仕事で攫った悪役令嬢が既に追放済みだった 作:ドドリアさんのポジになりたいキュイ
雨の日の昼下がり、朝から降り止まない雨に気分を沈めつつ興味本位で購入した本『1300年越しの初恋』に目を落とす。
冒頭しかまだ読んでいないが、内容は1300年の間彼氏がいたことのない喪女エルフが人間の王子様と恋に落ち、王子と共に敵国を侵略していくという、どの客層を狙ったか分からないものだった。
正直ハズレだ。
最後まで読めば評価は変わるかも知れないが、残念ながらこの内容では最後まで読む気にはなれない。
深いため息を吐いて本を閉じた。
「そろそろ、か」
本を机の上に置き、こざっぱりとした室内で存在感を発揮する木製の箱へ視線を向ける。その箱には1から12の数字が円を描くように刻まれており、その中央にサイズの違う二つの針が動いている。
10年ほど前にこの世界に舞い降りた『聖女』が考案したとされるもので、時計と呼ばれる代物だ。魔石をエネルギーとして動くこの時計は、二つの針で今の時刻を告げるとされている。
これまで時間を測るものとして使われてきた影を利用する
そんな小話は置いておくとしよう。
そろそろ来客が来る時間だ。だからと言って迎え入れるために飲み物などを準備するわけではない。
壁にかけてあった黒いマントを羽織り、机の上に置かれた鳥を模した仮面を被る。第三者が見れば一目で分かる怪しい姿。変装とはいえあからさま過ぎると自分でも笑ってしまう。
それから間もなく、扉が叩かれた。トントンと二回、小気味の良い音がする。
「生者に灰を、死者に祈りを」
扉越しに聞こえる見知らぬ男の声。
再び、扉が叩かれる。トントントンと、先程よりも一回多く音が鳴る。
「我は骸を抱くもの」
扉が叩かれる。ドンっと先程よりも強く、一度だけ鈍い音がした。
「汝は誰ぞ」
そして、最後は問いかけ。
その声に応える為に椅子から立ち上がり、扉へと向かう。返すように扉を一度叩く。
「我は慈悲なき者の望みを叶えるもの」
くぐもった声がした。思ったよりも音が仮面に吸われた。相手に声が聞こえているか心配になっていると、再び扉が叩かれて安堵する。
「ならば、我が血を対価に願いを叶えん」
一連の流れに間違いはない。合格だ。
既に分かっていると思うが、今のやり取りは秘密の合言葉だ。オレの店を利用したい客が、裏の関係者から情報を仕入れてこうしてオレに接触してくる。
真実と嘘の入り混じる情報を精査し、辿り着けた者のみがこの店へと踏み入れる権利を得る。
金さえ払えば人殺しでも誘拐でも、モンスター討伐でも、それこそ店番だろうと赤子の子守りだってする。
───何でも屋。
裏社会に生きる悪党の元に、また一人悪人がやってきた。
───公爵家のご令嬢、アネモネ・ユードリッヒを誘拐して欲しい。
それが何でも屋として働く悪党、レイヴン・クロードにかけられた依頼だった。依頼人は名前を伏せていたが、外見の特徴で貴族である事が推測できた。
金払いは良かったな。
国の有力者である公爵家が相手ということで高めにふっかけたつもりだったが、ごねることなく依頼人は承諾した。
前金として半額を受け取った後、依頼人から詳細を聞いた。なんでも、公爵家のご令嬢アネモネは権力を傘に横暴を極めているらしく、依頼人もアネモネによってあらぬ罪をかけられて爵位を剥奪されたとかなんとか。
つまりは元貴族。爵位を剥奪された怨みでアネモネに復讐しようとしているわけだ。
まぁ、金さえ払ってくれるなら、依頼人の復讐の代行だって引き受けるさ。たとえ依頼人が、爵位を剥奪されるに相応しい罪を犯していたとしても、だ。
依頼人はあらぬ罪なんて語ってはいたが情報屋から裏を取れば、国の情報を他国に流していたことで断罪されたのだとわかった。王家へと告発したのが件の公爵家の令嬢アネモネだったので、それで恨んでいるらしいな。
アネモネもアネモネで、依頼人の弱味握って色々と汚いことをしていたそうだ。依頼人を告発したのは、言ってしまえば尻尾切り。依頼人がしくじって、アネモネの悪事がバレる前にやられたらしい。
とどのつまり、悪人が悪人に仕返ししようとしているわけだ。
今回のターゲットは公爵家のご令嬢───女ってことになるが、依頼人と同じかそれ以上の悪人らしいので心が痛まずに済みそうだ。
「ターゲットは屋敷の中か」
───既に依頼を受けてから10日あまりが経過している。
依頼人の背景を調べていたのが原因ではない。実に単純だ。国の有力者だけあって公爵家の警備がオレの想像よりも固かった。それだけだ。
正面から突破しても構わないならアネモネを攫うことは容易いが、大事にしたくないという依頼人の意向で誘拐は人目に触れずに行う必要がある。
その為、時間をかけて警備の穴を探っていたわけなんだが⋯⋯。
「少ないな」
オレの視線の先には公爵家の屋敷が映っている。王家に次ぐ権力者の屋敷ともあって無駄にデカイ。これだけの大きさにも関わらず、警備は厳重で穴がなかった。
なのに、今日に限って言えばそうじゃない。目に見えて警備の兵が減っている。
「どういうことだ?」
警備の兵が減っているのは、先程馬車で飛び出て行った公爵家の当主に付いて行ったからなのは分かるが、ターゲットである公爵家の令嬢アネモネはまだ屋敷に残っている。
なぜ、警備の数を減らす?アネモネを危険に晒す気か? 大切な一人娘の筈だ。だからこそ先日までは厳重に護られていた。
「まぁいい」
どういう理由で警備が薄くなったかは不明だが、オレからすれば好都合。この気を狙ってアネモネを攫う。
「行くか」
懐から取り出した仮面を被って夜の闇の中へと消える。
───そこからの仕事はあまりにスムーズだった。あらかじめ屋敷の造りを調べていたのと警備の兵が減っているのもあり、上手く警備の目を掻い潜ってターゲットの寝室の前まで忍び込むことができた。
ただ、やはりご令嬢の警護はいるらしく寝室の入口には鎧を着た兵士が二人立っている。ここまでは警備の穴をくぐってこれたが、この兵士は対処しないといけなかった。
といっても簡単に処理できた。ぶっちゃけ弱かった。警備として寝室の前に立ってはいるが、侵入者が入り込むとは思っていなかったらしく明らかに気が緩んでいた。
なので、警備の兵士が欠伸をしたタイミングで詰めてオレに気付く前に二人とも気絶させた。
その後の事は省略しよう。寝室にいた部屋の主は気絶した兵士が発した物音にすら気付かずに、眠りに耽っていたからな。そのまま攫って終わりだ。
で、
「悪い、もう一度言ってくれ」
誰にも見られないように拠点にしている廃墟までご令嬢を連れて帰り、椅子に縛り付けたところでアネモネが目覚めた。
起きた当初は見知らぬ場所とあからさまに怪しい見た目のオレがいたことでパニックになっていたが、オレがお前を攫ったと言うと何故かアネモネは落ち着いた。
普通は余計にパニックになる筈、と思っていたんだが⋯⋯。
「わたくし、明日の日中に処刑されるところでしたの!」
これである。どうやら聞き間違いではなかったらしい。
オレが調べている間は多少の悪評は入ってきてはいても、処刑されるって話はなかったぞ。何があって処刑されることになってんだこいつ。
そんな思いでアネモネを見ていると、オレに向かって彼女が微笑む。
「なのであなたが攫ってくれたお陰で処刑から逃れられましたわ!ホホホホホ!」
縛られた体制のまま高笑い。縛られてなかったら口元に手を当てて笑っていただろうな。出来ればその方が良かった。体を縛ったことを後悔したよ。
貴族の令嬢にこんな事を言うのは失礼かも知れないが、淑女がしていい表情じゃなかった。口角を釣り上げて笑う姿は悪魔みたいだったぞ。
「それで、なんで公爵家のご令嬢が処刑されるようなことになってるんだ」
オレの依頼はアネモネを攫うだけなので、こいつが処刑されようとしていたとかは全く関係はないのだが、興味がないと言えば嘘になる。
依頼人への引渡しまで時間はあるので、疑問くらいは解消しておこうと問いかける。
「わたくし何もしてませんわ!婚約者に色目を使う平民を少しいびっただけですわ!」
その平民とやらが誰かは知らないが、アネモネが依頼人を使ってその平民を襲ったということをこちらは掴んでいる。
「ならず者を送り込んだと、聞いているが」
オレに嘘は通用しないと、アネモネを睨みつけると先程と変わらぬ表情でオレに言う。
「殺そうとしただけですわ」
「断罪されて当然の悪人だな、お前」