エイリアン:インプリンティング 作:ラヴェナス楽しみ
気が付くと、僕は暖かい水の中を漂っていた。
透明な壁の向こうには、なんだか難しそうな機械が壁一面に並んでいて、その前を白い服を着た人達があっちにいったり、こっちにいったり。いつも忙しそうだった彼らが時折僕を見る視線は、ちょっと怖い。
こぽこぽ泡を吐き出しながら、透明な壁に触れてみる。ちょっと力を込めたら突き破れそうだけど、その途端に遠くでブザーが鳴り響いて、ゴツゴツした格好のおじさん達が走ってきたのでびっくりして手を引っ込めた。途端にブザーが鳴り止んで、おじさん達が首を傾げながら引き返していく。
その背中をバイバイして見送り、僕は自分の手をまじまじと見た。
黒光りしていて、ぬめぬめしていて、指は細くて爪が鋭い。指と指の間には皮膜があって水かきみたいだ。水の中でも平気だし、僕はもしかしてお魚さんなのかな。
『キュゥ?』
教えられた覚えのない知識が頭の中から次々に沸いてきて、僕は小さく首を傾げた。
誰かが僕の頭の中に住んでいて、こっそり耳元で囁いているような感じ。不思議だけれど、悪い感じはしないから、僕は特段気にしない事にした。
そんなこんなで、僕は日がな一日狭い壁の中でうとうとしながら過ごしていた。時折、顔の怖いおじさんがやってきて僕に何ごとか話しかけてくるけど、正直何を言っているのか。キューキョクノセイブツヘイキーだとか、カンゼンセイメイタイーとか、なんだかんだと言ってたけど、意味はわかんない。
とりあえず頷いておくとなんだか嬉しそうなので、それに合わせておいた。
そんなある日。
僕が何もしてないのに、外でブザーがワンワンと鳴り始めた。白衣の人達が慌ててどこかへ走って行って、周囲には誰も居なくなる。
不思議に思っていると、遠くからなんだか甲高い音とかが聞こえてくる。吃驚して身を縮こまらせていると、見覚えのあるゴツゴツしたおじさん達が僕のいる部屋に入ってきた。彼らは扉を閉ざして、僕を背中にして何かを待ち構えているようだった。
ドキドキしながら見守っていると、突如として扉が爆発と共に吹き飛ぶ。
開いた扉の向こうにおじさん達が銃を撃つ。
だけどその弾は一発も当たらず、代わりに撃ち返されてきた弾丸が次々とおじさん達を倒していった。ばたばた床に転がるおじさん達は、もうピクリとも動かない。
そして。
扉の向こうから、煙をかいくぐってやってくる誰か。
最初、僕はそれをロボットだと思った。スリムなデザインの、深紅のスポーツカーみたいな真っ赤で流麗なデザインの戦闘ロボット。
でも耳を澄ますとその装甲の中から鼓動と呼吸の音が聞こえてきて、パワードスーツを纏った人間だっていう事がすぐにわかった。
高性能なスーツに身を包んだ、単独行動を旨とする戦闘員。
所謂、凄腕のバウンティーハンター、という奴らしい。
赤いスーツのその人は、鋭い目つきのバイザーで倒れているおじさん達を見下ろして、つづいて僕を見た。右手に持った銃を素早く突きつけてくるスーツの人。
『ピィ』
思わず悲鳴を上げて、僕は水の中で顔を庇った。
よくわかんないけど、あの人は僕を殺しにきたのだろうか? 銃で撃たれるのはきっと痛いんだろうな。それも一発だけじゃなく、何度も何度も撃たれるのかもしれない。
嫌だなあ。
痛いのは、嫌だなあ……。
そう思っていると、頭の中で、変な声がする。いつもの声とは違う声。それは戦え、戦え、と叫んでいるけど、正直な話、一度もこの水槽とかいうものから出た事がない僕が、あんな強そうな人に勝てるとはとても思えない。無駄に痛い思いをするのも嫌だし、そう、誰かに痛い思いをさせるのも嫌だ。
痛い事は、嫌だもの。
ああでも、撃たれたら痛いんだろうなあ。
そんなこんなで、顔を庇ってしばらくぶるぶる震えていたけど、一行に銃声も、激痛も襲ってこない。不思議に思ってそっと手をどけると、目の前にスーツの人の姿はなかった。
『キュ?』
行方を捜して首を巡らせると、居た。僕の入っている水槽の隣、白衣の人達が決して触らなかった装置を、左手の指先でととん、とタッチする。
ゴポゴポゴポ……という音と共に、水槽から水が抜けていく。ぶるぶる、と身を震わせて水気を払っていると、続けて透明な壁がゆっくりと降りていく。
完全に壁も消えてなくなって、僕は自由になった。
『キュー……?』
おっかなびっくり、左右を見渡しながら、恐る恐る床に降りる。乾いた床にぺたぺたと脚をつけると、ひんやり冷たかった。
『キュゥ、ピィ!』
手足をぺたぺたして遊んでいると、視線を感じて僕ははっと顔を上げた。見上げると、あのスーツの人がヘルメットの向こうからじぃっと僕を見つめていて、なんだか気恥ずかしくなった僕は縮こまった。変なとこ見られちゃったかも……。
その時だ。
ずっと鳴り響いているのとは違うブザーが、大音量で響き渡った。続けて、何かのメッセージ……え、ジバク? ジバクって何? ……ショウメツするって何??
困惑していると、スーツの人が早足で部屋の出口に向かった。かと思うと扉の前で足を止めて、顎をしゃくって僕を促し、そしたら走り去ってしまう。
僕はちょっと考えてから、床に転がっているおじさん達を抱きかかえて、スーツの人の後を追いかけた。
スーツの人はまるで道が分かっているみたいに迷いなく走っていく。その道中では何か激しい戦いの痕があって、物が壊れて居たり人が倒れて居たり。その度に僕は倒れてる人を抱え上げて、スーツの人の後を追いかけた。流石に何人も抱えると重いけど、まだ皆生きてる。見捨てていく事はできない。
やがて、スーツの人はどこか広い所で足を止めた。その目の前では、一隻の宇宙船がホバリングから着陸態勢に入っていた。降りてきたタラップに足をかけたスーツの人が、首だけで振り返る。
ほんの少し、ヘルメットの向こうで目を見開く気配があった。
『ピキィ』
「お前……」
僕が抱えてきた人をドサドサとタラップに転がすと、スーツの人はちょっと困ったように首を傾げた後、何人かを抱えて船の中に運び入れてくれた。そして、僕を手招きする。
乗れ、という事らしい。
僕は一瞬だけ来た道を振り返ると、小さく手でバイバイをした。
いそいそと船に乗り込むと、タラップが上昇して閉じていく。スーツの人は僕にはもう目もくれず、船の奥に走っていった。追いかけようかな、と考えたけど、通路がどうにも狭そうなのでやめておく事にした。
宇宙船が浮かび上がる浮遊感。ドキドキしながら、壁にしがみついて大人しくする。
やがて、船が完全に飛び立って加速を始める。きょろきょろしていると、閉じたタラップの隣に小さな窓を見つけて、僕はそっと覗き込んだ。
真っ暗な宇宙に、どんどん小さくなっていく人工物が見える。僕が生まれ育った場所……それが今や、豆粒のようだ。
すぐに目視が難しいほどに小さくなってしまったそれが、突如光を放つ。その光は俄かに大きくなって、窓から見える視界を覆い尽くした。
遅れて凄い衝撃がやってきて、宇宙船がぐらぐら揺れる。思わず頭を抱えて縮こまる。
『キュゥ……』
やがて衝撃が少しずつ静かになっていって、僕は再び、窓から外を覗き込んだ。
そこにはもう、小さな故郷は、どこにも見当たらなかった。