エイリアン:インプリンティング 作:ラヴェナス楽しみ
私は、リナリー・ニコリス。
かつて存在した宇宙海兵隊機械化強襲部隊の生き残りであり、今は孤高のバウンティーハンターだ。
今回の依頼主は顔なじみの銀河連邦高官。
とある生物学研究所が、非合法な研究に手を染めているという情報があり、その調査を求められた。とはいえ、集まった情報を見る限り連中は確実にクロ。出来るだけ穏便に、とは言われたものの、実弾の飛び交うハードな任務になる事はほぼ間違いがない。
であるならば、確かに私はうってつけだ。この宇宙にただ一つ残された、サイバネ装甲スーツと、それを使いこなす事の出来る強化人間。戦力評価において宇宙巡洋艦一隻に匹敵すると言われた機械化強襲兵の私であれば。
愛用の宇宙船で飛び立ってから丸二日、ようやく目的の研究所が見えてくる。宇宙に浮かぶ、ステーション型の研究施設。何か、後ろ暗い研究を隠蔽するにはうってつけの場所だ。
通信を繋ぐ。管制塔が何か言ってきていたが、銀河連邦高官からの依頼だと押し通し、ホームへの強行着陸を試みる。ガランとしたホームへ着陸し、タラップを降りるとこちらに向けて走ってくる警備員達の姿が見えた。
銃を突きつけ威圧的に威嚇してくる警備員たちだが、完全武装のこちらを前に腰が引けているのは明らかだった。そんな彼らに証明書を提示し、強引にゲートに向かう。
その時だった。
何かの衝撃で、ステーションが小さく揺れた。たじろぐ警備員をよそに研究所の奥に目を向けると、何かしらの爆発があったのだろう、ステーションの一部が崩壊し、警報が鳴り響いている。
私はリモートコントロールで宇宙船を一旦退避させると、静止する警備員に逆に退避するよう言いつけると、一路ステーションの奥へと走っていった。
ステーションの内部は地獄と化していた。
爆発の影響によって内部で研究されていた生物兵器が脱走し、研究者や警備兵に襲い掛かっている。また彼らも相当に混乱しているようで、状況を理解できないまま私に銃を向けてくる警備兵も居た。心苦しいが、我が身の安全確保が最優先である。こちらを攻撃した警備兵、そして無差別に暴れる怪物を駆逐し、施設の奥へ進む。
と、そこで私は施設の間取りに違和感を覚えて脚を止めた。あらかじめ渡されていたマップと、外から見た時のステーションの形状が一致しない。
何もない壁に触れてスキャニングしてみると案の定、隠し扉があった。電子ロックを解除して扉を開く。
途端、襲い来る無数の射撃……警備兵など比較にならない弾幕に、とっさに壁際に退避してやり過す。
どうやらこの奥がこのステーションの中核らしい。絶対に誰も通すなと厳命されているのか、防衛部隊は一歩も譲るつもりはないようだった。
そんな彼らを一人ずつ撃ち倒し、逃げる後を追跡して追いつめる。最終的に彼らは最奥の部屋に閉じこもると籠城戦の構えを見せた。
分厚い隔壁を爆弾で破壊し、それに乗じて防衛部隊を全滅させる。最後の一人が倒れたのを確認し、私は初めて部屋の中に目を向けた。
どうやら、ここは何かしらの生物の培養設備のようである。壁にはいくつもの用途のしれない、しかし高度な事は分かる計器や操作盤、モニターが並び、その中央には台座に乗った四角い水槽のようなものが鎮座している。その内部で培養液に揺蕩っている存在を見て、私は目を見開いた。
人型とも獣型とも言い難い、黒い体色の生命体。頑強でありながらしなやかに動く外骨格に、大きく突き出した後頭部。左右に瞼を開閉する黄金の一つ目に、人のそれを思わせる歯並びの唇の無い顎。胸部は紫色のコアのようなものの表面を、黒い外骨格が網目のように覆って保護し、その最奥では鼓動のように光が明滅している。手足は長く、先端に鋭い爪があり、脊椎からは細長く節くれだった尻尾が伸びて水溶液の中でゆらゆら左右に揺れていた。
明らかに通常の生物ではない。恐らく、複数の生命体を掛け合わせた生物兵器。その中に人間の遺伝子も混じっているのは明確だ。銀河連邦において、人間の遺伝子を用いた生物実験は重罪である。やはりこの研究所はろくでもないものだったようだ。
明らかに高い攻撃性をうかがわせる生物兵器に、私は咄嗟に銃を突きつけた。もしコイツが暴れ出せば大変な事になる。
だがしかし。
『ピィッ』
銃を突きつけた途端、その生物兵器は怯えるような仕草と声で、腕で頭を庇うようにしゃがみ込んだ。子供のように震えるソレの様子に、呆気にとられる私。
しばらくして銃口を外しても、それは変わらずプルプル震えている。
……生物兵器、では、ないのか? 怯えている、という事は銃がどういうものか分かっているはずだ。それを向けられて、防衛本能で反撃してくるのではなく怯えて縮こまるだけ、とは……。これでは兵器として使い物になるまい。
なんだかすっかり毒気を抜かれた私は、部屋の中を小さく見渡した。
……どうやら、この水槽の操作装置らしきものがある。
私はそれを操作して、この生き物を外に出してやる事にした。このまま、この狭い水槽の中で一生を終えるのは、いくらなんでも可愛そうだ。
私が操作盤に触れると、それを察したのか怪生物は暴れる事もなく、大人しくこちらを見つめている。その黄金の瞳には明らかに知性の輝きらしきものが宿っていて、私は不思議な気持ちになった。
彼は今、私をどういう気持ちで見つめているのだろう。感謝か、それとも困惑か?
そうしているうちに培養液が排出され、水槽の外壁が降ろされる。
自由になった怪生物がまず最初にした事は、水を振り払う事だった。まるで犬のように体を震わせて雫を払うと、おっかなびっくり、床に足を降ろす。
『キュゥ、ピィ!』
冷たい床が面白いのか、ぺたぺた手足で床を踏みしめる怪生物。その仕草は完全に無邪気な子供で、私はすっかりこの生物へ脅威を抱けなくなっていた。
いや、肉体的には確かに高い戦闘能力を持っていそうだが、あまりにも無防備だ。下手をすれば子犬の方がまだ警戒心が強いだろう。
呆れを込めて眺めていると、その視線に気が付いたのかこちらを見上げた怪生物が、バツが悪そうに首を竦めて大人しくなる。
まるで母親に諫められた子供である。その様子を見ていて、私はふとある可能性に思い至った。
……もしかして、これは所謂刷り込みという奴ではないか?
一部の生物の赤子は、初めて見た動く物を親だと思ってついていくという。この生物も、水槽から自分を解放した私を、親だと思って懐いているのでは……。
そう考えた瞬間、醜悪で不気味に思えていた怪生物を見る目が変わった気がした。
もし本当にそうならば、この怪生物が宇宙で唯一頼る事の出来る相手は、私一人という事になる。その推測は、不思議と私に動揺のような感情を齎した。
一体どうすれば……内心困惑する私に追い打ちをかけるように、状況はさらに変化する。
ステーションに、これまでとは違う警報が鳴り響く。
どうやら逃げた研究者が自爆装置を起動させたらしい。直にこのステーションは宇宙の塵となる。それまでに脱出せねば。
部屋を出る直前、脚を止めて怪生物を促す。見て取れる知性の高さからして、これで十分に通じるだろう。
走って研究所の外を目指す。道中、交戦した警備兵や研究員が取り残されているのを見たが、私は足を止めずに走り抜けた。白状だとは思うが、これもまた彼らの自業自得ではある。背負ってやる義理はない。
ホームに辿り着くと、数隻残っていた宇宙船は全て出航した後だった。退避させていた愛機をリモートで呼び戻す。
そこで背後に気配を感じて私は振り返り……驚愕に目を見開いた。
予想通り、怪生物はきちんと状況を把握して私の後についてきた。想定外だったのが、怪生物は背中に何人もの人間を抱えていたという事である。私が見捨てた警備兵や研究員、それら息のある者を両手でかかえ、尻尾で支え、総勢10人近くを一匹で抱えて、ここまで。
……どうやら私はこの研究所の成果を見誤っていたらしい。なるほど、随分と人道的な研究を行っていたものだ。
私は船に乗る様に生物を促すと操縦席に飛び込んだ。
急いでタラップを閉じ、出発準備に入る。あと自爆まで10秒とない。
離陸するなり、エンジンを最大出力で。
飛び立った機の後方、どんどん遠ざかる研究所。カウントがゼロになると同時にそれが光に包まれ、逆光の中で消滅していくのが見えた。
遅れてやってきた衝撃波で機体がガタガタと震える。その衝撃をいなしながら、私はさて、依頼主にはなんて報告しようかと考えていた。