつかの呪符を取り出し、構え、山の方を睨んだ。
ドォンと大きな音が聞こえ、刹那の後に結界の上をペタペタと這いまわる音が聞こえてきた。
──結界を破れていない。
夕霧が再び呪を唱えると、手にしていた呪符のいくつかが焼け消える。
夕霧の後ろの空間が縦に裂け、這い出るように
虎の牙を持った険のある人の顔、薄汚れたヤギの体、そして曲った角を生やした化け物。それが饕餮。夕霧が調伏した式神である。
饕餮は片足で地面をかき、ぶるると頭を震わせた。
夕霧が結界を解くと、上からべしゃりと落ちてくるものがあった。
それは五本の腕を器用に使ってのそりと起き上がると、瘴気を吐いて夕霧を舐めるように睨んだ。
男女の顔が向かい合うように溶けており、そのアシンメトリーな髪の毛は真っ赤に燃えている。首から下は男女の体が巻き付くように螺旋を描いていて、生前の二人の愛がよくわかる。
その螺旋から不揃いな手足がいくつも生えており、昆虫のようであった。怨霊が吠える。その声には怨嗟が含まれており、夕霧の後ろの欅が末端から黒ずみ、枯れていった。
夕霧が残った呪符を空に放り投げ、呪いを唱えると、呪符は三羽の烏に変化する。
その烏たちは夕霧を中心に円を描くように飛びまわった。夕霧が怨霊を指さす。饕餮が待ってましたとばかりに喉笛に噛みつきに行った。矢のような速度の饕餮に怨霊は反応できない。饕餮が人の小さな口を頬まで裂けさせ、首筋をひねり上げるように噛みつき、地面に組み伏せる。
怨霊は不揃いな手足を使って、抵抗するが、饕餮は離さない。ぶちぶちと噛み千切る。ぐちゃぐちゃと音を立て、かみ砕き、喰らっている。その様子はまるで、生きたまま腸を食らうハイエナのようであった。
やがてしばらくすると、怨霊はその歪な体を反射でピクピクさせるだけになり、あれだけ燃え盛っていた髪も、弱火となっていった。
「しょうもない」夕霧は呆れたように呟く。
簡単な仕事だ。
こんな楽に、汗一つかかずに終わる仕事なら、自分でなくてもよかった。夕霧が溜息を吐きながら踵を返すと、周りを飛んでいた烏のうち一羽がぎゃと声を上げ、破裂した。──攻撃。
嗅覚で呪の方向を辿ると、法師の男の方だ。男は千切れた胴から黒い靄を排出しており、びくびくと震えている。口からは大量の紙を吐き出しており、それは先ほどの形代だった。
──交ざっていなかったのか!
きっと死後の呪いが意思を持ち、カップルの怨霊を調伏したのだ。
実際のところは分からないが、夕霧は一旦そう結論付け、饕餮を呼び戻そうとするが反応がない。振り返ると、渦巻くように炎が空に柱を立てていた。饕餮がその炎に呑まれている。先ほどのカップルの怨霊が法師の男の術によって炎が強調させられ、それその物の呪に変化していた。
夕霧が舌打ちをしながら再び向き直ると、男は黒い靄で足を形成しており、立ち上がっている。その体に形代がまとわりつき、一つの大きな
大麻の中から光が迸り、残っていた二匹の烏を破裂させる。
遅れて聞こえてきた振動と音の中には、九字護身法の響きが含まれていた。夕霧がさらに顔をしかめる。
臨兵闘者皆陣列在前の響き、九字護身法は魔を祓う。
式神とは呪、つまり契約によって縛られた魔である。だから上等で正統な九字護身法は、式神使いの夕霧によって非常に厄介であった。
炎は蛇のように、細長い体をくねらせ、男を取り囲んだ。
男が印を結ぶと、炎は槍のように亜音速で夕霧を貫こうとする。夕霧は浄衣を脱ぎ、呪を唱えながら、炎に向かって翻す。すると炎は、あちこちに散らばり、霧散した。が、細かい火の粉が集まり、再び蛇のような形を取って夕霧に襲い掛かる。それを浄衣を振って霧散させるが、また集まっていく。──キリがない。
夕霧は考える。式神はだめだ。呪符も残り少なく、結界術も攻めには意味がない。百合は現象を観測することができる、しかし実(真と言い換えてもいい)を見ることはできない。それに祓えない。ただ少しモノを動かすことができるだけだ。
夕霧は辺りを見渡した。廃墟、山、森、川、田。他には、先ほど邪魔になって投げ捨てた、錫杖鈴が転がっている。
夕霧は浄衣を振り回しながらさらに思考を進めた。
この学校は廃校になっている。つまり人が少ない。そしてここら辺の山は陰樹林。先ほど車に乗っているときに見た森の感じだと数十年、人の手が入っていないように見えた。
そういう場所には神性が宿る。田があり、川があるなら水が豊富にある。夕霧は解決法を思いついたが、その顔には不満が滲んでいる。
夕霧にも一応陰陽師としての矜持があった。仮にも魔を統べ、魔と調和することを生業としている陰陽師が神頼みとはいかがなものをと思ったが、仕方がない。背に腹は代えられない。夕霧は深く息を吐き、精神を落ち着かせた。
炎が再びやってくる。
今度は一直線でなく、四方八方から夕霧を取り囲むように。夕霧は簡易的な結界術でこれを防いだ。
「百合! 鈴!」
そう言って夕霧が手を伸ばすと、すぐさま引き寄せられるように錫杖鈴が飛んできた。
夕霧はこれから即興の神事を行う。
目をつむり、足でステップを踏んで、祝詞を上げた。
最低限だけ体裁を整えた神楽である。
まずは神に呼びかける、高天の原にではない、今すぐ傍にいるであろう神にだ。鈴がシャンとなる。
次に目的、手段を恭しく、回りくどく伝え、その存在するであろう神を褒める。あなたにしかできない、あなたならやってくれるはず、そう言った含意。
その後、信仰と祈りを捧げ、報酬を提示する。これは公式の神事でなく、言ってしまえば個人契約なので、踏み倒してもいい。だから適当にこの地に社を立て、末代まで祈りをささげると言っておく。
すると、あたりに清浄な気が満ちてきて、淡く緑に光始めた。
どうやら答えてくれるらしい。夕霧は占めたと思い、その神の名を叫んだ。
「
遠くの山の方から、何かが打ち上げられた。
それは一度上空まで上がり、その後にこちらに向かってくる。ミサイルのような軌道。それは水の塊で、蛇のように細長い。妖でも神でも同じような姿なのかと、夕霧は呆れる。
蛟は大質量で炎と男にぶつかり、それ自体が清水であったので、瞬く間に祓ってしまった。辺りを水浸しにして。夕霧はびしょびしょになった着物の裾を持ち上げながら、力を借りた神に心にもない感謝の祈りをささげる。
「終わりました? なんかめちゃくちゃ濡れたんですけど」
校舎の影から、メイド服を肌にぴたりと張りつけた百合が出てきた。体のラインがもろに出ていてエロい。
「ごめん。でも、私も濡れたから」
「あれ、あの二人が今回の怨霊の正体ですか?」
百合が黒ずんだ二人の死体を指さしながら言う。
その顔には、わずかに悲哀と懐古が宿っているように見えた。
「そうだけど、なに? 何か気になる?」
「……いえ、別に」
「まあいいや。百合すこしどいて。楔を打ち込む」
「はい。……あ、これ」
百合が拾ったそれは遺書だった。
夕霧は五寸釘を男女の頭に打ち込むと、薄汚れた遺書を受け取った。
『私たちは精一杯生きました。二人で、誰の力も借りずに。でも無理でした。社会ってのは冷たく、私たちを受け入れてくれることはありませんでした。だから死にます。二人で死にます。来世ではちゃんと学校に通えるように願いながら。だからこの死体を見つけても放って置いてください。静かに眠らせてください』
はた迷惑な話だ。
結局未練があったので怨霊になっているわけで、自己満足にすらなっていない。普段なら、冷静にそう判断し一笑に付す夕霧であったが、今回は心が乱されてしまった。
彼らの感情を考える。想像する。焼身自殺なのだ。自殺ならばもっと楽な方法がある。それなのに最も苦しいと言われている死に方を選んだ。それはどれだけの勇気だったのだろうか、どれだけの絆があったのだろうか、どれだけの愛があったのだろうか。
夕霧は二人が羨ましくなってしまった。夕霧はあと二年で死ぬ。
本音を言うとアキマサのことを誰にも渡したくない。自分の死後、アキマサが百合と生きるのも嫌だ。自分と一緒に死んでほしい。いや、もっと言うと自分の後を追って死んでほしい。しかし、アキマサには幸せにもなって欲しい。だから折衷案なのだ。二人の子供をなし、あとは百合に託す。
夕霧は拳を堅く握り、未だ焼身死体に目を向けている百合に強く宣言した。
「私、明日、アキに告白する」
背水の陣を敷いたのである。
◇
翌日、夕霧は自室に帰ってくるなり、フラフラとベッドに倒れこんだ。
枕に顔をうずめて、唸る。
──結局言えなかった。
たった二文字、それさえ言えたらきっとその後は堰を切ったようにあふれ出るだろう。そう思っていた。しかし、いくら待ってみても、いくら遠回りしようとその二文字がその口から出ることはなかった。情けない、夕霧はそう呟く。
一言でいえば勇気が出なかった。それだけなのだが、夕霧は今日、なぜ自分が好きと言えなかったかの理由をぐるぐると考え始める。
まず、そもそも不純じゃないのか問題。
好き→俺も→じゃあエッチしようの流れそれ自体はいいとして、いきなり生ってのはいかがなものなのか。子供を作るためにはそれなりの覚悟がいるし、優しいアキマサは自分のことを気遣って、性欲を抑え、そもそもセックスしないんじゃないか? そんな考えがあの時脳をよぎったのだ。
次に、重すぎる問題。
冷静に考えれば自分たちはまだ高校生なのだ。訳を話したとして、そしてアキマサが自分を愛してくれたとして、子供ってのは荷が重すぎるんじゃないか? 金も環境も心配ないとはいえ、未来輝く高校生が一時の父ってのはどうなんだ。
最後に、断られたら嫌すぎ問題。
告白しても成功せず、訳を話したとしても子をなすことに同意してくれなかった時、自分が冷静でいられるだろうか?
いやいられるわけがない。駄々をこねて、脅して、方術を使って、それでも了承してくれなかったら、きっと世界を滅ぼすだろう。夕霧は不思議とそんな確信があった。世界を滅ぼさないまでも、近隣一帯は灰燼に帰すくらいはする。それだけの力が夕霧にはある。
昨日の覚悟もどこにやら、結局怨霊になるような人間を見て生まれた感情など、煙のようにすぐに消えてしまって何の役にも立ちやしない。自分でどうにかするしかないのだ。
夕霧は仰向けになった。
外着の着物のままでだらしなく両手両足を開き、大の字になっている。白く光って、輪郭のぼやけた正方形の照明器具が眩しい。それを手を遮りながら夕霧は考える。
──あ~、これならいっそアキマサを拉致した方が早いんじゃないのか? どこか誰も知らない地下室に監禁して、目隠しさせて、犯人が誰かわからないうちに子供作って、その時が来るまで素知らぬ顔で過ごす方が早いんじゃないのか? そうしたら最短で目的が達成でき、かつアキマサに嫌われもしない。腹が出るまで、さらに言うと自分が死ぬまで今まで通り過ごすことができる。
「…………」
夕霧がそんなところまで考えが至ってしまった自分に不快感を覚えた時、誰かが扉を叩く音が聞こえた。
「夕霧様、陰陽寮からお手紙です。至急開封するようにと」
訪ねてきた侍女から手紙を受け取る。夕霧は仰々しい切封の手紙を開き、読んだ。
『藤沼家現当主、藤沼夕霧に禁術使用の疑いが掛かっている。禁術の内容は「生活続命法」もしくは「招魂法」。資料が散逸しており、確定はできていないがその片方、もしくは両方が使用された痕跡がある。そのため心当たりの有無に限らず、陰陽寮への出頭を命じる』
概ね上のような内容であった。
その後に本日中もしくは明日中と書かれていたのだが、今は全くそれどころではないので、無視することにする。
手紙を燃やして灰にした後、夕霧は再び布団に潜り込み、先ほどの続きを考え始めた。