CyberPunk2077_Engram Controller 作:アルファルド・ロマネスク
暗い、暗い。果てしなく続く闇。
私を抱いて離そうとしない、暗澹とした漆黒。ただ私は逆らうこともできずに頭から落ちていく。
私は誰なんだろう。なんで落ちているんだろう。
落ちれば落ちるほど見えてくる青いデータの城壁。
流れ込んでくる情報は、きっと私が忘れた何かたち。
でも、何も頭に入ってこない。
まるで、私の体がそれを拒絶してるみたいに。
どこまで私は落ちていくんだろう。
なんだか眠くなってきた。
このまま意識を手放して、いまだ見えない奈落の底まで落ちていけばいいのかな。
瞳を閉じようとして、眩い光が目を焼いた。
それは私を強く照らしていて、眠気のある私は少し煩わしく感じた。
でも、この光に手を伸ばさないといけない気がした。
理由は分からない。けど、そうしないといけない。
ぼんやりとする思考の中、ただほぼ無意識に手を伸ばした。
光は形をなして、手のような見た目になった。
私はそれを掴む。光も私を掴む。
内臓がフワッとするような気持ち悪さの中、私は掴んだ手によって浮き上がっていく。
光がどんどん強くなっていく。
青いのか赤いのか分からない光は私の視界を埋め尽くして、そこで私は眠気に負けた。
意識を手放し……次に目が覚めた時はとても硬い物を背に感じていた。
土にダンボールを敷いただけの何か。その上に私は寝ていた。
私の上には少し汚いバスタオルのような何かが被せられていた。
私は、裸だった。
何故裸なのか、そもそもここはどこなのか、それ以前に私は何者?
思い出そうとしても、頭の奥底でノイズが走るみたいに鳴り響いで思い出せない。ひどく頭が痛い。
「目が覚めたようだな」
初老の男性、そんな印象を受ける声がした。
頭痛で起き上がれないから頭だけ声のした方向に向ける。
あまり整えられてなく、伸びっぱなしの髭を持ったおじさんがいた。
「あぁ、まだ起き上がるな。あんなところに裸で埋もれていたんだ、身体もガタガタだろう」
心配そうな様子で声をかけてくる。
私の状態が気になるって感じがひしひし伝わってきた。
自分のことを答えたほうがいい気がした私は素直に答えた。
「頭が、すごく痛い……なにも、思い出せない。私は、誰? ここは、どこ?」
「記憶喪失ということか? ……いや、埋まってた場所が場所だ、そういうこともあるか」
言葉を選ぶかのように、少し間をおいてからおじさんは続けてくれた。
「ここはナイトシティの郊外にあるスクラップ置き場だ。街の方から出た鉄材含むいろんなゴミの終着点と言ったところか」
「な、ナイトシティ?」
知らない名前だ。
このあたりを意味する土地名なのかな。
私が疑問の声を上げると、おじさんは驚いた表情になった。
けど、少し首を振ってから話を続けてくれた。
「そういう名前の大きな街だ。お前は、街のゴミ捨て場のゴミ山の中、裸で埋まっていた。売るためのゴミ拾いの途中で見つけてしまってな……訳ありだとは思ったが、捨て置けなかった」
そう言いながら、何かを私のそばに置いた。
多分、色や見た目的に服だと思う。
「頭痛が収まったら着るといい。裸のままはさすがに寒いだろう」
「……ありがとう」
こういうとき、こう言い返すのが正しいと思った。
おじさんは、ふっと微笑んでくれていた。
頭痛が少し落ち着いて、おじさんからもらった服を着る。
少し小さい気がしたけど、問題になるような小ささではなかった。
青いジャケットに、ウェットスーツみたいな服。靴はベルトブーツでしっかり足首を固定してくれている。
「着方、あってる?」
「大丈夫だ、あってるぞ」
着替えが終わるまで離れて待っててくれたおじさん。
そう言えば名前を聞いていなかった。
「おじさん、名前は?」
「あぁ、言っていなかったな。ヘイデンだ……お前は自分の名前を覚えているか?」
「……覚えてない」
私の言葉に、眉間に指を当てて考える仕草を取るヘイデンさん。
少し何か考えたのか、次に顔を上げて私を見ながら答えた。
「お前と呼び続けるのもあれだ。これから俺はお前を【アイビス】と呼ばせてもらう……いいか?」
「うん……でもどうしてその名前?」
「……お前が着てるその服の持ち主がアイビスだったからだ」
「ふぅん……アイビスさんは、元気にしてるの?」
「……殺された」
ヘイデンさんの表情が曇った。
言っちゃいけないことを言った気がする。
「アイビスは、俺の娘だ……メイルストロームの連中に、妻と一緒に遊び半分で殺された。もう3年前の話だ」
「ごめんなさい……」
「知らなかったのだから構わない……ブロンズの髪に青い瞳……なんとなく、お前がアイビスに似ていたんだ。だから、その名前にした」
ヘイデンさんが少し悲しそうな顔で笑う。
それをみて、私はなんだか胸の奥がきゅっとした。どう答えればいいか、わからなくなっちゃった。
そんな大切な人の名前、私がもらっていいのかな。
考え込みそうになったけど、頭がまた痛くなって、考えられなかった。
「とにかく、まずは夕飯を食べよう。立てるか?」
「うん、大丈夫」
私に手を差し出すヘイデンさん。それを取って私は立ち上がる。
まだ少し頭が重たい。でも、立って見えた景色でそれも消えた。
鉄くずの山。服の山。ゴミの山。
見渡す限りの山脈の向こうに、夜さえ昼にするほどの眩い光が見えていた。
色とりどりのそれはまるで色彩の花畑。
遠くから見てこんなに綺麗なら、近くで見たらどうなってしまうのかなあ。
景色に見惚れる私の手を引いて、ヘイデンさんはフラつきながらも歩く。
私も一緒に歩いて、少し離れた場所にあった車みたいなものに乗って、私達は光へ向かった走っていった。
車の中はすごくガタガタ揺れてお尻が痛くて、たまに跳ねた時に頭をぶつけた。
もう既に痛かったから、頭はそんなに痛いと思わなかった。
道路標識に見えたのはサント・ドミンゴって文字。
私達は、そんな名前の場所へ、車で向かっていた。
たどり着いた場所は見るからに貧相な飲食店。
出されたのは一番安い焼き鳥とお蕎麦。
麺は伸び切っているし、焼き鳥は肉というよりも肉玉みたいな見た目。
正直どっちもすごく美味しくない。
でも、ヘイデンさんは何一つ文句を言わないで食べてる。
私も、ヘイデンさんが何か言われるのが嫌で、何も言わないで食べる。
わかってはいたけど、ヘイデンさんは車こそ持ってるけど家は無い。
ゴミ拾いって話からも予想はできたけど、お金はあまりないみたい。
なによりずっと気になってるのは車に乗る前に見た足の動き。
フラついていた。足を若干引きずっていた気もする。
「ヘイデンさん」
「ヘイデンでいい」
「……ヘイデン、足が悪いの?」
「……2人が死んでから少しして、チンピラのバイクに撥ねられた。足が折れた割れた程度で済んだが、それからだ」
「お医者さんに行かないの?」
「残念だが、そんな金はない」
「……私を拾って大丈夫なの?」
私の問いにヘイデンが苦しそうな表情になった。
でも、すぐに答えた。
「正直大丈夫じゃない。だが、あんな状態のお前を見なかったことにできるほど、俺は冷酷になれなかった」
……言葉を返せない。
私がいるとヘイデンを苦しめてちゃう。
自分の体を治すためのお金もないのに、私までいたら。
助けてもらった恩、それを考えたらもうヘイデンの元を去るのがヘイデンのためになるのかな。
ほとんどお湯と変わらないスープに沈んだ伸び切ってる麺。
ふにゃふにゃで、他に具材もない。
この美味しくないお蕎麦と同じ、ヘイデンというスープを吸い尽くす、旨味のない麺、今の私はそれ。
助けてもらったのに、私は何も返せないで去るしかできないのかな。
私とヘイデンの間で会話が途切れた。
ただ、喧騒のなかに重苦しい無言が広がってる。
空気が鉛みたいで、美味しくない夕飯がもっと美味しくなくなっていた。
でも、いつかは食べきるわけで。
私があと一欠片、肉玉を食べれば完食と言ったとき、お店の扉が叩き開けられた。
目も覚めるような音と共に、どう見てもガラの悪そうな男の人が三人。
三人とも拳銃を握っていた。
強盗だ、すぐわかった。
「全員動くな、財布を出せ!」
一番身体が大きな男が吠える。
店主も、ほかのお客さんも、テーブルに財布を置いて頭を伏せる。
ヘイデンもそうしていた。
私は財布を持ってないから頭を伏せる真似だけした。
「言われたとおりにしていろ。ここはシックス・ストリートのシマだ、少しすれば奴らが来る」
……言い方からしてシックス・ストリートってギャンクが何かかな。
でもどうして警察より先にギャンクが来るのかな。
私の疑問を察してか、ヘイデンが答えてくれる。
「警察なんてナイトシティだと企業の次に信頼できんさ」
「財布を出せっつってんだろ!」
私達が伏せてる隣の席で、強盗の一人が吠えた。
女性と小さな男の子だった。
多分親子、お母さんだと思われる女性が震える声で返していた。
「今手持ちはそれかしないんです、本当なんです!」
「嘘つけ、たった6エディな訳ねぇだろ! 殺されてぇのか!」
いちゃもんだ。
二人の身なり的に本当にそれだけしか払えないんだろう。
6枚の1エディ札。
納得が未だにいかない強盗が銃を向けた。
ほかの強盗はその人を宥めようとしたみたいだけど引き金を引く速度のほうが速く見えた。
……気がついたら私は強盗の拳銃の上部分を握って撃てないようにしていた。
無意識だった。ただ、なんとなく、何もしてない人が撃たれるのが嫌だった。
「なんだこのガキ!」
「アレックスもうその辺にしろ!」
「うるせえ! 離せこの!」
大きく振って私の手から銃を外す。
そのまま私に目掛けてすぐに引き金を引いた。
3回、火薬がさく裂する音が響いた。
鉛の弾丸は二発目は変なところに飛んでいったけど、一発は私の頭にあたった。
ヘイデンが私の名前を苦しそうに叫んだのが聞こえた。
ほかのお客さんの悲鳴も聞こえた。
でも、私は何ともなかった。
私の頭にあたった弾は、嫌な金属音を鳴らしながら跳ねて壁にめり込んだ。
私にはこの結末がなんとなくわかってた。
「な、何だお前!?」
「撃ったね?」
頭が色々忘れちゃったけど、身体がこういうときどうすればいいか覚えていた。
右腕の方に神経の電流が走るのを感じる。
腕と思わせていたパーツが外れて、皮膚の下から金属の部品が顔をのぞかせる。
それはカマキリの鎌みたいだった。
私の体の中に隠れていた凶刃、そのまんまマンティス・ブレードという名前で呼ばれているそれを私は身体でよく知っていた。
躊躇は、何故か自分でも驚くほどなかった。
刃はまるで吸い込まれるように強盗の喉へ突き刺さった。
柔らかな感触と、生暖かい液体の触感。
ノコギリを引くような感覚で突きだした手を引く。
湾曲した刃は喉を掻っ捌いて、強盗の首は半分だけ繋がった状態になった。
勿論そんな事になれば切れてる場所からは噴水のように飛び出す赤が天井を朱に濡らした。
別の悲鳴。
それは強盗側から出たものだ。
残った二人の強盗が何かを言おうとする前に、私が先に声を出した。
「皆のお金を返して。それで、これ以上誰も死なない」
ブレードの穂先を向けながらそう言われた強盗たちは恐怖と怒りが入り混じった表情をしていた。
仲間を殺されたからなのかな。
恐怖はまだわかる。
だって自分たちの武器だと私を倒せないって今証明されたから。
怒りは、分からない。
だって、人に銃を向けるってことは、銃を向けられる覚悟をしてるってことだよね。
殺す側が殺される側になるなんてよくあることで、銃を取って向けたなら殺す覚悟だけじゃなくて殺される覚悟もするべきなわけで。
でも、結局表情を前に出すだけで強盗たちは冷静に判断を下してくれた。
「お前、顔覚えたからな……」
「アレックスの仇はぜってぇ取るからな!」
捨て台詞、そう捉えることのできる言葉を言い残して、強盗たちはさっと逃げていった。
私はヘイデンへ振り返る。
ヘイデンは、ただ私を見て固まっていた。
一つの死体、真っ赤な血の水たまり、そこに立つ青いジャケットの私。
赤と青のコントラストが、日常の証である飲食店内で非日常を彩っていた。