第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年4月24日 7時28分
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「知らんぷりして。視界に入ってないフリをしないさい。わかった?」
「ラジャ」
「はいな」
こそこそ耳打ちし合いドレッドヘアの男をやり過ごそうとする。
「ん? ヨ、そこのウヌら(おまえ達)。最高にハッピーなバイブス(気分)だぜ。な、セーラ(わかる)?」
絡んできやがった。
私は知らんぷりしてるのに、誰が目を合わせたわけ?
ウルトとヘラクレスを見る、顔と目線が明後日の方向を向いている。
チッ、歩いてるだけで絡んで来ないでよね。
「おいおい、アイドレン(兄弟達)。アイ・アンド・アイ(俺)はウヌらに言ってんだぜ? 無視はナシだ、セーラ?」
逃げ切れない。
「え? 私たちに言ってます? そのウヌ? というか、なんでしょう。異国の方ですか? スイマセン、聞きなれない単語が多くて気づきませんでした」
「ヤーマン。ちょうどまさに今、アイ・アンド・アイは温まっててさ。このバイブスの根源をウヌらにも伝えたいんだ。セーラ?」
ラピスの中に怒りがこみ上げる。
なに? 話しかけてこないでよ。ギリギリ言ってることが理解できるのに意思疎通できない奴は嫌いなんだけど。
「俺たち急いでて。その、立ち話なら次の機会に」
「そうなんですぅ、スイマセン」
ラピスの感情をくみ取ったウルトが上手く仲裁に入る。
ヘラクレスは余計に面倒になると察したのか、黙ったままそっとウルトの背中に張り付いた。
ナイス虫。このドレッドの死角に上手く隠れたわね。誉めてつかわす。
「そうか、それは悪かったな。ヤーマン、気にするな。なら、せめてこのトマトスープの作り方だけでも聴いてくれ。いいか、アイドレン。金がなくても、アイ・アンド・アイには知恵がある。まずペーパーカップにケチャッp……」
「知ってる! 逆になんであんたはそんなに胸張って説明できんの?」
「ん? おいおい、怒ってんのか? ヤーマン、落ち着けよ。いいか、この知恵はアイ・アンド・アイが金もなく空腹でいたときに通りすがりの爺さんが教えてくれたんだ。作り方を知ってるのか?」
「知ってる、当たり前でしょ。逆に知らない人はいない。子供の頃、大人と来たらみんな一回は飲まされるでしょ?」
「そうだよ。あなたはどこの人?」
話がかみ合わない。なんでトマトスープを知らない?
きっと異国の人間なんだろう。
「そうだったのか。ウヌらには当たり前のことだったんだな。やっぱり、ここは豊かだ。ジャー(神)の恵みが溢れてやがる」
ドレッドの男は目を見開いたまま、呆然とトマトスープをすすった。
「うめぇ。……ところで”聞きたいこと”があるんだg」
「ってことで私達、急いでるから」
「ん? おう、そうか。じゃあ自己紹介、アイ・アンド・アイの名前はロックス。訳あってこの街を散策してる。が、腹が減ったら基本ここにいるぜ。よろしくな、アイドレン」
手を差し出される。面倒くさいから黙って握手した。
ウルトも続く。
「私はラピス。こっちは弟のウルト」
「よろしく」
「それじゃロックスまたね、私達もここによく来るから。よろしく」
「じゃあな、ロックス。知り合えてよかったよ」
「ヤーマン。そうか、姉弟か。また会うさ、ジャーがそう言ってる気がするんだ。ワン・ラブ」
「そしてウルトはんの魔具のヘラクレスや」
「ワッダー!? クワガタが喋ってやがるのか? それともアイ・アンド・アイの耳が狂ったのか!? ……ん、まぐ?」
別れ際にヘラクレスが絡む。
ったく、余計なことを。バイバイと手を振り離れる。
ヘラクレスの存在でポカンとするロックスを横目にハンバーガーを物色した。
幸い、いつもの席はロックスから離れてるし変に気を使う必要もない。
「私はアボカドバーガーとコーヒーにしよ。で、あんたはいつもの?」
「もちろん! いつもの”ナイトロバーガー”ちゃん」
ナイトロバーガー。
このオートマットのオリジナル商品でウルトの大好物。
歯切れの良いバンズ、肉汁こぼれ過ぎ注意のパティ、フレッシュなトマトやレタスにレッドチェダー。
極めつけは大量のピクルスと、舌を刺すスパイシーな香辛料。
ハンバーガーと飲み物を購入し席に着く。
「まさに俺にとってのナイトロだね」
「それ、美味しいけどちょっと高いんだよね」
「ローン抱えとるラピス姐さんにはきついんか?」
「バカ。外食を満足に食べるくらいマネジメントできてるっての」
食べ終えてゆっくりする一行。
ウルトは真剣な顔をしながら今日のレース展開の予想を、ヘラクレスは昼食に思いを馳せ、ラピスはハッピーストライクを燻らせた。
「ロックスはん、寝てはるで」
「おう、結構独特な言葉使ってたよな。異国出身か?」
「どうだろうね、うちにも訛りのきつい奴いるからね」
「せやなぁ、ってやかましいわ!」
「ヘラクレスは異界出身だしロックスもじゃない? (トマトスープはもとより、ロックスは魔具を知らなかった? ってことはホントにもしかしたら……)」
「んなこたどうでもいいよ。ラピスまだ? 早く行こうぜ」
「……ハァ、レディを急かすなよ」
タバコの火を消し、コーヒーの最後の一口を飲み干した。
ロックスはまだ寝ている、挨拶せずに店を出てブルームパーキングに向かう。
「(ロックスはん、あいつからマナ感じへんかったな。不思議な感じや。……まあ、気にしすぎやな)」
パーキングに着くとウルトの箒の隣に鉄の棺桶が鎮座している。
「ラピス、お前スゲーな」
「そりゃそうでしょ。自分で壊すならまだしも、盗難なんて洒落にならないからね」
「(壊してもシャレにならんやろ)」
ラピスお手製の防犯グッズ。
地中の鉄を操作して愛機R10Bを包み込みクズどもから守る。
「折りたためないのしんどくない?」
「リアリスの依頼とか、箒を見られたらマズイ時はMZR4を持ってくに決まってんでしょ。それより、ポータル代準備しといてね」
「ハイハイ。にしても同界は料金安くて助かるなー」
「そうね。ヘラクレスは無料で使えていいわね」
「ワテハマグヤサカイ、ナニイウテルカワカリマヘンナァ」
「なんで急にかたこと!? 魔具設定だからか?」
「ハハッ! あんたそういうとこはギャグセンあるよね」
ポータルセンターに着き、空いてるポータルを確認する。
右から4番目のポータルに入り、操作盤を入力する。
自身の証明書をタッチし、ウルトの証明書もタッチする。
「設定された人数以上のマナを検知しました。未設定の方は証明書のタッチを、魔具の場合は次へを押してくd~」
次へ押下。
ヘラクレスのマナを検知されるが関係ない。
魔具として扱う。
「えっと、ナイアプス、ナイアプスっと」
──[ >0506 >937312 >ナイアプス >ディルダム 1600m]
大人2人で往復1600マグか。リアリスの3万マグと大違い。
本当にリアリスのような異界への移動はピンハネされてる。
アンカーがあればどこに行くにも原理とエネルギーは一緒じゃない。
決定ボタンを押下する。
壁一面が輝く。
「ナイアプス=ディルダム~ナイアプス=ディルダム~。この度はポータルのご利用~~~」
第五層六界-アルカナ-ナイアプス
世界歴 104679年4月24日 9時26分
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ポータルの扉が開く。
さあ、本日のレースの舞台、ナイアプスの首都に到着だ。
近くの時計台で時間がきっかり一時間進んでいることを確認する。ナイアプス時間だ。
私達の住んでるKUの首都、ノドノルからナイアプスまで直線距離を箒で移動した場合、どんなに飛ばしても3時間以上かかる。
ポータルでの移動は一瞬で便利だけど、唯一の不便は乗り換えがあること。
界際兼国際ポータルを出て国内ポータルを目指す。
といっても国内ポータルは目の前、雑踏をかきわければすぐだ。
「セレッホサーキットか、初めてだぜ」
「ま、そりゃそうだよね。行くのは簡単だけどレースのチケットが高いからね」
国内ポータルに入りセレッホを探す。
へー、セレッホサーキット行きなんてあるんだ。
最寄りのポータルから箒でサーキットまで飛ぼうと思ったけど便利ー。
KUの国内ポータルと違い、壁一面が赤と黄色の縦ストライプに光った。
ナイアプスの国色か。
「セレッホサーキット~セレッホサーキット~」
扉が開く。
ポータルを出るとそこは夢の国だった。
地鳴りのような歓声。
温暖な気候、焼ける空気。
そして左に見えるブルームパーキングには箒! 箒! 箒!
そして圧倒的な人! ひと!! ヒト!!!
「すごい、来ちゃった……」
「うおおお! すげぇ! マジでブルームジーピーだ!」
「なんやこれ! レースってのは祭りなんか!? これはいつも見とる中継やと感じられへん熱狂や!」
予選前から本戦まで、3日間で延べ30万人が集まる祭典。
しかも今日はその本戦、その熱気は本物だ。
依頼の予定時刻である10時には余裕がある。
なのにすでにこの熱狂。
ブルーム3の準備が始まっている?
恥ずかしながら、この熱狂になぜか怖気ずく自分がいる。
ナイアプスだしアウェイ?
いやいや、ここにいるのは同じ箒レース好きの同士だろ。しっかりしろ私!
横を見ると同じくウルトとヘラクレスも気圧されている。
オーケー、姉として引っ張ってくよ。
「あんた達、何してんの? 早く行くよ」
「おう。あのさ俺らって関係者じゃん? どっから入るのかな? てかいつエイプリリアの服着ればいいんだ? あと箒持ってっていいの? パーキングに止めた方が~~~」
「ラピス姐さん、確認やけどほんまに依頼あるんやんな? 観戦しに来ただけやないよな? わては挨拶どないしよ。やっぱここは魔具のフリして~~~」
だめだこりゃ。
早口に思ったことを言う弟とクワガタ。
頼りになるのは私だけか、頑張れラピス。
「あ、す、す、スイマセン。あの私達関係者なんですけど、エイプリリアファクトリーの。その自慢とかじゃなく事実で、ホント。あ、いや、箒はマンリーですけど~~~」
「? あの、私はその、観戦に来ただけで……あっちのホームストレートのパドック側の方にスタッフの方がいましたけど?」
「あ、親切にありがとうございます。その、失礼します」
「(大丈夫、ラピスもこんなだけど大丈夫。きっと大丈夫。まてよ俺、何が大丈夫? いや考えるな、大丈夫)」
「(さ、さすが姐さん、ドシッと構えててすごいわ。ん? 今噛んどった? てかパニクっとるんか? いや、姐さんに限ってないか。大丈夫、わてらは大丈夫や)」
やば、今から本当にエイプリリアファクトリーのパドックに行くんだ。
言葉のとおり、地面が叫んでいるような歓声と熱狂にあてられた2人と1匹。
憧れの舞台に対する恐れと高揚が入り乱れる。
仕事と言い聞かせ、目的地に向け足を動かした。