第五層六界-アルカナ
世界歴 104679年4月24日 9時51分
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──ブルームジーピー
それは世界最高峰の箒レースグランプリ。
ブルーム3、ブルーム2、ブルームジーピーと三階級が存在し、その最高峰がブルームジーピーである。
世界人口、約80億人。ブルームジーピーの出走ライダーは22人。
『22/8000000000』、箒レースファンからすればまさに22人は選ばれしスーパースター。
ブルームジーピーには5社の箒メーカーが参戦している。
マンリー、ウィンフィー、ドゥカッティーニ、エイプリリア、カー・テー・ツェー。
各チームライダーは2人、つまり11チームがしのぎを削っている。
その中でもファクトリーチームと呼ばれるチームがメーカー数分、すなわち5チーム存在する。
ワークスチームとも呼ばれ、各箒メーカーが直接運営するチームであり、まさにトップ・オブ・トップのチームである。
英雄が跋扈するブルームジーピー。
ラピス、ウルト、ヘラクレスの一行が目指すエイプリリアファクトリーは、まさにそのトップチームの一つなのだ。
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人混みをさながら航海の如く、熱狂の渦を渡るティーン2人とクワガタ一匹。
箒は、財布は、ウルトとヘラクレスは――。
所持品の安否と迷子のリスクに板挟みにされながらパドックを目指す。
なんで私は16歳になってまで迷子の心配をしているの?
全ての元凶は愛すべきこの熱狂、敬愛しているこの熱狂。
憧れの地にいざ立ち、歩みを進めるということがこれほどまでに精神にこたえるとは。
目的地に向かい、サーキットをある程度進んでみても胸の高鳴りが治まらない。
そうこうするうちにパドック近辺の『関係者以外立ち入り禁止』区画まで来た。
パドックやその近辺を大きく囲うようにバリケードが立っている。
「ん? おいおい君たち、立ち入り禁止だ。出待ちも禁止」
幸運なことに、係員の方から声をかけてきた。
安堵からか自然体で言葉が出る。
「こんにちは。私達はエイプリリアファクトリーの関係者なの」
すかさず、首から提げた関係者証を見せる。あらかじめ事務所に輸送されていたものだ。
「ふっ、俺だって関係者、って言いたいね……これ本物か。失礼しました、中へどうぞ。(関係者の子供か?)」
「どうも」
バリケードを抜けた瞬間、歓声の世界からギラギラした闘志の世界へと空気が変わった。
トレーラー群がカラフルな壁のように並んでいて、あらゆるチームユニフォームの関係者が行き交っている。
その風景は慌ただしく荒々しい、ある種の殺伐を感じ取る。
「やばいな。おいラピス、堂々と行くぞ」
「当たり前でしょ」
私達はあくまで”護衛”としての関係者にすぎない。
が、誰もが今日の最速――ファステストを勝ち取るために最善を尽くし続けるこの状況に委縮してしまう。
少しでも隙を見せた瞬間に自身の、ひいてはチームの主導権を奪われる。そんな気さえする。
そうだそうだ、私達はあくまで護衛、勝手にチームの一員になるな、勝手にこの環境に気圧されるな。
探偵として、アウトローな戦闘のプロフェッショナルとして堂々と行くのよ。
ブルームジーピーのトレーラー群のエリアに向かいエイプリリアファクトリーのトレーラーを探した。
頭の先からつま先まで、今まで感じたことのないヒヤリとした空気を感じた。
いや、この雰囲気は知っている。
いつもウルトと箒レースに出るときに感じている。
緊張だ。
エイプリリアファクトリーのトレーラーを見つける。
「いくよ」
「おう」
トレーラーの一階部分にあるインターホンを鳴らす。
「はい、どちら様でしょうか」
「こんにちは、ポアロ探偵事務所の者です。護衛の依頼で伺いました」
「かしこまりました。少々お待ちください」
10秒もせずに目の前のドアが開き、女性のスタッフが中から出てきた。
「こんにちは……あなた達が護衛の探偵さんですか? 最高責任者のマッシは上の会議室でお待ちですが……」
ラピスを見てタジタジなスタッフ。
「こんにちは。私達2人が本日の護衛を務めさせていただきます。歳が16なので皆さん同じ反応をされます」
「(いや違うだろ! 俺達の歳もだけどラピスの恰好だろ!)」
トレーラーへの道中、トイレに寄りウルトはエイプリリア、ラピスはマンリーのシャツに着替えた。
マンリーのシャツ、すなわちラピスはエイプリリアから見た敵の恰好をしている。
「いえ、その……シャツが……」
「え? ああ、これは仕事の一環ですよ。気にしないでください」
「なるほど? まあそういうことなら。まずは二階に案内します。あと携行している箒は預かりますね、一階で保管します。中の方が安全なので」
「お気遣いありがとうございます。しかし箒は任務で使用する可能性がありますので、ホバーモードで携行させてください」
「かしこまりました。私では携行方法の注意を申し上げられませんので監督に確認しますね」
一階ドアの横にあるトレーラーの外に取り付けられた二階へと続く階段を案内され、女性スタッフと共に上って中に入る。
まじか、トレーラーの中に入っちゃったよ! まじまじと見たい、この部屋の先は何? 誰がいるの? 気になる!
しかしスタッフは歩みを緩めず、まっすぐ進んだ突き当りのドアをノックした。
「本日護衛を依頼していた探偵の方々がお見えになりました」
「そうか、中へ」
スタッフと中に入る。
息が止まりそうになった。
そこにはエイプリリアのエース、ベズ。そして一昨年の年間チャンピオン、ジョージ。
そして真ん中には依頼者でありチームの最高責任者、マッシ。
画面の中のスーパースターが鎮座している。
臆するな。挨拶よ、私。
「こんにちは。護衛を担当します、ポアロ探偵事務所のラピスと申します。こちらは弟のウルトです。本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
双子揃って頭を下げる。
「君たちが本日の護衛か。私はチーム最高責任者兼監督のマッシ、よろしく。護衛の詳細は把握してるかな?」
「もちろんです。”箒パーツや工具の窃盗”が相次いでいるため、その護衛と認識しています」
「気づいたら無くなっているんですよね? エイプリリア様はまだ被害に遭われていないこと、メディアにブルームジーピーのオフィシャルが開示していないことも把握しています」
パーツ、及び工具泥棒。手口からしてグループではなく一人、そいつからの護衛が今回の依頼。
白昼堂々、レース中の窃盗とは肝の太い奴もいたもんだ。
ジーピーマシンのパーツには、単品で数千万マグするものもある。
マシン一機が約3億マグ~5億マグの世界だ。
とはいえ、どう捌けばパーツが売れるの? まあ、売れるから盗るんだろうけど。
「すでに全体で6億マグの損害らしい。ところで、君らはあまり箒レースに詳しくないと見たが……」
マッシがついに触れてきた。苦笑いするベズ、笑いをこらえるジョージ。
「プププッ、なんでマンリーの格好してんだよ」
「(最悪だ、ジョージに笑われた。ベズは……スゲー苦笑いしてんじゃねーかよ! ふざけんなよラピス!)」
「いえいえ、マッシさん。私達は箒レースに詳しいですよ。私も弟も箒レースにしょっちゅう出場してますし、弟なんて大のベズファンで昨日なんて寝てません」
表情が明るくなったベズがウルトを見てウインクしながら手を振った。
「(マジかよ、ベズが俺に! ありがとうラピス! おかげでサインが貰いやすくなったぜ!)」
野郎が野郎に羨望の眼差しを向けているのを無視して話を続ける。
「ああ、私のこのシャツは護衛任務の最適解なので気にしないでください。ようは皆さんが気にしている窃盗犯に対する目くらましですよ」
「コホン。そうです、雇われの護衛がわざわざ敵チームのシャツを着ないだろうと思わせて実は護衛ってパターンです。一連の窃盗事件の犯人は各チームのメンバーを認識してるでしょうからね」
「なるほど。犯人は見かけないチームメンバー全てを護衛と判断している可能性があるということか。しかしそれではこのチームが狙われるじゃないか。ようは君らはメンバー誰かの箒レースの好きな親戚みたいな立ち位置をとるということだろう?」
「さすがマッシさん。その通り、私達は護衛じゃない振りをします。レースに招待された親戚みたいに。しかし、長期的な目で考えれば”わざと”このチームを狙わせた方が良いと考えます。なぜなら私達は確実に犯人を拘束することができるからです」
「悪く言えば囮ですが、このチームを犯人に狙わせます。そうすることで一連の犯行の犯人を我々が捕らえ、今日で窃盗事件を終わらせます」
「そうすればお互いにウィンウィンかと。我々は名を上げ、エイプリリア様も安心とブルームジーピーへの貢献を世間的に評価される」
筋は通っている。しかし大きな課題が明らかにある。
ポアロ姉弟の見事な言い訳――もとい演説を前に、マッシの眉間により深くシワが寄った。
──時を同じく
探偵事務所の扉が開く。
「あら、『グラちゃん』。犯罪者が白昼堂々どうしたの?」
「久しぶりね、『ベティ』。なあに、たまには弟子達の親に挨拶でも、ってね」
現れたのは、ポアロ姉弟の師であり、アルカナ世界の大罪人、グランティだった。
グランティはソファに座り、エリザベスはロックグラスにウィスキーを注いでそれを差し出した。
「乾杯」
互いにグラスを掲げる。
二人とも口元には笑みが浮かんでいた。
「グラちゃんにばかり『計画の準備』をさせて悪いわね」
「いいさ、あんなに上玉な子らをよこしてくれたんだ。それにあとは時を待つばかりだろ?」
「そうね、それまでにあの子たちには立派な戦士になってもらわないと」
ラピス達が依頼に奔走する中、大人達の計画もまた静かに進んでいた。